![]() 〜ザンジバル散策2〜 今日は朝から快晴である。 自慢じゃないが、オレは夏が似合う男だ。そこのあなた、日本でのオレは毎日ヒョロヒョロしながらクーラーの効いた部屋にこもっていると思ったら大間違いである。実際のオレは夏になると少女達の白いTシャツに浮き出るブラのラインを見るために、暑い中をわざわざ新宿まで繰り出すほどのアクティブな人間なのだ。 夏男として窓の外のこのギラギラ光る空気を見ると、じっとしてはいられない。よーし、ひさしぶりに歯でも磨くか! オレは黄土色に輝かない歯を見せてニッコリと笑い、フレッシュに部屋を飛び出した。すると廊下の隅でシャツにアイロンをかけていた黒人が、オレを見て負けずに声を張り上げる。 「ハッピーニューイヤー!!」 「あ、は、はっぴーニューイヤー……」 ハッピーニューイヤー! ……って正月かよ!! ……。おっと。正月だった。そういえば今日は1月1日だった……。ということで、ボケ初めとツッコミ初めを同時に終了しました。 元旦か……。そういえばいつ以来だろう、平和な元旦の郵便物の中にオレ宛の年賀状を見なくなったのは(号泣)。いやいや、今オレはタンザニアはダルエスサラーム沖のザンジバル島にいるのである。オレ自身ですらこんなところにいるなんて予想できなかったのだから、年賀状が届くわけがない。そりゃそうだ。あっはっは。じゃあ、去年は日本にいたにもかかわらずカード会社と美容院からしか年賀状が届かなかったのは一体どうして……しかもいとこのミキちゃん、犬のムク宛てに年賀状をくれるのに人間の親戚のオレは無視ですか(号泣)。いや、深く考えるのはやめよう。多分、郵便局員さんがなくしてしまったんだろう(涙)。でも、オレは大人だから郵便局員さんを責めないよ。 洗面所でコップなしで歯を磨きながら一応今年の抱負なるものを考えてみる。ちなみに歯を磨くのがひさしぶりだというのはちょっとダーティー、もしくはダンディなイメージがあるかもしれないが、なにしろ昨日までは12月、教師も走るくらい忙しかったのだ。とてもではないが歯を磨いている時間も金も無かったのである。こればかりはどうしようもない。 で、今年の目標は、なんといっても中国旅行に行くことである。いや、もう中国旅行には来ている。そうだった。来ているんだ。いや、しかしまだ行ってない。うーむ……。まあ、ちょっと予定は延びてしまったが今年中になんとか中国までたどり着いて、そしてMさんに…… ええい、考えるのやめた。とりあえず今日を無事生き、明日も無事生きるんだ。 黒人とハッピーニューイヤーを交わし今年の抱負を念じたところで、1月1日を感じさせるイベントはすべて終了である。本来ならば正月らしく獅子舞でも見ながら優雅に過ごしたいところだが、この辺りではやっていないのではないか。いや、というかちょっと車を飛ばして田舎の方へ行けば、獅子が舞うシーンは案外簡単に見られるかもしれないが、そのまま食われる危険性がある。アフリカの獅子舞は生半可な覚悟では見れないのだ。 部屋に戻ったが、別にタンザニアテレビの正月特番を見てもおもろくもなんともないので、今日はさんさんと照りつける太陽の下、少し遠くまで観光に出かけることにしよう。というか、そもそも部屋にテレビなんかついてねえ。 1月から夏が似合う男の本領を発揮できるなんて、この島はフレッシュボーイ・作者のために造られたのだろうか。オレは薄黄色に前歯を輝かせながら、フレッシュに宿を飛び出した。 ……。 あああぢ〜〜〜〜〜〜……死ぬ、死ぬ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。 誰か、誰かなんとかして〜〜〜〜〜〜〜〜〜。歩けない、動けないよ〜〜〜〜〜〜〜。 なんという暑さなんだ。オレは体が壊れてもいいから夜中クーラーつけ続ける派なんだよ!!! ちゃんと客のことを勉強して気温を決めろこのアホ島が!!! さて、そんなアホな島特有の交通機関である「ダラダラ」というトラックの荷台に幌をつけた乗り合いバスに乗り、オレは島の北部、マンガプワニというビーチへ向かった。特にビーチで泳いだり体を焼いたりする予定はないが、とりあえずビーチがあったら訪問するというのは、男子バレー日本代表が接戦になったら必ず競り負けるような、今や定番となった観光のセオリーである。 乗り合いでは直接ビーチ方面まで行かず、途中で降りて結構な距離を歩かなければいけないようだ。こ、この灼熱の中をビーチまで歩くのか……? どうでもいいが、日本でこの前立ち寄ったレンタルビデオ屋に「ザ・ビーチ」のAV版で「ザ・ビーチク」というのがあったな……。本当にどうでもいい。 ただ、マンガプワニ(略してマンプワ)のビーチに向かう前に1箇所行っておくところがある。ガイドブックによると、ビーチへ向かう途中には、「スレイブ・ケイブ」と呼ばれる洞窟があるらしい。なんでも奴隷の売買が禁止になった後に、大黒屋がおかみの目をかいくぐって黒人を密輸するために使用していた、奴隷の保管所だということだ。 地図を頼りに洞窟方面へ向かうが、どう考えても暑い。もともと軽いストーカー行為を行う時などは無尽蔵なスタミナを誇るオレなのだが、逆に平常時のスタミナはどんなにこまめに補給をしてもすぐに切れてしまう。もう体内バッテリーの容量自体が相当小さいのである。……3年間使い続けたケータイかオレは?? ああ、頼む、オレを輿に入れて運んでたもれよ……。今頃普通の日本人はこたつに入ってマチャアキのかくし芸でも見ているだろうに……。今年の演目はなんだろう。そして今年もまた、業界から抹殺されるのを覚悟でマチャアキに「けっこうマンネリ気味ですよね」とコメントするチャレンジャーな審査員は現れないのだろうか……。 そしておまけにこの地域は恐い。ヤシをはじめとして熱帯の背の高い植物が茂り、時々散歩中のロバは通りかかるものの人影がほとんど無い。ここでなら、オレ襲い放題、旅行者のビュッフェスタイルである。もしオレが強盗だったら、絶対今オレを襲う。こんなヨタヨタな奴は、貧弱なオレのパンチをもってしても一発で倒せそうである。 「この先スレイブケイブ」という、奴隷売買をまだしていた時期に作ったのかと思うようなズタボロの看板に沿って脇道に入ると、道の両側はオレの背より高い、スラッと直線的に伸びる細い草が密集しており完全に視界が遮られた。ジュラシックパークだったら多分今頃8方向からヴェロキラプトルが迫ってきているはずだ。 ガサガサッ うおおおおっ!!!!! なんだっ! なんなんだよ!!!!! いやーーーーーーーーーーーっ!!!! 突然茂みひとつ隔てた向こう側で何か生き物が動く音がした。 アフリカの茂みを歩いていて突然草の向こうからガサガサと音がするほど本能に直接訴えかける恐怖はない。とりあえずオレは全力で逃げた。決して弱虫ではない。この状況に身を置いたらたとえ渡哲也でも叫び声をあげて逃げ回るであろう。 暑さと疲れと汚れと恐怖でどろどろになってアフリカの自然と一体化していると、後ろからブーンと白人観光客の乗ったバスが来て、オレを白い目で見ながら追い越していく。ま、待ってくれ〜っ!! そこから必死になって一生懸命白人を追いかけて行くと、洞窟の入り口に着いた。もちろん一人で入るのは怖いので白人の団体に便乗して奴隷の洞窟へ侵入。中は真っ暗で、出荷を待つうちにここで息絶えたであろう数多くの黒人の無念がさまよっているような、重い圧迫感があった。よかった。オレ一人だったら絶対怖くて入れんかった。 白人の団体は、一人で汗だくになって怯えているオレの姿を見ると、「ハーイ。オレたちのバスまだ席あいてるけど一緒に乗ってくかい?」と信じられないような優しい言葉をかけることは決してなく、また自分達だけバスに乗って悠々と帰って行った(涙)。 オレはまた、灼熱地獄の中を塩をかけられたナメクジのように液状化しながらビーチまでの長い道を歩いた。そして唇を噛み千切る思いでなんとかたどり着いた正月のビーチには、人間が一人もいなかった(号泣)。 ![]() しかし誰もいないというのはあまりにもさみしくないか? 大体オレはいつも外人の観光客などがたくさんいると自分だけ一人でさみしいと文句を言うくせに、一人なら一人でまたさみしいのである。結局、なんだかんだ強がっていてもオレは心の底では愛とぬくもりを求めているようだ。 帰り道は、またダラダラの通る場所まで血と汗を撒き散らしながら歩き、既に島民を100万人くらい乗せて満タンになっている荷台の後ろにへばりついてストーンタウンへ戻る。時々屋根に乗せた薪がカラコロと落ちてきて、オレ達荷台からはみ出ている乗客を直撃。まあこんな正月も、振り袖を来たかわいい彼女と初詣に行くはちきれんばかりの幸せ溢れる正月も、大差あるもんだ。 夕方までストーンタウンを徘徊し、メシを食い、夜になったところでオレは荷物を担いで埠頭へ向かった。非常に短い滞在であるが、もう今夜の船でダルエスサラームに戻るのである。 港には何隻もの貨物船が停泊している。オレは安全面を考え相当早い時間に来てしまったため、出発までの数時間を船際に積まれた鉄骨に座って過ごすことに。ああ……鉄骨といえば鷲尾いさ子も結婚して最近見なくなったな……。 そして出航の時刻になり、オレはフェリーに乗り込んだ。汗だくになった体、そしていつの間にか迷彩色になっているシャツとジーンズ。このままで今日は船室のベンチで雑魚寝になって睡眠をとるのである。……。そんなの不可能だ。このお嬢様育ちのオレが、乱れきりメイクも落とさない状態でスッキリ寝れるわけないだろう!!! せめてビオレメイク落としふくだけコットンを用意してくれ!!!! 素肌と同じ弱酸性のクレンジングオイルのサービスをっ!!!! 寝付けないオレは、べたべたと、そしてギクシャクと外に出て夜の海を眺めた。僅かに見えるのは、フェリーからせいぜい5mくらい先までの、夜を反射してどす黒くなった水面であった。はっきり言って、夜の海は怖い。今落ちたらほぼ間違いなく死ぬだろうし、それ以前に、こんなアフリカ大陸脇の海の上を、わずかな生活用具を背負ってフェリーに乗って漂っているわが身のあやうさと小ささもあまりに恐ろしい。しかし、今はこの船の揺れに、全てを委ねるしかない。 ザパ〜ン…… ザッパ〜ン…… はっ!! ……。 オエ〜〜ッ!!!(定番) も、もはやすっかりおなじみとなった激しい乗り物酔いが……。到着は明日の朝なのに……。ぐえっ、死ぬ、死ぬう〜〜っ。 ……。 こんな元旦はいやだ〜っ(号泣)。 今日の一冊は、体は心が支配してると実感させられます 心療内科を訪ねて―心が痛み、心が治す (新潮文庫) |