〜カレーならココ一番や〜





 魔都・上海の夜は長い。だから、オレは見つけてしまった。上海站站から市バスに乗って宿へ向かう途中、あの究極に懐かしく愛しい看板が、窓の外に黄色く輝いている姿を。
 それこそは旅の間何度も何度も夢に見た、カレーハウスCoCo壱番屋の看板であった。

 
ぎゃーーーーーーーーーー(号泣)!!!!!!!




 おそらくこの時バスは時速30km以上で走っていたと思われ、通り過ぎる景色の速さに
普通の人間なら誰一人この看板に気付くことは出来なかっただろう。時速30kmで進む乗り物から道端の看板をうまく読み取るというのは、例えるならば最高速度で走行中の新幹線同士がすれ違う一瞬に対面の新幹線の個室でAVの撮影をしているシーンをくっきりと認識するくらいのおよそ常人には不可能な行為である。
 だが、それをさせてしまったのはオレの
CoCo壱番屋への深い愛によるものである。
 思い起こせば今から10年以上前、高校時代に地元浜松に登場したCoCo壱番屋に友人に誘われ初めて訪れてから、名古屋での大学生時代、そして東京での小悪魔アゲハのモデル時代も、オレは
3日に1回はCoCo壱番屋に通っていた。そして、店頭のアンケートハガキにいつも「僕はCoCo壱番屋が大好きで週に2回は必ずココイチのカレーを食べています! なんといっても最近のイチ押しはナスカレーです。別のメニューをオーダーしても、ついついトッピングでナスを頼んでしまう自分が……(笑)。これからも美味しいカレーを作り続けて下さい!」と書いて郵便ポストに投入し、抽選でお食事券が当たる日を夢見て、お食事券へのほのかな希望だけを胸に、辛い時、苦しい時、信じていた仲間やたくさんの女性に裏切られた時、「いつかココイチのお食事券が送られて来るかもしれないじゃないか。その時にオレがいなかったら、この部屋にオレがいなかったら、誰がお食事券を受け取るんだ。だから生きよう? もうちょっとがんばってみよう?」と自分を励まして暮らしたものだ。
 オレの学生時代。青春。起業家としてスタートを切ったあの日。会社を大きくするためにただがむしゃらに働いたあの夏。茅ヶ崎のサザンビーチでサーフボードを抱えて恋に落ちた夜。
そして迎えた結婚披露宴。全ての日々は、このCoCo壱番屋と共にあった。披露宴での食事のメニューももちろんCoCo壱番屋のカレー(普通盛り、トッピングなし)だ。引き出物もCoCo壱番屋の通信販売用レトルトカレーソース(1袋)だ。いただいた御祝儀との大きな差額については、CoCo壱番屋とは特に関係なく有意義に使わせてもらった。適当ではなく有意義に使ったのだから、皆も「こいつに祝儀を渡して本当によかった」と喜んでくれただろう。

 オレはバスの中から看板を発見するや否や、運転手に無理に頼んでバスを降りCoCo壱番屋に駆け込みたくなったんだけどでも実はまだ宿にチェックインしていないし荷物も多いので
あまり無茶はせず、とりあえずそのまま大人しくバスに乗っていることにした。後から行こーっと。
 ユースホステルに到着しチェックイン、部屋に荷物を置いて3秒後、オレは今来た道を引き返してCoCo壱番屋へ向かった。見つけたからには、行かねばならない。たとえどんなに疲れていようとも、
たとえ「毎年選ばれるベストジーニストの選考って、ジーンズが似合うかどうかじゃなくて単純に人気がある芸能人を選んでるだけだよね」と疑問を持とうとも、万難を排して壱番屋へ向かわねばならないのだ。壁が現れれば登ろう。悪人が邪魔をすれば戦おう。子猫が出て来たらナデナデしよう。今のオレを止めることが出来るのは、世界でただ一人よしもとばななさんだけだ(大変お世話になっているので)。
 宿を出てから、必死で歩くこと30分。ああ……、
30分も歩くならバスに乗ればよかった……(涙)。ともかく、遂にバスの窓越しではなく、オレのこの生のむき出しのヌメッと濡れた目に、あの黄色い看板の煌めき(きらめき)が飛び込んで来たのである。
 オレを瞬く間に魅惑する、決して赤でもない、青でもない、緑ですらない、黄色い看板。いったいCoCo壱番屋の人は、オレの1番好きな色が黄色だということをどこで知ったのだろう? 
超能力?? 壱番屋が大好きな半面、この看板の考案者の人の洞察力の鋭さを思うと背筋が寒くなる思いだ。なんだか、好きな色だけでなくオレが考えていることが全て見透かされていそうで……。いや、だからこそ、壱番屋の人たちはお客様の味覚を知り尽くしているんじゃないか。だからこそこのような僕たち食いしん坊の舌もお腹も満足させる、まるでカレーの国のディズニーランドのような、世界中の子供をワクワクさせる素敵なお店が出来上がっているんじゃないか。

 オレは興奮し過ぎてノックもせずに唐突に壱番屋に入店した。
 先ほどからヨダレが垂れまくってオレの上着は
地獄のネッチョリ衣類に変貌を遂げているのだが、さすが中国人の店員さん、物心ついた頃から日常的に触れ合っている他人の唾には全く動じる気配もなく、オレを狭い方のテーブルに案内してくれた。いいんだよ狭くても。だって1人だから。たった1人で食事をする分には、このくらいの広さでちょうどいいんだ。慣れてるんだ、オレ。店に行ってこのサイズの一人用のテーブルに案内されるの。
 それはそうと、日本を出てから8カ月ぶりに見るココイチのメニューを見てみよう……







 うううう……。
涙で、涙で前が見えないよ……。
 でも、わかる。何が書かれているのか、良くわかるよ。涙の膜の向こうのぼんやりしたシルエットでも、それが何の写真なのかオレにはわかる。はっきり見えていなくても、何の写真なのかわかるよ。だって、
「クイズヒントでピント」で訓練したから。それに子供の頃から何百回も通っているんだから。オレのこの体、半分以上はCoCo壱番屋のカレーから出来ているんだぜ? オレを電気分解したら、小さなオレと大量のカレーライス(CoCo壱番屋製造)が得られるんだぜ??



「すみませんシャオジェー(小姐)、いつもの、ください」


「なんですか?」


「オレがいつものって言ったらいつものでしょうがっっ!!! まさかオレのことがわからないの? ひょっとしてあなた新人さんね?? 社長にオレのことを聞かされて無いんだねっ!!!!」


「シェンマ?」


「ロースカツカレー、チーズミックスの500グラムをください。あと、冷たいウーロン茶もください。ウーロン茶はいつもは頼まないけれど、今日はお祭りだから。8カ月ぶりにCoCo壱番屋に来た記念ということで、ウーロン茶も一緒に持って来て下さい」



 そんなふうに注文をしたら、頼んだ通りのものが出て来た。オレのテーブルに置かれた。夢にまで見たあのカツカレーが。








 
おおおお……。本物だ。たしかに本物のCoCo壱番屋のカツカレーだ。
 見てすぐわかったぞ、本物だって。なぜならオレはココイチカレー鑑定士だから。「開運! なんでも鑑定団」にCoCo壱番屋のカレーが出品された時は、オレがゲスト鑑定士で呼ばれて金額を決めたんだから。たしかあの時はエビにこみカレーのハーフだったから税込み450円という鑑定結果で、出品者の人は「まさか1万円もいかないなんて!! ショックです!!」なんて嘆いてたけど。でも450円でも色をつけてやった方なんだぜ? だってそれは首都圏の値段なんだから。全国的には430円なんだよエビにこみカレーのハーフは。










 
あいやいやいやいややいやいやいや…………(震え)

 た、たまらん。アップで見るともう震えが止まらなくなる。
一体誰なんだ最初にカレーにカツを乗せようと思ったのは。どこからそんなとてつもない発想が出て来たんだ。しかもカツカレーは単純な足し算ではなく、1+1が2ではなく、3にも4にもなっている。……いや、3や4どころではない。それ以上だ。仮にCoCo壱番屋でただのポークカレーを食べた時の美味しさが100だとするならば、カツカレーはおよそ150だ。3や4どころの話ではない。50点分も美味しくなっているのである。我ながら何を言っているのかわからない。
 そもそもカレーにカツを乗せてこれだけお互いの良さを引き出して点数が上がるというのは、世の中の森羅万象、数ある組み合わせの中でも奇跡のマッチングと言って良い。短絡的な考えで何かに何かを乗せても、うまく融合しない場合の方がずっと多いのだ。
例えばボクサーにかつらを乗せてかつらボクサーを作っても、むしろかつらボクサーはかつらが気になってしまい試合に集中出来なかったではないか。これこそ1+1が2にもならず、0.5に減ってしまった良い例だ。

 
はいいいいいっ(震え)。ううっ、あまりの感動で手が震えて、カツカレーがスプーンですくえないんです〜〜〜(号泣)!!











 
くそ、落ち着かんかこの右手が〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!!!!!

 よーし、わかった。貴様のようなキモの小さい奴は、このフォークで突き刺してやるっっ!!!! 
覚悟しろテメエっ!!!! 左手でフォークを持って右手の甲におもいっきり突き刺してやるっ!!!!! ほりゃ〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!!


 ああっ。


 
あまりの感動で手が震えて、フォークで右手が刺せないんです〜〜〜(号泣)

 えーいこうなったら、ガブッ!!!!! 
ひぎゃーーーーーっっ(涙)!!!! ※右手を力一杯噛んだ

 いただきま〜〜〜〜すっっ!!!






 …………。






 
うまい(号泣)。

 8カ月ぶり……、
8カ月ぶりに食べたんじゃこのカツチーズカレー(号泣)。今まで、物心ついてから一度もこんなにも長い期間離れたことはなかったのに……。ごめんな。寂しかったよなカツカレー。悪かったよ半年以上も一人にして。やっぱり日本の味は最高だ〜〜〜〜(泣)。インドのカレーの500阿僧祇倍(1阿僧祇=10の56乗)美味い〜〜〜〜(号泣)。ほををを〜〜〜〜っ、んまんまんはゃ〜〜〜〜〜っっ(号泣しながら食べている)。

 でも、信じられない。日本にいた時、こんなにも美味いものをオレは毎週毎週好きなだけ食べられていたのか?? 
おいおい、王様かオレは??? なんかそれって今思えば笑い話だよな。一介の非モテ派遣人間のオレが、カツカレーを大盛りにしてさらにチーズのトッピングまでオーダーしてたんだぜ? しかも店の方も、保証人も無しで要求された通りにカレーを提供してたってんだから。ほんと、あの頃はみんなバブルに浮かれて自分を見失ってたよな……。






 
ああああっ!!!!

 カ、カツカレーが半分になっている……。ついさっきまでは全部あったのに……。
 なぜ、
なぜカツカレー、食べるとなくなってしまうのか。ほんの10分前はこれから500gのカツカレーが目一杯食べられるという状態だったのに、わずかに時が経過しただけの今、もう今からは半分の量のカツカレー(チーズミックス)しか食べられないではないか。これでは、ハーフサイズではないか! 老人や女性や子供向けの分量ではないか!! オレは一人旅をしている大の男なんだっ!!! 半分のサイズで満足なんて出来るわけないだろうっ!!!

 そりゃあ、食べたんだから無くなるのは当たり前だという意見もあろう。しかしオレは、これは当たり前なのではなく、世界の食品メーカーや飲食業、食べ物にかかわる全ての企業や研究者の
怠慢ではないかと思っている。つまり、地球に文明というものが生まれてからおよそ5000年、その間に登場し研究され開発された食べ物は山ほどあるのだから、もうそろそろ食べても減らない食べ物のひとつや2つはあってしかるべきではないか? これだけ宇宙開発も遺伝子研究も進み人類は神の領域に踏み込もうとしているのに、いまだに全ての食べ物が食べるとなくなってしまうなんて、そこだけそんなに原始的なんて明らかにおかしくないか?? プチプチだってつぶしてもつぶしてもなくならない無限プチプチが発明されているんだぞ? プチプチよりも遥かに携わる人数が多い食品業界で、なぜ無限カツカレーや無限ファーストキッチンのフレーバーポテトが開発されないんだ??

 …………。

 なんか、わかったような気がするぞ。食品業界のからくりがわかったような気がする。そうだ、食べても減らない食べ物を作ってしまったら、
企業側が全く儲からなくなってしまうではないか!!! だから今まで無限食品の開発はタブーだったんだ!! そうやって彼らはオレたち庶民から永久に搾取を続けるつもりなんだ!!! ちくしょう、企業がやらないのなら、民間でやるしか無いのか……。
 いいか、これは、暗黙の協定を結んで各企業が甘い汁を吸えるようにしたいわばカルテルのようなものであり、独占禁止法違反である!! 
公正取引委員会の介入を求む!!! 国民に無限カツカレーの自由と権利をっっ!!!

 ああっ!!!


































 …………。



 無くなった。
 
完食してしまった(号泣)。

 まあ、
腹いっぱいになったからいいんだけど。

 でももったいない。さっきまでここにあったカツカレーが今は影も形もなく、ただ皿が残っているだけというのが悲しい。むしろ皿がなくなってもカツカレーは残っていて欲しかった!!! 
どこに行ってしまったんだオレのカツカレーっ(涙)!!!!

 ……なんてな。
 いかんよな、こんなふうに駄々をこねてカツカレーを困らせちゃあ。オレも、久しぶりで少し気が動転していたみたいだぜ。8カ月ぶりに会ったのに愚痴ばかりじゃあ、カツカレーに笑われちまうよな。
 オレが出来ることは、カツカツと、いやコツコツと旅を続けることだけだ。そうだ、旅の終わりの先には日本がある。そしてCoCo壱番屋がある。また壱番屋のカレーを食べたければ、頑張って旅を終わらせて日本で食べればいいのだ!!
 よし、もう来ないぞ。
せっかく見つけたココイチだけど、もうここには来ない。オレにはまだ、やることがあるんだ。それを終えるまでは。では、さらばだ。また会おうココイチのカレー!! 次は日本で!!

 もうここには来ない。
 と固く決意して帰ったのだけど、上海には
別の店舗があったので、そっちの方にはもちろん嬉々として行ったのである。


 
野菜カレーっ!!! 夢にまで見たCoCo壱番屋の野菜カレーがっっ(号泣)!!!! あいやいやいやいややいやいやいや…………(震え)










今日の一冊は、
子どもに読ませたい、良いマンガ オーイ!! やまびこ (1)











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