〜作者一少年の事件簿〜 上海のユースホステルでオレの隣のベッドにステイしているのは、50歳前後だと思われる白髪のがっしりアメリカ人、トムである。あのトム・クルーズと同じ名前の、トムである。また、英語ではのぞき見をする人間のことをピーピング・トムと言うが、その語源となったトムがこのトムである。 さすがのぞきの元祖だけあって、朝もはようから部屋にある覗けるものは余すことなく全てチラチラと覗いているトム。最も多く覗かれるのは、当然1番近いところにいるオレである。特にオレは、寝起きの状態だとトランクスからプリンシパル(重要、主要)な部分の片鱗がチラリンとはみ出ていることが多いため、格好の標的になってしまうのだ。 「ヘーイ、作者。おまえはこんな時間に出かけずに何をやっているんだい?」 ※こんな時間=午前11時 「昨日撮影したデジカメのデータをノートパソコンに取り込んでいるのさ。あとデジカメのバッテリーとシェーバーの充電も同時に行っているのさ」 「なんだかよくわからんけどへーそうなのか。この、オレが50年の人生の中で初めて見る水色のプラスチックに覆われている小さな機械は何だい?」 「それは、日本のフマキラー社制の『どこでもベープ』といって、コンセント不要、電池式で蚊を落とす薬品を発生させる蚊取りキットなのさ。もちろん詰め替え用の中身も1年分持参しているよ。もちろんそれとは別に蚊取り線香や、キンチョールやスキンガードやムヒも用意しているよ」 「お前は、とんでもないガジェット好きな奴だな」 「そう? そんなに好きかしら。自分ではそう思ったことはないけれど。ガジェットってどういう意味ですか?」 「ガジェットというのはな、この水色の蚊取りとかおまえが使ってるそのカメラだパソコンだなんだみたいに、小さなごちゃごちゃした機械のことだよ」 「あーなるほど!! たしか東京ディズニーランドにガジェットのゴーコースターってあったもんね。あれのことでしょ?」 「あれのことじゃ無いぞ。今おまえの回りに散らばっている、カメラとかベープとかラップトップPCとかそんな細かいのがガジェットだ」 「あらそうですか。でも別にオレはガジェット好きじゃないよ。必要に迫られてやむなく使っているだけで、むしろ日本で遊ぶ時は竹馬や竹トンボやコマ回しなど、トラディショナルなスタイルのアミューズメントがメインなのです」 「ふーん。まあいいや。オレはシャワーを浴びてくる」 「よかった、最後には理解してもらえて」 ピーピング・トムがいなくなったので、オレは充電待ちの間に音楽でも聞いていようとipodを取り出してシャカシャカやることにした。 そしてシャカシャカとipodを再生し1人でベッドの上で地味に踊る(サクラ大戦のテーマなどをバックに)こと10分、ふと気づくと露骨に呆れ顔になっているトム(ピーピング)が、たるんだ体をプチョンプチョンと濡らしながらオレを覗き見していた。 「おまえ……。オレはこのホステルに6月からステイしてるけどな、間違いなくおまえがガジェット王だ。おまえをガジェットキングと命名しよう」 「えっ。あなた4ヶ月もここにいるの?? 上海大好きっ子なの???」 「よくもまあそんなにたくさんのガジェットを持ち運べるもんだ。そんな旅行者今まで見たこと無いぞ」 「いいえ。決して僕はガジェット王ではありません。そんな存在ではありません。強いて言うなら、ガジェット王ではなく純愛ブームの火付け役です」 「ふーん。まあいいや。オレはラジオでも聞くわ」 ということでガジェットキングという不本意な称号から逃れた純愛ブームの火付け役のオレは、トムは無視して出かけようとしたがその前に寝グセを直そうとリュックからコンパクトドライヤーを取り出しスイッチを入れた。 ゴアオーーーーーーーーーーーーーーー 「うるさいんだよオマエっっっ!!!! ラジオが聞こえんだろうがっっ!!!! どれだけ新しいガジェットが登場すれば気が済むんだよ!!! 平気で人に迷惑をかける行動を取るんじゃないっ!!! 中国人かおまえはっ!!!」 「なんか滞在が長いため僕も行動が大陸化してきまして。すみません。とっとと出かけマスッ! ぴゅーー!!」 オレはぴゅーーという勢いで部屋を出ようとしたが、下半身の筋肉痛がまだまだ8割がた残っており素早い動きは全く出来なかった。 はお〜〜〜〜〜っ!!!! ヨレヨレッ ほおおお〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっ!!!!! ぷるぷるっ ローカルバスに乗って、上海の繁華街へ。オレはまずCDショップへ入った。ねえ、今中国で熱い音楽って知ってる? オレは知ってるんだ。光良だよ。光良。みつよしじゃないよ。コンリョーね。この歌手の歌がいいんだよ本当。長距離バスの中で流れてるのを800回くらい聞いて洗脳されちゃったよ。名前は内村光良と同じだけど、顔はよゐこの有野なんだよね。そしてこんな美しい歌を歌うの。ニーヤオシャンシン♪ シャンシンウォーメンクェイシャントンホヮークーシリー♪ シンフーハークヮイラーシーチェーチューー♪ ……ほら、いい歌でしょう? これだけでもいい歌だってわかっちゃうでしょう?? 尚、PVがセカチューにそっくりとかそういうことは禁句だよ。禁句だから言っちゃいけないよそんなことは。強く禁ずるよ本当のことを言うのは。ダメだぞ 「ファンインカンリン(いらっしゃいませ)。おにいさん、CDをお探しですか?」 「はいどうも。お探しですけど、もう見つけました。光良。」 「チェイコシーシンタ。チェイコプーシーシンタ」 「ちょっと何言ってるのかわかんないです(サンドウィッチマン風)」 「ニーマイチェイコ。チェイコシーヘンハオ」 「あのねえ、僕中国語わかんないから。そんなに話しかけられても困るの。ゆっくり選ばせてもらえますか?」 若い店員が寄って来て声をかけてくれるのだが、洋服屋でもあるまいし「そのCDとてもお似合いですよ」とかおだてられても別に嬉しくない。というより何言ってるのか全然わからん。中国語で淡々と説明を受けてもまるっきりなんのこっチャイナである。たとえ今この店員さんが、「人生が変わる1分間の深イイ話」のゲスト全員が深イイレバーを倒すほどの深イイ話をしていたとしても、残念ながら言葉の壁によりオレは何の感銘も受けられない。 それなのに、わからないと言っているのに、なぜか店員は言葉が通じない客(オレ)に話しかけるのをやめない。何だろうその執念は。 しかし思い起こせば、今まで話した中国人もみんなこんな感じだ。例えば宿の人間も然りタクシーの運転手も然り、中国の方々はこちらが中国語を理解しないとわかっても英語にトライするでもなくジェスチャーで頑張るでもなく、より熱意を込めて中国語で話しかけて来るのだ。おそらく、執念の力で理解させようとしているのだろうが、ちょっと気合いを入れただけで外国語が伝わるようになるのなら学校はいらん。たまに親切な人は「チェイコプーシー……」と話し出されて「ごめん、中国語わからんの!」と答えると、「チェイ! コ! プー! シー!」と単語と単語をしっかり区切ってゆっくりと発音してくれたりしたが、そういう問題ではない。ひとつひとつ全ての単語の意味がわからんというのに、はっきりクッキリ喋ってくれたくらいで理解出来るようになったら学校はいらん。 「ニーマイチェイコ。チェイコシーヘンハオ」 若い店員さんは光良のCDを見ているオレに「わからん」と拒否されてもへこたれずに話しかけて来る。根性があるというか、面倒臭いなあ……。 「あのね、さっきも言ったけどオレは言葉がわからないし、おすすめされなくても光良の良さはわかってるから。それは、オレが一番わかってるから。だからいいですから説明は。プーヤオ(不要)! プーヤオ!」 「チェイコ! チェイコシーヘンハオ!」 「なに? それを買えって??」 ふと店員を見ると、彼は新発売の棚にあった若い2人組女性歌手のCDを持っており、さらに、どうやらオレに対して「光良じゃなくて、このCDを買ったらいいですよ」というようなことを言っているようだ。なんだそりゃ。 「どうして? 光良はダメなの? 客の好みにケチをつけるってどういうことさキミ」 「そのCDは、新しくないの。このCDは、新発売ネ。だからこっちを買うアルよ」 「そうだったんだ。この光良CDはもう新発売じゃないのか。やっぱり、家電も車も付き合う女の子も新しい方がいいよねってアホかおまえはっっ!!!! 同じ歌手ならまだしも、新発売だからってなんで全然違うジャンルのアイドル歌手のCDを買わなきゃいけないんだよっっ!!! おまえはこのアイドル歌手コンビの親戚かっっっ!!!!」 そうか。この人は、さっきから光良の説明をしてくれているんではなくて、新しいのが出てるからそっちを買えと言っていたのか。しかも全く別人のアイドル歌手のCDを。……おまえ、オレのことを地方から出て来て生まれて初めてCDという物を目にした田舎者だと思ってないか? それでとりあえず最新のCDを薦めてるんだろう? いらぬお世話なんだよっっ!!! この「旅する政令指定都市」の異名を取る先進旅人のオレに向かってなんて失礼な奴!!! 気分が悪くなったので、オレは店長を呼んでアルバイトの教育に対して長々ともの申すと、潔く光良のCDと薦められた新発売のアイドルコンビのCDも買ってウキウキ気分で店を出た。なんか、ジャケットの女の子たちがあまりにも可愛かったからつい……。 はお〜〜〜〜〜っ!!!! ヨレヨレッ ウキウキ ほおおお〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっ!!!!! ぷるぷるっ ウキウキ 結局、ついでに買った2人組のアイドル歌手「Twins」のCDに、オレははまってしまった。というか、恋をしてしまった。だって、可愛いんだよ……可愛い上に天使の歌声なんだよ……(心から自然に溢れ出る涙)。ああ、いい。すごくいい(号泣)。この曲を聞いてみてみんな。心洗われるでしょう? 素敵でしょう?? なんて癒し系の2人なんだ……(号泣)。 尚、蛇足ではあるが、近い未来にこの2人組の片方が噂の某エディソンちゃんにハメ撮り写真を流出されるという大事件が起こり、オレはショック死しそうになるのであった(号泣)。まあ、悲しさと嬉しさでいつもの2倍の涙が出たさ(号泣)。 ええい、未来のことなんて関係ないんだ!! 今はただ癒されていたいんだっ!!! 今は未来のことなんて知らないんだから!!! ということで次に来たのは、いや、探し出したのは珠海に続いて2箇所目となる、映画・少林サッカーのロケ地である。ネット上で噂を聞きつけてから、上海に来たら必ずその場所を訪れようと決めていた。 ここだ。 むろん、少林サッカーを観ていない人もいると思うが、そういう人のことは一切考えず話を進めると、上の写真は、物語の冒頭とエンディングに両方とも出て来る非常に重要な場所である。最初にケバいねえちゃんがバナナの皮で滑って転び、おばさんが縦列駐車が出来ずに四苦八苦している、そのシーンが撮影されたのがまさにこの位置なのだ(多分)。エンディングでは、少林拳が普及したおかげでバナナを踏んだねえちゃんは1回転して着地し、縦列駐車の女性は気の力でマイカーを吹き飛ばして一瞬で駐車スペースに車を入れ込んでいるのだ。 そしてこのアングル。簡単に写真を出すのは悔しいほどの、根性で探し出したこの位置は!! ↓映画のワンシーン。比較してね 同じく冒頭シーン、チャウシンチーが投げつけられた空き缶をキックすると、あまりの脚力で蹴られた缶は空の彼方に消えて行くという場面である。どうだろう。この場所で正解ではないだろうか。 ちなみに、オレはしばらく感慨に浸りながら辺りをゆく通行人の姿を観察していたが、この日はバナナの皮で滑るギャルも、車を気のパワーで吹き飛ばすOLも見かけなかった。独孤九剣を駆使して剣を振り回し植木の手入れをしている植木屋もいなかった。しまった。バナナの皮を持って来ればよかった。そしたらオレが記念に滑ったのに……。 あっ。 そして、「あっ」と言う間に夜になった。魔都・上海が再びその正体を露にする時間帯である。 オレは、中国で定められている1日1ネチョンのポリシーを守るために、川辺の露店でフルーツ飴を購入し、またもや口のまわりをベットンベットンにしながらしゃぶって、それを手の甲でぬぐったらネチョン地獄は顔中に広がるし腕もねっちょんねっちょんし始めるし、気持ち悪くてどうしようもなくなった。 夜の上海でこのままネチョネチョしているのは極めて危険である。悪い客引きに捕まりそうになって立ち去ろうとしても、フルーツ飴のせいでオレの口の周りの皮膚が客引きにねっちょ〜〜〜んとくっついてしまい逃げられないなんてことになるかもしれないのだ。危ないだろこのフルーツ飴がっっ!!!! もっとサラサラできんのかっ!!!! とりあえず市街地の日本食レストランで週刊ポストを読みながら定食を食い、満足するとオレは客引きにネッチョリくっつく前に慌ててユースホステルに戻った。それから受付に設置されているPCでインターネットを堪能し、受付のソファーで寝ていたトラネコをいじめ倒し、部屋に戻ったのは夜の11時過ぎであった。 さて、そんな時間であるので同部屋の旅行者は全員既に寝ていた。不良のオレと違って、優等生な真面目白人クンたちはベッドに入るのが早いよな。オレのベッドインはめちゃめちゃ遅いんだぜ? なにしろ人生で初めてベッドイン出来たのが、そうあれはまだ記憶もとても新しい……ってなめんなよテメエッッ!!!! 余計なこと言わせるんじゃねえよっっっ!!!! 人の初体験を興味深々で聞き出そうとするエロセクハラ上司のあんたは、痴漢の冤罪で50年ほど留置場に入っているといいわっ。私はとりあえず、口の周りのネッチョンネッチョンな飴を流すためにシャワーを浴びさせていただきますから。今日からこのシャワールームもちょっとねちょねちょしちゃうけどゴメンネ! でも、これが中国の宿命だから。あらゆるものがねちょねちょするのが中国なんだから。ってなにい〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!! 無いっ!! オレの風呂用具が無いっっ!!! 昨日の夜、シャワーの後に部屋の長椅子に置いておいた風呂用具一式が影も形も無くなっている。……ない。ない。どこを探しても無い!! オレの風呂用具一式の内訳は、まず何も入っていないスーパーのビニール袋が2枚(ドンキホーテの黄色いやつ)、これはタオルや新しい服を入れる用と、脱いだ服を入れる用だ。そして、もう一つは中にシャンプーとちびた石鹸と体洗う用のタオルが入っている、水が漏れないように2枚重ねにしてある(うまく生活の知恵を使っている)手の込んだビニール袋だ。 その空のビニール袋2枚と、シャンプー石鹸タオル入りの袋が1つ。それが、全て無くなっているのである。椅子の下を探しても、ベッドの下を見ても見当たらない。 まさか……。 盗まれた。 盗難だ。これは盗難事件だっ!!! たしかに、防犯という点ではあんなに魅力的な風呂用具を椅子の上に放置しておいたオレも悪いかもしれない。……でも、悪くないかもしれない。だって、シャワーの後にすぐ風呂用具を自分のカバンにしまったら、荷物が濡れるじゃないか。濡れるのは、イヤじゃないか。ということは、やっぱり悪くない。 油断していた。上海のユースホステル、宿泊客はほとんど先進国民の白人旅行者だしまさかこんなビニール袋を盗む奴はいないと思ったが、そうだ、彼らにとっては憧れの存在であるオレが使った石鹸、オレが体を拭いたタオルという時点でただの濡れた風呂用具も魅惑のシャングリラ(地上の楽園)に成り得てしまうのである。 ……おのれ、オレがこのまま泣き寝入りすると思ったら大間違いだぞ。 あの風呂用具はオレにとって旅の友である。たかがビニール袋かもしれないが、あれがなければオレは今日から着替えをむき出しでシャワーに持ち込まねばならない。シャンプーや石鹸を新しく買ったとしても、袋が無ければ体を洗うタオルと一緒にヌレヌレのまま持ち運ばなければならない。そのまま夜行バスに乗るような時はヌレヌレのタオルや石鹸が直接バックパックに投入され、狭い空間を掴みどころなくヌルッヌルッと動き回りあらゆる下着や本やガジェットがねっちょんねっちょんに……ああ想像するだけでも恐ろしいっっ(号泣)!!!! おそらく窃盗犯は、指紋も残さず防犯カメラにも映らずアリバイ工作も完璧で、完全犯罪を成し遂げたつもりでいるのだろう。だが、犯人はひとつ重大な過ちを犯したことに気付いていない。それは……、盗んだ風呂用具が、一介の旅行者でありながら数々の難事件を解決して来た名探偵の作者一少年(さくしゃいちしょうねん)、つまりこのオレのものだったということだ!! 迂闊だったな!! 待ってろよ、必ずおまえの正体を暴いてやるからな!!! じっちゃんの、いや、エディソンちゃんの名にかけて!!! それじゃあ、まずは現場検証からだ(もう深夜12時だけど)。この大部屋には入口にドアがあるが、これはオートロックである。だが、ここにはオレ以外に現在6人の宿泊者がいるが、鍵を持っている者は誰もいない。部屋の入り口の鍵をどうやって開けるかというと、宿に帰って来たら各階に常駐している宿の服務員(スタッフ)にいちいちお願いして開けてもらうのだ。当然別の部屋の人間が頼んでも服務員は鍵を開けてくれない(顔を覚えていたり、レシートを確認したりする)ため、部屋に入れるのはその部屋の中にベッドを確保してある人間だけだ。 そのことが一体何を表しているのか? それは……。 そう。犯人は、この中にいる。 これは通り魔による場当たり的な犯行などではない。被疑者はここで気持ち良さそうに寝ているルームメイトの6人に絞られるのだ。驚いた。まさかこんな身近に、信じていたルームメイトの中にこのような残虐な犯行を実行出来る人間がいるなんて……。 では次に、動機を検証しようではないか。そもそも、ここに宿泊している人間は皆旅行者である。ということは、基本的にシャンプーや石鹸など必要なものは自分で持っているのだ。にもかかわらず、まだ湿っていて触ると気持ち悪いオレのビニール袋とシャンプーと石鹸とタオルをわざわざ持って行ったというのは、単なる物盗りが目的ではない。それはむしろ濡れているからこそ価値があると判断されたのであり、そんな判断をするのは明らかにオレに対して好意を持っており性的魅力すら感じている者、つまりこれは異性の犯行であると断定出来るのだ。フッ……。ミシガン州立大学留学時代にロバート・K・レスラー氏に師事したオレにとって、この程度のプロファイリングなどたやすいものだぜ……。 そして。この部屋の中に、女性旅行者はたった2人。 もう、事件解決はすぐそこだ。こうなれば、あとは2人の女性旅行者が寝ている隙に勝手に彼女たちの荷物を捜査して、証拠がないか調べるだけである。ただし、オレはあくまで素人探偵だ。令状を持っていないため、下手をしたら荷物をまさぐっている間に女性容疑者が起きてしまい、逆にオレが変質者もしくは泥棒として「私人による現行犯逮捕」がなされてしまう可能性がある。どうしよう。これは、念のため剣持警部に相談するべきか。それとも、このままオレ一人でやるべきか……。 ん? あれは何だ?? こっ、これはっ!!! オレの失われた風呂用具の1つ、ドンキホーテのビニール袋ではないかっ!!! なんと、ふと気づくとオレの大切な風呂用具だったドンキの袋が、部屋のごみ箱にカポっとはめられてごみ受けの役割をしているではないか。しかも、既にその内部にルームメイトが投げ込んだ数々のゴミを収容している。ど、どういうことなんだ……。犯人の目的は一体なんなんだ……。謎が謎を呼ぶ展開だ。 しかし、ビニール袋がここにあるとすると、もしかしてまだ他にも何か重要な手がかりが部屋の中に残されているのではないだろうか。 おおおっ!!!! オレのシャンプーが!! オレが自費で購入して風呂用具のビニールに入れていたシャンプーが、シャワールームの「忘れ物コーナー」、すなわち「前の客が放置していったものなのでみんなが自由に使えるコーナー」に置かれている!!!! 犯人は、シャンプーを自分の物にしなかったのか?? せっかく人の風呂用具を盗んだのに、それを「みんなのコーナー」に置くなんて。もしかして犯人は……、人のいい人間なのだろうか? 小さい頃から自分のものはなんでも兄弟や友達と分け合うようにお母さんに教育されたのだろうか?? ……いや、違う。違うぞ。そうじゃない。これは、捜査を混乱させているように見えて、実は真犯人を指し示す重要な証拠ではないか!! そうだ。消えた風呂用具。密室の謎。ゴミ箱に設置されたドンキの袋。「忘れ物コーナー」に置かれた使い古しのシャンプー。……全てが、ひとつに繋がった。ヒロイン「えっ? それじゃあまさか、作者一くん……」 ああ、そうだ。 謎は、全て解けた。 いいか、よく聞け。オレの大事な風呂用具を奪い……、1日歩き回って口の周りをフルーツ飴でネッチョリさせて帰って来たのにシャワーを浴びることを妨げ、ネチョンの世界からの脱出を妨害した残虐な「上海の悪魔」、またの名を「風呂夜叉」。その正体は…………、 掃除のおばちゃん、あんただっっ!!!! ズバーーン!!! 「な、何を言っているのよ作者一くん。冗談はやめてよ。私がお客さんの大事な風呂用具を盗むなんて、そんな恐ろしいことできるわけないじゃない!」 「あんたは、人の良いフリをして椅子に置いてあったオレの風呂用具を勝手に分解し、ビニールはゴミ箱にかぶせ、シャンプーは『みんなのコーナー』に置いたのさ。考えてみろよ、他の人間だったら、部屋のゴミ箱にわざわざビニール袋をかぶせたりするかい? そんなことをするのは、ゴミの収集を簡単にしたいという欲望がある、掃除のおばちゃんだけさ」 「ばかばかしいわっ。じゃ、じゃあ、鍵のことはどうなのよ? 部屋の鍵はいつも閉まっていて、宿泊客が服務員にお願いしない限り開けてもらえないのよ? 宿泊なんてしていない私が服務員に頼んでも、そんなのダメに決まってるじゃない」 「その密室トリックも、既に解決済みさ」 「なっ……!」 「いいかい、たしかにこの部屋の鍵は宿泊者が直接係の人に頼まないと開けてもらえない。でも……、あんただけは違うんだ。あんたは、服務員に頼まないでも勝手にこの部屋の鍵を開けて中に入ることが出来るんだ。なぜなら……、あんたは、掃除のおばちゃんなんだから!!!」 「ズガーーーン!!!」 「あんたはその立場を利用してこの部屋に侵入し、椅子の上にあったオレの風呂用具を、あまりにみすぼらしいものだからチェックアウトした旅行者が捨てて行ったものだと勘違いして、ビニールはゴミ箱に使用し、シャンプーは『みんなのコーナー』に置いてしまったのさ」 「…………ガクッ(膝をついた)」 「もう逃げられないぜ。観念しろよ風呂夜叉、いや、掃除のおばちゃん!」 「…………。(狂気の表情で)クックック。見事な推理だわね作者一くん。そうよ。犯人は私よ。でも、私は当然のことをしたまでなのよ。あんなうす汚れた風呂用具は、ゴミ箱に入れられて当然なのよ」 「そ、それはどういう意味だっ!! 客に対して失礼なことを言ってないかあんたっっ!!!」 「違うわ。そういう意味じゃないの。あいつは……、風呂用具は、私の最愛の人、私の大事な婚約者を奪ったのよ!!」 「!?」 「……20年前、私は村1番の美人と評判で、両親の必死の裏工作もあって村長の息子と結婚することになったの。あの頃は毎日が楽しくて幸せで、まるでシャングリラにいるようだったわ。そう、あの恐ろしい事件が起こるまではね……」 「…………」 「今でもよく覚えてるわ。あの日。私がシャワーを浴びて、ついうっかり風呂用具を駆使して丹念に洗顔してしまったあの日。私がシャワーから出ると……、彼は私のスッピンを見て、一目散に逃げて行ったわ」 「な、なんだって!?」 「そうよ。私が風呂用具に惑わされて顔まで洗ってしまったせいで、私が美人に見えるのは化粧の技術によるものだということがバレ、愛する彼は私の前から去って行ったのよ……。その時、私は誓ったわ。絶対に、たとえ何年かかっても風呂用具に復讐してやるって。ビニール袋はゴミ箱にはめ込み、シャンプーは『みんなのコーナー』に置いてやるってね。私は、風呂用具を許さない。私の全てを奪った風呂用具をねっっ!!!」 「…………」 「…………」 「……それは、違うんじゃないかな」 「えっ?」 「風呂用具は、きっと奪いたくておばちゃんの全てを奪ったわけじゃないんじゃないかな」 「ど、どういうことよ!?」 「例えばさ、もし彼がおばちゃんのスッピンを知らないまま結婚してしまって、それからある日突然素顔を目にしたとしたら、彼はどんな気持ちになったと思う?」 「…………」 「たかが紙っぺら1枚の契約とはいえ、一度結婚してしまったら簡単には別れられない。だから、風呂用具はその前におばちゃんの正体を彼に教えてあげたんじゃないかな。つまり、風呂用具は決しておばちゃんを不幸にしたかったんじゃない。そうじゃなくて、彼が不幸にならないように、彼に幸せになってもらうようにおばちゃんをスッピンにしたんじゃないかな」 「…………。ううううううっっ(泣き崩れる)!! 私は、私は間違っていたわ(涙)!!! ごめんなさい……、ごめんなさいお客さんの大事な風呂用具をゴミ箱として使うなんて……(号泣)!!!」 「生きようよ。彼の分まで。人間、顔が全てじゃないんだから。男は彼女を選ぶ時は98%は顔で決めるけど、決して100%じゃないんだから。顔がほとんどだけど、全てとまではなかなか言い切れないと思う微妙なところだから。だから希望を捨てないで生きよう」 「ううううううう……(号泣)」 「さあ、こちらへ……」(回るパトライト。うつむいたまま連行されていくおばちゃん) (最後だけなぜか古畑任三郎) …………。 こうして、魔都・上海で起きた悲劇の盗難事件は、静かに幕をおろしたのだった……。 オレは、ゴミ箱からビニール袋を取り外し、中に入っていた他人のゴミや食べ残しを、ひとつひとつ別のゴミ箱に移し変えた(涙)。そして、何らかのゴミに含まれた水気で湿り気のだいぶ残っているドンキのビニール袋に替えの下着を投入し、泣きそうになりながら深夜のシャワーへ向かうのだった。 「みんなのコーナー」に放置されていたオレのシャンプーの中身は、昨日と比べて半分以下に減っていた(号泣)。 ゆっくりと、上海の夜は更ける……。 オレの解決した事件など、魔都の中でこの晩のうちに起こった事件の、ほんの一部に過ぎないのかもしれない。しかし、1人の犯罪者を見送ってオレは、ただ熱いシャワーを浴びるだけだ。 今日の一冊は、前ページ「おーいやまびこ」の続編 蛍雪時代 (1) |