〜しつこい警官と皿屋敷〜 ビクトリアフォールズの街には国境がある。そして今オレはその国境にいる。ついに自力でここまでやって来たのだ。ここまでタクシーに乗ったはいいが、ジンバブエドルが底をつき200円のタクシー代が払えず、途中で降ろされそこから歩くハメになったりしたことももう忘れようではないか(号泣)。ともかく、この国境を越えればオレは忌まわしきジンバブエから脱出することが出来るのである。 もうすぐ隣国ザンビアの町リビングストンの宿から、ここに迎えの車が来ることになっている。朝だというのに既にオレの体からは蛭子さんのマンガの登場人物くらい汗が放出されているのだが、とりあえずそれまでここでじっと待つしかない。 「チョーチョーリーー!!」 「うるせーバーカ!!」 通りすがりの黒人が、オレの顔を見て大声でからかってくる。ジンバブエに入ってから、毎日何度となく繰り返されていることだ。 この言葉、「チョーチョーリー」とは黒人が東洋人に対して呼びかける、差別用語である。なんでも彼らには中国語がチョーチョーリー言ってるように聞こえるからこのように呼ぶらしい。同様の言葉として、「チン」とか「チョン」があるが、こいつらは自分達が歴史上差別され苦しんできたくせに、その苦しみを忘れて霊能力者の下ヨシ子が憑依霊に話しかける口調のように東洋人を見下し、差別してくるのである。 ちなみに、アフリカを個人旅行している東洋人なんて日本人くらいしかいないため、直接的には中国人を差別するこの言葉により被害を被るのは、ほとんどが日本人なのである。そのため、アフリカ各地で時々日本人旅行者と黒人の小競り合いが発生している。ハラレで同部屋だった福さんや、その後出会ったジャイカ(青年海外協力隊のようなもの)の日本人は通りすがりの黒人から「チョ・・」の言葉が発せられると、それが言い終わらないうちに普通に黒人に突撃して行った。 彼らのように好戦的な旅行者の行動力には時々、お世辞にも可愛いとはいえない女がビートゥギャザーを歌い始め、「サビになったらちゃんとみんな盛り上がるだろうか??オレは今から長いトイレに行かせてもらうけど。」と心配する時のようにハラハラさせられるが、まあ一人でアフリカを旅行するような人間は所詮頼る者は自分しかいない。そのくらいの行動力はあって然るべきなのだろう。 ちなみにオレの場合も困った時は自分に頼ろうとするのだが、自分に頼ってみるとさらにその自分は他の自分に頼ろうとしており、さらにその他の自分ももっと別の自分に頼ろうとしているため、結局延々と自分に頼り続け、終着点のない自分の山手線状態になるのである。最終的には他人に泣きつくことが多い。 ということで、日本人でも中国人をチョン公と呼んだり、逆に中国人やアメリカ人で日本人をジャップと呼ぶ人間がいるが、どの国だろうがそういう言葉遣いをする人間はろくでなしである。 「ハロー。おまえは日本人か?」 「ん?そうですけど。」 振り返ると、今度は警察の制服を着た黒人がオレの傍に立っていた。この国では警官と話をする機会がやたら多いような気がするな・・・。 「そうか。実はおまえを呼んでいる奴がいるんだ。」 「はい?オレを??誰が?」 「向こうで呼んでるんだ。ちょっと一緒に来てくれ。」 「いや、一緒にはいいけどどこへ行くんですか。」 「だからおまえのことを探してるやつがいるんだよ!」 「だから誰がですか。」 「わからないやつだなあおまえも。いいから来いよ!!」 「・・・。」 ・・・このパターンは危ない。 辺りを見回すと国境のためひと気は多いのだが、一歩外れるとすぐ深い茂みになっており、途端に人の目が届かなくなる。この「意味もわからず警官にちょっと来いと言われる」パターンは南アフリカはプレトリアで遭遇したニセ警官とほぼ同じ手口である。ともかく不用意にこいつについていってはいけない。あの茂みに連れ込まれたら何をされるかわからない。2人で茂みに入って、しばらくしたら警官だけがすっきりした顔でベルトを締めながら出てくるということも考えられる。もちろんその時にはオレは茂みの中で草とティッシュにまみれて泣きじゃくっているのだ。 とまあそのくらいの冗談で済ませられるようなことで終わればいいが、いや、別にそれも冗談では済まされないが、もっとひどい場合は最悪明日になって惨殺死体発見なんていうことも考えられる。親も息子の身元確認にジンバブエまで来るのは嫌だろう。しかも来たら来たで彼らも途中で全財産盗まれるに違いない。 「いや、いいです。」 「いいですってなんだよ。」 「ここでちょっと人を待ってるんですよ。」 「誰を待ってるんだ?」 「友達です。車で迎えに来てくれるんですよ。」 「そうか。じゃあ呼んでるのはその友達かもしれない。さあ、来るんだ。」 「いや、」 「なに怖がってるんだよ?オレは警官だぜ!?なんにもしないからちょっと来いよ。」 「・・・。」 あやしーーっ!!!! 「おまえの友達かもしれない。」「なんにもしないから。」人に頼まれて誰かを呼ぶのにこれだけ怪しい誘い文句があるだろうか?誰が呼んでいるのかもはっきり言えず、しかも自分でなんにもしないと言ってしまっている。これではたとえライフスペースの信者でも、この警官に向かって「あの、あなたの話ちょっと矛盾があると思うんですけど。」と自分達が死体を生き返らせようとしていたことは棚に上げて言うだろう。 とにかくオレはもうこいつは無視することにした。この場を動かずじっとしていれば、そのうち宿からの迎えが来るだろう。警官は黙っているオレにしつこく迫ってきたのだが、しばらくしてもうこいつは何を言っても動かないと悟ったのか、いまいましそうにどこかへ去って行った。 ああ・・・よかった〜〜〜(号泣)。 ここが人の目の多い国境地帯じゃなかったら一体どうなっていたことか。もうジンバブエは嫌だ。まるで金田一少年の身の回りくらい犯罪には事欠かない。頼むから早くここから抜けさせてくれ。 さて、約束の時間を15分ほど過ぎ、「アフリカ人って時間守らないからイヤなんだよな・・・」とアフリカ人などという人種はいないのにも関わらずボヤいていると、国境のフェンスの向こうから白人の肝っ玉姉さん系の女性がやって来た。 「ハロー。ジョリーボーイズ(予約した宿)だけど。キミが作者くん?」 「あーどうも、こんにちは。作者です。待ってましたよ。」 「私たちも待ってたのよ。向こうで。」 「え?向こうでですか?」 「そうよ。」 「いやー、昨日聞いた時には国境のこっち側って言ってたから・・・」 「だからさっき巡査さんにキミを連れてきてくれるように頼んだんだけど。」 「え?巡査さんですか?うおっ!!!」 その時、肝っ玉姉さんの背後から、まるで自縛霊のようにさっきの警官が姿を現した。 「だ〜か〜ら〜さっきから呼んでるって言ってただろうが〜〜」 「・・・。」 「おまえオレのこと疑って全然来なかっただろうが〜」 「いやいや、ごめんなさい。」 「さ、じゃあ行きましょう。とりあえず出国の手続きをして来てくれる?」 「わかりました。」 オレはバックパックを背負い、イミグレーションへ向かった。よかった。これでついにジンバブエともおさらばである。ジンバブエジンバブエとここまで数え切れない程ではないが数えるのが面倒くさいくらい何回も書いてきたが、もうこれ以降ジンバブエという文字を書くことも無いだろう。 「オレのこと危ない奴だと思ってたんだろうが〜〜」 イミグレーションでの手続きはあっさりしたものだ。思えば色々な事件があったものだが、こうして無事出国を迎えることが出来、非常に喜ばしい。 「オレは警官なんだからな〜〜。警官が旅行者をダマすわけないだろ〜〜。」 ついに第3国目。もう少しでザンビア入国である。本当ならハラレからモザンビークに進むつもりであったが、まあ本来ならば来る予定のなかった国に来れたのもある意味ラッキーと言えるだろう。 「警官を疑うなんてひどいやつだぞおまえは〜〜。オレがウソをつくような人間に見えるのかよ〜〜」 「しつこいよ!!!!悪かったって!!オレがわるうございました!!」 「ひど〜いなあ〜」 「・・・。」 結局警官は、うらめしそうな顔をしながら、ぶつぶつ言い続け去って行った。 うーむ。警官のくせして恨みをいつまでも忘れない根性は番町皿屋敷の井戸に住んでいる人以上だ。たしかに疑ったのはオレが悪かったかもしれないが、そんなに恨み節をぶつけないでくれ。 ところで突然話は逸れるが、番町皿屋敷といえば、お菊さんが主人の大切にしていた皿を割ってしまったせいで斬り殺され井戸に捨てられてしまい、それ以後夜遅くになると井戸からお菊さんが現れ、 「いちま〜い、にま〜い、さんま〜い・・・ (中略) きゅうま〜い、 一枚足りな〜い!!」 と毎夜嘆き続けるという話だ。 しかし、オレは思うのだが、「一枚足りな〜い!!!」と言ったところで、それだけで殺された怨みが晴れるのだろうか? 四谷出身のお岩さんの場合は旦那の伊右衛門さんを呪い殺したりしているようなのだが、お菊さんはただ皿を数えるだけである。「一枚足りない」のところでちゃんと住人が気味悪がってくれればいいのだが、事情を知らない人間や強気な相手では全く効果がないのではないだろうか。例えば、 お菊さん「いちま〜い・・・にま〜い・・・(中略)きゅうま〜い・・・ 一枚足りな〜〜い!!」 「・・・。」 お菊さん「・・・。」 「だから?」 お菊さん「え?」 「・・・。」 お菊さん「・・・。・・・一枚足りな〜〜いっ!!!」 「・・・。」 お菊さん「・・・。」 「・・・だからそれがなんなの。」 お菊さん「・・・いや、あの。一枚足りないんです。」 「ふうん。皿あと一枚欲しいの?」 お菊さん「いや、そういうわけでもないんですけど・・・。」 「じゃあなに?」 お菊さん「あの・・・私が大事な皿を一枚割っちゃったんですよ。」 「それじゃあ一枚足りないに決まってるだろう。」 お菊さん「ま、まあそうなんですけど。」 「しょうがないなあ。じゃあこの前ミスドのキャンペーンでもらった皿があるから、あれ持ってきてやるよ。」 お菊さん「ちょ、ちょっと待ってください。そんなのいりません!」 「わからないやつだなあ。皿が足りなくて文句言ってるくせに、いざ持って来てやるって言ったら『いりません』か?じゃあ結局どうすりゃいいんだよ?オレだって今から傘張りの内職があるんだよ。もうこれ以上おまえのわがままに付き合ってらんないぞ。」 お菊さん「・・・。」 「・・・。」 お菊さん「・・・一枚足りな〜〜いっ!!!」 「うるさいんだよ!!!」 とこんな感じだろうか。 たとえお菊さんがこんなイジメにもめげず毎夜頑張って出続けたとしても、住人が怖がらなければ彼女の目的は全く果たされない。ある意味番町皿屋敷といっても、「夜の決まった時間になると井戸でお菊さんが皿を数えるけど、それ以外はいたって普通の屋敷」ということではないか。むしろ毎夜決まった時間に出るということならば、井戸から「いちま〜い、にま〜い・・・」と聞こえてきたところで、 「あら。もうこんな時間!・・・彦兵衛や、もうお菊さんの時間よ。明日も寺子屋なんだからテレビを消して早く床につきなさい。」 「え〜!もうちょっと待ってよー。この場合離婚が成立するかどうかの史上最強の弁護士軍団の見解だけ見せてよ〜。」 「しょうがないわねえ。じゃあわたしも茶髪弁護士の毒舌コメントだけ見ようかしら。」 などという風に、時を告げるお菊さんとしていいように使われるだけではないだろうか。 というわけで、オレはついにザンビアへ入国を果たした。ここでの目標は、ただ駆け抜けるだけである。とにかく1日でも早くさらにこの次の国、マラウィまで行かなければならない。所持金が尽きる前に。 今日の一冊は、「感じる科学」の参考に大いにさせていただきました 「相対性理論」を楽しむ本―よくわかるアインシュタインの不思議な世界 (PHP文庫) |