〜現地サファリパーク1日目・アルーシャ〜





 モシからほんの1時間で到着した、タンザニアでは最後の滞在地となる町がアルーシャである。それにしても1時間で移動が終わるなんて初めてである。7,8時間の移動が全然普通に感じられる昨今、1時間なんてのはアフリカの旅人にとっては
三木道三ブームや羽田政権くらいの短さに感じる。

 アルーシャという町自体には昼間のテレビ東京と同様特に見るものは無いのだが、ここから西にはタンザニアを代表する国立公園が揃っており、オレもここを拠点にしてアフリカのサファリツアーに参加することにした。尚、本物のサファリツアーは
村の中でポークやグランドマザーを見物するのでは決してなく、野生動物が人間の手の入らないサバンナで普通に食物連鎖を行い生態系を保っているところにこっそり侵入し、彼らの生活を垣間見ようとするものである。
 通常、文明の発達というか人間の大暴れにより自然はどんどん減っていくものだが、アフリカでは政府によって「この部分は手をつけてはいけません」と定められた地域があり、そこには21世紀になっても野生の王国がしっかりと生き残っている。なかなか感心なことではないか。その立派な政策がなかったら今頃
ターザンもごく普通のサラリーマンになり、終電で帰宅したあとはチンパンジーのチータと一杯やりながら、ドレスコードにうるさい総務の清水課長への不満をくどくどと語るようになっていただろう。

 街に無数にある旅行会社をコツコツと周り、設定したツアーは3泊4日で駄々こねて310ドルというそこそこなものだった。明日からの冒険に備えてお早い帰宅をと考え宿へ向かっていると、遠くからなんだかフランス風の叫び声がする。
 なんだい一体??


「ヘーイ!! ヘーイあんたっ!!!」


「え? 僕ですか??」


「ユー!! ユー! オレだよっ!!」


 通りのあちら側から猛然と走って来たのは、なんとなく見覚えがあるような、無いような必死の形相をした白人だった。しかしえらい興奮状態である。


「ユー! ジャパン! おぼえてるか?? ビクトリアフォールズからザンビアのリビングストンまで一緒だったじゃないか!!」


「あーっ! あの時のフランスの人!!」


「おお……まさかこんなところで出会うなんて……なんというマジック……」


 彼の後ろには男1人、女2人の友人がおり、そういえばジンバブエの国境からジープに乗って一緒に移動しオレがかなり気まずい思いをさせられたフランス人の4人組であった。


「いやー、元気でした? たしかあなた達は飛行機で……」


「ああ……ミラクル……ミラクルとしかいえない……」


「あの、僕はあれから全部バスの移動で結構大変で……」


「神よ……なんたる奇跡……おお、ジーザス……」


「あの……そんなに奇跡でもないと思うんですけどね……」


「信じられない……こんな……こんな神がかりが……」


 フランス人は時間と空間を経てこんなところでオレと再会したことにまさに
イエスの復活でも目撃したかのように取り乱しきっている。そして後ろにいる友人達はオレと軽く挨拶を交わした後他人のふりをしている。しかし「ミラクル!」を繰り返すフランス人の目は宝石のようにキラめき、モーニング娘の新メンバー募集で最終選考まで残ったオレを震えながら見つめている。ちなみにオレはメンバーになれなかったとはいえシャッフルユニットには参加する予定であったが、くじ引きで組み合わせを決めたところオレだけがシャッフルされず、たまたま今は一人で活動しているだけなのだ。今まで黙っていてごめん。


「ああ……なんという確率……」


 決して再会を喜ばないわけではないが、正直言ってお互いアフリカ旅行者だし、それほどまで凄いことではないような気がする。だがこの彼の沸騰ぶりはなんなんだろうか。彼の正体は
感動する代ちゃんなのだろうか?
 しかし本来地球上の人間の数からして、ただその人に出会うということが、それ自体60億分の1の大変な奇跡ではないだろうか。ピアノの演奏中に手の上に思いっきりフタを落とされ、気付くと
手が階段状にヒラヒラになっており、しかし次のシーンでネズミを追いかけている時にはすでに元に戻っているくらいの奇跡である。60億回やれば1回くらいは手もヒラヒラになるだろう。
 たしかに一瞬だけの時を過ごした見知らぬ外人と、再び巡り合ったその偶然に感動で打ち震えない、オレや彼の友人達の感覚の方が異常なのではないだろうか。そんなことを、「ユウジ、あなたは決して落ちこぼれなんかじゃない。だって、あなたは何億という数の精子の中から、たったひとつ選ばれて生まれてきた大切ないのちなんだから」「え……それ、ほんとうなの?」「そうよ。あなたは数え切れない競争相手の中から神様に選ばれた、立派なエリートなの。だから胸をはって!」「おかあさん……。ぼく、ぼくなんだか自信がもてそうな気がするよ!」……などという昔の保険体育の教科書に書かれていた
これ以上ない後ろ向きな励ましのセリフを億つながりで思い出しながら(全然関係ないが)、しみじみと考えさせられるタンザニアの夕べであった。

 翌朝、宿の部屋で首を12歳のアミメキリンのように長くして待っていたオレを迎えに来たのは、今回のサファリツアーに同行するガイド兼ドライバーの若い黒人であった。本場のサファリツアーのガイドというと、上半身裸な上に獲物の虎皮を腰に巻き、軍用ライフルでも肩に担ぎながら
片方の目はあのとき猛獣の一撃を避けきれず、深い傷を負い光を失っているというような劇画調キャラクターを想像していたのだが、目の前の彼はジーンズにポロシャツで背も低く、全幅の信頼を置いて命を預けるのはやや考えさせられる風貌だ。

 
AボタンとBボタンが四角いバージョンのファミコンのようなずいぶんと年季の入った4WDに乗せられ旅行会社の事務所へ向かうと、そこで責任者のオヤジに3泊4日のツアーの予定が2泊3日に変更になったと一方的に告げられる。もちろんオレは赤子のように暴れだしひと悶着だ。しかし同行する他の客の予定もあるようで、料金は下げても日数を変えるのは不可能であった。
 ……なあ、昨日書いた
契約書の意味はなんだったんだ? アフリカよ?

 その時、背景画像に派手な花柄のスクリーントーンを使用してさわやかに登場した(作者の欲望のせいでそのように見えた)のは、このツアーの同行者である2人の若い白人女性であった。彼女達はスウェーデン人の旅行者で、活発そうなかわいい系の女の子のシェスティンと、デカくお姉さん系しかし非常にフレンドリーで親しみのもてるオアサという、昼休みは目黒の駅ビルでパスタでも食べていそうな
キャピキャピ2人組である。尚、二人ともオレと挨拶をする時に抜群の笑顔でキラキラと目を輝かせていたので、どうやらオレのことが好きらしい。
 今回のメンバーは、旅行会社側はガイド兼ドライバーと朝昼晩の食事を用意してくれるコックの2人、客側はオレ、そしてオレを巡って今まさに友人関係に亀裂が入らんとしているシェスティン&オアサのキャピキャピコンビの3人、計5人のグループである。5人という点でSMAPやTOKIOに非常に親近感を覚える。

 全員で4WDに乗り込み、1時間ほど街を走ると舗装道路は終了し、そこからは国立公園を目指して数時間を道なき道を走る。
 1日目の目的地は、タランギレ国立公園というところであった。アルーシャの町から同乗して来たコックは常に宿で食事の準備のため、公園の中のツアーには参加しない。ここからはドライバーただ一人にオレ達の運命を委ねることになる。はっきり言って、公園を車で周るツアーではあるが、公園というよりも単純に
アフリカの大自然である。名前は伏せるが、富士の裾野にある、とあるサファリパークとは違い、タンザニアの国立公園の場合は広いものでは関東地方と同程度の面積があり、さらにとあるサファリパークとは違い、肉食獣は飼育係の与えるエサではなくそのヘンにいる草食動物を食っている。単純に「あっ、しまった、ガソリンいれとくの忘れちゃった」という発言だけでオレ達も食物連鎖の環に組み込まれることができるため、ここでのドライバーの役割はエクソシストでいったらカラス神父くらい重要なのである。

 タンザニア政府に支払う上納金のための粗末な料金所を過ぎると、もはやそこは人工の物が一切存在しない新世界紀行のワンシーンであった。



















  いきなり登場したのはインパラの群れである。オレ達の車は屋根の部分がカッポリ外れるようになっており、全員立ち上がった体勢で移動できるため、まさに野生動物と自分の間には
鉄格子も壁もガラスの一枚すらもない状態。さすがに動物の方も車を警戒してだろうか、そんなに近くまでは寄ってこないが、怪物くんやピッコロ大魔王のように数メートル手を伸ばすだけで簡単に触れることができる距離である。
 インパラは草食動物の代表というイメージがあり、どうも野生の王国の中では
ショッカーくらいの多勢やられキャラというイメージがあるのだが、近くで見るとめちゃめちゃキレイな体をしている。金色に輝き全くムラがない肌の色、そしてなによりフィギュアの女王渡辺恵美の20年前のような完璧に引き締まった筋肉。うーん、すごい……。残念ながら触れて感触を確かめることは出来ないが、特に足の付け根周辺のその彫刻のような美しさに、思わず我を忘れ見とれてしまう。もしインパラが朝のラッシュ時の京王線に乗っていたら、オレは辛抱たまらず人ごみに紛れて痴漢行為をしてしまうだろう。もちろんインパラだけに人間の言葉で「やめてくださいっ!」と叫び声をあげられないことを知った上での卑劣な犯罪である。さらに鉄道警察に捕まっても、「むこうがオレを誘ってきたんだよ!! ほら、見てみろ! パンツはいてないじゃないか!! あれじゃさわってくれって言ってるようなもんだよ!!」と反論する用意がある。
 しかしそう考えると、彼らが車に近寄ってこないのは車そのものよりももしかしたら
オレのセクハラを警戒してのことかもしれない。

 それにしてもサファリツアーが開始された直後に登場するとは、インパラも自分達が「ショッカーキャラ」だということを自覚しているのだろうか。ちゃんと演出面を考慮しており、なかなか好感が持てる。


「いいかい、みんな。草食動物は結構あちこちにいるんだけど、もっとデカイのとか肉食はどんどん奥に行かないと見れないんだぜ。まあ3日もあるんだ。ゆっくりやって行こうぜ!!」


 たしかにガイドの言うとおり、その広さからして公園内にはそこら中に動物がいるわけではなく、しかも車のエンジン音やオレのセクハラ攻撃を警戒して特に小型の草食動物などは隠れてしまうだろうし、そううまくは事は運ばない。
 オレとキャピキャピ2人組みは、屋根からおもいっきり身を乗り出してサバンナの空気を味わっていた。単純に遠く続く天然の景色を眺めたり、茂みの植物を観察しているだけでも今のところは新鮮で楽しめる。
 オレの目の前の茂みに生えている草は、有刺鉄線のように尖ったとげとげを至る所に装着しており、植物なりに自己防衛の機能を備えているようだ。たしかにこれを食おうとしたらとげとげがくちびるを突き破るだろうから、草食動物は近づかないだろう。ただし、
ロープに振られた大仁田厚が飛び込んで来る恐れがあるため、草としても完全に安全であるとは言えないかもしれない。下手をしたら後楽園ホールに設置されて電流を流された上に爆破される可能性もある。

 そんなとげとげの茂みを眺めながら、車はゆるゆると進んで行った。

 ↓それにしても、そこまでトゲトゲしくしないでもいいだろうに……。











 ……。







 
おや?













 あの、
なんかいませんか? とげとげのむこうに??




























 ……。

















 あわわわわわわわわわわわわわわ……





「が、ガイドさんっ、す〜ませんっ!!!!」


「なんだ? オロオロしちゃって」


「ら、ららライオンっ!! ライオンがいた〜っ!!!」



「ん? なんだって?? どこに?」


「あそこっ!! 茂みの中にいたんだよ!!」


「いやー、ライオンはもっと奥の方に行かないといないはずだぜ。確かなのか?」


「いた。いたんだ〜」


「わかった。じゃあちょっと戻ってみるか」


 ガイドはウィ〜ンと車をバックさせると、先程の茂みの真横につけた。オレはシェスティンと並んで屋根から乗り出して茂みサイドを見ていたので、彼女にもとげとげの奥を指し示し同意を求める。


「ねえ、シェスティンちゃん。あそこ、あのとげの向こうに、ほらなんか見えない?」


「う〜ん。そうねえ。そう言われてみればそんな気もするけど」


「そ、そんなもんかな……」





 ……。




 
ガサガサガサガサ!!!


「ぬおおっ!!!」


「ヒャアッ!!!」



 その時、茂みの奥で何かが立ち上がり、すぐ横で停車中の4WDのエンジン音、排気ガスにイライラしたのだろうか、その巨体を揺らしながら、眼光に殺意を秘めた
とても強そうなネコの親玉がオレとシェスティンの目の前2mに思いっきり登場した。






































 
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!















 次の瞬間、オレとシェスティンは
ほとんど同時に車の中へ沈み込んだ。
 
2人とも、声にならない声をあげる。灼熱のサバンナでも、鳥肌は立つもんだ。オレがこの時後部座席の上で固まりながら僅かに呻いた、誰に対してでもない、勝手に口からこぼれ出たセリフは、「こ、こえ〜〜」 だ。
 今までライオンは可愛いものだと思っていた。
ネコと血縁関係だし、NHKに映るサバンナの中で家族とじゃれ合う姿は、うちにも一匹欲しいと思わせるに充分足りうる愛らしさであった。
 だが、実際に
遮るものの全く無い2mの距離で野生のライオン、百獣の王のその巨体を目にした時、人間としてというよりも、生物としての本能から来る恐怖が体を襲うのであった。こ、こわいよ〜っ!!!!

 ……。

 というか、
屋根おもいっきり開いてるんですけど一体僕らどうなるんですかね???


「おおっ。おまえよく見つけたなー。これはメスライオンな。知ってると思うけど、オスはタテガミがあって、しかもあんまり行動しないんだ。狩りをするのも子供を育てるのも、全部メスの仕事なんだ」


「へえー。ライオンの社会では男はずいぶん楽してるのね〜」


「へえ〜。……。
って冷静にガイドしてる場合なんですかねこれ??? andオアサねえさん!! あんたもなんで冷静にガイドの説明に相槌が打てるんですか!! ねえガイド!! この猛獣ほんの1回ジャンプすれば車の中に入ってこれると思うんですけど違いますか(号泣)!!!!」


「ああ、心配するなって。入ってこないから大丈夫」


「……」


「……」


「……」



 ……。

 
大丈夫な理由をひと言も述べないんですがこの人、本当に絶対に確信を持って大丈夫なんですかね? オレにはどう考えても大丈夫には思えんぞ?? 「前例が無い」というのが理由ならそんな理由は理由にならん。あんたが生きているということは前例が無いんだろうが、食われてしまってから「あ、ライオンもたまには車ン中に入ってくるんだ」と悟っても、その教訓は今後のガイド活動に活かせそうもない。


「ああああの、とととりあえずもう先に進みませんか?」


「そ、そうよ。もう見たわ。みみ見たから次へ行きましょう!!」


「あら、シェスティンも作者ももういいの? わたしはまだ見足りないような気がするんだけど……」



 
あんた、もしライオン入って来たら責任持って真っ先に食われてくれるか??
 結局オレとシェスティンが恐怖におののきながら発車を急かしたため、とりあえずまたライオンは後にとっておきましょうと、ドライブを続けることになった。
 次第に小さくなっていく獣の姿。深呼吸をして、自分にも動物としての恐怖の本能が備わっていたということを改めて噛みしめる。
備わっていない人も身近に一人いるようだが。とりあえず、オレは日本からひそかに計画していた「ライオンにまたたびをやってみる」という実験など、出来るわけがないということを悟った。
 命は大切である。







今日の一冊は、

20世紀少年に匹敵すると思う

Monster (1)




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