〜腹痛ム3〜 多神くんの帰ってしまった今、オレの面倒を見てくれる少年はいない。 いやだ!! 少年に面倒を見てもらわないとオレはなんにもできないんだよ!!! おなかいたい!!! 誰か!! しかし見回しても、いるのは患者だけにみんな自分の病気で手一杯という感じで、オレの手をひいて通訳しながら世話してくれそうな良い人は見当たらなかった。さ、さみしい……。僕はうさぎと同じで、さみしいと死んじゃうんです。誰かいたわってください。抱いてください。 ……なんだよ!! 外国人がこんなに困っているのに!! 一人ですごく痛がってるのに!! 優先的に助けてくれたっていいじゃないか!!! と泣いて痛がっていたら、看護婦のコスプレをした人に「あんた、そこの診察室に入りなさい」と命令された。 そこはだだっ広い診察室……いや、今までオレが持っていた診察室のイメージには、まったくもって合致しない空間であった。日本の病院の普通の診察室がだいたいワンルーム、8畳くらいの広さだとしたら、ここはその5倍くらいの広さのスペース、そこに革張りの硬そうなベッドだけがいくつも並んでいる。医者らしき人はいるのだが、診療器具とかそういうものが見当たらない。これって……時々テレビや映画なんかで見かける、野戦病院がちょうどこんな雰囲気だったような気がする。普通の病気の患者よりも、被弾した人とかがよく似合いそうな部屋だ。 もちろん多くの患者さんを苦しみから救っているだろう病院に対してそんな失礼な言い草はないが、そのあたりの理性というのは健康でこそ働くものである。病院に到着し多神くん(19才の少年)がオレの代わりに受付をしてくれた時点では、これで助かった!! と安堵していたのだが、この病室を見たら、高校時代がんばって深夜まで起きていたのにトゥナイトや11PMが新聞の見出しほどエロくなかった時を思い出すような、期待を裏切られた気分になった。腹も余計に痛くなった気がする。 ドクターはなぜか男女2人おり、とりあえず「あの、ぼくもうおなかがいたくていたくてもうどうしようもなくてもう……」ともーもー訴えてみると腹を触られ、すぐに「じゃあこの病院を出て、しばらく歩くと検査用の別の建物があるから、そこで血を採ってまた来てよ」とオレは放出された。 言われるがままに診察室を出たのだが、オレは側女になった初日に寝所で殿を待つ町娘のような、とことん不安な心境だった。あんな診察室で満足な治療が受けられるの?? 野戦だよ野戦!? 下手したらとりあえず腹に包帯巻いて終わりになったりしないか? それで「医療品が足りないんです。患者さん達のこの悲惨な状況を見てください」と言いながら先進国のメディアに訴えて支援待ちをするのではないだろうか?? 腹に包帯を巻かれてベッドに横たわるオレの姿がニュースJAPANの特集で放映されるのではないだろうか?? 病院の敷地を出て隣くらいの建物で血液検査をするということだったのだが……オレは……オレは……、逃げた。あの診察室に戻るのが怖かった。だから逃げた。イヤなの!! もうあの病院には戻りたくないの〜っ(涙)!!!! とりあえずオレは病院から逃亡し、腹を抱えながら(笑っていたわけではない)しばらく歩き、大通りに出てからタクシーをつかまえた。い〜イ〜、腹が痛い〜っ。でも、決してオレは諦めたわけじゃないぞ! ハルツームには、ここの他に、もうひとつ病院があるという。そのもうひとつの病院の住所は、幼い神の多神くんがメモってオレに渡してくれていたのである。すなわち、オレは2つ目の病院に希望と腹の運命(すなわち自分自身の運命)を託すことにしたのだ。 ハルツームの郊外、タクシーで20分ほど走ったところにある病院は、民間の経営ということだが……おおっ!! 明らかに、さっきの国立病院より西側諸国に近いかんじがするっ!!! さっきの野戦病院が日清・日露戦争だとしたらこの民間病院はインパール作戦くらいまで時が経過したように感じられる。ここならシャーマニズムではなく、現代(に近い)医学で治療してくれそうな気がするぞ! その病院はさっきの国立病院と比べたら、まだ医療施設としてそれなりの設備を備えているように見えた。幸いなことにそんな患者も多くなく、すぐに女医さんに診てもらえるようになった。話もそこそこに、とりあえずうつぶせに寝るよう言われ、ベッドにグターンと突っ伏す。 「はい、じゃあズボン脱いで」 「え……ズ、ズボンですか?」 「そうよ。脱ぎなさい」 もちろん腹痛を治すのが先決で、恥ずかしがっている場合ではない。オレは素直に従った。 「はい、じゃあパンツも脱いで」 「え、え、ええ、ええええ」 「ほら、早くしないさいよこのゴミ虫が!! とっとと脱ぐんだよ!!!」 「は、ははい女王様……ううう(号泣)」 「さーてあんたには、この特製のぶっとい注射をぶちこんでやろうかね〜」 女王様は、そう言うと本当に極太の注射を取り出し、いきなりオレの尻に突き立てようとした。ギンギン光る針先からは、とっても痛そうな薬品がピュピュっと垂れている。 オレは暴れた。 「やだ〜〜!! ささないでよ〜っ!!! あ゙お゙〜! いやだ〜〜〜!!! その針、その針が安心できないんです〜〜怖い病気が〜(涙)!!! この、この針、僕が注射器ありますっ!!!! タガミくんがくれたんです新しいのを!!!! タガミくんがくれたんです!!! この、新しいタガミくんがくれた針を使ってくださいよ〜お願いします〜アアア〜(号泣)」 「やかましいねあんた……。ほら、新しいの出してあげるわよ。これで心配ないでしょ」 やれやれと情けない人間を見る表情で女王様は、机から新しい、ビニール袋に入った注射器をわざわざ取り出し、そこで開封して見せてくれた。なるほどそれなら安心だ。その気遣いが民間である。しかし問題は、これが何の注射か全く説明されていないところなのだが、そんな疑問を持つ間に、オレのケツの脇に注射針はズボっと刺さっていた。 「アアギャーーーーーーー@@※@@※Σっ!!!!!!!!!」 「はーいもうすぐ終わるからねー」 「££$#∵∵オアオб※Э§(号泣)!!!!!!」 「はい終わり。次は、血液検査ね。隣で血を採って来て。それから、検便もするからね。この容器にモリモリ入れて持ってくるように。トイレはそこの左にあるからね」 「いだいよ〜(号泣)。それに検便なんて出ないよ〜。だって下痢で全部出し切ったんだもん(涙)」 「いいから行きなさい」 「ウワァァァンヽ(`Д´)ノ」 採血の部屋では、不思議な器具を使って人差し指の先から血液がとられた。なにか金属でできたカバーのような物を指先にかぶせたと思ったら、バチン!! という瞬間的なショックが指に走り、次の瞬間血がジワーっと染み出てそれを採取するのだ。これは注射で採血するよりよっぽど痛くない。オレでも泣かずに済むくらい痛くないのだ。こりゃすごいぞ。 で次は検便である。だが、途方も無い腹痛で昨夜から今朝にかけて腸のものは全て排出しきっているのである。出るわけがない。……いや、しかしそう簡単に諦めてはいけない。最初から無理だと思っていてはダメに決まっている。成功の秘訣というのは「できると信じる」ことにあるのだ。できるできると繰り返し思っていれば自分に暗示がかかり、能力以上の力を発揮しそれが目標の達成に繋がるのである。まあその成功の哲学が検便に適用されるのかはわからないが、ともかくも、女王様に怒られるのが怖いオレは容器を持ってトイレに入った。 さて、そのトイレはまあ患者さんがみんな検査用にあれを採ったりこれを採ったりする場所のため、比較的広いスペースがあり、しかも洋式便器だった。しかし正直なところ、検便の採取は洋式でなく和式とほぼ同じ形のアラブ式の方が簡単であろう。だって洋式は出したものが水の中にぽちゃんと落ちてしまうではないか。 どうがんばっても出せる気がしなかったオレだが、それでもやらずに悔やむよりやって悔やめと岬くんのお父さんの言葉を思い出し、とりあえず座ってみようと便器のフタを開けてみた。 うわぁぁぁぁーーーーーーーーーーーー(号泣)!!!!! 洋式のため半分まで溜まっている水の中には、なぜだかプカプカと誰かの出したものが1本盛大に浮かんでいた(号泣)。ふざけんなっ!!!! ここは病院だぞ!!!!! みんなが使うトイレじゃないか!!!! なんで流さないんだよ!!!! お、おうっ、オエエエエエロレロレロレロレロッッ。 ほんとにイヤだ……。トイレで人のものを流す羽目になるほどイヤなことはない。なんでこんな腹イタイオレがどこの馬の骨ともわからんやつの排泄オエ〜流さなきゃいけないんだよ!!! もういいよ!!! 早く消えてくれっ!!!! オレは泣く泣くレバーをひねった。 ヘコッ ……流れない(涙)。 流れないよ〜〜っ(泣)。水が出てこないんだよ〜〜(号泣)。 ちょっと待ってよ!!! オレ今から検便とらなきゃいけなんだぞ!!!! ここにオレが出したら、混ざるだろうが!!!! 誰かの出したもんと混ざっちまうよ!!!!! それじゃあ正確なデータ出ないでしょう!!!!!!! あああああもう!!! どうなってるの!!!!! どうすればいいの!!!!! ああ、でもオレ一生懸命がんばっても検便出ないだろうから、それならここにあるやつを拾って、オレのだってことにして持っていけばオエエエエエロレロレロレロレロッッ。たとえ腹痛で死のうともそんな汚いことできるか!!!!! どうしたらいいかわからなくなってオレはトイレから逃げた。またも逃げた。だってどうせ出そうとしても出ないし、そもそも人のやつがあるし、流れないし。ああどうしよう。どうしよう〜〜〜〜(涙)。 オレはトイレから出たはいいが、「出ませんでした」なんて言いに行ったら女王様にひどいおしおきをされそうだし、でも他に行くとこも無いし、オタオタと待合室や検査室を行ったり来たりしながらひたすら困っていた。困った。あ〜困った。あ〜〜〜どうすればいいんだよ〜〜〜〜〜っ(号泣) 「ねえそこの日本人? おたおたしてないで、もう検便はいいから診察室に戻りなさい。先生が待ってるわよ」 「は、はいっ!?」 トイレ前の通路をうろたえながら徘徊していたオレに声をかけてきたのは、検査室のおばさんだった。さっき血を採ってくれた人である。もう検便はいいからまた診察室へ行けと言う。いいのですか? もう検便をしなくてもいいのですか?? しなくても女王様に責められないでしょうか?? おろおろしながらおばさんの言う通り診察室へ向い、恐る恐る覗くと、中では女王様先生が別の患者を診ていた。結構忙しそうであるが……。その患者は、左腕にギブスをして、首から三角巾のようなもので吊るしている。どうやら、骨折の患者を診ているようだ。 女王様、 あんた何科?? 骨折は外科でしょう!!! あなた本当は外科だったんですかっ!? オレの内臓は外科のスキルでチェックできるもんなんですか!!!! 「はい、じゃあ次の方……おや、さっきのジャパニーズチェリーボーイね? 血液検査の結果が出てるわよ」 「は、はい」 「例の物は持って来た?」 「あ、あの、すいません、け、検便は持って来れなかったんです……ち、違うんです!! 怠けてたんじゃないんです!! 出したんです、出したけど持って来るの忘れちゃったんです!!!!」 「小学生みたいな言い訳をするんじゃないの!! もういいわよそんな汚いもの。あんたには処方箋を出すから、3軒隣の薬局で薬を買って帰るように」 「は、はい、それだけでいいんでしょうか……」 「じゃあ今日はお金さえ払えば帰っていいわよ。お大事にね」 そう言うと女王様はオレに血液検査の結果がプリントされた紙を渡し、診察の終了を告げた。おおお、こ、これで終わりということは、そんなにたいした病気じゃないってことでいいんでしょうか?? とりあえず精算を終えたオレは、検査の紙をがんばって解読しながら弱々しく薬局へ向かった。本当に、たいした病気じゃないんでしょうか? 僕は、復活できるんでしょうか(涙)? 今日の一冊は、伊藤潤二傑作集 4 死びとの恋わずらい (ASAHI COMICS) |