![]() 〜ナイロビの夜〜 ![]() ちなみに彼の名はカションバイ。ちょっと日本人離れした名前だ。普段はマサイマントをまとい、真っ赤なマサイの戦闘服に身を包んで門を守っているカションバイだが、時々なぜかスーツを着ていたり、トランシーバーで他のマサイ族と連絡をとっているため、マサイ族がそういうものだと思っていないこちらとしては意表をつかれて結構うろたえる。 何度教えても人の名前は覚えないカションバイも、一応「こんにちわ」という言葉だけは使いこなしていた。ただ、この宿の従業員は全員「こんにちわ」を有効活用しているのだが、こんにちわを日本人の呼称に使っているのが時々腹がたつ。どういうことかというと、「おーい! そこの日本人!」と呼びかけるところを、「おーい! そこのこんにちわ!!」と意味不明な呼びかけをするうえに、オレにマサシくんの居場所を尋ねる時など「なあ、こんにちは、もう一人のこんにちわはどこいった?」と、完全に使い方を間違っている、もしくはおちょくっているかのどちらかと思われ、こちらとしては非常にやる気がなくなってくる。 ある朝、オレはここ最近のB21のヒロミのスケジュールくらいヒマだったので、門番カションバイと交流を深める大作戦を実行することにした。名づけて「マサイ族お菓子とジュースで買収作戦」である。 朝も早いと、門番とはいえ門のところにくっついている必要もないので、カションバイはテレビを見たり歌を歌ったりと気ままな放浪ライフを楽しんでいる。オレは彼の近くに座ると、早速スーパーで買ってきたスナック菓子を差し出してみた。 「ねえ、カションバイちゃん、一緒に食べない?」 「オ? サンキュー・・・」 彼は袋から一掴みカールもどきの菓子を取り出すと、ひとつ食べたと思ったら渋い顔をした。 「アイ、ドントライクディス・・・」 「……」 まあなんて歯に衣着せぬ物言い!! 客にもらった菓子をあっさり否定!!! こうなったら次の手である。オレは同じくスーパーで買ってきた100%パイナップルジュースを冷蔵庫から取り出し、トクトクとコップに大変太っ腹についでやった。ジュースは好きだろう。ジュースは。 「はい。これどうぞ」 「オ・・・サンキュー・・・」 カションバイはまるでコーヒーでも飲むようにちびちびとパインジュースを味わうと、すごく渋い顔をした。 「アイドントライクディス・・・」 「……。そ、ソーリー……」 ああ、またですか……。 お口に合いませんでしたか……。 ……。 社交辞令ってもんを知らんのかっ!!!! っていうかなんでオレの方があやまらなけりゃいけないんだよ!!! こういう場合はまずくてもとりあえずニコッと笑って「グッド!」とか言っとけばそれで万事解決なんだよ!!! 正直に、真っ直ぐにしか生きられないんだねマサイ族は。オレの前髪のように(涙)。 結局物で釣って仲良くなるという作戦はことごとく失敗し、言葉も通じないためマサイ族と2人っきりのこの沈黙をどうすればいいんでしょう? と困っていたところ、スワヒリ語を話す京大のねえさん、諏訪さん(スワヒリ語のスワをとって諏訪さんと命名)がやって来て救いの手を伸べてくれた。諏訪さんを介して情報を聞き出したところ、なんとカションバイはオレと同い年だった。これは話が早い。ということは、きっとお互いドラゴンボールと北斗の拳で育った世代だし、学生時代を思い出させるB’zやZARD、TRFの話題で盛り上がることができるに違いない。同世代の男として、ZARDのデビュー前のセミヌード写真集の存在を知った時のショックについても熱く語り合えるだろう。 ……。と思ったが、彼はマジメそうだしそもそも族が違うので、もしかしたら牛の放牧の話とかの方が合うかもしれない。いや、しかしオレには学生時代牧畜経験が無い。どうしましょう。 ただ、同い年ということは、たとえ話が合わなくてもそれだけでも大変親近感が持てる。急にオレと彼との距離が縮まったように感じる。 「でカションバイはここでの仕事はしばらく続けるわけ?」 「オバリイムワジャヨ、ンボガマジワニパティエ」 「なんかあと3ヵ月働いて、それで村に戻って結婚するんだって」 「……。へえー。そうなの」 「ミミニムワナフンジ、ナタカクニュワマジモト」 「お嫁さんの家族に牛30頭プレゼントしなきゃいけないから、がんばってお金貯めてるんだって」 「ふーん。大変だねえ……」 結婚するのか、カションバイ。それはそれはおめでとう。 ……。 短いつき合いだったなカションバイ。 同世代の日本人とマサイ族、やっとわずかに友情が芽生えたと思ったら、まさかおまえから裏切るとはな……。 ええいどいつもこいつも!! 所詮結婚制度なんて植民地の制度化、女は結婚すれば幸せだとウソで言いくるめて不法労働に追い込み、国が子宮を管理する性差別の制度化であるとあの田嶋陽子先生もおっしゃられているんだぞ!!!(意味は全くわからんが) それでも結婚するのかおまえはっ!!! うらやましいぞこの野郎(号泣)!!!! しかも牛30頭を用意できるというあたり、明らかにオレより財力があるというのが悔しい。 オレは大人として、あくまで表情には祝福の笑みをたたえながらカションバイとの会話を早々に切り上げ、本来のロンリーな姿にもどって出かけることにした。とりあ
ここには、アウストラロピテクスの化石が展示されている。400万年前に誕生した、人類の一番最初の形態である。しかし400万年前に生きていた人(人というか猿人)の化石がこうして目の前にあるという不思議な感覚はなんなんだろうか。畏れ多くてとても「この猿人、2気筒かなあ? それともV型6気筒DOHC24バルブかなあ?」などというボケをかませるような空気ではない。ひょっとしたら、この頭蓋骨がオレのひいひいひいひいひいひいひいひいひいヒーヒーヒーひ〜ひ〜ひ〜ひぃ〜っ! ひ〜っ! ひいひい(中略)おじいさんだということも考えられるのだ。まさに時空を超えた先祖との対面である。 それにしても、彼らが最初に2足歩行を始めてくれたおかげで、現在の人類がこうして手足を機能的に使えているのである。もしもあの時アウストラロピテクスさん達が足ではなく手で歩き始めていたら、今頃オレ達は2足歩行ではなく2手歩行になり、犬の散歩をする時などは片手で犬を連れて片手で逆立ちし、「燃焼系♪ 燃焼系♪ ア〜ミノ式〜」と歌いながらちょこまか進まなければならくなっているだろう。こんな風に 博物館を出たオレは、次にマサイマーケットに向かった。マサイマーケットは、毎週火曜日に開催されるマサイ族による市場である。売りに出ているのは彼ら自作の民芸品や装飾品などで、基本的にアジダスやプーマ、ユニクロといった高級品を好むブランド志向のオレにとってはあまり興味をそそられない売り物が多いのだが、規模が大きいため一見の価値はある。 尚マーケットの開催地は丁度小高い丘になっているのだが、問題はここがダウンタウンの入り口であるということだ。いつ強盗・殺人事件が起こっても不思議ではない場所なので、民芸品を見て歩く時も殺されないよう十分注意しなければならない。 それにしても週1回しか開催されないだけあって、ものすごい人手である。マサイ族は実に器用で、手作りで様々な彫刻や装飾品や小物を、 パーン! にょえ〜〜〜〜っ!!!! パーン! パーン! ぐぎゃ〜〜〜〜っ!!!! この旅で2度目に聞く銃声にダウンタウンの方を見下ろすと、丘を100mくらい下った先で2発目、3発目の銃声と共にその方向から一斉に50人くらいの黒人が死に物狂いで逃げ回っているのが見える。 ……。 なんかわからんけどとりあえずオレも逃げるぞ!!!!! 多分こういう場合は逃げた方がいいだろ!! 学校で教わったことはないけどっ!!!!! オレはとりあえず「拳銃の射程距離ってどのくらいだろう……」などと考えてもわからないことを考えながらダウンタウンからアップタウンに向かって散々に逃げ散らかし、あわわわと泡を吹きながら「もう帰る! もう帰る!!」と小学校の頃ドッヂボールをしていて顔面にボールをくらった片山信夫くんのように涙目になってつぶやきながら、宿への帰路を急いだ。 ……オレはただOL3人組のような、坂口憲二のような無難な旅をしたいだけなのに。なんでタレントでもないのに旅の端々でこんな感情表現豊かなリアクションをとらなきゃいけないんだ(号泣)。 オレは世の親御さんたちに言いたい。「かわいい子には旅をさせろ」とはよくいうが、旅をさせた後に無事で戻ってきて欲しかったらナイロビを旅させるのはやめといた方がいいでしょう(涙)。 やっとのことで宿へ戻り、気付いた時にはもう黄昏時、たしかにナイロビの街にオバケが出る、いや、殺人犯が出る時間であった。 ……その夜、同部屋であるマサシくんのまたも説教タイム、ザ・ワールド・オブ・マサシが始まったのは、夕食後の夜8時を回ったころであった。今日最初に説教を受けていたのは、8時過ぎに女一人で宿に帰って来るという離れ業を演じた、スワヒリ語を話す諏訪さんであった。 「なにやってるんですか!! こんな時間まで外に出てるなんて!!!」 「え、な……なんのことなの?」 「女性が一人で夜遅くまで!! 何かあったらどうするんですか!!!」 「で、でもまだ8時だし……」 「ここをどこだと思ってるんですか!!! 日本じゃないんですよ!! いいですか、作者さんなんて今日すごく近くで何発も銃声を聞いてるんですから!! ねえ作者さん?」 「お、オレ!? た、たしかにそうだけど……なんかオレにふられるとオレも一緒に説教に参加してるみたいでいやなんだけど……」 「一体どこに行ってたんですか!! 今まで!!」 「今日ね、カフェで会った黒人がすごくいい人で、それでバーに連れてってもらってさっきまで飲んでたの……」 「ダメですって!!! 危ないじゃないですかそんなの!!!」 「それはオレも言わせて。あんた死ぬ気かよ!!!」 「ひー。すいません……」 一見昭和初期の厳格な父親と一人娘の会話のようであるが、別にオレ達は風紀の乱れを憂いているわけではない。これは生死に関わる問題である。 ひとしきり彼女を叱り、それぞれ一旦解散し再びなんとなくキッチンに集まった時、今度はオレとマサシくんとの、この旅始まって以来の一進一退の議論が始まった。 正直他人から見ればなんのおもしろみもないかもしれないが、ここには弱い人間として、オレがどうしても譲れない、譲ってはいけないものがあった。きっかけは、マサシくんが「親を看取る時は最後に抱擁したい」と言い出したことである。 「やっぱり最期の時くらい、オヤジ今までありがとう! って抱きしめてやりたいっすね」 「そお?」 「そうですよ。そうやって力強く抱き合って、お互いの気持ちが伝わるもんじゃないですか。作者さんも、そういう時は親を抱きしめてやりたいと思いませんか?」 「……いや、オレは思わないね」 「なんでですか?」 「だってそんなの恥ずかしいもん」 「何いってるんですか!!」 「マサシくん……キミの説教はすでに見切った!! 『そんな時に恥ずかしいなんていってる場合じゃないでしょう!! 親が悲しみますよ!!』とでも言うつもりだろう!! いいか、わざわざ抱き合わなくたって、手でも握れば言いたいことは伝わるもんなんだ」 「それだけじゃわかんないですよ。やっぱり体と体で触れ合わなきゃ本当の気持ちなんて……」 「いーや違うね! オレは抱き合うのなんて恥ずかしいけど、少なくともオヤジの手を握って目を見ればお互いの気持ちはわかるはずだ。なぜなら、それが親子だからだ!! マサシくん、キミは何かい? 親子なのに、抱き合うまでしないとお互いの気持ちがわからないのかい?」 「ぎゃふん!」 「たしかに外国人風の派手な感情の表現方法もあるだろうが、たとえ表面では照れていても気持ちは通じている。それが日本人の美徳じゃないのか!!」 「いや〜、でも、それだけじゃあやっぱり足りないような気がしますね、僕は。別に日本人だからそう思ってるってことはないと思います。作者さんが恥ずかしがってるだけなのかもしれないけど、みんなもっとちゃんと体で表現するべきなんですよ!!」 彼と意見があわないことはわかっていた。 彼はいわゆるアウトドア派であり社会的強者。本来であれば、彼とオレとは冨永愛と森三中くらい交わることがない存在である。つわものとは彼のことで、その豪快さは日常の行動にも見られ、例えばトイレの使い方にもオレと彼との差がものすごく表れている。ケニアのトイレは、便座が無い洋式トイレである。普通洋式トイレでは男は小をする時は便座をあげて放射し、大の時は便座を降ろして座るものだが、この宿もそうだがアフリカの洋式便器にはその座るための便座が無い。 そこでどうするか? オレの答えは、言うまでもないであろう。もちろん空気イスである。中腰の体勢で、たとえ腿と尻の肉が激しくつろうとも、命に代えても最後まで腰を浮かしたまま用を足すのである。たとえ一見して汚く見えなくとも(汚く見えないトイレなんてなかったが)、昨日掃除したばかりであろうとも、便器には黒人や世界各地の旅人の汚いものがとことんこびりついているはずなのである。そんな上に直に尻を下ろせるわけがないのだ。 しかしマサシくんは違う。ツワモノは違うのだ。彼は、トイレットペーパーでひと拭きしてから普通に座るのである。そして普通に用を足し、平気でその尻にパンツを履くのである。「ま、いいか、これも旅だから」と、ちゃんと郷に入れば郷に従うことができる。それがマサシくんたち強者である。 というように、このエピソードからオレとマサシくんとの生き方の違いがよくわかってもらえたと思うが、こんな風に彼は豪快で力強く気が利いて大食いで、なおかつ非常に社交的である。下手したらナイロビの公園にいるシンナー軍団や強盗とも仲良くなりそうなタイプである。マサシくんとオレは月とスッポン、マサシくんが飛鳥ならオレはチャゲ、マサシくんがマクドナルドならオレはドムドムバーガーだ。しかしドムドムだろうがなんであろうが、人生の先輩として、自分の正義が全てではないということを彼に教えてやらねばならない。 「こら!! ザ・ワールド・オブ・マサシ!! いい加減自分とは違う価値観の存在を認めたらどうだ!! そして故郷である日本、そこに住む日本人の恥じらいと慎み深さに誇りを持つんだ!!」 「え〜!! きっと他の日本人だって僕と同じ考えのはずですよ!!」 「いーや!! それはキミだけの常識であって全員の常識ではない。キミはいつでも自分が一番正義だと思っているんだ。つまりキミはだんご3兄弟でいったら次男なんだよ!!!」 「そんなバカな!! いつも面倒見がいい長男か兄さん想いの3男かどっちかだねって言われるのに……」 「キミは今世界を周って見聞を広めているのだろうが、だからこそ日本人の精神にも目を向けるべきである!!」 「でもそれはきっと作者さんが極端に恥ずかしがりやだってだけなんじゃないですか? じゃあ他の人に聞いてみましょうよ!! 諏訪さん、ちょっといいですか?」 「え? なに? またお説教??」 「諏訪さんは、もしも親と別れの時が来たら、やっぱりガシっと抱きしめてあげたいと思いますよね? そうやって最後に気持ちを伝えたいと思いますよね??」 「……」 「普通思いますよね!!」 「……。え〜。そんなの恥ずかしいからいやだよ〜」 「そ、そんな……」 「マサシくん、これでわかっただろう。さあ、今はショックかもしれないが、涙を拭いて。キミはまだ若い。キミの世界一周の旅の中で、こんな夜があったということもいつか思い出して……」 「あ、そうだ!! 作者さん、エチオピアまではどのルートで行くか決めてますか? 僕も結構急いでるんで、なんかいい方法ないかなって……」 「またいいセリフ台無しっ!!! ……もういいっ(涙)!! あんたなんかキライよっ(号泣)!!!!」 「あ、あれ? どうしたんですか作者さん……」 マサシくん、オレは思う。キミがもっと人の話をちゃんと聞くようになれば、決して抱き合ったりせずとも相手の心がわかるようになると。 しかし正反対の存在と思われるオレ達も、もしかしたらケニアはナイロビの安宿でこうして一晩かけて一緒に語っているという時点で、本当のところは似たり寄ったり、同類の人間なのかもしれないな……。 こういう出会い、こういう夜があると、少し旅に出てよかったと感じるのである。 今日の一冊は、不肖・宮嶋 撮ってくるぞと喧しく! (祥伝社黄金文庫) |