〜ダルエスサラーム2〜





 
ゲロゲロッ


 ゲロゲロゲロゲローーッ





 ピチャピチャ


 ……。


 ふふふ……。
我ながら汚い。
 一晩をかけてダルエスサラームの港に到着したフェリー、その上でアフリカのエキスを全身に染み込ませ、逆に疲労と激酔いで各種体液、汚物を撒き散らしているオレは今時の
汚ギャルと勝負しても判定2−1で勝てそうなくらい汚い。
 しかし本来ならばオレと汚物、オレと不潔は
小雪と女相撲くらいミスマッチなものである。とにかく下船早々に街へ戻り、宿を探しシャワーを浴び本来のつるつるした姿に戻らなければならない。
 もう精も根も尽き果て、
決まりかけた縁談が壊れても何の文句も言えないくらい衰弱していたオレだったが、最後の力を振り絞って15kgの荷物を背負いながら街の中心まで歩く。
 それにしても……まだ朝も7時前だというのに
なんなんだこの暑さは。少年時代の田舎の夏休みか? こんな気候の中に住んでいたら住人全員元の肌の色がわからなくなるくらい真っ黒になってしまうんじゃないか? ……。なってる。たしかになってる。そりゃ毎日これじゃあなるわな……。でもそしたら黒人も日本に来ればどんどん色が薄くなって行くのかもしれない。そういえば最近見なくなったが、日本に長いこと住んでいるサンコンやゾマホンはきっと今頃井上和香と並んでも区別がつかないくらい白く、そしてワカパイになっているに違いない。

 なんとかめぼしい宿を見つけ、チェックイン。当然部屋に入った瞬間飢えた高校生のように服を脱ぎ散らし、一直線にシャワーへ向かう。ああ、うるわしのシャワー!
 キュッ、キュッ。
 シャ〜……(グラマラスで艶っぽいシャワーシーンを創造してください)
 フン♪ フフ〜ン♪

 (さらに、垂れ下がった長い髪をやさしく揉みながら)
 ティモテ、ティモテ〜
 マイルド〜、ティモテ〜♪
 ティ・モ・テ!

 
はあ……はあう〜〜……き、気持ちええ……

 当然お湯などという贅沢もんはいくらがんばっても出てこないが、このアフリカの大地で
32歳の団地妻(夫40歳・単身赴任中)がマンションで一人過ごす初夏の夜のような火照ったからだを鎮めるのには、むしろ水シャワーで丁度よいのである。
 なんとなく
年齢がばれそうなティモテの歌を口ずさみシャワーを浴び終え、頭を傾け長い髪をバスタオルでパンパン挟みながらオレは本来のオレに戻った。これが男・作者の豪快なシャワー浴びっぷりである。

 ダルエスサラームは、その気候こそアフリカを代表するような、
自己啓発セミナー会場なみの熱気であるが、街並は過去2カ国ザンビア、マラウィの首都と比べてもずっと都会である。
 そもそもアフリカといえば暑いのが当たり前というイメージがあり、この先もずっと暑い暑い暑い暑いと
全身でおでんを味わう片岡鶴太郎くらいのリアクションをし続けていくことを想像していたのだが、なんとまだ大陸半分来ていないにもかかわらず、季節のせいもあってここが我がアフリカの旅での暑さのピークなのであった。もともとオレは30℃を越えると肉体が活動を拒否するように出来ているのに加えて、暑さを伝える表現のレパートリーもそろそろ考え付かなくなってきたので、ここを最後に暑さとバイならできるというのは非常に喜ばしいことであった。

 さて、昼食は安食堂でワリニャマを食う。「ワリニャマ」というのはタンザニアの郷土料理で、
その名前から大体どういうものかは想像がつくと思うが、簡単に言うと肉とごはんだ。スワヒリ語で「ワリ」は米で「ニャマ」は牛肉である。他に「ワリサマキ」というメニューもあるのだが、同じく名前を聞けば中身について想像は容易である。「ワリ=米」にマキだけにおそらくのり巻きのようなものであろう。と思ったら実際は魚とごはんで、何かを巻いているような部分は全く見当たらなかった。物事を名前だけで判断するのは大きな間違いであるという、小野妹子が男であると知った時のような懐かしい教訓を得たのであった。
 ちなみにいい歳した大人が「ワリニャマ♪」と食堂でかわいく発音するのはとても恥ずかしかった。ヤフーオークションで商品を落札したのはいいが相手がきちんと包装してくれず、
自宅に届いた時に中身が国分佐智子写真集であることがおもいっきり親にばれた時くらい恥ずかしかった(号泣)。

 その後ミニバスに乗り、ビザとりのためにケニア大使館へ向かう。といっても地図も持たず、運転手にうながされるままめぼしいところでバスを降りたのだが、なんか
集落に迷い込んでしまいどこへ行けばいいかさっぱりわからない。
 ここはどこなんだ……。
 大体オレは
タンザニアに土地勘は無い。よって今来た道を進むか、それとも戻るか、もしくはもう1本の横道に入るか、3本の道という選択肢があるのだが、ここからひとつを選ぶための材料が全く見当たらないのである。3択の女王竹下景子ならなんとか切り抜けられるかもしれないが、オレははっきりいって竹下景子でも竹中平蔵でもない。ただの作者である。どうすりゃいいんだ。何を根拠にオレはここから移動すればいいんだ。太陽に向かって進めばいいのか? 信じる方向に進めばいいのか?
 しかしこうして見知らぬ土地で途方に暮れるのももうかなりの回数になるが、この底なしの不安っぷりには決して慣れることがなく、
毎回初めてのように新鮮に不安である。ああうれしい(号泣)。旅人として初心を忘れないように出来ておりとても都合がいい。都合はいいがいつも本気で泣きそうになる。
 
 一人で動揺していると、
集落の中央で泣きそうになっているいい歳した大人を見て、同情してくれたのかなんか地元住民さんの家族が民家の中から登場して、オレをなぐさめてくれた。


「あんた、いったいなにを困っているんだい?」


「おおおふっ!! す、すいません、ケニア大使館はどちらにあるでしょうか……」


「なんだ。大使館に行きたいのか。よしよし。元気を出すんだ。ヘイ、健太! おまえが連れてってやんなさい!」


「うん、わかった父ちゃん!」



 結局、家族の中の最年少、7歳か8歳くらいのチビッコがオレを引率してくれることになったようだ。少年はオレをさびしがらせないように、道すがら色々と話しかけ気遣ってくれた。次第になぐさめられ、元気付けられるオレ。……うーむ。
我ながら大人を名乗るのが実に恥ずかしい。大使館の前まで来ると、役目を終えた少年はバイバーイ! とかっこよく去って行った。ありがとう、少年。きっとオレはこの恩を忘れることはないだろう。もし将来オレが笑点の司会になり、少年が落語家になって大喜利に出演したら、その時は彼に優先的に座布団をプレゼントすることにしよう。
 ケニア大使館では、
綱引きをやったら一番後ろで体に綱を巻きつける役が似合いそうなごっつり体型のケニア人のお姉さんビザ発給窓口を担当していた。


「こんにちは、ふくよかなお姉さん。ケニアビザをもらいたいんですが……」


「あらあーたその失礼な言い方はなんなの! ここまで子供に連れてきてもらったくせに!!」


「もへっ。す、すいません……」


「そんな失礼なあんたは月曜にパスポートを取りに来なさい」


たわば!!! ああ、お姉さん……僕が言っているふくよかさというのは、マリリン・モンローを思わせるようなグラマラスで魅力的なふくよかさであり、その豪快な胸のふくらみ、力強いウエスト、荒々しいヒップ、どれをとってもアフリカの大地を思わせるようなその表現力にひどく感銘を受けているんであります」


「うふふふ……あんたよくわかってるわねえ。じゃあ仕方ないから、今日発行にしてあげるわよ。午後2時過ぎに取りに来なさい」


「おおっ。ありがとうございます!」



 よかったよかった。ビザの発給には数日かかることも多いが、正直待っている間というのは実にやることがなく、限りなく退屈なのである。猿岩石のように
ビザ待ちの間に栄養失調で死にかけるようなことはさすがにないが、早く出してくれるに越したことは無い。
 しかし発行まで大体3時間くらいかかるということだったので、オレは時間を潰そうと近くのスーパーを冷やかしに行き、物欲に負けて大量のお菓子や小物を買ってしまうのだった。
 有り余った時間をもてあましたオレは、スーパーの駐車場の空いているスペースに座り込み、ひたすらアイスを食いまくっていた。バニラ味、チョコ味、レモン味とグルメな食べ比べをしそれぞれの風味の違いを味わうという、
アグネス論争くらいバカバカしい時間の無駄遣いをしていると、突然背後から日本語の機械音が聞こえて来た。




「バックします。バックします。」





「おわ〜っ!!」




 慌てて逃げ出した後で振り返ると、日本製の4WD車が
「バックします」と言いながらオレの存在を無視して駐車スペースに侵入してくるところだった。
 に、日本車でよかった……。先日
「ヒダリヘマガリマス」という音声を聞いて「スワヒリ語で言え!!」とつっこみを入れていたオレだが、もしこの車をスワヒリ語で喋るように改造していたら、今頃オレは3往復分くらい轢かれまくっていたかも知れない。なんか遠いアフリカで日本人のチームワークを感じたような気がする。日本車ばんざい。

 その日のうちに目出度くケニアビザを手に入れ、これで次の目的地へ進む準備は整った。ミニバスに乗り宿の近く、ダルエス中心部に舞い戻る。これにてこの場所での観光、必要作業は全て終了した。明日の朝から、またアフリカ北上の旅である。





今日の一冊は、できる人ほど、よく眠る。






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