〜オレはヒルズ族〜





 「大金」や「札束」というのは、オレにとってオーガニックカフェ5000円以上の服、または
妹のような存在だけどいつの間にか恋が芽生えてしまう後輩などと同じく、一生縁の無いものだと思っていた。オーガニックってなんの肉のことじゃワレっ!!!!
 しかし。シリアからトルコに入ったこの日、オレのみすぼらしい人生はとうとう一転したのである。
 時は真冬。桃鉄の世界なら赤いマスに止まってしまいマイナス3000万円、所持金不足でせっかく買った
ニセコのスキー場を泣く泣く手放すハメに、なんてパターンの懐寒い季節だ。しかしこの日の、トルコのオレは違った。マラウィで最低所持金総額400円になってから数ヶ月、どん底から這い上がって遂にこのカリスマ変態の作者は、六本木ヒルズ森タワー億万長者の世界にギター片手で単身殴りこみをかけることになったのである(ギター弾けないけど)!!

 国境を越えて最初にバスが停止したのは、アンタキヤという小さな町であった。トルコの通貨を全く持っていなかったオレは、400ドルのトラベラーズチェックを持って銀行を訪れた。いつものようにパスポートを提示しチェックにサインをし、しばらく待っているとリラの札束がオレの前に積まれる。
 旅の間、何度と無く繰り返してきたごく普通の両替の光景であった。……しかし。今回は、何かがいつもと違うような気がする。何かが、何かが
参観日の体育教師の服装くらいいつもと違うのである。この違和感はどこから来るのだろう。
 ……レシートか?? そうだ、なんだかレシートの金額が異様な気がする。オレは明細の書かれた紙を念力で引き寄せ、現地通過での金額を確認した。すると……、そこには、総額660000000リラと書かれていた。
 そうそう。そういえばオレ2年前に買ったライブドア株が分割を繰り返して30倍になった上に半年前ドバイの土地を売却したから今年はこのように天文学的な収入が……
っておいっっ!!! そんなわけねーだろっ!!! ゼロの数いくつなんだよ!!!
 ちょっと待ってくれ。なんか「オレ経済史」の歴史上見たことの無い桁数なんだけど。400ドル、日本円にして5万円足らずを交換して出て来たのが、トータル6億6千万リラ。6億6千万リラである。億……。ムクではない。億だ。

 いや、
さすがにこれ計算ミスじゃないですか?? あんたらが出してきたんだからこのまま6億リラを持って逃げたいのはやまやまですが、オレが玄関を出たところで後ろから銀行強盗として射殺する気でしょ?? で盗られたということにしてこの6億リラを行員みんなで山分けする気では……。うぬぬ〜、そうはさせんぞっ!!!! 大方の予想に反して正直に間違いを指摘してやるっ!!!!
 しかし、いくらオレが「計算ミスは責めません。知らん振りをして持って帰ったりもしませんよ。だから数え直してください。間違いは誰にでもあるんだから。タモさんだって
金曜日なのに『あした来てくれるかな?』って言っちゃうこともあるんだし」と欲望を抑えて優しく説いても、一向に銀行員は訂正をしようとしないのだ。
 こうなるとどうやら、これは銀行員の誤りなどではなく、
オレの将来性を見込んで銀行が6億もの大金を融資してくれたということではないか。何年後かに、オレがプロのグラビアハンターとして大成するとトルコの金融界に判断されたのである。

 いつもは悪徳商人の蔵から盗んだ小判をばら撒いたり、民間船は決して襲わないなどの
庶民の味方として名を馳せているオレであるが、銀行が出してくれるというのなら億の金といえども拒む理由はない。こうなったら、トルコではオレはこの6億6千万リラを使ってツタンカーメン並みの豪遊をしてやろうではないか。なんでも手に入れてやろう。激ヤバアイテムも即GETしてやろう。それが、オレを応援してくれる子供たちへの恩返しだ。返済はせずに海外へ逃亡するが、なーに、将来内閣総理大臣にでもなったら利子をつけて返してやるよ。……ならないから返せないけど。
 しかしまさかオレがテレビで見かけるたびにいつも「死ね! 死ね!」となじっている、
セレブモデルのマリエと同じ側の人間になろうとは。人生というのは実にわからないものだ。……でも、やっぱり神様はちゃんと見ていてくれているんだね。

 
イヤッホーーーーーーッ!!!!!!!

 金だっ!! 金だ金だーーーっ!!!!


 
おらおらっ!! 貧乏人はスクラッチをコツコツ削って夢でも買ってやがれ!!! 小切手だっ!! 小切手をよこせっ!!! 後輩だっ!! 後輩を連れて焼肉だ!!! 財閥だ!! 財閥の顧問に就任させろっ!!!

 正直、金持ち旅行記なんて読んでいる方にとってみたら腹が立つだけかもしれない。しかし、たとえ読んでつまらなかろうと
書いている方は楽しい。ヒルトンだシェラトンだ王宮料理だと、上流階級まる出しで安倍首相夫人のブログに対抗するような日記を書いてやろうではないか。いつもは低流階級まる出し(パレスチナでは尻まる出し)なんだから、1カ国くらいそういう旅行記になったっていいじゃない。いいじゃない? ミスターマイセルフ。
 ちなみに首相のブログといえば、小泉前総理大臣のメルマガの発行には5年間で8億円の税金が投入されていたらしい。
メルマガの発行に8億円だ。オレも1年以上にわたって週1ペースでメルマガを書いていたが、発行費用なんて1億円もかからなかったぞ? ……というか、正直なところ1万円もかかっていない(号泣)。しっかり金をかけようとすれば8億円も使えるとすれば、オレのメルマガはどんだけ安っぽいメルマガだったんだ。

 
まあよいわっ!! 5年で8億か何か知らんが、オレはトルコに入って1日で6億6千万リラを手に入れてるんじゃ!!! 道を開けんか道をっ!! 往来を掃き清めろ!!! 金持ちが通るんだよ!!!
 今のオレに買えないものなど無いのである。これだけの金があれば明日にでもヤフオクで
ビビアンスーの写真集(ヌードあり)を落札できるのだ。おい、そこの貧乏商店の店主! この代表取締役筆頭株主の作者さまにコーラをよこしやがれっ!!!
 オレという大富豪は、札束をちらつかせながら安食堂で平民の飲み物、安いコーラを注文した。そして飲んだ。そして聞いた。



「にいさんこのコーラいくら?」


「100万リラ」



 ブフォーーーーーーーーーーー(噴いた)


 
高っ!!!!!
 ちょっと!!! コーラがっ!! こんなビンのコーラが1本100万リラって!!!! ひゃくまんっ!!!


 お、オレは大富豪になったのではなかったのか……。なんだ?? この料金体系はなんなんだ??
 たしかによく考えてみれば両替の時、銀行の壁には1ドル=166万リラと書いてあった。その計算でいけば、400ドルで6億6千万リラというのは妥当な金額である。てっきり銀行がもうすぐ閉店するんで、
店じまい間際の売り切り大サービスで紙幣をばら撒いているのかと思ってた……。
 トルコの物価はコーラ100万リラ、安食堂での食事がだいたい500万リラ、
ちょっとした観光地の入場料で2千万リラくらいかかってしまうのである。第一次大戦後のドイツかおまえはっ!!!!

 たしかに6億リラも出て来たわりには札束の厚みが無いとは思ったんだよな……。
100万リラ札が普通にあるし。よく見ると、最高額で2千万リラ札なんてのもある。300リラの物を買って2千万リラ札で支払って、ありがとうございますハイお釣り1999万9700リラになりますなんてなるわけないな……。
 トルコでの各種値段の設定は、最低でも○万リラ単位なのである。しかもだいたいの物の値段を説明する時には万単位どころか100万単位で、
○○ミリオンという言い方をするのだ。コーラならワンミリオン、安宿で8ミリオン。あんたそれならば、最初からゼロ4つ取りゃあいいだろうがっ!!!!

 さて……。
 結局金持ちになりきれなかったオレは(所詮そんな器じゃないのさ)、一路北上し、貧乏旅行者としてまずはサフランボルという町を目指すことにした。
首都アンカラから北へ、3時間ほどバス上の人となる。

 ところで、前の国シリアでオレはジーンズを新調したわけであるが、上半身はとりたてて寒さを防ぐ物は持っていない。
服の種類とかよくわからんのでうまく説明できんが、多分パーカーとかいう、前でチャックを閉める上着を1枚装備しているだけだ。
 しかしそもそもこの旅は
厚着の必要のない旅である。アフリカは言うまでもないが、中東、まさかあの中東が寒いわけがなく、その次のアジア横断も通るのは暑い国ばかりだ。トルコを越えれば次はイラン、パキスタン。防寒具など無用の長物。そんな中でこのトルコだけがやや不安であったが、途中のトイレ休憩で様子を見るため外に出てみると、なんのことはない、せいぜいこの程度のレベルであった。





















 
 吹雪。










 
さむーーーー(号泣)!!!!!

 
白いっ! 白いよ〜!! 視界が狭いよ〜〜(涙)!! あの、トルコに雪が降るっていう話は聞いてなかったのですが……。どうしてくれるんだよ!!! 寒いじゃねーかっ!!! トルコのバカやろー!!!
 うう……早く、肌が雪の色に染まる前にこの国を脱出しなければ。せっかくアフリカ大陸で
やり手プロデューサーのような、女を呼び寄せる浅黒い肌になったのに。骨まで寒い……。

 吹雪の中を、雪明りと運転手の勘だけを頼りにバスは走り、やや白さも薄くなってきたところで目的地のサフランボルに到着した。着いて早々こんなこと言うのもなんですが、
寒いです。
 一応この町は町自体が世界遺産として登録されているらしいが、しかしそういうものはどうでもよく、オレが興味をひかれたのはただ「ウルルン体験ができる、宮沢りえのいる宿」だけであった。
 なんでもトルコ人が家族ぐるみで経営しているその宿では、商売抜きにしてトルコ人ファミリーと家族同様の交流ができ、家の子供と友情を育んで
別れの時に泣きそうになったりするそうなのだ。ガイドブックや中東の宿にあった情報ノート(旅人が自分の経験した情報を書き込むノート)、またweb上で見かける旅行記サイトにもいろいろそんな感動エピソードが紡がれていた。これは、
現地人との触れ合いを第一に大切にするオレとしては素通りできるわけがないではないか。
 しかも、宿の看板娘であるヤスミンちゃんはガイドブックにすら「全盛期の宮沢りえにそっくり」と書かれているほどの気になる人物なのである。全盛期って
いつの時代なんだよ宮沢りえに成り代わって文句を言いたくなるが、しかし全盛期の宮沢りえと聞いたらオレも会いに行かないわけにはいかないではないか。だからこんな辺鄙な町にわざわざ来たんだよ。

 さて、その「バストンジュ・ペンション」にチェックインしたところ、旅行者でありながら宿のお手伝いもしている日本人の従業員さんに、「隣の家でファミリーと他のお客さんが一緒にお菓子を作ってるんですよ。よかったら行きますか?」と誘われた。

 いきなりキタ━━━ヽ(∀゚ )人(゚∀゚)人( ゚∀)ノ━━━!!!!

 あ、アットホームだ……。そしてウルルンだ……。

 ありがとうございます! じゃあせっかくなので僕もお菓子作りに参加しに、
行くわけねーだろっっっ!!!!
 
なめんなよオラっ!!! みんなで和気あいあいとスイーツ作りを、ってこの男塾一号生筆頭のオレがそんな女々しいことできるかタワケっ!!!!

 オレは誘いを
早々にお断りし、1匹狼となって世界遺産の町を歩くことにした。
 いや〜、やっぱり雪降る静かな古道は、風情があっていいねえ。これが昔ながらの木造トルコ家屋が並ぶ世界遺産・サフランボルの町並みである。




 オスマン朝時代の面影が残る家々を眺めながら、オレは雪の中ゆったりと散策を楽しんだ。すると、
30分ほどで完全に飽きた。大体からにして、寒くて歩き回っていられる状態ではない。オレを見くびらないでもらいたいものだ。寒い中でも元気で旅をするほどオレは落ちぶれちゃいないんだよっ!!!
 そんなわけで超特急に加速し宿に帰ったのだが、だからといって宿でもやることが無い。なにしろトルコの宮沢りえはじめ現地家族や他の旅行者はみな隣の家にいるのだ。これではガングロを武器にしてモテトークを炸裂させることもできないじゃないか。一体どうすりゃいいんだ……。
 ……事ここに至って、オレは悲壮な決意をせざるおえなかった。
 リビングにいた従業員さんに、そっと声をかける。


「あの……。よく考えたんですが、僕も、やっぱりお菓子作りに参加したいんですけど……


「もちろんいいですよ! じゃあ案内しますね!」


「おねがいしま〜す」



 ……。


 
くお〜〜〜〜っ!!!!! なんという屈辱!!! お菓子作り!! この男の中の男、家に帰ったら「メシ!」「風呂!」「酒!」「女!」しか言葉を発しない亭主関白なオレが、女の子に混ざってお菓子作りに参加とはっっ!!!!

 ……いやいや、そんなこと言ったらダメだって。せっかく誘ってくれてるんだからさ。もういい歳なんだから、自分のことばっかり考えてちゃいかんよ。そろそろ周りに合わせることも学ばんとさ(理性を司る方の自分の声)。

 隣の民家を訪ねると、そこにはトルコ人ファミリー(子供もいるよ)と、4,5人の若い男女日本人旅行者がいた。そして、おおっ、このトルコ人の女性はもしかして噂の「全盛期の宮沢りえ」ではっ!? なな、なるほど〜。
わかるわかる。たしかにこれはまだ貴乃花の手がつくずっと前の、おかげです高校にいた頃の…胸は本物の勝ちだけどこっちも結構かわいい……


「こんにちは! よかったら、一緒にやりますか??」


「こんにちは! じゃあ参加させてもらいます! やったあ!!


 優しい日本人旅行者に声をかけてもらい、
そしてオレはお菓子作りに参加した。
 
「マントゥ」という、お菓子と言うにはスイーツでもないミニミニギョーザのような形のおやつ。みんなして丸い皮にスプーンで具を乗せ、丁寧に包んで並べていく。その間、「これ簡単だね!」「はやく食べたいね!」「これチーズかなあ?」「ほんとだあ、チーズが入ってるんだね〜」という、和気あいあいそして微笑ましいそして背中を肉がめくれるまでかきむしりたくなるような会話がなされたことは、ここで隠さず報告しておこう。
 もちろんオレもちゃんと周りに合わせて
そっち方面の発言(旅先でのほのぼの交流風)をしたが、しかし「うん、はやく食べたいね!」とにこやかに答えるオレが、心の中では恥ずかしさで血の涙を流していたということも察していただければと思う。
 これが……これが中東で噂の、有名なアットホーム宿のウルルン体験なのか……。

 
こんなもんどこがおもしろいんじゃボケっ!!!! お菓子を作りたかったらケーキ屋にでも就職しろよっ!!! わざわざトルコくんだりまで来て家ん中でチマチマ料理して楽しいかっ!! このオタクどもがっ!!! オタクっ! オクタビアヌス!!!

 な〜んて乱暴で不道徳なことは仲間に入れてもらっている立場で
言えようはずがないよ。そんなことちっとも思ってないよ。みんな、楽しい思い出をありがとう。本当にちっとも思ってないよ。ウソじゃないよ。本当はウソ♪ ああ、なんか我ながらオレが鬼畜生に見える……。

 ところで、この宿にも旅人が書き込む情報ノートというものがあり、宿泊した日本人がひたすらトルコの宮沢りえちゃんその他経営者家族を褒め称える文章を残している。「家族のように親切にしてもらって最高の思い出ができました!」
「この宿は本当にウルルン体験ができる宿です!」などと、どの旅行者も興奮冷めやらぬ書き方だ。
 あんたら、商売だよ、商売……。
 別に悪い人達じゃないかもしれんが、浮浪者やホームレスがこの宿に来ても同じように親切にされると思うか?? 家族のように接してくれるのは、オレたちが適正以上の料金を払うからだっつーの!!
 実際その夜食事のあとに(全盛期の)りえちゃんが
「トルコのケーキ作ったけど食べる?」と声をかけてきたためそこにいた旅行者全員が「食べる食べる!!」と頂戴し、「おいしいね!」などとたいして美味くもないのに褒めちぎり、帰国してから友人に自慢できそうな貴重なもてなされ体験をみんなで共有していたところ、「1人分100万リラ、宿泊費に上乗せしておくからね♪」必殺の事後請求が言い渡されたのである。
 周りにいたのが
酒井美紀タイプの清純そうな日本人旅行者たちだったためオレも雰囲気を壊さないよう黙ってたが、もしここがインドだったらチンピラバージョンに変身して怒鳴り散らし、ドアを蹴破って宿を出て行くところだ。
 しかも、オレは翌朝早くチェックアウトしたためトルコりえちゃんが料金の追加を忘れ、ケーキ代を払わずに宿を出たのだが、近くの長距離バスターミナルでもうバスに乗り込んで出発を待っている時に、
ターミナルの事務所に宿のりえちゃんから「そこにいる日本人にケーキ代を払わせてくれ」という電話がかかってきたのである。そしてオレは町ぐるみで100万リラを没収された。
 どこがウルルン体験なんだよ……。
ごく普通のサービス業だろうが!! まあ、今や人の親切やウルルン体験も金で買える時代だからな……。何も知らずに「トルコで素敵な出会いがあったよ!」とはしゃいでいる方が幸せなのであろうか? でもそれは本当のウルルンでは決してないんだがな……。

 ということで、サフランボルの宿で現地の人達との
ふれ合い体験を目一杯楽しんだオレは、従業員家族と涙ながらに別れ、次なる河童の町へと旅立つのだった。ウルルン体験最高!!


※全盛期の宮沢りえことヤスミンが気になる方は、グーグルで「サフランボル」「宮沢りえ」「ヤスミン」などの単語を組み合わせてお探しください。ちょこちょこ写真が見つかります。





今日の一冊は、サマワのいちばん暑い日 (祥伝社黄金文庫)






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