〜ビクトリアフォールズ〜 到着は朝7時。電車から降りてすぐのところに宿の客引きの女性が待ち受けており、オレの姿を見るなりすぐに話しかけてきた。きっと彼女はオレの熱烈なファンなのだろう。夜行電車で寝れない組合の組合頭であるオレは、向かいのオヤジが装着しているチューブを尿が通過するのを眺めながらほぼ一晩中起きていてヘロヘロだったため、素直に彼女に安い宿に連れて行ってもらうことにした。 宿へは車で移動したのだが、朝早いとはいえ、この熱気、太陽の照り具合。どうも嫌な予感がする。なんとなくマレーシアを思い出させるこの空気。気温が30℃を超えると植木鉢の下に潜り込むという、遠州のナメクジと呼ばれるこのオレを知っての狼藉か??33℃を超えたら二本足で立たないぞ??まあいい、しばらくは様子を見ようではないか。 宿に案内され、支払いを済ませたところですぐに部屋に入り、真っ先にシャワーを浴びることにする。昨日も汗だくだった上に、一晩着替えもせず電車の中だ。今日1日汚い体で過ごすなんて僕には耐えられないザマス。結婚するまではキレイな体でいたいザマス。そんなわけなので、早速シャワー室に入り、マイ洗面用具からタオルを取り出す。 おや? タオルに何か黒いものがついている。シミではなく、黒い物体だ。ところどころポツン、ポツンと。これはなんだろう。多分汚いものだろうということはわかるが、ちゃんとビニール袋に入れて保管してあるのに、一体何が入り込んだのだろう・・・。端っこに1本ビヨーンと引っ掛かっていたその物体を手にとって、しげしげと眺める。 ・・・。 足ですね。 すかさずタオルについた他の部分も見てみる。 こ、これは。 砕け散ったゴキブリですね。 ぬぬおおおおおおお・・・・(号泣) なぜだ?なぜこんなところに?? ゴキブリの分際でどうやってバックパックの鍵を開けた??しかもそんなところで若い命を散らさなくても。せめて生きて出て行って欲しかった。死体が散乱しているということは、おそらくこのタオルには彼の体液、内臓その他も十分に染み込んでいることだろう。心なしかタオルがややいい茶色に染まっている気がする。そんじょそこらの職人ではなかなかこの色は出せない。 しかしゴキブリと一体化したとはいえ、ミニタオルはこの1本しかない。オレは、泣く泣くゴキタオルで体を洗った。体をゴシゴシ擦る度にゴキブリエキスが肌に働きかけているのを感じる。奇麗になっているのか汚くなっているのかわからないが、ゴキブリなみのツヤツヤの肌を手に入れるための努力だと思わずにはいられない。 というわけで、中庭では外人旅行者達がコーヒーを飲みながら和気あいあいと団欒していたのだが、オレの能力では話に入れないためそれには加わらず、駅方面、滝へ向かって歩くことにした。 いやー、それにしても・・・。 暑 い。 この熱気ムンムンはなんだ?コンサート会場か?さっきシャワーを浴びたばかりだというのに、シャワー以上の勢いでオレの若い肉体から汗が噴出。ビクトリアフォールズはスプリンクラーいらずだ。しかし・・・今12月だぞ??いくら北半球と南半球は季節が逆だっていったって、12月の真冬にこの暑さはないだろう!! ・・・。 真夏だ。 だから今は真夏なんだよ・・・。どうりで冬将軍の足音も聞こえないと思った。あああ・・・。だらけたい・・・。しかしそうは言っても観光は買い物、腹痛と並んで旅行者の3大義務である。なんとか力を振り絞ってやりとげなければならない。 ガイドブックによると、ビクトリアフォールズの目玉はもちろんその名の通りビクトリアの滝なのだが、もう一つここには大バオバブの木という観光ポイントがあるという。バ、バオバブ?バブバブ?なんだバオバブって??どうやら、アフリカにはバオバブの木というものが生えていて、樹齢200年を超える大きなバオバブがそのへんにあるらしい。なるほど。つまり、大きい木だな?とりあえずそこまで行けば、「オレさー、バオバブ見たことあるんだよねー」と飲み会で自慢できるんだな??では行こうではないか。 バオバブの位置は地図で大体わかるのだが、人気のない林の中の道を結構な距離歩いていかなければならない。しばらく歩いてみて、あまりの人気のなさに少しいやーな気分になってきた。いかんせん人気のない道というのは強盗が発生しやすいポイントなのである。 とりあえず、身近にあった木の枝を拾い、振り易い長さにして携帯することにした。オレは日本人、日本人といえばサムライ、剣道である。オレは剣道の経験など全く無いが、それでもイザとなったら、自分の中のサムライがジンバブエ強盗の一人や二人くらいパパンと叩きのめすことが出来るのではないだろうか。ああ、頼むからイザとならないでくれ。 ガサガサガサッ!! キャーーーッ!!! なんだ!!!誰だ!!何だ!!!??? 突然前方右側の茂みが激しく揺れた。明らかに何かいる音だ。やはり強盗の待ち伏せか?いや、まさかそんなハズは。それは考えすぎだ。じゃあネコか?風か?地震か??いや、気のせいか!!! ガサガサガサッ!!!! ぬお〜〜〜〜っ!!!!! いきなりネコとは似ても似つかない動物が目の前を横切った。 心臓止まるかと思った。 上の動物は道路を横切り、ビヨ〜〜ンと物凄い跳躍を見せて逆側の茂みの中に入っていく。しかも、1匹跳んでいったらまた次が登場し、次から次へとビヨ〜〜ンとオレの目の前を横切っていく。ビヨーンがなかなか途切れないため、オレは前へ進めない。全部で7,8匹だろうか。ビヨ〜ンの流れが止まったところでオレは考えた。 ・・・。野良インパラ??いや、ノラというより、野生だ。おお〜〜〜っ!!これがアフリカか!!!! 驚きは一気に感動へと変わった。インパラである。アフリカ関係のテレビとか見てるとよく出てくるアレである。野生の草食動物が目の前にいる。これを感動と言わずして何と言おうか!!!インパラといえば、まさにサバンナの食卓である。インパラ単体よりも、なんと言ってもよくライオンとかチーターに食われている場面を目にする。つまり、インパラと言ったら常に肉食動物とセットなのである。 ・・・。 いるの? もしかして、いるの(涙)?? いや、大丈夫だ・・・オレにはこの木の枝がある。たとえ肉食動物が出てきても、オレの中のサムライが・・・。 そしてオレは逃げた。 ライオンと木の枝で戦う勇気はさすがに無い。もしも戦ったら、勝つことはできるだろうがこちらも大きな傷を負うだろう。 別に保護色を使ったわけでも超音波を出していたわけでもないのだが、その後はなんとかチーターや強盗に絡まれることもなく滝の方まで戻ることが出来た。多分彼らは木の枝を構えているオレの姿を見て逃げて行ったのだろう。 ああ、しかしオレは一体何をやっているのだろうか。ほんの1ヶ月前までは毎日パソコンが並んだオフィスでIPアドレスがどうとかファイアーウォールがどうとか言っていて、ライオンとかチーターなんか怖がる必要全然無かったのに(号泣)。今更ここで多少コンピューターウィルス対策の知識があっても、食われる確率は減らない。実生活で実際に肉食獣を怖がらなければいけない状況はあまりオレに似合っていないと思う。 さて、もうオレもひと気の無いところは嫌になったので、素直にビクトリアの滝を見に行くことにした。時計を見ると、もう2時を回っている。滝はザンビアとの国境付近にあり、やはり街の中心からは少し歩かなければならなかった。 ふう。 ・・・。 暑 い。 なんじゃいこりゃああああっ!!!!!! 地面から湯気が上がっている。白人の旅行者はあまりの暑さのため女はみな上半身水着、男は裸だ。半ズボンを持っていないオレはジーパンが汗で完全に足に張り付いている。なんという強烈な日光であろう。もしここで朝礼をやったら、たとえラクダの学校でも校長の話が終わる頃には全員ぶっ倒れているに違いない。 しかし今12月だぞ?いくら日本と季節が反対だと言っても、真冬の12月だぞ!?なんぼなんでもこれはないんじゃないか?? ・・・。 真夏だ。 だから今は真夏なんだよ・・・。どうりでロマンスの神様どうもありがとうとか街頭から聞こえてこないと思った。たしかにテレビを見ても吉幾三の姿も見かけないし、ゲレンデとかしもやけ対策とかいう言葉も耳にしない。アフリカでは恋人はサンタクロースよりも恋人はサンコンの方が圧倒的に似合っている。 ああ、早退したい・・・。 だがしかし観光は、食べ歩き、全財産盗難と並んで旅行者の3大義務である。しかもオレは滝川クリステル見たさにニュースJAPANを欠かさず見ている程の滝マニアなのだ。なんとか力を振り絞ってやりとげなければならない。 そしてオレはようやくビクトリアフォールズの街のメインである、ビクトリアの滝へ向かった。 入り口にはゲートがあり、入場してしばらくすると雨が降ってくる。これは地獄に仏だ。火照った体を雨で存分に冷やしながら、またビクトリアフォールズだけに滝のように流れた汗でひからびた体に潤いを与えながら、先へ先へ進んで行った。 滝に近づくにつれ、雨はどんどんひどくなっていった。だが、気温があまりに高すぎるために、一向に雨宿りしようという気にはならない。これだけ思いっきり雨を浴びるというのもかつて無い体験だ。おそらく懺悔の部屋で神様に×をくらったらこんな状態になるのだろう。しかし不思議なことに、空を見ると雲ひとつない青空が広がっている。これはどういう状態だろう?また晴れと雨の境目に出会ってしまったのだろうか?? しかし、その雨の正体はビクトリアの滝を目の前にした時に判明した。巨大な峡谷に落ちていくビクトリアの滝の、滝壺から吹き上がる水しぶきが雨となって当たり一面に降り注いでいるのである。 ・・・なんという壮大な雨であろう。マレーシアの時のように雨だと思ったらバスの屋根に溜まった汚水だったり、インドの時のように雨だと思ったらインド人の唾液だったりした過去の壮小な(そんな言葉なない)経験とは大違いである。 街の中にドカンと存在するナイアガラの滝と比べて、完全に自然の中にあるビクトリアの滝のナチュラルさもなかなかの魅力であった。詳しくは写真を見てくれ。 夕方近くなり、オレは水分の放出でウエスト周りが朝より8cmほど細くなったまま宿へ向かった。今日はとにかく汗をかいた。これならオレの体重も双子の女の子を出産したくらいは減っているのではないだろうか。 この時間になってもいまだ虫メガネなしでも黒い紙が焦げるくらいの容赦ない太陽の光を浴び、命のともしびを削りながら最後の気力を振り絞って宿への角を曲がると、またもオレの前にノラ動物が現れた。さっきの山奥で見た野生のインパラは別として、この辺りの人通りの多い住宅街にもノラ動物がいるところがさすがアフリカである。 ちなみに、インドにいたのはノラ犬、ノラ牛、ノラヤギ、ノラ猿などであったが、ここジンバブエの場合はノラ、ノラ、ノラ・・・ ←おまえノラ何だ?? 牛じゃないなあ・・・こんな犬もいないし。 「な、なんだ?おまえ・・・?」 「・・・。」 「?」 「ブオーーーーッ!!!!!」 ドドドドドドドドドド 「ぎやああ〜〜〜〜〜っ!!!!!」 あまりにしげしげと顔を覗き込んだためか、初対面なのにタメ口で話しかけたためか、ノラ何かは激怒していきなりオレに向かって突進してきた。助けてくれーっ!!オレを襲ってどうしようというんだ!!ちょっと気になって見つめただけじゃないか!!! ギャーギャー叫び最後の一滴まで汗を放出しながら宿へ逃げ込むと、さすがにノラ何かは敷地までは入ってこなかった。おそらく門の前にある「宿泊者以外立ち入り禁止」の看板を見たのだろう。しかし最近叫ぶことが妙に多い。たのむからもっと平穏な旅をさせてくれ。 それにしてもあいつの正体は何なのか。走りっぷりは猪突猛進という感じだったが、イノシシともまた違うような気がする。たまたま出かけようとしている白人がいたので意見を聞いてみると、「よくわからんけど、多分このへんのローカルな動物なんだろう。」ということだった。一般的な動物名でくくれないローカルな動物がいるというのも、まさにアフリカの醍醐味なのであろう。 今日の一冊は、小学生時代1番好きだったマンガ 魁!!男塾 (1) (集英社文庫―コミック版) |