〜アフリカの終わり〜





 それにしても、いつからシャワーを浴びていないのだろうか(涙)。オレたちは全員、ハルツームを出てから一度たりとも体を洗っていない。股間すら洗っていない。おそらく、今時
南青山で飼われているトイプードルの方がもう少し清潔な体をしているだろう。さすがにこうして5日間も股間を洗っていないことをカミングアウトしたからには、女性ファンが減るのも仕方ないと思う。しかしみんな、安心してくれ。股間は洗っておらずとも、パンツは3日目の夜に新しいのに変えている。ある意味パンツさえ変えれば股間を洗ったも同然である。だから、このことで決してオレの清潔なイメージが崩れるものではないということを、みなさまにきちんと了承いただいた上で話を先に進めていきたい。
 では、安心して話を続けよう。
 一応、この宿にも体を洗うための設備
(と宿側が考えているだろうもの)はある。しかしそれは砂の上にドラム缶がひとつ置いてあるだけ、個室でもない他の宿泊客も頻繁に通るただの庭で、全裸になって、ドラム缶から水をすくって体を洗う……。そんことできるわけねーだろうがボケっっ!! 公共の場で全裸になれるような恥を知らない人間は、世界中探しても毛皮に反対する動物愛護団体くらいである。たとえ○×泥んこクイズで不正解になった回答者でも、ここで体を洗うくらいなら泥にまみれたままで1日過ごすことだろう。
 まあ本音を言えば女性陣にはぜひ公開全裸行水を試してもらいたいところだが、実際もしうちのグループの日本人女性がそれをやったら、いつの間にか周りにアラブ人の男が5000人くらい集まってきて
国境警備隊が出動する騒ぎになるだろう。だいたい、朝晩に屋外で水浴びをしたら寒さで心臓が停止する。
 そんなわけで体の各部位を長らく汚れたまま放置しているため、もはや髪の毛は砂と埃でガビンガビンになり、男女共に
セットの家が爆発した時のドリフのメンバーのような髪型になっている。スーダンの日程も最後に差し掛かっているだけに、名実ともに大オチの状態だ。

 さて、ワディハルファの町で3日目の朝を迎え、1日遅れたが今日こそは砂漠とおさらばである。朝からオレたち20代のメンバー4人は10代のタガミくんに引率され、出国の手続きや船のチケットの手配に大忙しであった。さすがに国境、しかも1週間に1度だけの出国ができる日だけあって、おそらく
砂の中に隠れていたと思われるスーダン人やエジプト人がわんさか湧いてきている。
 ハルツームからの電車と同じく、エジプトへ向かう船も週に1便だけであり、もし今日乗れなかったら次は1週間後。まる1週間をワディハルファで過ごすことになってしまうのである。さすがにこの町で7日間というのは辛い。おそらくワディハルファの宿にいる旅人より、
網走刑務所で服役中の窃盗犯の方がまだ快適な暮らしを送っているだろう。彼らは我々と違って体も洗えるし、献立も日替わりのはずだ。毎日薄いパンばかりではなく、きっとカレーシチューやソフト麺とかも食べられるのだろう。うらやましい……。でも、ソフト麺ってかけるソースが少なくて、最後の方はいつもただ白い麺だけを食べるハメになってたよね。

 昼過ぎ、オレたちは全員荷物をまとめ、砂漠を北に向かいひたすら歩いた。駅のもっと向こう、ここからはとても見えない場所、蜃気楼の彼方に港はあるらしい。自転車少年が相変わらずチャリで港と仲間の間を往復し、女の子優先で荷物を運んでやっている。……まあ、女の子から順番に助けるのは当然である。弱い者を強い者が支える。この助け合いの精神は一緒に旅をする上で絶対に必要なのである。
 だが、タガミ氏よ、ひとつあんたが忘れていることがある。……それは、ここにいる女の子2人より、
オレの方がもっとか弱いんだよ!!! オレ駄目なの!! 体力ないの!! スポーツテストも5級なのっっ!!! そんなことも見抜けないなんて、おまえの目は節穴かっっっ!!! ほら、どう見ても、女の子たちはハキハキして元気そうじゃん!! 彼女らは旅を楽しんでるかんじじゃん!!! それに比べてオレは明らかにしんどそうじゃん!!!! それを察してよ!!! 差し伸べてよ暖かい手を!!

 ということで、オレはまたじわジワじわジワとみなの衆から離されていった。なにしろ、オレの荷物は重い。吉川英二の三国志全6巻も持っている。少林サッカーの上映時に映画館で買った、ヴィッキーチャオの写真が掲載されている中国の雑誌も持っている。たとえ荷物の重さで砂に沈みかけようが、ヴィッキーの雑誌を捨てるわけにはいかない。
この想いは止められない。ズブズブズブ……
 その時ようやくタガミくんが女性陣の荷を運搬し終え、オレにも手を差し伸べてくれた。


「大丈夫ですかー! 作者さん、さあさあ、この手につかまってくださいませ」


「おまえオレを助けたいのか!! それともこの雑誌が目当てなのかっ!!! 現地価格は400円くらいのはずなのに映画館では1冊千円で買ったんだぞ!! 大事な大事な金電視を手放してたまるものか!!!」



 結局オレたちは荷物は田神くんに運んでもらい、自分たちは通りがかりのロバ車の荷台に乗せてもらい、今最もホットな働き者コンビであるロバ&タガミのおかげで随分早く港へ着くことができた。しかしスーダン人は親切だ。ケニアや南アフリカだったら、砂漠で孤立などしていたら
とどめをさされた上で金品と衣服を全て奪われてついでに犯されることだろう。
 しかし港というと大抵横浜やシドニーなど海に面している大きな港湾を想像するのだが、この港が面しているのは川1本だけだ。「港」という字は水を表すさんずいが付いているが、海に面した港と比べたらここは港ではなく
と呼んでしてしまってもいいくらいだ。ここはちまただ。まあしかし、ここから出港する船はただ川を下っていけばいいだけだから、乗員は海の男と違ってコンパスいらずである。たとえ船長が徘徊ぐせのあるおじいちゃんでも針路を誤るということはまずあり得ないであろう。途中で操舵不良になっても漂流していれば勝手にエジプトに着く。スコーピオンキングに食われない限りはまず大丈夫だ。

 オレたちが巷に到着したのは午後1時であったが、なんだかんだ
出港手続きには4時間ほどかかった。それにしても、最近つとに時間の感覚が狂ってきている。オレもいつからか待つことに寛容になったというか、時間のありがたみがわからなくなったというか。もし日本で銀行に口座開設に出向いて、番号札を取ってから呼ばれるまでに4時間かかったら、口座の開設をキャンセルして代わりに銀行強盗として店員を襲うだろう。だがここでは、自分ひとりイライラして文句を言ってもどうなるわけでもないのだ。数ヶ月に渡るアフリカでの生活、緩やかな暮らしを送る現地の人々と接したおかげで、オレも「長い人生なんだ、そんなに生き急いでどうするんだよ。ゆっくり、のんびりいこうぜみんな!」という考えに変わって来ている、そんなわけはなく、「ダメだこいつら! どうせいくら言ったって働かねーよこいつらは根本的にいい加減な奴らなんだからよー!!! こぉのボケどもはよお!!!!」と、ただ諦めているだけだ。

 オレたちが船に乗り込んでしばらくして、
ボーーーーーーーーーーーーー!!!! と汽笛が鳴った。この汽笛は、アフリカ脱出への合図である。エジプトもまだアフリカ大陸であるが、しかし今までの国とは全く違う存在である。なにしろ観光地だ。日本人の女子大生や人妻だって普通に観光に来ていることだろう。それどころか看護婦やスッチー、大学のラクロス部(女子)や新体操部のメンバーも町を歩き土産物を買いたくましい男(=アフリカを1人で縦断しちゃうようなたくましさを持った男)を求めているはずなのだ。前にも全く同じことを書いたが、きっとエジプト政府により丸の内OLや麻布人妻との合コンなどの企画も開催されるに違いない。それは、アフリカを陸路で旅して来た男だけに与えられる、アフリカからの報奨である。あおうっ(ヨダレ)、ぶ、ぶりっじ、ブリッジをしている新体操部の女子を〜〜〜〜っ! をおおお〜〜〜〜っっ!!
 おっと。


 午後6時、予定より4時間も遅れてついにオレたちはワディハルファの港を離れた。船の甲板から、誰も見送ってくれる人はいなかったが3日間を過ごした砂漠、2週間を過ごしたスーダンを目にジジジーと焼きつけ別れを告げる。スーダン……。思い出してみれば、スーダンでは苦しいことばかりだったな。そして、思い出してみれば、
別にスーダンだけじゃなく今まで全部の国で苦しいことばかりだったな(号泣)。短い休暇をわざわざ潰してまで海外旅行に行く旅好きの人たちに、どうやったら旅というものを楽しむことができるのかについて聞いてみたい。いや、アフリカに来る前に聞いておくべきだった。なにが楽しいんですか旅って。

 さて、ここからナイル川を下ってエジプトの入り口、アスワンまで20時間である。当然本日も、シャワーもベッドも毛布も無い。それどころか、あるのは
木製の長椅子のみであった。くそ……。いったいこの国はどうなってるんだよ!! もっと旅人に優しい移動を考えてくれよ!! いや、ただの旅人じゃないんだ。オレはマサイ族のマントで手をふいたり汗を拭ったりしてハンカチのように使っているから、オレはある意味旅人のハンカチ王子なんだよ!!! ハンカチ王子にこんな辛い思いをさせるなんて日本のおば様方が黙っちゃいないぞ!!!
 しかしよく考えてみれば、普通に飛行機という手段もあるのにわざわざ辛い方を選んだのは、誰あろう自分たちなのであった。トータルで考えて余計な時間と余計な生活費と余計な苦労をかけるより、飛行機代の方がずっと安いという
小学4年生くらいの算数の問題が解けなかったアホな自分たちなのであった。スーダンは悪くない。……いや、スーダンも悪い。スーダンとオレたち、どっちも悪いということで。




 船上から見たナイル川に沈む夕陽は、純粋なアフリカで見る最後の夕陽であった……。明日からは、エジプトの夕陽がオレを待っているのだ。





 
うおおおおーーーーーー(号泣)!!!
 このアフリカのボケ!! 散々オレをいじめやがってーーーーーー!!!! これでさよならじゃーーーー!!!!!




 さて、今夜もこの薄汚れた体で着替えもせずに、公園のベンチを思い出させる木製の長椅子の上で寝なければならない。最近は、
オレたちはもしかして路上生活者についてのフィールドワークを行っているゼミの仲間なのではないかとふと勘違いしてしまうほど、ひもじく哀れな生活を送っている。たった数日前に電車生活者から砂上生活者になったと思ったら今日は船上生活者だ。さすがに山下清ですら1箇所の滞在期間はもう少し長かっただろう。
 木の椅子は、やはり硬かった。
超人硬度10(ダイヤモンドパワー)の悪魔将軍くらい固かった。無理やり横になって寝ようとしても、ウトウトしだすとすぐにオレの背中と腰と後頭部を小人の集団がこん棒で滅多打ちにしているという悪夢にうなされ、飛び起きることになる。よく、外国人は大きさで勝負、日本人は硬さで勝負と言われているが、なかなかどうしてスーダンのこの椅子も並の硬さではなかった。……え? なんの話かって?? 椅子の話に決まってるじゃねーか! 決して下ネタなんかじゃないぞ!! オレは旅行記では一度も下ネタは使ったことがないんだよ!!!!
 ビーーーーーーーー(ウソ発見器の音)

 しかし硬いわ痛いわ寒いわ怖いわで寝たり寝なかったりトイレに行ってうげーきたねー!! と叫んだりし、結局オレはまだ真っ暗な、
まだまだドラキュラも十分はしゃぎ回れる時間に起きだして、1人甲板に出て昇る朝日を眺めに行くことにした。
 すると、オレより先に舳先に寄りかかって川を見つめている奴がいた。こんな時間に誰だろう? 
ドラキュラだろうか?? キャ〜! 助けて〜! ヴァンヘルシングさ〜ん!! ……いやしかし、もう6日間連続でシャワーを浴びていないオレに噛み付いたら、たとえドラキュラといえど食中毒で激しい下痢になるだろう。なので首に吸い付かれる心配はない。とはいえ、こんな早くから船首で1人タイタニックごっこをしているドラキュラそっくりな後姿のこいつは誰だ??


「おっ! おはようございます作者さん! 早いですねー」


「あおっ! 田神くんこそ!! キミも朝日かい? 僕は産経だよ」


「つまらないです」


「そうよね……。そう。そうなの。ほら見てごらん。お日さまが顔を出そうとしているよ……。あんたとあたしは、今この瞬間にナイル川で朝日を待っている、世界でたった2人だけの日本人なのよ……」


「そうですかね? エジプトは日本人観光客がたくさんいますし、2人だけってことはないでしょう」


「(無視)うーん、いいぞナイル川の朝日。どうかこの先も、いつまでもオレの記憶に残っていておくれ」



 オレは頭からマサイマントをすっぽりかぶった情けない姿だったが、そんなダサいオレに見られる朝日でも朝日の方はきっちり美しく昇ってきた。田神師匠と一緒に無言でだんだんでかくなる太陽を見ながら、師匠含めた日本人仲間そしてアフリカの旅との別れ、今日からの新たなる一人旅の始まりに大きな期待不安と小さな期待不安を巡らせる。と半分はそんなことを感慨深く考えながらも頭の半分は寝不足と疲労で全く働いていないのであったがしかし、よくここまで来たよ、オレさまよ。誰も褒めてくれなくても、今オレだけは、しっかりオレを褒めてやるよ。ホントにいい子いい子。オレはいい子(涙)。











ここまでのスーダンの旅を、田神師匠と共にネットラジオで振り返っています。よろしければお聞きください!

さくら通信第101回「旅行中のさくら剛」





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