〜演歌地獄 モヤレ−ディラ〜 朝の5時半バス発車。 オホッ!! ゴホッ!!! ぐえ〜息苦しい……喉がぁ゙…… 連日の睡眠不足、過酷な移動、尻への拷問。そんなことは全く関係ないと思うぞこの体調不良とは。昨日の宿、そしてあのベッドが原因だこら!! 宿に泊まって逆にダメージを受けるって堀井雄二もびっくりだよ!!! ゲーム業界の掟破りがっ!! なんなんだよこの国はっ!!! とりあえず、エチオピアのバスはせまい。ケニア、タンザニアで乗っていた長距離バスと比べると2カップくらい小さい。まあ2カップというのは例えで、別にエチオピアのバスはトップとアンダーの差があまり無いということではないのではあるが、別の表現をするとタンザニアの長距離バスがスターウォーズなら、エチオピアのバスは外見も広さも親指スターウォーズくらいの規模なのである。 だが、別にサイズが小さくても定員を減らせばそれなりに居心地は悪くないであろうが、おそらくエチオピア人はそれに気付かなかったのだろう、もしくは「いいかみんな、人間もバスも外見じゃない、中身が大切なんだ!!」というエチオピア国土交通省の間違った正義感からか、悲しいかな収容人数だけはタンザニアやケニアと張り合っているのである。つまりこっちは狭い中に多人数を収容しているために、全体的に座席の作りが非常に窮屈、普通に座ると前の座席に膝がひっかかるので斜めにしか座れない、それでいてイスは全て木製のため膝も尻も背中も時とともにズキズキと痛み出し、真ん中の通路もドンキホーテ並に狭くしかも入り口付近も含めて空間という空間は全てエチオピア人で埋まっているのである。右も左もエチオピア人、石を投げればエチオピア人に当たるという今オレが作ったことわざがピッタリ当てはまる。 そして、エチオピアのバスには更に旅人を精神的に追い詰める手の込んだダメ押しが待っている。 チャラリラリラチャラリラリラチャンチャンチャンチャ〜ン♪ チャラリラリラチャラララララチャンチャンチャンチャ〜ン♪ あ〜〜べべ〜〜あべべ〜〜あ〜べ〜〜なんちゃらかんちゃら〜〜♪ 人の気も知らないで大音量で車内スピーカーから流れるエチオピアのど演歌。 あ〜〜べべ〜〜あべべ〜〜あ〜べ〜〜なんちゃらかんちゃら〜〜♪ ……。 あ〜〜べべ〜〜あべべ〜〜あ〜べ〜〜なんちゃらかんちゃら〜〜♪ ……。 あ〜〜べべ〜〜あべべ〜〜あ〜べ〜〜なんちゃらかんちゃら〜〜♪ ……。 何回この音楽聞かせるんじゃ〜!!!! 演歌なのは許す。好みは人それぞれ、別にジョン健ヌッツォを好きな人もいれば歌手の小金沢くんが好きな乗客もいるだろう。そしてたまには演歌ばかりというのもいいかもしれん。 だがな。 テープのくせにレパートリーが3曲ってどういうことやねん!!!! まだ2時間しか経ってないのに同じ演歌10回は聴いてるんだよ!!!!! あ〜〜べべ〜〜あべべ〜〜あ〜べ〜〜なんちゃらかんちゃら〜〜♪ ってもうそろそろオレもカラオケで熱唱できそうだよ!!!! 完全に覚えちまったじゃねーか!!! ああ……オホッ、ゴホッ。こ、この音楽なんとかしてくれ……。 そしてこれとは別にエチオピアンど演歌のヘビーローテーションに組み込まれているもう1つの曲は、すさまじく甲高く震えるトーンの声の女性歌手で、聞く者の脳幹に向かって不気味に歌声を響かせるその音は、むしろ女性歌手というより霊のおたけびである。宴を前にして声を震わせてわななく霊の歌声を体調が悪い時に繰り返し聞くのは、発狂への階段を1段ずつ登らされているような気分である。もしかして、レベッカの曲の途中で「せんぱ〜い」って言ってる霊もこいつじゃないか?? さらに日本で言えばサブちゃんのポジションであろう、ローテーションの最後に位置する大トリの演歌は、「エチオピ〜ア〜エチオピア〜♪」と歌詞でエチオピアを繰り返し、とことんエチオピアを讃えるエチオピア自画自賛の曲のようだ。オレにはどう考えてもエチオピアの讃える部分が見つからないのだが、それはまだ1日しか滞在していないからか。ただ、1日しか滞在していなくても、もうオレはエチオピアをけなす曲ならいくらでも作詞作曲できるのだが。エチオピア〜♪ ガキはうるさい〜トイレは汚い〜電気はつかんし宿のベッドに寝たら体を壊す〜♪ ……。いや、もしかしたら実際に今かかっている曲も、訳してみるとちゃんとエチオピアをけなしているのかもしれない。そうだとしたら、よくわかってるじゃん。 まあとにかくこんな状況であり、ただでさえ狭いはボロいは遅いわでストレスが溜まる上に昨日から体調を崩しているオレは…… あ〜〜べべ〜〜あべべ〜〜あ〜べ〜〜なんちゃらかんちゃら〜〜♪ うるさいんだよ!!!! もうこの曲頭から離れねえ!!! あべあべって裸足の王者アベベのテーマ曲ですか!!! それとも自民党の安部幹事長かっ!!! ※どっちかって言ったらエチオピア出身のアベベの可能性が高いっ!! この気持ちは、おそらく体験したものでないとわからないだろう。とりあえず聞いてもらいたい。オレが入国初日から出国まで、バスの中、レストラン、ブンナベッド、あらゆる場所でおそらく500回は聞かされただろうエチオピアン演歌、あ〜〜べべ〜〜あべべ〜〜あ〜べ〜〜なんちゃらかんちゃら〜〜♪ はこれである。 あ〜〜べべ〜〜あべべ〜〜あ〜べ〜〜なんちゃらかんちゃら〜〜♪ さあ、旅行記を読むだけでなく日本にいながらにして実際に作者と同じ気分を味わえる特別企画、この曲を毎日朝5時から夜2時くらいまで定期的に1日50回くらい聞いてもらいたい。そしてそれを2週間続けてもらいたい。きっとあなたの心は北部アフリカにトリップ、すぐに体調を崩し精神は発狂寸前のエチオピアの作者とシンクロである。きっと長距離バスの中でこれだけエチオピアの音楽へのクレームに行数を割いている作者の気持ちもわかっていただけるだろう。 そしてあなたの周りでこのあべべを聞いて突然悶絶し苦しみの叫び声を上げて転げまわる奴がいたら、そいつは間違いなくエチオピア経験者である。オレと竹馬の友になれると思うのでぜひ紹介して欲しい。エチオピアを一度経験したものは、この曲がかかったら当時の辛い体験がありありと甦り、自動的に泣くような体になってしまうのである(号泣)。 なんだかいつもの旅行記とだいぶ趣向が変わってきてしまったので、とりあえず音楽の話は終わりにしよう。 ところでオレのまん前でこっちを向いて座っている男は、さっきから何やら植物の枝を持って、その枝から葉っぱを千切っては食べ千切っては食べている。オレは窓も全て締め切られ排気ガスと砂ぼこりいっぱい、息をすると3回に1回は必ず咳が出るという、20年前の四日市工業地帯の空気を集めて凝縮したような環境の車内で冷や汗を流しながら耐えているのだが、さっきからこの男がオレの方を見ているのが気になる。しかも親切そうな顔をしているのが余計恐ろしい。あんたにとってはその葉っぱは美味しいものかもしれないが、エチオピア人と日本人では食文化の違いというものがある。頼むからヘンな気を利かせないでもらいたいものだ。 しかし何時間も50cmの距離で黙って見合っているのには耐えられなかったのだろう、親切な彼はおずおずと手に持った枝を差し出して来た。 「どうだ、おまえも食うか?」 「……」 食うか〜っ!!!!! オレはキリギリスじゃないんだよ!!!!! 「い、いや、せっかくだけどちょっと今体調が悪くて」 「じゃあ丁度いいじゃないか。このチャットは噛めば噛むほど元気になるんだぞ」 「ちゃ……チャット?」 「なんだ、おまえチャットも知らないのか?」 「いや、もちろん知ってるけど……」 MASTER > 作者さん、いらっしゃいませ。 (1/22-10:54:12) 作者 > あの、親切に言ってくれるのはありがたいんですけどね、体にいい悪いの問題じゃなくてそれただの葉っぱでしょ・・・しかもそのヘンの草むらから取ってきただけのヽ (´ー`)┌ (1/22-10:54:33) MASTER > エチオピアさん、いらっしゃいませ。 (1/22-10:55:07) エチオピア > ヾ( ̄o ̄;)オイオイ おまえなんにも知らないんだな、これはただの葉っぱじゃなくて、エチオピアじゃあみんなガムの代わりに噛んでる由緒ある葉っぱで、定期的にこれを噛んでいると精神が高揚して……(1/22-10:55:37) 「ってそのチャットじゃないんだよ!!! そもそもほとんどのエチオピア人はインターネットなどやらん!!! (1/22-10:56:10)」 「すいません、個人のwebサイトならではの独りよがりな展開で」 「とにかくこれはエチオピアでは誰でも知ってるし噛んでるんだ。ただの葉っぱじゃないぞ。どうだ、試してみろよ」 「いらんっ! そんなの欲しくない!!」 「そう言わずに少しくらいいいだろう」 「にいちゃん、そう怖がるなよ。砂糖と一緒に噛むとうまいんだぞ」 「そうだそうだ。ちょっとでいいから試してみろよ」 「そんな突然みんなしてっ!! オホッ、ゴホッ……うう……いやだ……食べたくないよ……」 しかし、前後左右に座っていたエチオピア人の予告なしの加勢によって、オレから断るという選択肢は剥奪されたのである。彼らは自国名産のチャットをオレに食わせなきゃ気がすまないらしい。最初の誘いを無下に断ってしまったことにより他の乗客までムキにならせてしまっているのだが、だからって最初に断らなかったら結局食うハメになるではないか。とにかくもう食べるしかない状況におちいったわけである。葉っぱを。 男は親切に自分の持っている枝から葉っぱをたくさんむしり、オレの手に積んでくれた。更に、氷砂糖のかけらをいくつか渡してくれる。葉の大きさはだいたい縦に1cm〜2cmくらい、小学生が学校で育てていそうなサイズと形である。 「さあ、チャットをまず何枚か口に入れて、それから少し砂糖を食べるんだ」 「……(号泣)」 四方八方だいたい8人くらいが、オレが葉っぱを食べるのを今か今かと期待して待っている。まさしくカゴの中のキリギリスになった気分である。オレは、涙ながらに2,3枚の葉っぱを、砂糖と一緒に食べた。 「どうだ? うまいだろう」 「おああ……あぐあぐ……」 葉っぱだ。葉っぱでしかない。葉っぱ以上でも葉っぱ以下でもない。にがい……。なんか道端の葉っぱでも食べさせられているような味と歯ごたえだ……。と思ったら本当にそうだ(涙)。 おとうさん、おかあさん、今ぼくは、アフリカでエチオピア人にいじめられて葉っぱを食べさせられています。今年は静岡の冬は寒いですか? 僕は大丈夫です。こんなことに負けません。だから心配しないでください。 「どうだ、どんなもんだ?」 「結構いけるだろう??」 「ふは、ふはふぁ、そうですね、う、うまいです……」 「そうだろうが!! よーし、じゃあもっと摘んでやるからな」 「そ、そんな……」 うまいですというのが国際的お世辞だということは普通はタラちゃんでもわかるだろう、しかしオレの目の前のエチオピア人はわからなかったらしく、張り切って枝からもっともっとチャットをむしり、ずんずんとオレの手に積み上げてくれた。ああ、なんて親切な人なんだ(泣)。 オレはいじめっ子達に監視されながら、何枚も何枚も、ひたすら手に積まれる葉っぱを食べ続けた。つい今しがた枝からむしられた葉っぱを。何枚も何十枚も。春先の芋虫のように。重い頭で、延々と流れる演歌を聞きながら。砂糖の甘みだけがまだ救いであった。うう、おえええ〜〜っ アジスアベバまでの中間の村、ディラに到着したのは午後3時頃であった。葉っぱを50枚は食べただろうか(号泣)。1日に食べた量としてはそんじょそこらの昆虫には負けんぞ。ああ、でも別にオレは昆虫と勝負しているわけではないのに……。 バスが停まる広場のすぐ近くにブンナベッドがあり、今夜の部屋は容易に確保できた。エチオピアは標高が高く、赤道からさほど離れていないにも関わらず割と肌寒い。そのため、当然のように水しか出ない共同シャワーを浴びるのだが、それはそれは終わるころには思わず悟りを開いて空中浮遊してしまいそうなくらい地獄の冷たさなのである。そしてこの宿でもやはりドアを閉めると一切の明かりが遮断されるため、扉を開け放ったまま冷たさに絶叫しつつ体を洗うのであった。 そして普段の調子を著しく失っていたオレの肉体に、今日のシャワーが与えたダメージは大きかった。部屋に戻る頃には、喉が目の粗い紙やすりになったかのように荒れまくり、発する言葉は全て喉を経由すると咳に変わっていった。 オレは、咳を止めるための薬を調達しようと通りへ出た。 「ヘーイ! ジャパーン!」 「ユーユー!」 宿の敷地から一歩踏み出した瞬間、姿すら見えない遥かな距離からガキどもの声が聞こえてくる。しかし今のオレはそんなことに怒る元気は無くなっている。頭が重い。足取りも重い。全身を寒気が襲う。こ、これは、まさかバスの中で聴いた女の霊に乗り移られたのでは…… 必死になってなんとか薬局まで辿り着き、喉の薬を手に入れる。 しかし、本当は喉の薬だけでは足りなかったのである。宿に帰ってベッドに倒れこみ、自分の体調に怪しさを感じ体温を測ってみると、日本製の高性能な体温計は、ここ何年も見たことがない数値38.5度を指しているのであった。 え、エチオピアの、アホ…… 今日の一冊は、昔ながらの王道推理小説 アクロイド殺し (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫) |