〜石林〜





 よくわからないまま中国人団体さまご一行の観光バスに乗せられて2時間ほど。最初の観光地、否、最初のお土産屋、宝石ショップに着いた。
 ……こういうのがあるからツアーは嫌なんだよね。あなたたちの国で昔ね、「蛇の絵を早く描き上げた者から酒を飲んでよい」という競争があってね、最初に描き終えた人物が時間が余ってるからって蛇に足を描いてしまったんだよ。そしたら偉い人が「蛇に足なんてついていないぞ! そなたは酒を飲むことは許さん!!」と言ったのね。つまりオレが言いたいのは、この宝石ショップは石林ツアーにとってまさに蛇の足なんだよ。
蛇足なんだよ。
 ま、オレだったら「なんで蛇に足がついているんだ!」と責められたら「これはヘビはヘビでも、
カナヘビです」と、もしくは「これはヘビはヘビでも、蛇の中に入って日本へ密入国を図っている蛇頭のメンバーです」と駄々をこねるけど。

 こんなところに連行されても誰も土産を買う奴なんていないだろう、と思っていたら
ツアー客が全員怒濤のように店の中に流れ込んで行った。おおいっ!! ちょっ、待〜て〜よ!!(キムタク風)
 あんたら、蛇に足がついていても
喜んで見世物小屋に並べて商売するタイプだろ? 蛇足を「余計なものだ」とは誰も思わないんだな。前向きでいいと思うよそういうの。

 
ジャーーン! ジャーーン!

 
げえっ! 団体観光客!!

 オレが駐車場でキムタク風の二重まぶたのままオロオロしていると、後から後から次から次へ別の観光バスがやって来て、中国人の団体さんが
長江の氾濫のごとくどんどん宝石屋になだれ込んで行くではないか。いかん、これは大変だ。自分のグループに合流しておかないと迷子になる。
 急いで店の中に入ると、体育館くらいの広いスペースにショーケースが何重にも並び、目を輝かせて行ったり来たりする小金持ちの中華人民がキムタク風のオレを容赦なくはね飛ばして行く。



ドスン! 「あれ〜〜〜っ!」


ドスン! 「あれ〜〜〜っ(涙)!」




 おまえら……、
人にぶつかったら少しは謝ったらどうだっ!! なんでしおらしく歩いている罪もない人間にどんどんぶつかってくるんだよっ!!! 妨害はやめろっ!! オレは北京オリンピックの聖火ランナーかっっっ!!!



ドスン! 「あれ〜〜〜〜っ(号泣)!!」



「トイプチー!」



 おおっ。今の人はちゃんと謝ったぞ。
 中国語では、「すみません」を「対不起」と書いて「トイプチー」と発音する。さすがに中国の団体観光客とはいえ、全員が礼儀を知らないわけでもないのか。 …………。
 いや待ちなさい。あんたなあ、トイプチーってなんだよトイプチーって。
人に不快な思いをさせておいて、「トイプチー」は無いだろうよっっ!!! まあ、「トイ」の部分はまだいいよ。そこは許すよ。でもな、「プチー」ってなんだっ!! プチーって!! モンプチみたいじゃねえかっ!!! トイプチーってそれが人に謝罪する時の言葉かっ!! お詫びの気持ちを示すなら、常識的に「プチ」なんてお茶目な発音は使わないもんだろっっ!!! 真剣味が足りないんじゃおまえらはっっ!!!

 もう人が多すぎる。自分のツアーグループをこれだけの集団から見つけ出すのは不可能だ。難易度が高すぎるんだよ。まるで、
木下優樹菜ばっかりの集団の中に一人だけ入れられた若槻千夏をピックアップするようなものだ。素人レベルでは全く区別がつかない。
 オレは出口へ先回りし、見覚えのある添乗員女性が出て来るのを待つとなんとか彼女についてバスへ戻ることが出来た。一応彼女の方は、ちゃんとオレのことを認識していたようだ。きっと乗車時にしておいたウィンク攻撃が効いたんだな……。たしかに
「ニーシーチューチーチョーニーシーチューチーチョー!!!」とガイド中の彼女から、同時に「メロメロメロッ〜!」というメロメロする効果音も聞こえてきたもん。どうだい後世の兵法家諸君、これが孫子の兵法書にも載っていない、恋の火計だよ。

 宝石屋を出ると次に連れられたのはお寺。人呼んで岩泉禅寺。ここも人が多すぎて観光は二の次、ただオレは添乗員について行くのに必死であった。こんな感じで人だらけ。



 寺の本堂の前には縦書きの文字が乗った赤いローソクが並んでおり、順番に人々は整列して手を合わせお辞儀、お祈りをしている。せっかく来たんだし、オレもとりあえず願をかけておくか……。
 神様、どうかこれから将来に渡って日中友好がますます進みますように。
中国が東シナ海の油田の盗掘をやめますように。サッカーの中国代表がスポーツマンシップに則ったクリーンなプレーをしてくれますように。



神「それは無理です」


「あっそうですか」



 ……
やっぱりダメだって。
 寺の見学を終えると、再び汽車・チーチョー(バス)で山間の田舎路を走り、我々はレストランへ。バスを降り階段を上って餐丁の2階に行くと、予約席としていくつかの中華テーブルが用意されていた。
 おっといけない! 「中華テーブル」って言っても高級中華なぞに縁がない一般庶民の方々には何のことだかわからなかったね。中華テーブルなんて、高級中華料理店に行ける裕福な人でないと知らないよね。
ごめん、ついつい自分を基準に考えちゃって。
 いいかい勝負服がユニクロの庶民のみんな、中華テーブルというのはね、普通の丸いテーブルの上にもうひとつ円形の板が乗って、それがクルンクリン回転するようになっているものなのさ。
スーパージョッキーの熱湯コマーシャルの前に、生着替えした女の子が乗ってラー♪ ララララー♪ ララララーラララーラララー♪ ララララー♪ っていうBGMとともにぐるぐる回ってただろ? あれだよ。
 どうしてテーブルなのにそんなけったいな作りになっているかというと、中華料理というのは基本的に一人に1皿料理が出るのではなく、各料理それぞれテーブルで1皿なのだ。だから、
その1皿の料理が乗ったターンテーブルを勢い良く回して、回転が止まった時に料理の目の前にいる人だけがそれを食べられるという、抽選の機能を備えているわけだ。どうだ、高級中華の世界はなかなか奥が深いだろう。
 でも、正直オレはあまりこの中華回転テーブルが好きじゃないんだ。だって、なんとなく、
皿が飛んで行ってしまいそうな気がするじゃないか。特にザーサイには申し訳ないけれど、ザーサイ程度のものになるとみんな敬意を払わないので、ザーサイを乗せて激しく回す度に皿がスパンスパン飛んでしまいそうだ。

 まあとにかく席に着こうじゃないか。ここでいいよね。じゃあツアー参加者の中国人のみんな! キミたちは慣れてないから知らないと思うけど、オレが高級中華料理の正しい食べ方を見せてやるからちゃんと真似しろよな!!



「ちょっとそこのあなた! リーベンレン(日本人)!」 ←雰囲気とボディーランゲージを無理やり和訳(今後も全て同じ)


「なんどすえ添乗員さん。愛の告白? それは申し訳ないけどごめんなさいよ」


「あんたはツアーの正式な参加者じゃないから、席がないのよ。下の食堂に行って自分で食べて来なさい」


「うっそ〜〜〜〜〜ん(号泣)!!! ひどいっ! それはあんまりだ!!! 反日運動だっっ!!!」


「今朝急に参加したものだから、あんたの分は予約が取れてなかったのよ。しょうがないでしょ」


「仲間外れなんて嫌ですっ。こうなったら……、これでどうだ!! 
オレのウィンクでメロメロになりやがれっっ!!! パチクリ! ピチクリ!」


「メロメロメロ〜〜〜ッ じゃあいいわ。あなたはそこに座っていてね オラ隣のじじいっっ!!! 席がひとつ足りねーんだよっっ!!! おまえは下の食堂に行きやがれっっ!!!」


隣のじいさん 「な、なにをするんじゃ〜〜っ! やめてくれ〜〜っっ(涙)!!!」


「わかりましたって添乗員さん!!! 僕が行きますからっっ!!! すいませんでした! お年寄りは大切に!!!」



 オレはさみしげに団体から離れて1階の食堂に入ると、一切回転しない足の折れかかった四角いテーブルに座った。店員さんが注文を取りに来てもここにはメニューがないらしくどうしていいかわからない。
 ここは知っているものを頼むしかない……。



「あの、すみませんが安全面を考え国産の食材だけで調理した麻婆豆腐を下さい」


「あいあいさ〜」



 中国に来てからというもの、メニューのない食堂では十中八九、麻婆豆腐か回鍋肉を注文している。なにせ、他に知っている中華料理がない。レバニラ炒めも酢豚も日本語だし、天津飯はほとんど中国語読みだけど、
中国に天津飯なんて無いんだぜ? ひどいと思わないか? 中華飯も中国には無いんだぜ?? どうなってるんだ。……じゃあなんで天津飯と中華飯なんだろう。ボケてるんだろうか両方とも。そういうのはやめろよ。両方ボケる飯は笑い飯だけでいいよ。
 パチパチパチパチパチパチパチパチ……(自分で拍手)



「あのすみません若い店員さん」


「なにアルか?」


「お茶じゃなくて、冷たいお水ありませんか? えーと、冷たい水は……、ピンシュイ! ピンシュイをください!!」


「ピンシュイね。まかせなさい!!」



 通じた。トライしてみると、結構通じるものだね素人の中国語でも。やっぱりこういうのって、気持ちを込めることが大事だよね。
ちゃんとすれば、ちゃんとなるんだよ。



「おまたせ〜〜。ハイきんきんに冷えてるアルよ〜〜」



 すぐに店員さんが裏から持って来てくれたのは、よーく冷えた瓶ビールだった。
 ……なんで? ちょっとマイ日中辞典、どういうことよ。なんでビールなのよっ!! えー、ビールは中国語で……「ピージュウ」ですか。「冷たい水」が「ピンシュイ」。「ビール」が「ピージュウ」。ピンシュイと、ピージュウ。似ているようで、ちょっと違う。そっくりだけど、少し違う。オレがそのちょっとの違いを見極められなかったということですか? 「ピンシュイ」と、「ピージュウ」。 …………。
同じじゃねえかよっっ!!! ピンシュイもピージュウもピカチュウも違いなんかあるかっ!!! 同じなんだから意味を統一しろっっ!!! だいいち未成年のオレにビールを飲ませようとするんじゃないっ!!! オレはまだ17歳と144ヶ月なんだっっ!!!!



「すみません僕が欲しかったのはね、ちょっとこの工作手帳を見て下さい。冷の……水、と……カキカキ」


ア゙ーー!! ビールじゃないアルかっっ!!!」


「ガーンすみません(涙)。わたし日本人でまだ在中歴が浅いものですから……トイプチー。トイプチトイプチ、プチプチプッチン」


「まあ気にするなアルよ」



 店員さんは栓の空いているビールを下げて、代わりにすぐ水を持って来てくれた。しかし、意外にも栓が空いていたにもかかわらず、このビール代は請求されなかった。
 なんか、いい人なんですけど。本来オレの発音ミスでしょこれ。オレのせいだよね。それなのにビール1本分いいから気にするななんて。そんな親切にされたら、
オレの中の中国人へのイメージが180度変わっちゃうじゃないですか(元々どんなイメージなんだ)。



「どうもごちそうさま〜〜。銅藻御馳走様! ハオチー! ハオチーラ(美味しかったです)!! シェーシェー!!」


「またおこしやす〜〜」



 ちょうど回転テーブルでララララ〜♪と生着替えしていた他メンバーが降りてきたので、合流してバスに戻ることにした。そして三度(みたび)走ること小1時間、やっとこさ蛇足の蛇の胴体である本日の目的地、石林の入り口に着いたのである。

 なるほど〜。



 なんかこういう中国風の景色というのは、漢字が似合うよな。「石林」という文字が、空に向かってそそり立つ石柱にすごくしっくり来ていると思う。こればかりは日本語で「せきりん」と書いてしまっても、
みかりんとかハムりんみたいでなんか可愛くて迫力に欠ける。ううんごめん、もちろん、ミカリンを下に見るつもりは全然無いよ。ウェイトレスのミカリンがスーザンにした史上最長の告白には、テレビの前で感動させられて涙が止まらなかったもん。立派だったね。がんばったねミカリン。勇気をもらったよミカリン。でも、どっちかっていったらミカリンはきゃぴきゃぴしてるから、石林よりウェイトレスの方が似合っているっていうことだよ。……あ、これ「あいのり」の話ね。
 旗持ちの女性添乗員さんに従って団体行動で石の林の中に入って行くと、さすが林というだけあって一歩踏み込むとさながら迷路のようだ。ここも他のツアー団体が怒涛のように入り混じっていて、ちょっと石柱の景色に見とれていたり、客観的に遠くからオレを見た場合に最も格好良くなるように
石林になじむ決めポーズを考えていたりすると、すぐに所属団体を見失ってしまう。……仕方ない、ここはプロジェクトGの発動といくか。
 説明しよう。「プロジェクトG」とは、今回のように自分が所属するグループがわかり辛くはぐれる危険を感じた時、団体の中で最も年長と思われる爺さんを見つけ、その爺さんだけを集中して追尾するという手堅い作戦なのである。なにしろ、じいさんは歩くのが遅いうえに添乗員からも注意深く認識されている(死んだら大変だから)。こんな恰好のターゲットは無い。

 オレが今回目をつけた、プロジェクトGのターゲットはこの2人だ!




 どうだ。これならさすがに置いて行かれることもないだろう。
 いくらなんでも、20代の旅人としてこのお2人の後塵を拝すようなことがあったら、さすがにオレも引退する覚悟は出来ている。その時は清原選手にならって、オレも黙ってバットを置こうではないか。オレの
股間のバットを。そのまま色を塗って、石林の新しい石柱として置いて来ちゃうよ。
 そうそう、余談だがオレのバットは元気すぎてあまりにゴールが早いものだから、
早漏界のウサイン・ボルトと呼ばれているんだぜ。ねえ、仲良くしようよ。今これを読んでいるあなたも、早漏界のタイソン・ゲイでしょう? 今度飲みにでも行こうよ。そんで、どっちが早いか対決しようよ。……なに? 下品なことを書くなって? オレは下品な人間なんだよっっ!!! 下品な文章が不満なら中谷美紀のインド旅行記でも読んでりゃいいだろっっ!!!!

 おおっ!! じいさんがっ!!! じいさんが岩場の階段をものすごい速さで進んでいるっ!!!
 標的として目をつけていたヨボヨボのはずの2人は、オレがバットのチェックをしている間に、添乗員の後をついて
まるで無人の野を駆けるがごとく急な石段をヨボヨボと駆け上がっていた。
 な、なんで爺さんなのにそんなに早いんだ。岩場だぞ岩場。普通こんな険しい岩場にじいさんが来たら、
事故のひとつや2つも起こってツアーが一時中断するものじゃないか。わかったぞ。中国名物のワイヤーアクションだな!! ワイヤーアクションを使っているんだろう!!! じいさんの上を狙ってナイフを投げればワイヤーが切れてぼてっと落ちるんだろう!!! ちょっと誰か試しに投げてみてっ!!

 オレは引き離されてなるものかと石段を走って上がったところ、肺がしくしくと痛くなった。もう無理。オレは病人なの。じいさんより弱いの。
ばあさんよりもろいの。まだオレ毎晩吸引機で肺炎の薬を吸ってるし、1日3回病院で処方されたタミフル飲んでるんだもん。下手したらタミフルの副作用で異常行動を取るかもしれないんだから、安静にさせてちょーだいよ。もしオレにタミフルの副作用が出てしまったら、意外と真面目な好青年になるかもしれないよ。オレとしてはそれが異常行動なんだけど。

頂上から見た石林パノラマ



 迷路から迷い出た後は、また出口近くのお茶屋さんに連れて行かれ、そこはやはり2人のじいさんは若い娘に言い寄られて高い茶を買わされているのであった。
 そんなこんなで、まる1日かかった石林ツアーは終了し、オレは昆明へ戻った。バスが違っても結果的にちゃんと観光は出来たのだが、中国人に混じってのツアーはとても疲れたのである。再見〜〜!! おじいさんおばあさんを大切にしよう!!


高いお茶を買って満足げなおじいさん





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