![]() 〜アンマン−シリア〜 死海からの帰りは交通機関が無いためヒッチハイクになるのだが、しかしここはアラブ、そして声をかけるのは日本人女子大生。車を探し始めてからだいたい3秒ほどで乗せてくれる軽トラが見つかった。 そもそもが他人に対して自己犠牲的に優しい上に、結婚するまで女性に触れることすら許されない、エロに免疫が無さすぎてヤングアニマルのグラビアページを見せたらショック死する恐れがあるウブなアラブ人男性だ。そんな彼らに性の乱れが叫ばれる日本の現役女子大生が「うっふ〜〜ん、ねぇ、乗せて〜」とブラを見せながら声をかければ、ヒッチハイクごときはゴン太君でも「できるかな?」と疑問を持つ間もなくできるほど簡単なことである。 もちろんオレたち荒々しい男優は最初隠れていて、女子大生がOKをもらったところで陰からぞろぞろと登場するのである。アラブ人さん、ごめんなさい。 さすがにオレたち男優はシッシッとトラックの荷台に追いやられ、その間運転席で女子大生がどんな凌辱を受けているかは知る由も無かったが、まあ帰れればそれでいい。 ちなみにその時荷台で一緒に死海の死の風になびかれたのが赤尾邦和くんという大学生であった。彼も人間の盾としてイラクへ入る予定であるという。彼は他の「おなべのフタ」クラスの防御力しかないにわかシールドの方々とは違い、日本に帰ってからはイラクで出会った高校生のメッセージを集めて出版 しかしクリフホテルからなんとなく勢いでイラク入りする人間は後を絶たず、治安の悪化した戦争後はここから出発した何人もの日本人がバグダッドでテロリストに即人質にされ、日夜日本のニュースを騒がし救出のために多額の税金が投入されることになるのだった……。 さてアンマンに帰ってからはインターネットカフェで2ちゃんねるに書き込みをしたり、素人バックパッカーにありがちな自分の旅先の体験記をBCCメールで知り合い全員に強引に送りつけるといった迷惑行為を働き、「きっとみんなオレの体験を読んで『すごいなー作者は』とか思ってるぜ」と完全に勘違いしながら夜のアンマンを歩き、時々立ち止まってはJORDANのポーズを激しく決めていた。 そしたら激しい運動(「えいえぬっ!」の繰り返し)のせいでお腹すいた。 オレは、昨日マサシくんに連れられて行った食堂にどうしても行きたくなった。あそこでランチに食べた、豊潤な山の香りが舌の上でじんわりと広がる(昨日読んだ本に書いてあった表現)混ぜご飯が、無性に食べたくなったのである。しかし、残念ながらオレの方向感覚は三半規管を除去された実験用マウスと比べてやや勝る程度の毎日迷い人のため、場所がわからなかった。よってナビゲーターマサシを求めて宿に直行した。 ロビーではいつものように、輪の中心の人気者、大学生旅行者に囲まれカリスマサシと変化して、彼はなんだかわからないが何かを熱く語っていた。 「おーい、マサシくん」 「あっ、作者さん! おかえりなさい! それでさー、ケニアでもさー、やっぱり子供たちが一生懸命生きているわけなんだよね〜」 「あの、お話中すみません。ひとつだけマサシくん、昨日の食堂なんだけど、あれってこの前の道を右に行けばいいんだよね??」 「はいはい、そうです。でさー、スーダンなんかでは現地人がさー、毎日のように家に招待してくれてさ〜、一生懸命生きているわけなんだよね〜」 (周りの大学生)「うわ〜、マサシさんすごいなあ(羨望)」 ……彼は行動派で世界一周中で人望も厚く、大学生パッカーたちの羨望のまなざしを受けてますます熱くなっていたため(おかげで冬だというのに暖房がいらなかった)、それ以上割り込んで詳しい場所は聞けなかった。しかしオレは多分これでいけるやろと確信し、宿を出たのだ。そして頼れるマサシアドバイスに沿って、栄光への道を進んで行った。 そうして夜のアンマンの町を腹を空かしてさまようこと40分。無い……無いぞ。あの食堂、つぶれちゃったのかなあ……。なんだか探せば探すほど寂れた裏路地に迷い込み、このままではメシを食う前にオレ自身が闇に潜む悪い大人のいい餌食(もしくは性奴隷)になりそうだったため、オレは泣く泣く雑貨屋でパンとチーズと水を買い、食べたかったフライドライスへの想いをええいと断ち切り、悲しい気持ちで宿へ帰った。 「あっ、作者さん! おかえりなさい! どこ行ってたんですか??」 「食堂探せなかったよ。だから、代わりにパンとチーズ買って来た」 「うわっ、さみしい食事ですね!!」 「だって食堂が見つかんなかったんだもん!!! 本当にここ出て右なの?? 気配すら感じなかったよ!!」 「ええ? あの食堂は入り口出たら左に進んで、路地を入ったところですよ。わかり易いとこにあるんだけどなあ」 「おまえっ!!! おまえ30分前にオレになんと言ったあっ!!!! おまえが右に行け言うたんちゃうんかワレぇっ!!!!!」 「僕がって、僕なんか話しましたっけ作者さんと」 「……。このやろお〜〜〜っ。このドアホーっ!! ろくでなしっ!! 半魚人っ!!! おまえのような奴は、祇園におられへんようにしてやるわっ!!!!」 「何怒ってるんですか!!! 僕たちは旅仲間じゃないですかっ!! 話せばわかります!!」 「おまえが話を聞いてないんじゃっ!!! おまえの適当な返事のせいでこのいたいけな旅行者がどれだけ夜の町で怖い思いをしたか……恐ろしい男たちに囲まれて……私の貞操は……おおおお(泣き崩れ)」 「大丈夫ですか? それでさー、やっぱりアフリカの人たちとの触れ合いを、同じ地球に生きる者としてさ〜〜」 (周りの大学生)「うわ〜、マサシさんすごいなあ(羨望)」 オレは部屋に帰って、1人ベッドの上で、味気ないパンとチーズをかじった。話を聞かない男のせいで、食べたい物も食べられず、抱きしめて欲しい時にも抱きしめてもらえず。スーダンで食べたパンとチーズは命を育てる素敵な味がしたが、労せず美味い物が食べられる今となっては、こんな質素なメシはメシと呼べねえんだよっ!!! マズイんじゃボケっ!!!! その夜はマサシ憎さと悔しさでひとしきり枕を濡らし、翌日、オレは1人アンマンから脱出することにした。出て行ってやる……こんな宿、出て行ってやる!!!! 散乱した荷物を巨大なバックパックに押し込み、カップル用の蚊帳をクッションにしてぎゅーぎゅー詰める。出発の日は毎朝30分かけて全所持品をパッキングである。毎日がホームレス。ロビーに出ると、朝も早くから若い日本人たちの熱い輪が出来ていた。この若い情熱。こいつらにバットやラケットを持たせたらそのままあだち充の世界だ。中心は、もちろん今最もホットな男、ポニーテールと延びきったヒゲが実に不気味なカリスマサシである。大学生バックパッカーに囲まれて、なんだかよくわからないが何かを熱く語っている。オレは朝からこんな元気なやつなんて、今までマサシかウィッキーさんくらいしか見たことが無い。 「おはようございます作者さん!! あっ、もう出るんですかっ!!」 「うん。またどこかで会おうマサシくん。オレはキミのことを忘れないよ! キミのせいで冷えた飯を食べるハメになったことを一生!」 「またそんなこと言っちゃって〜。直接シリアに入るんですよね?」 「そうだね。キミは今日はどっか行くの?」 「ええ。今日は彼らと一緒に、死海に泳ぎに行ってこようと思います」 「おいまておまえ。こら。その口で昨日『いや〜、死海でチャポチャポ遊んでるわけにはいきませんよ。あなたと一緒にしないでください』って言ってたのはテメーじゃねーのかおいっ!!! ゴラアッッ!!!!!」 「え〜そんなこと言いましたっけ。だってどうせ待ってる間やること無いし……」 「か〜め〜は〜め〜波〜〜〜〜っ!!! か〜め〜は〜め〜、波〜〜〜〜っ!!!」 「そんなことやっても何にも出ないんですから作者さん。やっぱり旅は楽しんだもん勝ちですよ」 「あんたもしかして双子? マサシAとBが時々入れ替わってるんじゃないか?? そうでなきゃこんなに言うことがコロコロ変わるわけないっ!!! おまえはAかBかどっちだ!!!!」 「ちょっと! ちょっとちょっと! 誰が双子なんですか。まあ作者さんも気をつけてくださいね! 僕も追いかけて行きますから。またきっとどこかで会いましょう!!」 「ぐお〜〜〜っ(ハンカチを噛んで悔しがる)」 オレは挨拶も支払いもそこそこに逃げるように宿を飛び出し、すかさずヨルダンを出国した。向かうは北、シリアの首都ダマスカスだ。フンッ!! まあいいや、これでまた一歩中国が近くなったぞ。 ……最近、この旅の目的地が中国だってことみんな忘れてないかい? 正直なところ、オレも忘れてた。ダメだよもうすぐ着くんだから。中東っていうのは中国の東っていう意味なんだから。あと10日ほどで中国入りできるに違いない。 ところで、この辺り中東の国の位置関係というのは、行ったことの無い人には全くイメージがわかないと思う。 シリアといえば、自民党の現役議員のうえイラク事態特別委員会理事であった山本一太議員がテレビ出演した時、「イラクはどこでしょう」という問題で、「イラクはここだ」といって示した国がこのシリアである。その後間違いだとわかると山本議員は「あ、そうだ、ここはヨルダンだった」と釈明していたが、理事、ヨルダンでもなくシリアである。そのくらい、参議院議員にすら適当に扱われる国がこのシリアなのである。 たしかに、遠い日本に住むごく普通の人にとっては、どこがシリアだろうがヨルダンだろうがレバノンだろうが、そのあたりは田中律子だろうが井森美幸だろうがどっちでもいいくらいのレベルでどうでもいいことかもしれない。 アンマンからダマスカスまでは乗り合いタクシーでかっ飛ばして3時間程度。途中窓の外を見ていると、遠くに雪山が見えた。ほんの5日くらい前に赤道をまたいで頭に北半球!とか言ってたと思ったら(言ってないけど)、いつの間にこんな北までやって来てしまったんだ……。 入国審査ではイスラエルに行ったことはしらばっくれすんなり通過、ダマスカスに宿を取ったのだが、しかし寒い。さすがに南アフリカから共に旅をしたオレのジーンズは、各国のバスやトラックの荷台で何日も揺られ、時には激しい下痢により大ダメージを受け、尻の部分が破れパンツが丸見えだ。冬の風はもろに尻を直撃し、ただ歩いているだけでもプリンのようにぷるるんと震える冷やしオケツが作られてしまうのである。オケツの中には甘くはないがカラメルソース的なものも入っているし、プリンにかなり近い食感だ。 尻が冷えすぎると何が困るかというと、感覚が無くなって気付かないうちに大便を漏らしてしまっている可能性があるということだ。しかも、破れた箇所から漏れたものは丸見えだ。 ![]() シリアだけに尻を出したまま旅を続けるか、それともちゃんと保護するべきか迷ったが、結局オレはダマスカスで新しい靴とズボンを購入した。アフリカを一緒に旅してきたジーンズと靴は、一足先に放浪生活から卒業することになった。しかし、やはりこれは悲しいことだ。本来めでたいはずの“卒業”がこんなに悲しいのは、優香が水着卒業を宣言した時以来である。 尻アでは、尻を出しながら城を見る機会が多かった。パルミラ遺跡というところにあるアラブ城、ホムスという街から向かうクラック・デ・シュバリエ、トルコとの国境近くにあるアレッポという町の、アレッポ城。 見てくれ、このクラック・デ・シャバリエのヨーロッパっぽさ。ここがあの藁の家が並ぶグレートジンバブエ遺跡や、何も無いヌビア砂漠と陸続きの世界とはあまり思えないであろう。オレは思える。
……そんなわけで、シリアにはわずか4日間の滞在であった。そう、ズボンを買った以外は特筆すべきことは何も無いのである。 まあ強いて言えば、他に印象に残るシリアでの思い出といえば、タクシーの運転手やバスの乗客や店の主人に、ことあるごとに「アーユーア、マン? ウーマン??」と聞かれたことであった。 ……オレは男じゃボケっ!!!! いったいどっから見たら、私のことが女に見えるっていうのよ!!! あなたたちの目は節穴じゃないのっ!! いい加減にしなさいよっ! ムキーーーーーーーーッ!! シリア人、失礼しちゃうわっ! もう!(ポーチを持って女子トイレへ) 北の国境の町アレッポでレンガのような形のアレッポ石鹸を買い美肌効果を堪能しつつ、13カ国目、この旅の折り返し地点であるアジアの西端、私はトルコへ入国するのよ!! トルコ風呂バンザイ!! 今日の一冊は、ここまでの話+αを本で アフリカなんて二度と思い出したくないわっ!アホ!!―…でも、やっぱり好き(泣)。 (幻冬舎文庫) |