〜中国のトイレ〜 もちろん








 国境の町・河口から上り下りの激しい時には山道、時には大きな幹線道路をバスで走ること10時間。雲南省の省都、昆明へ到着。
 言ってもまだ生春巻きの店があって笠をかぶった女性が歩いていたベトナム色のある河口とは違い、本格的な中国である。そう、始まってしまったのだ、中国の旅が。こうなったら、
オレも立派なアクションスターになるまでは帰らないぞ!!! 演技力を磨いて香港でデビューして、主演映画をたくさん撮るんだっ!! それがこの旅の大きな目的のひとつなんだから!! さんざん言ってただろ今まで!!! ことあるごとに!!
 まあたしかにオレ(芸名:ジャッキー・チョン)はアクションなんて全く出来ないけど、アップのシーンだけ本人が演じてあとは全部吹き替えにすればいいんだ。サモハンキンポーのような要求の厳しい鬼監督でも、
ここまでの美男子に危険なアクションをやらせようとはさすがに思わないはずだ。ラブシーンだけはオレが体を張って自分で演じるけど、浮気がバレて恋人に平手打ちをされるシーンもスタントマンを使ってもらうよ。だってビンタなんて本当に受けてしまって、万が一怪我をしてしまったら大変だろ? 結構簡単に砕けるんだよオレの頬骨は。ダメだよ。オレことジャッキー・チョンはなにより顔が命なんだから。ウィンクだけで女を妊娠させることが出来るんだから。

 話は変わって(なんなんだ)中国も省都ともなれば、外見上は日本と変わらない大都会。

 おなじみのこんな店やら、








 そんな店もある。





 マクドナルドは「麦当労」、ケンタッキーフライドチキンは「肯徳基」
 誰だこの当て字を考えたやつは? これじゃあ、「ばくとうろう」「こうとくき」じゃねえか。
もっと発音を似せたらどうだっ!! よし、オレがもっとカッコいいのを考えてやる。マクドナルドはこれから「魔苦怒鳴留怒」だ。そしてケンタッキーは「剣滝沢秀明」だ!! かっこいいだろう。イケメンだろう。他にも各種ファーストフードは、「怒涛流耕肥慰(ドトールコーヒー)」「喪酢婆餓阿(モスバーガー)」「一塁台所(ファーストキッチン)」などどうだろう。そうしなさい。
 じゃあちょっとオレもその調子で中国語での旅行記の執筆に挑戦してみようか。血浪煮、昆明殻派魔駄磨堕遠伊賀、旅乃護汚瑠倭北京堕(ちなみに、昆明からはまだまだ遠いが、旅のゴールは北京だ)。娘野昆明加羅中国本土尾旅死手、自分蛾「蒙意胃。盲十分旅御舌」図満足設楽、園時北京於目座層戸尾孟(この昆明から中国本土を旅して、自分が「もういい。もう十分旅をした」と満足したら、その時北京を目指そうと思う)。ああ面倒くさいなあ中国語はっっ!!!

 この昆明が決定的に国境の町と違うのは、もはや英語が全く通じないということである。レストランでも宿でも売店でも、人々が喋るのは中国語のみ。彼らはとにかくひたすら外国語を拒否するため、こちらが中国語を話そうとしない限り客であろうが美男子であろうが完全無視である。
赤道直下のマサイの村ですら多少は英語で村民とコミュニケーションがとれたのに。中国人はオレたちの隣国の人間なのに、アフリカのサバンナで狩猟生活をしている部族より意志の疎通が難しいとはどういうことだ。
 そもそも、基本的に彼らは日本人を見ても外国人だとは思わず、同じ中国人だと思うようである。だから中国語を話して当然だと思われてしまい、ますます厄介なのだ。あんたたち、よく見てみろよ。たしかに黒髪で黒い目で東洋ふうの顔立ちだけど、
ウィンクだけで女を妊娠させるほどハンサムな人間が中国にいるか?? いくら4000年の歴史があるとはいえ、これほどの人間はまだ中国には現れていないだろう。残念だが最新の作者に関するハンサム研究では、このレベルの人間が中国に生まれるにはあと2000年はかかるという報告が出されている。だから、少しは外国人であるオレの英語を理解しようという努力もしてほしいのだ。
 こちらから話すのはカタコトや筆談でなんとかなるが、ヒアリングが全然ダメ。何を言われても全部「チャンチューシーチョーシーチャンシュオシー」てな具合にしか聞こえない。もちろんオレも聞き取りの練習をしなかったわけではない。ちゃんと日本を出る前に「タモリの4ヶ国語麻雀」を毎日聞いて予習に励んだが、
残念ながらタモさんの中国語はオレにはレベルが高すぎて身に付かなかったのだ。

 さて、昆明での宿は安宿なのに巨大建築物の、昆湖飯店だ。これもややこしいことに、中国では「飯店」と書いてホテルという意味なのである。飯店の他に「賓館」も「招待所」も「酒店」も同じ意味なのだが、これじゃあ浜松の実家の近くにある中島酒店(酒屋)も西陣飯店(中華料理屋)も、どちらも通り掛かった中国人に
宿泊されてしまう可能性があるということではないか。これは、今度実家に帰ったらすみやかに教えてあげないと。そしてついでに1泊させてもらおうっと。
 オレが配属されたのは、旅行者もいれば出稼ぎ中の現地の人もいる、4人ひと部屋のドミトリーだ。
 まだ8月もど真ん中だが、全体的に山岳地帯である雲南省はかなり涼しい。ベトナムでは夜も30度を下る日は無く、おかげで体が濡れた状態を保つため河童化してシャワーを浴びまくり肺炎にかかってしまったが、ここでは夜の気温は25度なので、人間として生きられる。やはり河童化はたくさんの生命ポイントを消費する特技だし、この国で河童になっていたら
通りがかりの玄奘三蔵につかまって天竺へ連れて行かれかねない。せっかく苦労して中国まで辿り着いたのに、今さらインド・パキスタンへ戻るなんてとんでもない話である。あそこにありがたい経典なんて無いというのは身を以て知っているぞオレは。経典どころか、実際の天竺にはありがたい物などひとつもないのだ(号泣)。カレーとオートリキシャくらいだぞあそこにあるのは。

 ところで……。この宿、ドミトリーであるからには、当然トイレは共同である。
 昨日の宿はシングルルームで専用トイレだったため、ここがオレが出会う初めての中国式トイレとなる。そして、中国式トイレとはどんな特徴をもつものか。それは……、とりあえず寝る前にオシッコをしようと廊下を歩いてそのトイレへ、黒くゆがんだ木製のドアをギーと引くと……












 他のアジア・アフリカ地域と同じ金隠しの無い和式便器だが、何が1番の特徴かって、
トイレが個室になっていない。そう、基本的に中国の公衆トイレには、個室というものは存在しないのである。
 ここではまだ肩くらいの高さまで左右との仕切りはあるが、この通り
ドアが無い(涙)。つまり、たとえ大の方であろうとも、他の利用者と顔をあわせながらしなければならないのである。「あっ、あの人下痢気味だね。なんか悪いもの(毒ギョーザとか)でも食べたのかなあ?」なんてことが赤の他人でもわかってしまうのである(号泣)。なんでも、使用中に平気で他の人間と喋ることができるという点で、中国のトイレは「ニーハオトイレ」と呼ばれているらしい。……そんなうまい呼び方を考えてる暇があったらドアくらい作れよテメエ。
 今はまだ他の使用者がおらずオシッコするだけだからいいけど、明日の朝なんかどうなるのか。
考えただけで恐ろしい。……頼む、明日よ、来ないでくれ。明日は来なくていい。ずっと今日でいい。

 しかし清廉な美少女の切なる願いも虚しく、ひと晩寝たら明日が来た。なんで来るんだよ明日……。
来ないでいいって言ったじゃないかっ! なんて言ってもまあ基本的に誰にでも明日は来るものなので、素直に観念してトイレに行こ〜っと(大をしに)!


 
ぐおおお〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ(号泣)!!!!!


 さすがに朝だけあって、公衆トイレのドアを開けた途端に目に飛び込んで来たのは、
ズボンを下げて便器を跨ぎ、通路側(こちら側)を向いてしゃがんで踏ん張っている2人の男(青年&おっさん中国人)の姿。
 初めてだ。
生まれて初めてだ。大便中の他人のナマの姿をこんな距離で見るのは(しかも見ず知らずの男)。女性の排泄シーンなら動画で何度も見たことあるけどさ……。男は見たくなかった(涙)。今ちょっとやばいこと言ったねオレ。
 ともかくこれはものすごい衝撃だ。
なんというマイナス効果しか生まない光景。エチオピアで初めて宿のトイレに行った時も救いようのない暗澹とした衝撃を受けたが、これはまた種類の違う漆黒のセンセーションである。悲しい。この景色を見てしまったことが悲しい。屈強な男のナマ大便シーンを見ることで、何か少しでもオレの人生に有益なことがあるのだろうか? これも自分探しの旅の一環なんだろうか? 自分が見つかるのだろうかこの壮絶な光景の公衆トイレで。もしかして踏ん張り中のおっさんの尻から落ちてくる長いの、あれが探していた自分(号泣)??

 でも泣いてばかりいてはダメだ。だって、オレも今から彼らの仲間になるのだから。そうだ、前向きに生きていこう。プラス思考が大事だ。
短所より、長所に目を向けようではないか。
 いや〜、このオープンでダーティな光景、
スカトロ志向の同性愛者にはたまりませんなあ〜(長所)。
 ということでオレはなにがなんでも他の2人に目線を向けないようにまっすぐ歩いて空いている便器の前で足を止めると、直角に曲がって仕切りの間に入り位置についた。よし、これでなんとか視界から排便中の2人の姿は消えた。
 しゃがみながらズボンを下ろす。そして、パンツを……、ううっ、
なんでこんな中国の安宿で朝からストリップ排便ショーに出演しなきゃいけないんだ……(涙)。中学時代の同級生には、もう幼稚園に通う娘がいるんだぞ? もうオレは同級生に娘がいる歳なんだぞ?? そんないい歳したオレがなんでこんなことを……うう、悪かったよムク。いつも散歩の時におまえの排便シーンをじっくり見てしまって悪かった。おまえは散歩の度にこんな恥ずかしい思いをしてたんだな。そういえば「犬は飼い主に似る」と言うが、こうして今オレも排便の場面を一般公開しているということは、その格言の通りオレが段々ムクの生態に似て来ているということなのかもしれないな(ムクの方が飼い主)。

 とりあえず、なるべく前から見たら股間のちょうど真ん前に脱いだズボンとパンツが来るように膝に引っ掛けてしゃがんで……、これでなんとか正面からはモノを見られないで済むぞ、というか、朝だからすごい人通りが多いなあ。廊下を通る人がみんなこっちを見てるじゃないか(涙)。
 ん? 
し、しまった!!!! なんでトイレの外を通る人間とも目が合うんだと思ったら、オレが入り口のドアを閉めてないんだ!!!

 個室になっていないとはいえ当然共同トイレ自体にはドアはついているが、その廊下とトイレを隔てるドアを、オレはあまりに動揺していて
閉め忘れてしまったのだ。
 もうパンツまで脱いでスタンバイの体勢に入ってしまっているため、今さらドアを閉めには行けない。……すまん、
すまん隣で踏ん張っている2人。オレのせいで、廊下を通る他の宿泊客から3人揃って踏ん張りシーンが丸見えである(号泣)。ああすまない(涙)。

 オレは、緊急対策として頭を抱えるようにして顔を隠した。これこそまさに
正真正銘の「頭隠して尻隠さず」であるが、顔さえわからなければそれでいいんだ。「あっ、この人、朝ドアの開いているトイレで踏ん張っていた人だ!」と後で同じ宿の人間に思われなければいいんだ。
 そもそもこれは隣にいるのが見知らぬ人間、特に中国人だからこそまだ頑張れるが、たまたまルームメイトの外国人旅行者と隣り合わせになんてなったら
男の友情も便器の藻屑である。たとえば今この姿を友人に見られてしまったら、そいつは今後一生オレと顔を合わせる度にオレの排便シーンを思い浮かべるわけだぞ? 特に今なんて、廊下を行く宿泊客全員から排泄シーンが丸見え状態なのだ(オレが入口のドアを閉めなかったせいで)。もしオレと結ばれる運命の女性がたまたまここに宿泊していて、そして神が決めた運命というのは絶対に変えることが出来ないとしても、この排泄ショットを運命の女性に目撃されたらその瞬間赤い糸はスッパンと切れ、神様も「ええっ!! 運命って変わっちゃうこともあったの?? 知らんかった……それマジ衝撃だわ……」と初めて気付くのではないだろうか。……頼む、この宿にたまたま泊まっていないでくれ福田萌ちゃんっ!!!

 ここは短期決戦で行かねばならぬと手早く爆弾投下をすると次はおなじみの尻清掃なのだが、中国では、アジア諸国とは違い水ではなく紙で尻を拭くというシステムになっている。日本と同じだ。ところが中華便所の特徴的なところは、尻を紙で拭くくせにそれを
水で流してはいけないのである。トイレが詰まってしまうため、拭いた後の紙は備え付けのゴミ箱に捨てるのだ。
 先ほどの写真でも仕切りの手前に2つの丸いゴミ箱が設置されているのがわかると思う。ここに使用済みペーパーを投入するのだが、ここでまた汚らわしく怖ろしいのがそのゴミ箱の中身だ。なにせみんなが次々に使用済みを捨てていくものだから、
繁忙期のゴミ箱は大抵こんもりし、しかも茶色い ピーーー(自主規制) が ピーーー(自主規制) ているのだ。ぐえ〜〜〜〜〜〜っ(号泣)。
 ちょっとみんなさあ、
捨てる前にちゃんと紙を畳もうよ(涙)。後の人が気分悪くならないように、アレの着いた部分は見えないように折りたたむのがマナーでしょ(号泣)??
 更にそれに加えて次なる問題は、ゴミ箱が
隣の人とも共用だということだ。これがまた厄介なのである。なにしろ仕切りで隣の人の様子はわからないのに、ゴミ箱だけは同じものを共同で使うのだ。ということはつまり、タイミングが悪ければ両方の人間が同時に使用済み紙を投入しようとし、ワンテンポ早く手を出した方が、遅い方の茶色いシミ付きペーパーの直撃を受けることも考えられるのだ。そんなことになったら、それこそまさに思想家キルケゴールが「死に至る病」と表現した、「絶望」の世界ではないか。
 ただ、絶望の淵に一輪の花が咲くことも無いことは無く、たまたまそのように隣のおっさんと同時に使用済みペーパーを捨てようとして手と手が触れあい、
それをきっかけに新しい恋が芽生えるなんてこともあるかもしれない。使用済みトイレットペーパー(茶色)から生まれた恋である。ああなんてバカバカしいんだ。

 そそくさとズボンを履くと、オレはまだまだ顔を隠しながらトイレを出て部屋に戻った。
 これから1日の始まりであるが、
朝のトイレだけでこんなに文章を書けてしまったのは、まさにエチオピア以来である。……でも、よかった。漢字や律令制度と一緒にこのトイレの習慣が日本に伝来しなくてよかった(涙)。





今日のおすすめ本は、私が初めて三国志を学んだのはこのマンガ 三国志






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