〜最果て3〜





 旅先で行うことといえば、どういうものがあるだろうか。観光、グルメ、ショッピング、ナイトライフ、そしてそれらを通じた現地の人々との交流……。今までの旅行記を読んでもらえればわかるように、オレもショッピングやナイトライフが
大好きだ。ファミ通を読んでプレステ3とWiiのスペックを比べたり、アイドル画像掲示板で投稿画像をチェックすることなんかより、友人たちとオシャレなバーで談笑する方がずっと大好きだ。 ビーーーーーーーー(ウソ発見器の音)
 しかしここワディハルファでは、旅先ではあってもそれらの楽しみは非常に限られている。
 観光するものといえば近くを流れるナイル川くらいだが、別にナイル川だからって
クレオパトラが泳いでいることもなければ、不用意にバシャンと水を蹴ったらオシリス神が現れて呪いをかけられるようなこともない。みんな惑わされているようだが、実際ナイルとは名ばかりで、所詮なんの面白みも無いただの川なのである。実際に見に行ってみたが10秒で飽きた。たしかに遠目では砂漠に流れる川というのはなかなか異国情緒があって美しく感じられるが、間近で見ると言うほどたいしたことないのだ。これは、首から下のエロさで男の目を欺いている倖田來未を思い出させる現象である。ただのおばさんやんけ!! 騙された!! ダイエットコークのCMに騙された!!!

 グルメといえば、唯一開いている店で売っていた食料は水の他にパンとジャムと牛さんチーズだけ。それを文句言わずにひたすら食べるしかないのだ。この時ほど人間にとって食事というものは楽しみではなく義務なのだと学ばされたことはない。この国には
食料選択の自由は無いようだ。おお、なんか今ぼくうまいこと言ったね。これだけセンスがあれば糸井重里事務所に就職できるかも。
 そしてショッピングだが……買える物といったら
パンとジャムと牛さんチーズだけ。オレンジのジャムかブルーベリーのジャムかどっちにしようかななんて悩む楽しみも無いではないが、そんなものは地元の京王ストアで悩めばいいのであって、日本から1万2千キロ離れた旅先で悩むことではない。とはいえ、仮にここの商店にバーバリーやエミリオプッチのバッグがあったとしても、ここではそんなものより一切れのパンの方がはるかに貴重である。砂漠で生き延びる時にバーバリーのバッグでは腹は満たされない。
 そしてナイトライフだが……。夜になると
10m先も見えなくなる上に気温も数十度単位で低下するため、盛り場を求めて砂漠に繰り出した場合は生きて帰れる確率は低い。盛っている場合ではないし、そもそもそんなものは無い。

 結局オレたちが砂漠の時間をどう過ごすかというと、そう、
大貧民大会である。チャーシューメンが食べたいだのsabraの最新号が読みたいだの(それはオレだけ)ぐだぐだ話しながら行う貧民大会は、こんなにも遊ぶことに熱中したのは小学生以来ではないかというくらいの血湧き肉踊る快感であった。
 オレは場の空気など読まず、持ち前のいやらしい性格を十二分に発揮しひたすら勝ち続けた。おまえらっ! これが今までの恨みじゃーーっ!! ばかやろー!! 2を出したからって流せると思ったら大間違いなんだっ!! オレがジョーカーを出すんだよ!! おりゃーーーっ!!!
 これはクリリンの分だーーーーっ!!!!

 余談ではあるが、オレが「血湧き肉踊る」という表現を最初に見た時、たしか何かのマンガで「ちわきにくおどる」とひらがなで書かれていたため
「ちわき肉」という肉の種類があると思ってしまい、何年もの間「ちわきにくおどる」という表現を聞くとその「ちわき肉」が踊っているという楽しい姿を想像していた。

 しかし、そのようにしてひたすら勝ち続けたオレが旅人同士の団結の空気を乱してしまっていたことに気付いた時には、
すでにいざこざが始まっていた。さすがワディハルファ、大の大人を大貧民のカードの出し方で真剣に揉めさせるというのは、なかなか凝った演出をしてくれるものだ。一応オレは揉め事には参加せずにまあまあキミたちと仲裁に入っていたのだが、なんとなく他のメンバーから「おまえがもっと雰囲気を読んで適度に負けていればみんな楽しくトランプができたんだよ」という厳しい視線がオレに向けられているような気がした。いや、たかがカードゲームで普通にケンカになってしまうということからも、トランプがどれだけ砂漠での貴重なアミューズメントであるかがわかってもらえるだろう。ここにいる全員にとって、今ここで大富豪の座につくことは就職活動で第一志望から内定をもらうよりも嬉しい出来事になっている。

 さて、夜も更け、各自部屋へ戻って3日ぶりのベッドでの睡眠である。部屋へといっても3人部屋であるが、それにしても夜は、いや、夜よりも特に朝方が寒い。ルームメイト2人はきちんと寝袋を持参しているため、夜はカタツムリのように自分の殻の中に入ってしまい
話し相手にすらなってくれない。これはさみしい。どのくらいさみしいかというと、もし団地に住む人妻が今のオレの気持ちだったらいつの間にか夫に内緒でテレクラにのめり込んでしまうだろうと思われるほどさみしい。
 オレは受付から借りた毛布にくるまって、1人でガクガクと震えながら寝られずに太陽の昇るのを待つのである。そして日の出を迎えてからやっと眠りに落ちることができるのだ。
 ということで、オレは昼まで寝ていた。それにしても、起きてベッドから下りると絨毯の上でもなく木の床でもなく
いきなり砂漠というのは、いかに心の広いオレといえど理解に苦しむ。オレがどのくらい心が広いかというと、ラッシュ時の自動改札で自分の前のおっさんがピンポーンと引っかかっても舌打ちとかせずにいつまでも笑顔で待っていられるほど心が広いのである。だが電車に乗り遅れるのは許せるが、床が砂漠なのだけはどうしても許せない。オレは物心ついた時から床が砂漠なのが大嫌いなのだ。

 尚、別に遅く起きたからといってルームメイトは出かけているでもなく、すぐ隣でゴロゴロしている。朝起きてからずっと、ゴロゴロゴロゴロしている。……この引きこもりどもが!!! アフリカに来てまで1日中部屋の中かよ!! 働かないんなら、せめてボランティア活動でもしろよ!!! といいたいところだが、これは仕方の無いことだった。そもそも、どこへ出かけろというのだ。
 昼になり、オレたちは町唯一の店へ買出しに行った。ちなみに、そのキオスクくらいの大きさの店は宿からもおもいっきり見えているのだが、一直線にそこを目指しても
砂漠を30分歩かないとたどり着かない。まったく遠近法というのはやっかいなものだ。遠近法なんて、なければいいのに。毎食毎食往復1時間かけて水とアエーシという円盤のような薄いパンを買いに行くのであるが、今日は店の倉庫までハイエナのように漁らせてもらった結果、なんとシーチキンを発見したのである!! これはなんというご馳走であろうか!!!
 早速ジャパニーズマネーで全員分のシーチキンを買い込み、宿へ戻って嬉々として蓋を開ける。すると、中には
ほのかにピンク色をしたヌルっとした液体が入っているだけなのであった。おそらく想像を絶する長い間倉庫で放置されていたのであろう、保存食の保存の限界を超えてシーチキンが完全に液体になっているのであった(号泣)。おそらく、この缶詰は日本がポツダム宣言を受諾したくらいの時期からワディハルファの倉庫に眠っていたものなのだと思われる。
 しかし、さすがにみなアフリカを旅するつわもの。いや、別段つわものではないが、リアルに
「スーダンで薄いパンだけで1週間を過ごす男女」という黄金伝説の企画を実行中のため、たとえ液状化していようがシーチキンは規格外のご馳走。食べられないどころか、むしろパンに塗りやすくて好都合だ。ということで全員なんの躊躇も無くパンに塗りたくって、ある者は丁寧にパンの真ん中に空洞を作り液体シーチキンを流し込み、「うめー!」と叫びながら普通に食べるのである。 実際これはシーチキンを食べるというよりシーチキン風味の油を飲んでいるといった状況であり、普通の日本人なら、いや、天保の大飢饉の時の百姓ですらこれを食うのは躊躇すると思われる。これは西暦2000年以降の日本ではなかなか味わえないひもじさだ。
 さて、ともかくパンとシーチキンジュースで腹いっぱいになった後は、条例で定められている通りベッドでごろごろである。こんな暑い時間帯に何も無い外へ出て行く必要などない。旅人だから出歩かなきゃいけないなんてことは一切無いのだ。アーレフに出家信者と在家信者があるように、オレたちは
在家旅人なのである。オレなどは特に寝てないわ食ってないわ食中毒直後だわでもう観光どころかベッドから1歩たりとも動きたくない。観光に行くんではなくて、観光の方にここまで来てもらいたいくらいだ。
 オレは田神くんとマリさん(仮名)と、このまま8時間くらい喋り倒す勢いでぐーたらしつつエチオピアの悪口などをわめきあっていた。すると、突然外から部屋のドアが威勢良く開く。


「ハーイ! 作者!!」


 そこに居たのは3人の若いスーダン人であったが、よく見ると中の1人には見覚えがある。これは……。そうだ、ハルツームからの電車でオレにセフィアンサンドをご馳走してくれた博愛主義のセフィアンではないか。


「オー! セフィアン! ハロー!!」


 オレはとびきりの笑顔になり、大げさに彼に近づき求められるまま握手をした。心の中では「ああなんか面倒なことになりそうだ……」と嘆きながら。頼むセフィアン、
ただ挨拶をしに来ただけであってくれ。オレは本当に疲れているんだ。体が弱っているんだ!!
 セフィアンは隣の若者をオレに紹介して言った。


「作者、ゼイアーマイフレンド。アンド、今からユーは、
カムトゥーマイハウス!」


「お、オー! リアリー? ユアハウス??」


「イエス! マイハウス! トゥギャザー!!」


「おー……、イッツナイス……(号泣)」





 ……。

 
ズガーーーーーーーン!!!!!!!!

 き、きた……。現地人の家への招待きたー!! 断れないっ!!! 
これは断れないぞっっ!!! もちろん、オレとしてはまた長時間の船旅を前にして今日は1日ベッドでぐだぐだ過ごしたいところだ。ただでさえ人とのコミュニケーションが肌に合わないという特異体質なのに、今日はハードな移動の谷間、貴重な休日なのである。引きこもりにとって「外国人のお宅訪問」というのは、陰陽師が平将門の霊と対決するくらいの精神力を使うイベントなのだ。
 が、とはいえセフィアンには黒いサンドイッチを含めいろいろとお世話になったし、なにより「ちょっとオレ用事があるんで」と断っても、
どう考えてもウソである。たとえオレオレ詐欺に引っかかり合計8千万ほど騙し取られたおばあさんでもオレの「用事がある」はウソだと見抜くだろう。それくらい明らかに用事は無い。


「オオーーーっっ(涙)!!! サンキュー! アイゴートゥーユアハウス(号泣)!!」


「オーケー。レッツゴー!」


「ヤー(涙)! よし、田神くん、彼が家に招待してくれるらしいんだけど、キミも一緒に来るかい(お願い、頼むから来て)……?」


「いや、僕はいいですよ。遠慮せずに作者さん行ってきてください」


「うう……」


「作者! カモン! レッツゴー!」


「おー! おーけーセフィアン! レッツゴー(涙)!!」


「作者さん、なんですかその不満そうな表情は……」


「ぐぬぬ……」



 おのれタガミ〜〜〜。
 オレの
藁にもすがるような必死の誘いを軽くいなした上に、オレが外人との交流を楽しもうとしていないことをあっさり見抜きおったな〜〜。オレはあくまで表向きはいつもニコニコ、少なくとも他の日本人の前では、旅先での触れ合いを大事にするタイプで通してるんだ。この表情を見てしまったやつは生かしておくわけにはいかね〜〜。そして、田神などと神を名乗っておきながら、本当はこやつも外国人との交流が嫌いに違いない。だって一緒に来ないんだもん。それでよく神なんていえたもんだ!!!


「行ってらっしゃ〜い」


「うん。行ってくるよ。スーダン人の家に上がれるなんて楽しみだなー。タガミアホっっ!!」



 オレは、セフィアンと友人たちの後について宿を出た。彼らがわざわざオレを探しに来てくれたというありがたさと、
原因不明の疲労感と共に。もちろんこれは、感謝してしかるべきことだ。退屈しているオレを、電車で隣に座っていただけの関係なのに家にまで招いてくれるのである。こんな素敵な好意に対して誰が不満を言えよう。というか、たとえ不満を持ったとしても誰が旅行記に書けよう。僕は、旅先でこうやって現地の人の家を訪ねるのが大好きです。

 砂漠を別の丘へ向かってまた30分くらい歩いただろうか。ぽつぽつと家が並ぶ集落へと入り、そのうちの1軒へお邪魔する。
 部屋に入ると、セフィアン(写真左)が奥から大皿に盛られた食事を運んで来た。手作りのシチューや肉、パンが並んでいる。うーん、もったいない。オレのような心の狭い人間にわざわざ手料理をご馳走してくれるなんて……。電車の時もそうだったが、彼は人が喜ぶ顔を見るのが好きなのだろう。オレはどちらかというと人が喜ぶ顔よりも、
女の子が恥ずかしがる顔を見るのが好きだ(滅多に見れないけど)なんか、彼を見ているとこんな自分が恥ずかしくなってくる。
 しかし、恥ずかしい人間であるオレがいつも困るのが、誰かに食べ物を与えてもらった時である。なにしろ、オレは好き嫌いが多いし食が細い。どうだ。成人男子としてやばいだろう。しかも、昼飯を食べたばっかりである。お父さんもやってきて「食え食え」と勧めてくれるのだが、そんなに食べられません。ぼく、
スーダンの家庭料理、食べられません(涙)。
 こういう時、オレは「出された物を残すのはマナー違反」という
日本の一般道徳を恨む。中国では、満足したということを示すためにむしろ食事は残すことが礼儀となっているのだ。どうせ言葉はわからないし外見は似ているんだから、最初からオレは中国人だということにしておけばよかった。いや、今からでも遅くないんじゃないだろうか。張です。オレの本名は、コレリ中佐ではなくて張アルヨ。だから食べ残すアルヨ。

 とりあえずオレは、こういう場合の定番脱出方法である、
腹を押さえて痛いフリをするポーズをとった。このポーズは得意である。小学生の時から給食や夕ご飯で嫌いな物が出た時、そして学校に行きたくない朝に何度使ったことか。そう、食事に問題があるのではないんです。ただお腹が痛いだけ、オレの体の方の問題なんです。オレは弱い人間なんです。
 それからしばらくセフィアンや友人たちと日本とスーダンの友好関係や好きな女の子の話でお茶を濁し、なんだかんだで2時間ほど過ごしただろうか、なんとなくすることなくなった感が場を支配し、セフィアンや友人たちが立ち上がった。さあ、行こうか、ということらしい。お、もう帰るのかい? おお、もう宿に戻ってもいいのかい?? ほ、本当はもっとここでキミたちと一緒に遊んでいたかったのに、残念だなー。

 オレたちはセフィアン宅を出て、集落を歩いた。そして、少し歩くと
別の友人の家へ招かれることになった(号泣)。その家の住人、お母さんなどが歓迎してくれ、ありがたいことに食べ物やお菓子がどんどん出てくる(涙)。このお菓子というのもミニケーキというか砂糖菓子というかとにかく強烈な味の濃さで、たとえカラムーチョを食べた直後のヒーヒーおばあちゃんでもひと口食べれば「甘っ!」と叫ぶくらいの激アマなのである。あまりの甘さで口の中が猛烈に熱い。苦しいよー(涙)。


「どうだ、作者。スーダンのお菓子は」


「ちょ、ちょっと砂糖使いすぎではないでしょうか……こんなに使ったら砂糖がもったいないような気が……」


「何言ってるんだ。いいんだよ、砂糖なんて使い切っても。だって、調味料なんてなくてもオレの嫁が作る料理は、全部甘い愛の味なんだから(パチッ←指を鳴らす)!」



「あまーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!」



 セフィアンと友人と話をし終え、ようやく家を出ると、
すぐにまた別の友人宅に連れて行かれる(号泣)。そして甘い菓子とチャイのとても嬉しいもてなし。彼らの心意気についてはすごくありがたくいただけるのだが、この悶絶するほどの甘さのお菓子だけはもうある意味もてなしの名を借りた拷問である。しかしいくらダメ人間でも出された菓子くらいは笑顔で食べねばならぬ。オレは甘さで吐き気を催しながら、そして泣きながら菓子をいくつか口に入れた。
 ふと見ると、この家もオレが泊まっている宿同様、部屋は壁と天井だけで構成されており床は砂漠のまま、砂の上にベッドが置いてあるという状況であった。うーん。ワディハルファの家は砂が床なのか……。
雨の日も砂遊びし放題である。これは子育てに最適だ。

 ようやく夕暮れ近くなり、1人では
遭難する可能性があるためセフィアンと友人たちはまた30分も歩いてオレを宿まで送ってくれた。まったく、人の出会いというのはわけのわからないものである。オレがハルツームで食中毒になったがために、電車のチケットを取り損ねたがためにセフィアンと知り合うことができたのだ。人生には、過去も未来も一本通る道を変えれば出会えているはずの人がたくさんいるのだ。だから、みんなもたまには食中毒になろうよ。






今日の一冊は、前ページ「殉愛」の後に読みたい 百田尚樹『殉愛』の真実





TOP     NEXT