〜ディラ〜





 朝の4時半。

 ……。

 なんか最近「朝の」って書く機会が異様に多いような気がするな……。
 昨日も朝の4時半、今日も朝の4時半。……朝の朝のって
80年代のトレンディドラマの女王かよっ!!!! なんで毎日毎日小作農家もびっくりの太陽の営業時間外に起きなきゃいけないんだよ!!
 ちなみに昨日今日と、ダニノミ南京くんよけのためにベッドに持参のシートを敷いて寝ていたわけだが、ごわごわしてあまりにも寝づらく、なおかつ高熱でひからびながらビニールシートの上で横たわっていたら
収容された遺体の気分になってきたため、せっかくのもらいものではあったが、この体調で気が立っていたこともあり「この役立たずが!!」心ない言葉を浴びせて取り払ってしまった。

 ちなみに、昨晩から38度を超す高熱である。緯度に直すと軍事境界線を越えて
北朝鮮に侵入だ。
 オレは日本では作者流ダラダラ生活の極意をきわめ、
ダラダラ人間として解脱、とことん体に優しい生活をしているため、ズバリここ5年ほど熱を出したことなどない。
 なにしろ、3日連続で仕事をしたら「やばい、働きすぎで体に負担がかかっている!!」
リポビタンゴールドを飲んで部屋を暖かくし夜8時には布団に入るくらいなのだ。たまに何かの間違いで5連勤でもあろうものなら、3日目にはリポビタンGXを、4日目にはリポビタン11ローヤルを飲み、5日目にはだいたい始業5分前くらいに会社に電話をかけて、「すみません、昨晩から体調を崩してしまいまして……できれば……本日はお休みさせていただきたいんですが(今にも死にそうな声で)……」体を思うがゆえの妥当なお休みをいただいて1日安静に過ごすほどなのである。
 これは一見サボっているようにも見えるが、そうではない。むしろオレが過労死をしたり体を壊してしまったら今後の業務に多くの支障が出るのだから、長い目で見れば非常に理に適ったサボりなのである。それに、本当は元気なのに死にそうな声でハァハァしながら電話をするというのは、
役に入り込むための多大な集中力と演技力を必要とするため、3時間ほど働いたくらいの精神力は使うのである。だから、ある意味オレはちゃんと働いていると言えるのである。
 ちなみにそういった日は大体ワイドショーが始まるくらいの時間にのこのこと起き出して、ジムに行き体を鍛え優雅な1日を過ごすのだ。
まさに職場バレしていないからこそ書ける私のギリギリ旅行記。

 まあそんなわけで、一時期はグリコ熟カレーのCMが流れるとすかさず録画ボタンを押すほど
SAYAKAに熱を上げたことなどはあるものの、今では心を入れ替えてフカキョン一筋に戻ったし、それ以外ではここ数年の間で熱を出したのはインドで倒れた時くらいである。よって、オレの体はセクハラには慣れていても発熱には全く慣れていないのだ。ということでオレは夜中苦しみの唸り声を上げ、頭の中では昨日バスの中で100回くらい聴かされたエチオピアン演歌あべべがエンドレスで流れ続け、あ〜べべ〜あべべ〜♪と息も絶え絶えに口ずさみながら全く寝られないまま起床時間(4時半ね)を迎えたのである。

 ……しかし起床時間はいいが、この体で起床して大丈夫なのだろうか。ここにはリポビタン11ローヤルは無いし、下手に宿の従業員に「な、なんか体調が悪いので元気になるものを……」とか訊ねたらまた
葉っぱを食わされそうである。猫じゃないんだから、葉っぱを食べて喜んでいる場合ではない。仮病の場合だと看病してくれる人間というのはうっとおしいものだが、たまに本当の病気になると非常に人恋しくなる。
 頭はボーっとしているし、更に全身の関節という関節は、
高田道場で寝技のスパーリングをさせられているくらいズキズキと痛い。この状態でまた10時間近くもあのバスという名の拷問道具に揺られるのは、この体にとどめを刺されるようなものだ。水戸黄門に例えて言えば、部屋の中で横になっていられる今はまだ「おそれながら申し上げます。私には何のことやらさっぱりでございます。なにかの間違いではないでしょうか?」ととぼけていられる越後屋の立場であるが、この体調のままバスに乗ったら、風車の弥七が縄でぐるぐる巻かれた男を連れて屋根から登場し、「おい! おまえらの悪巧みはこの黒兵衛がみんな吐いちまったぜ!!」と有無を言わせず越後屋の有罪を確定するような、高熱爆発、下痢に嘔吐に腸捻転に神経麻痺といった重病決定に陥りそうな気がする。

 だが考えてみれば、この村でもう1日寝ていたからって体調が回復するとは限らないわけだ。むしろ万が一ひどくなった時にここでは対応のしようが無いだろう。Dr.コトーのような
無医村を救う正義感あふれる医者がいれば別ではあるが、ただここエチオピアでは、そんな優秀な医者も一歩村に足を踏み入れた途端ガキどもに囲まれてユーユー言われ、ぶちきれて都会の大病院へ帰って行くだろう。だからここにはコトーもテンマもKもいないはずである。

 どうしよう。今日一日安静にしているべきか、それとも強行するべきか。うーん……ウ〜〜〜……、高熱で頭がボケーっとして考えられん。どうしたものか。
 ……そうだ。
トイレに行ってゆっくり考えよう!!
 うん。
我ながらいいことを思いついたね。そうしよう。
 オレは朦朧としながらも、トイレットペーパーと懐中電灯を持ち立ち上がった。いた、イタタタタ……動くと節々がひどく痛む。もう、もうワシは体が思うように動かん歳になってしまったのかいのう……。まだ20代なのに(涙)。

 部屋を出て庭をしばらく歩き、ここでも真っ暗な共同トイレの個室を開けた。そしてライトで床を照らす。



 ……。




 
ぐぼおえええっっ……。





 
ああ(泣)、なんでこうなの。みんな大人でしょう? なんでこんなにはずしてするの??

 あのねえ、幼稚園のトイレじゃないんだよ。
大人が泊まってる宿なんだよ。なんでおもいっきり床に他人が出したものが転がってるんだよ!!!!
 そこに空いてる穴は見えないのか? いや確かにこの穴は小さすぎる。それは認めよう。でも入国したばかりのオレだってちゃんと穴の中に出せるんだよ!!! 何十年もエチオピアに住んでて今だにこれだけ標的を外すって……あんたらの尻は一体どういう造りをしてるんだ??

 ホントに勘弁して欲しい。スポーツうるぐすでの
江川のG1予想を彷彿とさせる外しっぷりである。頭に来たので拾って拾得物として警察に届けてやろうかと思ったが、持ち主が現れてお礼の一割をくれても全然うれしくないので、今回は見てみぬフリをすることにした。最悪持ち主が現れないまま半年が過ぎたら、一割どころか全部オレのものになってしまうし。
 だが見て見ぬフリはしても、オレはしばらくこの密室に留まって用を済ませなければならないのだ。なんという悲惨。
ハウテリブル。高熱で意識は定まらないが、フラっと倒れようものなら床に落ちているエチオピアの狂気が容赦なくオレに襲い掛かってくる。そして、ついでにこのトイレには鍵が無い。オレは朦朧としながらも意識を足元に集中させ、さらに使用中を示すために定期的に内側から扉をガンガンとノックし続けた。
 38度を超える熱に悶え、真っ暗な中左手にトイレットペーパーを持ち右手でドアを叩き鳴らしながら、
口には懐中電灯をくわえ、他人の排泄物がそこかしこに転がっている中で直径15cmの穴に狙いを定めて用を足す。




 これは修行なのか?




 オレはなんでこんなことをしてるわけ? 
どうしてこんな苦しまされるわけ?? 夏の恋の魔法のせいかしら???

 トイレから出ると、やはり次の客がドアの前で待っていた。
在宅アピールをしておいてよかった。アフリカでとはいえ、自分史上最悪に恥ずかしい姿を見られるところだった。あんな姿を見られたら、穴があったら入りたい気持ちになり、実際フンまみれになりながら床の穴に入ったかもしれない。


 そんなわけで、オレはこのまま着替えてアジスアベバへ向かうことにした。多少悪化したとしても首都ならば医療設備も整っているはずだ。体の具合が悪いからこそ、余計に今日は都市へ移動しなければならない。こんな冷静な判断ができるようになったのもあのトイレでショックを受け
強制的に意識がハッキリさせられたからだ。よかった。もしかしてあのトイレの落し物は、オレが冷静に考えられるようにとわざわざあそこに置かれた、優しいエチオピア人からの贈り物だったのかもしれない。

 もっとも、首都とはいえ、以前こち亀の大原部長が「今日から両津はアジスアベバ市警へ配転になった」と中川達に報告していたように、アジスアベバは
ギャグのオチで使われてしまう未知の町である。どこまで期待していいのかわからない。病院で治療を頼んだらフォーチュンテラーが出て来るのだけは勘弁してほしいものだ。

 暗闇の中を隣の広場に向かう。
 さ、寒い。
 アジスアベバは標高が2400mなので、ここも相当高いところにあるのだろう。というかそれより問題は朝5時の方か。

「ヘーイ! ユー! ジャパニーズ!」

「ユーユー!! ユーユー!!」

「ユー! カモーン!」


 そして相変わらず見えない距離からでもこんな時間から外人にちょっかいを出すイカガキども。てめーらいつか絶対つかまえてやるからな……。覚悟しとけよ……。
 オレはゼェゼェ言いながら、誰も荷物を上げてくれなかったので自分でバスの屋根によじ登り、20キロからの荷物を運んだ。


 記念に屋根の上から写真。フラッシュの光が届いていない周囲の闇っぷりに注目していただきたい。

 オレは窓際の席を確保すると、バスが発車するとともにマサイマントを頭からすっぽり被って完全に休養の体勢に入った。少しでも体を温めて、そして休ませなければならない。

 ……ん? なんだろう。何か聞こえてくるぞ。なんだこれは!! 幻聴か!? どこかで聞いたことがある歌だっ!




 チャラリラリラチャラリラリラチャンチャンチャンチャ〜ン♪
 チャラリラリラチャラララララチャンチャンチャンチャ〜ン♪












 
あ〜〜べべ〜〜あべべ〜〜あ〜べ〜〜なんちゃらかんちゃら〜〜♪















 
やっぱりこれかよ!!!! 朝の5時からあべべあべべっ(号泣)!!!!



 うう……脳髄に響くこの歌声。なんで毎回これなんだ? エチオピアバス会社の
社歌か?? 朝から何十回も何百回もこの歌だけずっと聞かされたら、普通の体調でも発熱するだろう。きっとこのバスに乗っていたらアニマル浜口も気合が出なくなり、ただの娘思いのおとなしい老人になるに違いない。ましてや日常的に気合が足りない上に高熱を出している人間にとっては、気合ではなく残りの寿命を吸い取られているような気がする。がんばって気合をためたいところだが、「気合だ〜!!」と叫んだくらいで気合が入るんなら浜口京子も金メダルをとっていたはずである。そう簡単に気合は湧いてくるものではない。

 オレはひたすら消費カロリーを抑えることに集中した。昨日からろくなもんを食っていない。昨日は昼は葉っぱたくさん、夜は道端で買ったパパイヤを食っただけだ。まともなものといえば一昨日のインジェラだが、
よく考えてみればそれもまともなものじゃないではないか。ということはここ3日くらいまともなもんを食っていないのである。とにかく体を温めて、寝て、わずかばかりの体力を延命させるのだ。


 ツンツン

 ツンツン


 ……。


 寝ているオレを起こすのは誰だ? なんか右側からオレの上腕二頭筋がつつかれているのを感じる。誰? このつつきかたは、
アラレちゃん?


「ぬあっ。なに、なにか用ですか?」


「おまえどこから来たんだ? チャイナか?」


「あの、すいません、それについては日本ですけど、僕今体調悪いんですよ(怒)。寝かせてくれませんか?」


「ふーん」


 隣の席のエチオピアひげオヤジだった。エチオピアには「寝た子を起こすな」という格言はないのだろうか?? それは意味が違うが、常識で考えたら、隣でスヤスヤと寝息を立てている奴がいたら、
「かわいい小猫ちゃん。いい夢を見てゆっくりおやすみ。チュッ」と額にキスをして、起こさないようにスーツに着替えて仕事に行くのが普通だろう。それを無理矢理つっついて起こすとは、一体どういう神経なんだ?
 しかし、こっちもこんなバカバカしいことに腹を立てていてはカロリーが勿体無い。おそらく今ので2キロカロリーは無駄に使ってしまっただろう。何も考えずに眠らなければ……


 ツンツン


 ……。


 ツンツン



「なんですか!! 緊急に僕に伝えなければならないことが起きたんですか!!!」


「おまえカゼか? どこで体壊したんだ??」


「エチオピアに入国した途端熱が出ましてね!! それまでは全然元気だったんですけど!! なんででしょうね!!!」


「あーおまえ、ケニアから病気もらって来たな? ダメだよ、そんなの持ち込んじゃ」


「いや違うよ!!! エチオピアに入ったらって言ってるだろ!!!」


「エチオピアに病気なんかないんだよ。だからそれはケニアのものだ」


「……。あ、そう。わかった。もう寝るから」



 ……なんという自分本位な考え方。アホっぽい愛国心。他のアフリカ諸国と違い独立を貫き、独自の文化を持っているというエチオピア国民の気概はわからんでもないが、……いや、
わからん。どう考えてもその誇りは全て間違った方向に向いているぞ。首都がピョンヤンのあの国みたいに。
 もうバカに付き合っている気力はない。バカはバカとして構わずに放っておいたほうがいいのだ。バカだけどプロレスラーだから許せるかなと思っていた
プロレスバカの剛竜馬も、いきなり老女の財布をひったくって逮捕されたし、やはりバカは信用してはいけないのだ。口論をする時間も無駄である。きっと今のでも4キロカロリーは消費してしまっただろう。またオレは真っ赤なマサイマントをすっぽりと被り、あ〜べべ〜と歌いながら眠りについた。次に目が覚めるころにはきっと……



 ツンツンツンツン




「うがーーーっ!!! このバカ!! なんなんだよ!!!」



「おい、
もう寝るのは充分だ。たくさん寝てたじゃないか。もっとトークしようぜ」



「バカっ!! うすのろ!! オタク!!! 体調悪いって言ってるだろうがっ!! 死ねっ!!! おまえなんか45度の高熱を出して死ね!!!!」



「なんだとこの貧弱病人が!!!」



「きょわーーーーっ!! おまえの方が貧弱だ! 軟弱!! 軟体動物!!」



 安静が必要な身でイチかバチかでバスに乗ったわけだが、
もともとわかっていた通り、エチオピアのバスは病の身では利用してはいけない。オレは今日1日宿でゆっくり休んでいなかったことを後悔しつつ、バスの中では延々とかかる演歌とオレとエチオピア人の口論の声が素敵なBGMとなって、他の乗客の旅路を盛り上げるのだった(号泣)。





今日の一冊は、

オリエント急行の殺人




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