エチオピアの首都アジスアベバで風呂〜






 きゃーーっ!!!

 街だ!! 街だっ!! きゃー! キャーキャー!!






 
道路が太い!! 車がたくさん走ってる!!! 高い建物がある!!! 面積が広いっ!!!

 ああ、懐かしい……。
そうそう、たしかこんなかんじだった。街って。
 久しぶりだ。実に久しぶりだ。
いったい何日ぶりだろう、片側2車線の道路を見たのは(涙)。ナイロビを出てから、旅行記にしたら10本ぶりくらいに、街灯という現代科学技術の最先端を行く電子機器が登場している。いやー、人間の進化にはたまげたもんじゃ。でも、アスファルトの道路に街灯なんて……ちょっと贅沢すぎないだろうか。人間、こんなに利便さばかりを追求していいものであろうか? 我々は暮らしやすさを考えるあまり、いつのまにか自然環境の破壊に無頓着になってしまったのではないか??

 あら。

 いかんいかん、ここ最近
健康で文化的な最低限度の生活送っていないものだから、ついうっかり自分が都会っ子であることを忘れてしまった。うーむ……。なんか2週間くらい前からオレの基本的人権が守られていないのではないか。はっきりいって、エチオピアは日本国憲法に違反している。いかんよ、そういうのはちゃんと守らんと。おこられるで。
 さあ、とにかく久しぶりにまともな街に来たのだから、チョコを買ったりスナック菓子を買ったりと、することはいろいろあるが、なんといってもまずはこれをやらなけりゃ始まらないだろう。
 ふふふ……。
 
安静にして熱を下げないと(涙)。早朝からのバス移動を強行して、さらに不幸にもバカの隣に座ってしまったことで弱りきった体力を回復させねば。ポテトチップをおいしく食べられる健康な体に戻りたい。そしてインジェラはおいしく食べられなくてもいい。

 アジスアベバは、その名前こそ秘孔を突かれたモヒカンの
断末魔の叫び声のようだが、さすがに首都だけあって、宿のベッドはモヤレやディラにあった泊まったら体力を奪われるタイプのものではなく、毎日シーツもメイドさんによって頻繁に整えられる(決して取り替えられるではない)という、比較的常識の範囲にとどまったものであった。整えられるだけオレのアパートの布団よりまだマシだ。
 とりあえずひと晩寝てみると、体温は1度下がって37.4度となった。緯度になおせばこれでなんとか
脱北者として大韓民国入りだ。ちなみにアジスは標高2400mという高地にあり、アフリカのくせして、生意気に夜などは結構肌寒い。なにしろ体温も1度下がるほどである。昨日のバスの中のバカもそうだったが、こんな気候的なところまで他のアフリカの国との差別化を図ろうとするところが、エチオピアの自国愛のわけわからんところである。
 まあしかし37度ともなれば、平熱とは
誤差の範囲ということにして、気にせずビザ取りや買い物、ネットカフェで日本の芸能情報のチェックなどの活動にいそしむべきだ。朝方、またもや懐中電灯を持って心を鬼にし、戦うサイボーグとなってトイレに向かったら、壁際に電気のスイッチを発見した。
 カチッ
 おおっ!!! すごいっ!! 
電気がつく!! ハイテクだ!!!
 明るく照らされる洗面所の中。そして……壁際には、長らく記憶の隅にかくれていた水洗の洋式便器があった。

 
よよよ(号泣)。

 これだよ。
これがトイレってもんだよ(涙)。やればできるじゃないか。オレは信じてたぞっ!!! よくやったアジスアバベバ!! さすが首都だけあるぞアジスベアボバンベ!!! ああ、いいのですか? 僕のようなものがこのトイレに座ってもいいのですか?? なんだかこんなキレイなトイレに座るのはもったいない気がします。
 ちなみにアフリカにある水洗トイレの水洗の威力は、春の小川のような
サラサラゆくものであり、優しすぎる水流のため1度流しただけでは悲しみで排泄物と素直にさよならできないこともあるのだが、それでもあの昨日までの恐怖の穴とは違い、空間の容積を無視してどんどん溜まっていくことはない。人の出したものを見ながらでなくてもトイレが使える、これを幸せと言わずして何を幸せと言おうか。そしてこれを幸せと言っている自分は多分間違っている。

 さて、宿を出ると、とりあえずオレは温泉へ向かった。
 ……そう。アジスアベバには、なんと温泉があるのだ!!! すげえぞアベバ! エチオピアのオアシス! 
アフリカの熱海!! よくわかってるじゃないかアジスアベバ……もちろん、壁を登っていけば女湯がのぞけるよな? というか、オレアフリカではよく女に間違えられるから女湯に入っていいですか?? もしくは若く見られるから子供としてでもいい。お母さんに連れられたフリして「ママーママー!」て言いながら……
 と思ったらここの温泉は全て
一人用の個室でした(涙)。温泉というか、銭湯みたいなやつね。これではのぞきは無理か……。いやいや、オレは体の疲れを取りに来たのだ。どうやら熱があるせいで思考がちょっと変態になってしまったようだ。なんてことだ。やっぱり病気ってこわいね。
 温泉では、広々としたロビーを囲むように個室が10個ほど並んでいる。地元の人達もわんさかいるが、同じ宿に宿泊している日本人もわんさかいる。実は昨日アジスに来てかなり久しぶりに日本人に出合ったのであるが、打ち合わせもしていないのにほぼ全員1日のはじめに温泉に直行しているところが同じ民族性を感じる(泣)。そうだよな〜、日本人はみんな好きなんだよな〜。
のぞきが。
 大盛況の銭湯は待ち時間がなんと2時間という、
初診の大学病院もビックリの渋滞ぶりであるが、なにしろオレ達日本人は温泉に独眼竜政宗くらい目が無い。2時間や20時間の待ち時間など温泉のためならなんのその、というか、別にこの銭湯が娯楽としてレベルが高いのではなく、旅行者はエチオピアに存在するその他全てのもののレベルを体でわかっているので、このごく平凡な銭湯もワハハ本舗に加入した松嶋菜々子くらい神々しく見えてしまうのである。


「23番の番号札持ってる人〜、Dの部屋にはいってちょうだい〜」


 おおっと! オレの番だ……。
 中に入って扉に鍵をかけ、更衣室で
あらゆる衣服を脱ぎ去る。そして全裸で突撃だっ!!!

 
ぎゃひょひょひょひょっ!!!! お湯がっ!! お湯が無制限に出る!!! 湯船! そんな! 体全体でお湯に浸かれるなんてっ!!! で、でもそんな贅沢な使い方をしたらお湯さんに失礼ではないですか!?
 あ、アチッ!! アチッ!!!! うう、お湯を浴びて熱いなんて言葉が出たのは
この大陸に来て以来初めてじゃ〜(号泣)。ああ、幸せ……。とりあえずオレは、あまりの感動にアチッ! と叫んだあと、ア〜チ〜チ〜ア〜チ! 燃えてるんだ〜ろうか〜!! と振りつきで歌った。もうここではおもしろいとかつまらないとか関係ない。ただ本能のおもむくままに行動するのみだ。誰も見てないんだから。そして、湯にどっぷりつかって気持ちよさで昇天しかけながら、やはり自然にこの歌が出る。


「い〜い湯だ〜な♪ アハハン! い〜い湯だ〜な♪ アハハンっ! お〜湯〜がほにゃ〜ひほ〜は〜フフフフハハンフフン(いい湯だな以外歌詞を知らないので後半ぐだぐだ)♪」


 オレは、日本では毎日シャワーだけで済ませていた自分を憎らしく思った。今わかった。バスタブというのは
つかるためにあるのだ。地球の果てのエチオピアで、まさか入浴のありがたさを知ることになろうとは。神様、「わたし毎日1時間以上おフロに入るんですよ〜」と言っているアイドルを軽蔑の目線で見ていた僕をどうかお許しください。まさか入浴がこんなに気持ちいいものだったなんて……。たしかに、これだけ気持ちいいのなら五反田や歌舞伎町のへんなフロ屋の入浴料が60分15000円とか猛烈に高いのも納得できる。大人の幸せがちょっとわかったような気がする。
 生まれ変わったニュー作者になって個室から出ると、メイドのおばちゃんがニコニコして近づいて来る。


「ユー、ジャパニーズソング、ベリーナイス!」


「……」



 
しまった!!! き、聞かれていたあっ!!!

 油断した……。
気持ちよくて声を出しすぎた。いい湯だなの歌詞が最初しかわからず強引なハミングでごまかしていたのもバレてしまったのだろうか……それどころかアチチアチチを眉間にシワを寄せて歌いながら踊っていたことももしかして……は、恥ずかしい!!!!!


「歌って! ここで歌って!!」


「はは、あははは……い、い〜い湯〜だ〜、ああ゙〜♪……。
ありがとうございました。いいお湯でした。また来ます」


「あら。さいなら〜」



 メイドさんに丁重に礼を言って銭湯から出る。不親切ではあるが、いい湯だなはあくまでもいい湯の中にいる時でないと歌えないのだ。まあしかし、聞かれているんならせめてあ〜べべ〜あべべ〜♪とあのあべべソングも歌えばよかった。まあそっちでもやっぱり歌詞は最初の部分しかわからないが。
 ちなみに後日同宿の日本人と話をすると、彼らもやはり風呂に浸かって気がついたら「いい湯だな〜あははん♪」と歌っていたらしい。それでこそ日本人だ。ちなみにこれを読んで我々をバカにしているあなたも、きっとアフリカを縦断している途中でアジスアベバの銭湯に入ったら
絶対「いい湯だな〜♪」と歌うはずだ。日本人ならこれは避けられない本能的行動なのである。たとえ東レ水着キャンペーンガールでも、この状況に陥ったらイメージダウンを気にせず「いい湯だな〜アハハン」と歌ってしまい、会社から厳重注意を受けるだろう。
 尚、気になるので聞き込みをしたところあの続きは「い〜い湯だ〜な♪ アハハン! い〜い湯だ〜な♪ アハハンっ! 湯気が天井か〜ら〜ポタリとせな〜かに♪」ということだった。次は
聞かれていることを前提として、ちゃんと最後まで丁寧に歌おう。


 さて、今までオレはアフリカ6カ国、それぞれの国で首都を通過して来たわけであるが、プレトリア→ハラレ→ルサカ→リロングウェ→ダルエスサラーム→ナイロビと来て、ここ7首都目アジスアベバでついにひとつの心の平穏を得ることになる。今までの6箇所とエチオピアの違い。そう、それは、
夜でも治安を気にせず出歩けるということである。
 過去の6都市に関しては、今更言うまでもないが、旅行者が夜街を歩こうと思ったら
74式戦車を調達するか、さもなくば出かける前に遺言状を作成する必要があった。特に一人で行動する東洋人などは鴨がネギしょって、またはマグロが寿司飯と醤油を抱いて歩いているようなものである。とにかく犯罪に遭う確率は高かった。マンガの主人公が「たとえ99%の確率で無理でも、オレは残りの1%にかける!!」と発言した時のその1%が起こる確率くらい高かった。
 だが、ここエチオピアから以北は、強盗などの凶悪犯罪はすっかり影を潜め、なんと冒険でも荒行でもなく
暗くなってから一人で外出するということが平常に行えるのである!! なんてことだっ!!!






 ……。







 
それはごく普通のことでは?

 今までいったいどんな世紀末だったんだよ……。現実版マッドマックスか? そしてオレは
メルギブソンか?? まあ雰囲気が似ているだけでオレとギブソンとは別人だとしても、とりあえずここには夕方を過ぎても殺らなければこっちが殺られるというバトルロワイヤル的な雰囲気は無い。ただ時々アホにからまれるだけである。この精神的な負担の軽減は、楽になったとひと言で片付けられるようなものではない。ふた言み言と言葉を重ねなければとても片付けられない。
 ただ、今までの国では夕方を過ぎて宿に帰ってくると安心してホッとしたものだが、エチオピアの場合は
宿での宿泊自体が最も苦痛のため、逆にここでは宿に帰りたくない。まあある意味、エチオピアがこれで治安まで悪かったら国としての存在の意義が問われると思うので、夜出歩けるくらいのアドバンテージは当然ではないか。

 早速オレはその夜、アフリカに来て初めての首都の夜を歩き、小さなレストランに入りスパゲティー(古風な言い方ではパスタ)を注文した。およそ10分くらいで、ソースポッドに入ったミートソースと、皿にキレイに盛られたスパが登場した。

 ……。

 
うわーーーーっ!
 ほ、本物のスパゲティだっ!!! 夢じゃない! たしかに、たしかに今オレの目の前にスパゲティがっ!!! 麺だけじゃない、ミートソースまである!!!

 
 ……。
 チュルチュルっ

 うう……
 
うううまい(号泣)。これが、これが「食事」っていうものなんですね(涙)。
 ああ、食材を育てる農家の人々、材料を運ぶ運転手さん、料理をする調理師さん、それを運ぶウェイトレスさん。今オレがこうして美味しく食事が出来ているのは、
みんなが一生懸命働いてくれるおかげなんだね。ああ、ありがたや……。

 エチオピア……おまえは
道徳の教材か? そしてオレは小学3年生か?





今日の一冊は、

賭博黙示録カイジ(1)




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