〜天敵マサシ出現〜 おかっぱデビューした翌朝キッチンを通りかかると、昨日オレが帰宅した頃には既に寝ていたステファンが、生意気にも洋風の朝食を作っていた。ケニアの朝らしく、得意のスワヒリ語でステファンに挨拶をする。 「ジャンボー」 「オー、グッドモーニング……ってダレやねんオマエ!!!」 「あの、ルームメイトの作者ですけど……」 「完全に昨日と別人になってるやんけ!! しかも金色になってるし」 「いや、オレも不思議なんだけど、朝起きたら突然金髪になってたんだよね……」 「それはお気の毒に……。なわけねーだろっ!!! ……う、くぷぷぷ。そ、その図画工作のフランス人形みたいな髪型はなんなんだよ……ギャグか?」 「そう。……。これがオレの体を張ったギャグじゃ〜っ!!! オレの生き様みさらせや〜〜っ(号泣)!!!」 「おお、そんな姿になってまで笑いをとるとは……。まさに笑われるために生まれてきた男」 「好きで笑い者になってるんじゃないんじゃ〜っ!!!!」 「どっちなんだよっ!!!!!!」 「どっちもいやだ〜(涙)」 「しらんがな。ところで、オレのハム知らないか? ここに切っておいたんだけど」 「そんなもんしらん」 「あ! おまえそんなこと言いながら頭の上に乗せてるじゃないか。……おおっと! これハムじゃなくて作者の前頭部か。失礼。あまりにもキレイな半月を描いているもんだからつい……」 「やかましいっ!!!!!! あんたの頭だってゆでたまごと同等にツルンツルンしてるじゃないか!!! だいたいその西洋かぶれの朝メシはなんだっ!! 朝の食卓といえばみそ汁の香りだろうが!!!」 「なんだそれ?」 「ジャパニーズ伝統的スープだ。やっぱり朝はこじゃれたハムエッグなんかではなく、若妻が作るみそ汁を飲まないと力が出ないもんだ」 「でもここには若妻がいないが、自分で作るみそスープでも力が出るのか?」 「出ない」 「結局若妻かよ!!!!」 「ステファンは若妻おキライですか?」 「お好きです〜」 ステファンは調理を終えると一転、ルームメイトの存在は完全に無視し、個人的に洋風朝食を味わい出した。 尚、最後の方のステファンのセリフはもはや作者の好き放題な解釈になっているが、しかしただひとつ言えるのは、オレのこのハムそっくりな髪型は誰の目から見てもグローバルスタンダードから外れているらしい。外人どころかマサイ族からも珍しがられる始末だ。 さて、午前中また公園にたむろするシンナー軍団の間をヤクザの仮装をして殺意を持って歩き、エチオピア大使館へ向かう。今日は前回と違って金髪でおかっぱという正体不明の容姿なため、シンナー軍団も襲うに襲えず、どう対応したらいいものかとまどっていたようだ。さらにエチオピア大使館員も、パスポートの写真と実物の頭髪を見比べて一瞬本人と断定することを躊躇していたようだが、それでもさすが高学歴の外交官、その鋭い眼光でオレの正体を見抜き、目出度くビザを取得することができた。 その後一人で昼食に向かった先は、レストラン『AKASAKA』である。その名のとおり、遂に来た、ここアフリカの中心ナイロビで、実にほぼ2ヶ月ぶりに日本食を食べるのである!! アフリカに上陸してから今まで大体食事は手づかみだったため、日本に帰った時になるべく社会復帰に時間がかからないように、こうやって定期的に箸の上げ下ろしを復習しなければならない。 テーブルについて飛び込んできたメニューの一番上には、日本語で「うどん」と書いてあった。うどん…うどん……。どこかで聞いたことのある単語だ。懐かしい響き。オレは迷わず月見うどんを選んでいた。そしてオレはつけあわせの漬け物を貪り食い、熱いお茶をすすり、本命のうどんを一本一本味わいながら吸い込んだ。こ、この清潔な食器、埃の、泥の気配を感じさせない食材。すばらしきジャパニーズスタンダード。 更に調子に乗ったオレはうどん定食にするためご飯を注文し、久しぶりに味わう日本食、白いご飯の美味さを堪能した。なんとなく、ケニアにいながらにして「あんちゃん、白い飯はうまいのう!」と嬉々として米を食うはだしのゲンの弟の気持ちがわかったような気がする。 だいたい、「定食」という言葉を使うこと自体が嬉しい。定食。日本にいる時は当たり前に使う言葉であり、むしろ親から顔を見るたびに「いい年なんだからいい加減フラフラしてないで定職につきなさい!!」と言われるオレにとってはどちらかというとマイナスイメージであり無縁の単語なのだが、それでもこの状況下では非常に懐かしさと親近感を感じるのである。 食べ終わった後も、ひたすら幸せのため息が出る。この日本の雰囲気は、一時的にナイロビの治安や旅の不安などを忘れさせ、自分が日本にいるかのような気分にさせてくれる。そうだ。ここは日本なんだ!!! そしてオレは会計に立った。 「はい、900シリングになります〜」 ……。 ケニアだ。ここはケニアだ。 やはり所詮レストランはレストラン。店を出れば一瞬にして現実に引き戻されるということがわかった。そしてもうひとつわかったのは、赤道直下のケニアで熱いお茶を飲み月見うどんをすするのは非常に無理があるということである(涙)。物語の流れ上感動したフリをしていたが、実はお茶を飲みうどんを一口すすった時点で汗だくで意識朦朧となっており、何かを味わう心の余裕は遠く地球の裏側日本あたりまで飛んでいっていた。 午後になり宿に戻ったオレは、ベッドでごろごろしているように見せかけて瞑想の修行をしていた。本当は修行として真剣に「旅で出会った美女リスト」の脳内データベースの構築などを繰り広げているのだが、ふふふ……はたから見たらただベッドでだらけているようにしか見えまい。この姿にルームメイトはまんまとだまされていることだろう。 そんな時、廊下の向こうから従業員と話す女性の声が近づいて来た。どうやら向かいの女部屋に新しい客が来たようだが、英語で宿の案内をする従業員に「イエス!」とか「オー!」とか英語になっていない英語で返答していることからして、どうも日本人のような気がする。オレは修行を切り上げこっそりドアの隙間から廊下を覗くと、やはりちっこい日本人の女の子が従業員の話す英語に必死になって相槌を打っていた。 ふっ……。ここは、どうやらジェントルマンの出番のようだ。このオレでも、彼女と比べたらまだ英語の意思疎通の自信はある。ここは人肌で温め……いや、ひと肌脱いで従業員と彼女の橋渡しになってやろうではないか。 「どうもこんにちは!」 「あ、どうも……」 「よかったら通訳しましょうか? 僕は3日前からここにいるんで宿のことも詳しいですし」 「そうですか……」 オレは宿の人間に成り代わり、トイレの場所や料金などを懇切丁寧に教えてやった。まさにジェントルマンの見本となる行動である。 「どのくらいいる予定なんですか?」 「大体2週間くらいの予定です」 「シー ステイ ヒアー アバウト トゥーウイークス(誰も望んでいないのに従業員に向かって彼女の日本語を通訳する作者)」 「オー、オーケーオーケー」 「なんかわからないことがあったら聞いてくださいね。僕で答えられないことは彼らに聞いてあげますし」 「はい。とりあえず大学のレポートとかあるんで事務用品とか安く売ってるところがあるか知りたいんですけど」 「こんなところまで来て宿題? そんなの忘れて旅を楽しめばいいのに。まあいいや、聞いてあげるよ。えーと、大学の……事務……。……。オレあとで夕飯買いに行く時にでも探してみるよ」 「……。じゃあ私が聞いてみますね。ラヒシデュカ〜ニナウムワイコモジャ?」 「オー! ハバリイジャヨ、ンボガマジワニパティエ!」 「アサンテサーナ!」 「ハクナマタタ!」 ……。 あんたスワヒリ語喋れるんなら最初からスワヒリ語で話せばいいんじゃない? それは中学生レベルの英語力なのに調子に乗ってしゃしゃり出てきた恥ずかしいオレを立てたつもりかっ!!! さすが奥ゆかしい日本人女性!! しかしそんな情けはいらないんだよっ!!!! 彼女はスワヒリ語ペラペラ、一瞬にしてケニア人の全従業員と仲良くなり、その後彼女は親切にもオレが従業員と話す手助けをしてくれた(号泣)。話を聞くと、彼女はナイロビ3回目(しかも全部長期滞在)、それもそのはず、京大の大学院でアフリカンカルチャーを専攻して研究の一環としてアフリカに来ているらしい。オレを軽くあしらった後、彼女は門番のマサイ族とすらスワヒリ語で楽しく言葉を交わし、慣れた様子で出かけて行った。 彼女=凄い オレ=恥ずかしい 悲しい計算式を作成し、そんな自分を変えるため再び部屋で瞑想の修行をしていると、ガバッ! と次に勢い良くドアを開けて入ってきたのは、一見してラガーマンとわかる、身長190cmはありそうなバリバリの体育会系またも日本人旅行者であった。 今日は日本人によく会う日である。アフリカの拠点となり心臓部でもあるナイロビでは当たり前のことかもしれない。しかし、彼は今まで会ったどの日本人よりも印象的で特徴的であった。彼はオレの隣のベッドに居を構えるようである。お互いに一応にこやかに挨拶を交わすが、それぞれの心はアウトドア派とインドア派、目の前にいるのが同じ日本人でありながら全く異なる人種だということを悟っている。 オレ達はお互いの存在に違和感を覚えながらも、ベランダに出て情報交換をすることにした。彼の名はマサシくん。無精ヒゲを生やし、伸びきった髪を後ろで束ねている。しかし男の中の男という表現が似合うその外見そのままに、彼は元N大のラグビー部主将であり、去年大学を卒業して、世界を知るために現在世界一周中ということである。北米から南米に下りてきて、今度は南アフリカからオレと同じルートを辿って来たらしい。 なんて憎たらしいヤツ。この絵に描いたようなワイルドな生き方。1分間話しただけでわかる、底抜けに明るい性格。それでいて常に周囲の人間に気を配る根っからの体育会気質、誰からも好かれるオーラ。……オレが一番苦手なタイプだ。なぜならオレが全てにおいてその正反対だからだ(号泣)。 よくよく考えてみればオレも大学時代体育会だったはずなのだが、引退後3日で軟弱体質に戻り、今となってはマサシくんが学級委員長だとしたらオレは登校拒否児、マサシくんがヘビー級ならオレはモスキート級、マサシくんがニンテンドーゲームキューブだとしたらオレはゲームウォッチである。 「作者さん、どうでした、この旅でなんか感動した出会いとかありました?」 ぬおおっ!!! いきなりなんだその質問はっ!!! 初対面の旅人に感動した出会いの話題から入るか普通?? これがマサシの世界、ザ・ワールド・オブ・マサシか!!! 「いや、特にないけど……」 「ええっ!! ないんですか? あの出会いが忘れられないとか、あの人に会って自分の中で何か変わったとか、そういうのはなかったんですか??」 「断じて無い」 「そ、そうっすか……。でも、仲良くなった人とか、たくさんいるじゃないですか、」 「そういわれてもオレあんまり英語喋れないしね……」 「ダメですよ!! 喋れないからこそ、がんばってコミュニケーションをとらないと!! 一生懸命喋れば言葉だって上達するし、出会いだって生まれるんですよ!!」 ……。 初対面でいきなり説教キタ━━━━━━\(T▽T)/━━━━━━ !!!!! 間違いない。私は今、10分前に初めて会った年下の日本人に説教をされています。間違いない。 「あのね、マサシくん、人それぞれ旅に対する目的とか位置づけってものは違う……」 「やっぱり旅って人との出会いじゃないですか! だから、せっかくアフリカに来てるのにふれ合いのチャンスを逃すなんて勿体無いですよ!!!」 「は、はい」 「じゃあ、なんか心に残った出来事とかはあるんですか?」 「ジンバブエのマシンゴってあったじゃん、グレートジンバブエ遺跡のとこ」 「ありましたね」 「あそこの宿で100万くらい盗まれたんだよ」 「ええっ!!! 作者さんだったんですか!!!」 「な、なんだそのリアクションは??」 「僕、年末年始ジンバブエのハラレにいたんですけど、そこで噂聞いたんですよ。マシンゴで盗難に遭った、すごく運が悪くて可哀想な人がいたって」 ←本当にこう言っていた 「……誰が言ってたのそれ」 「滝口さんとかヒロさん(この人もオレが盗難に逢った時宿にいた人物)とか……」 「ふーん……」 ……最近ジンバブエあたりじゃオレの名もちょいと有名らしいな(号泣)。 そうさ。マサシ。おまえの目の前にいる、このオレさまがその噂の可哀想なヤツだぜっ!!!!! 可哀想と思ったら小銭くらい恵んでみやがれっ!!! 「マシンゴに泊まった時にさ〜、ちゃんと部屋の鍵とカバンの鍵はかけといたんだけどさ〜、」 「この後はどうするんですか? もうすぐに北上するんですか??」 「人の話を聞けっ!!!!! せっかくの自慢の不幸話なのに……。まあ、一応ケニアのサファリツアーに参加しようと思うけど、その後は真っ直ぐエチオピアに向かう予定だよ。マサシくんは?」 「僕はちょっと小学校に寄って行こうと思ってるんですよ。1週間くらいしかいれないと思うんですけど、僕で何が出来るのか、出来ることをしに」 「でた〜〜〜っ!!!」 「作者さんは行かないんですか??」 説明しよう。この宿の入り口には年季の入った木製の掲示板があるのだが、そこにはナイロビ近郊の小学校で働いている日本人の人が持ち込んだ広告が長い間貼ってある。日本人の旅行者に向けて、「ケニアの子供達と触れ合ってみませんか? 短期間でも構いません。力を貸してもらえる人を探しています!」とボランティアを募るメッセージである。 言うまでもないが、オレはボランティア募集の広告を見ても「ふ〜ん」と思うだけだ。誰が好きこのんでガキの相手……いや、ちょっと予定が詰まっていて残念ながら手を貸せないのだ。しかし、オレの目の前にいるこの身長190cmのとてもいい人は、自分の予定が乱されようとも、遠く離れていようとも、とにかく助けを必要としている人間を放っておけないのである。よくあるボランティア教の信者ではない、本当に困っている人間の力になりたいと思っているのが言動から滲み出ている。……なんて素晴らしい人間。だからこそますますにくたらしい(にくたらしい理由は不明)。 「あんまりオレそういうの興味ないんだよね……。でもだからって目の前に困ってる人がいたら助けると思うし、今までのアフリカの旅だって、」 「明日僕エチオピアのビザ取りに行くんですけど、大使館の場所教えてくれませんか?」 「テメーこのやろ!!! 話のコシ折らせチャンピオンかおまえは!!!!」 ハタから見たらそのオーラから明らかにオレの方が年下に見えるだろうオレ達。彼と一緒にいるとオレのダメさ加減がロブスターと一緒に飼われるザリガニのようにひときわ目立つうえに、外見的にもチビに見られるため金輪際国交を断絶したかったのだが、なぜかこの憎たらしい好青年はオレのことを愛しているかのごとく、世界を股にかけてストーカーのようにオレの行く先々に出現するのであった。 今日の一冊は、不肖・宮嶋 死んでもカメラを離しません (祥伝社黄金文庫) |