〜昆明〜





 それにしても、英語の通じなさすなわち現地人との意思の疎通の難しさ、そしてトイレで受ける衝撃のでかさは過去訪れた国で
エチオピアと中国がツートップである。
 だいたい中国は日本のすぐ隣で4000年の歴史があって神舟5号は宇宙を飛びオリンピックも開かれるような大国のくせに、アフリカの狂気・
旅人殺しのエチオピアと同じレベルってどういうことやねん。あんたら、4000年の間いったい何やってたんだよ! 4000年もあったのに水に流せるトイレットペーパーすら開発出来なかったのかっっ!!! 宇宙船より先にトイレのドアを造れコラっっ!!!
 日本人の先祖、縄文人とか弥生人は大陸から渡って来たわけで、つまりオレたちと中国人は遠い親戚のようなものじゃないか。顔だってそっくりだ。いわば
日本人の海賊版が中国人だと言っても過言ではないかもしれないじゃないか。そう、過言ではないんだ。過言ではないけど、やや問題ではある危ない発言だ。おまけに中国人は日本人の海賊版だから粗悪品だなんて言ったらもっと問題で、いらぬゴタゴタを招きかねないしそもそも中国人・漢民族は長い歴史を持つとても優秀な人々なのです。親切だし頭もいいし運動も出来る。すばらしいじゃないですか中国は!!! 中国好好!!!
 なんといっても黄河文明は4000年どころか7000年も歴史を遡る文明であり、言うなれば中国は東洋の文明発祥の地でもあるのだ。そう、素晴らしき黄河文明。もしかして、黄河文明の頃から海賊版を作ってたんじゃないだろうな……。
世界最初の文明なのに最初からいきなり海賊版を作ったんじゃないか?? オリジナルより先に海賊版を開発してたんじゃなかろうか??
 
そんなことないです!! 中国素敵!! 中国好好!!!

 …………。

 最近、
おそるおそる書いています。

 たしかに。我々と中国人は親戚のようなもので、生物的な外見はもちろん食習慣も使う文字もそっくりだ。英語が通じなくとも、筆談をするのであればエチオピアよりずっと簡単である。ただ、いつものパターンでボッタくり現地人と罵り合う必要がある時などは、文字でしかやり取りが出来ないのは面倒くさい。いちいち紙に
「馬鹿野郎!」「金亡者極悪人!!」「我嫌貴様落地獄!!」「助平!!」「我池面世界中女子愛欲結婚我!!!」などと書いてプンプン怒った顔をしながら見せなければいけないのだ。それではイマイチ迫力が出ない。

 と言いつつ、今日は出かけて最初に文具店へ寄り、筆談用の小さなメモ帳を買った。メモ帳の表紙には、「工作手帳」という文字が。諜報員にでもなった気分だ。図らずしてこんなスパイ用品が手に入ったのも何かの縁だろうから、オレが香港でアクションスターになった暁には007の次のジェームスボンド役を引き受けようと思う。

 で次は、売店で地図を購入した。中国ではだいたいの市町村にその市や町の1枚地図が売られており、それを見ながら移動するとやり易い。一般的に外国で市バスを乗りこなすというのはめっちゃクチャ難しいのだが、中国では停留所に書かれている漢字の行き先と地図を照らし合わせると何処へでも簡単に行けてしまうのだ。もちろん、「地図が読めない女」などと言われている女性陣には少し難解かもしれないので、ちょうどいい機会だしフェミニストな上に博識な私(教授)が今から女性陣に地図の読み方を教えてあげよう。いいかいこれを見ている女性たち。地図はどう読むかというと、
中国語では「ティートゥー」だ!! 「地」が「ティー」、「図」が「トゥー」と読むんだよ!! はいじゃあ各自50回ずつ発音練習して!!
 ……よーし、これでキミも今日から「地図の読める女」だ。またひとつオレに助けられたなあんた! 
これは2月14日まで貸しにしておくぜっ!!!

 市バスに乗って曇華寺という寺を目指す。ガイドブックによると、そのお寺は青年時代の朱徳(中国人)が暮らしていた所らしい。降りるバス停はわかっていたので車内の表示を見て颯爽と下車したが、寺がどこにあるかはわからなかった。よし、ここは工作手帳の出番だ。「曇華寺」と書いて……、よし、あのおじさんに聞いてみよう。



「ニーハオ。ちょっといいですかおじさん」 ←日本語+カタコト中国語+身振り手振り


「なんじゃい若いの?」 ←中国語:雰囲気でムリヤリ和訳


「すみません僕はこの曇華寺というところに行きたいのですが、どのあたりにありますか?」


「お〜、曇華寺か! チェイコティールーチョーシーニーチュイザイチウシュオシーチーチョートンホアスー!!」 ←ムリヤリ和訳
不可


「ぜんっぜんわからん……(涙)」


「チェイコティールーチョーシーニーチュイザイチウシュオシーチーチョートンホアスー!!」


「わからない(涙)!! 僕にはわからないっっ(号泣)!!! あなたという人が(涙)!!!」


「チェイコティールーチョーシーニーチュイザイチウシュオシーチーチョートンホアスー!!」


「あっち? あっちに行けばいいのですねっ(涙)??」


「トエトエ」


「どうもシェイシェイ〜!」


「プーヨンシェー(いいってことよ)」



 これは、何とも筆談も難しいな……。メモに書けばまず第一段階でこちらの意思を伝えることは出来るが、
その後が全く続かない。オレがする恋愛と同じく、完全なる一方通行なのである。でもまだ、このおじさんの方が通じないながらも気持ちは返してくれるから、返答が無いどころかこちらの勇気を振り絞った告白すら無かったことにされるオレの恋愛よりはまだマシか……。っておい! なに言ってるんだよバカァ!!
 …………。
 一応ジェスチャーのやりとりによってなんとなく方角はわかった。それにしても、この国はいちいち意思の疎通が大変だ。せっかくオレたちは同じ文字を持っているのに。この際、中国人の方々は
喋る時も口から漢字の煙みたいなものが出て来るようにしてくれないだろうか? ポイントを示す漢字だけでいいからマンガの吹き出しの様に文字として見せてくれれば、会話も多少は成り立つだろうに。なんでそういうところに気が回らないんだろうか。4000年も歴史があるんだからそのくらい出来そうなもんだろっ!!!

 ということで寺に到着した。
 ここ曇華寺は、先ほども述べた通り青年時代の朱徳(中国人)が暮らしていた寺である。カッコ書きで説明してあるのでわかると思うが、朱徳というのは、
昔の中国人である。多分。…………。まったくもって、その観光地の由来とか人物についての歴史とかを知らないと、観光って楽しくならないよね(涙)。いや違う。ピラミッドとかタージマハルのレベルなら、歴史を知らないでも見ればそれなりに感銘は受けるよな。ということは、曇華寺が悪いんだ。朱徳を知らない人間にも楽しんでもらうように、曇華寺がもっと努力するべきなんだよ。これは曇華寺の努力不足だ。朱徳がダメなら、裸の女ぐらい出せよ。

 寺の裏側には池があり庭園になっているのだが、そこから水の香りとともに清らかな二胡の調べが……







 いや〜〜、中国じゃないか。
 まだまだ入国したばかりで、このようにふとした景色に中国を実感させられることは多い。今朝もバスの中から、広場で太極拳に励む人々の姿が見えた。とにかく中国は風景も文化も幼少の頃から日本人にとって近くにあるもののため、ささいなことに対する「こ、これがテレビで(本で)見たことのある、あれかっ!!」という感動が盛りだくさんだ。

 さて、この昆明から行ける観光地の中で、最も有名なのが石林である。「石林」という文字どおり、細長い石が塔のように立ち並んでいる風光明媚な場所らしい。
 昆湖飯店(宿)でひと晩寝て翌朝、オレは宿を出ると昆明汽車站へ向かった。「汽車站」というのは「チーチョージャン」と読むのだが、これはバスターミナルのことである。「汽車」が「電車」でなく「バス」だというのがこれまた予想外というか、
間違っているぞあんたら。漢字の発祥の国のくせに、なんでそんな初歩的なミスを犯しているんだ。ちょっと漢和辞典を調べれば正しい意味がわかるだろうに。
 尚、それでは電車の駅はなんというかというと、「火車站」と書いて「ホーチョージャン」である。「電車」が、中国では「火車」すなわち「ホーチョー」なのだ。これでは、初めてのおつかいでママに
「えみちゃん、商店街にいって包丁を買ってくるのよ♪」と頼まれて出かけたえみちゃん(4歳)が、電車を1輌担いで帰って来るというややこしいことにもなりかねない。それくらいならまだいいが、逆に急いで電車に乗らなきゃいけない時に「えみちゃん! 急いで! 火車に飛び乗りなさい!!」とママが叫んだら、えみちゃんはすかさず上を向いた包丁の刃の上に飛び乗っておぼこい両足が土踏まずのあたりからキレイにスッパーン(以下自粛)

 汽車站(バスターミナル)で石林行きのバスを探すが、なかなか見つからない。切符売り場の人に「石林」と書いた工作手帳を提示してみると何やら早口で
「ニーシーチューチーチョー!!」と教えてくれるのだが、ひとっこともわからない。まだ年末年始の泰葉の言動の方が理解出来るレベルである。あなたもしかして、単なる意地悪で「チューチョーチーチョー!」と意味のない言葉を適当に叫んでいるんじゃあるまいなっ!?
 う〜ん困った。しょうがないから、別の人に聞いてみるか……オロオロ……



「あのすみませんそこゆくお人。僕は石林に行きたいんですがバスは……おろおろ……」


「ニーシーチューチーチョーニーシーチューチーチョー!!!」


「おあっ(涙)!! すみません(号泣)!!!」




 じゃ、じゃあ向こうにいる掃除のおばちゃんに……おろおろ……



「あのすみませんおばちゃま。石林にはどのバスで行ったらよいのでせうか……おろおろ……」


「ニーシーチューチーチョーニーシーチューチーチョー!!!」


「いやああっ(涙)!! ごめんなさい(号泣)!!!」



 売店の人のよさそうなおじさんに……おろおろ……



「お尋ねします〜(涙)。バスで石林まで行きたいんです〜〜行きたくてたまらないんです〜〜(号泣)」


「ニーシーチューチーチョーニーシーチューチーチョー!!!」


「ひひひひっ(涙)!! そんなに怒らないでお願いっっ(号泣)!!!」




 あっ、バスターミナルなのになぜか野良犬が入って来ている。野良犬が寂しげにウロチョロしている。



「ノラ犬さん。僕は石林にバスで行きたいんですが、バスが見つからないんです(涙)。人に聞いても何を言っているのかわからなくて、辛いんです(号泣)」


「クウ〜〜ン(涙)」


「辛いよね(泣)。同じだよね(涙)。キミも中国語が理解出来ないんでしょう(号泣)??」


「キャイ〜〜ン(涙)


「なんだって! 対話が成り立たないだけじゃなく、
犬料理にして食べられるんだって(涙)? それはなんて辛いんだ……(号泣)。わかるよ。辛いよね(涙)。一緒に泣こうよ」


「ワオ〜〜〜ン(号泣)!!」


「うお〜〜〜〜ん(号泣)!!!」



 ……この汽車站に来て、
初めて誰かとわかり合う事が出来ました(涙)。なんでこんなことになってるんだ。はっきり言って、中国人よりそこら辺を歩いてるノラ犬の方がよっぽどコミュニケーションがとれるぞ(号泣)。



「ニーチュイシーリンマ?」


「イヤ〜〜〜〜〜ッッ(涙)!! お許しになって〜〜〜〜〜(号泣)!!!」


「ニー! チュイシーリンマ!?」


「おやめになって〜〜〜〜っっ(涙)!!!
 ……えっ? しーりん? 今しーりんて言いましたあなた?? そうです僕はしーりんに行きたいんです!!! シーリン、略してシリに行きたいんです(号泣)!!」


「ライ!!」



 オレがあまりの辛さに野良犬と抱き合って泣いていると突然現れたしーりんおばちゃんは、
「ついて来いアル!」という命令をジェスチャーで表すと、ペッペッと唾を吐きながらりりしくオレの前を歩き出した。
 これは頼もしいではないか。
本日、ノラ犬以外に初めて双方向(次世代)の意思伝達が成立した生命体がこのしーりんおばちゃんである。彼女を追いかけてバスの間をすり抜け道路を横切り裏通りに入ってとあるホテルの駐車場に行くと、1台の観光バスが停まっていた。



「ライ! ほら、もう出発アルよ! 早く入るアル!!」


「わかりましたアルっ!! 謝々! 謝々謝々!!」


「プーヨンシェー(どういたしましてアル)」



 慌てて汽車に駆け込みひとつだけ空いていた座席に座ると、すぐにバスは発車した。
 なんとか見つけたぞ……。それにしても大変だった。だいたいなんでこんなホテルから石林行きなんだよ……絶対わからないじゃねーかよこれじゃあ……。



「ニー!! ケイウォーウーシークワイチェン!!」


「ハイッ!! なんですか? 50元ですかっ?? はいどーぞ!!」



 先頭にいた若いねーちゃんに金を渡すと、彼女はカバンに紙幣をしまうやいなやマイクを持って
「ニーシーチューチーチョーニーシーチューチーチョー!!!」と車内に向かって喋り出した。なぜか、手に小旗を持っている。どうも、「今日の予定は10時に○○寺に着いて1時間見学、それから12時に昼食を摂りまして午後1時から3時間ほど石林の見学となります〜」てなことを解説しているようだ。
 ふと落ち着いてバスの中を見渡すと、オレ以外全員中国人で満席である。家族連れが多く、実に微笑ましい。

 …………。

 
これはツアーバスじゃねえかっ!!!
 
中国人の団体ツアーにオレひとりで参加させられているっっ(涙)!!! オレの宿からも外国人用のツアーが出てるけど、気楽に観光したいからわざわざ個人的に行こうとしたのに!! なんで中国人用のツアーに合流してるんだオレはっ!! なんてこったい(泣)!!!
 言葉が全然理解出来ないのに、中国人団体観光客の一員だなんて。途中で置いて行かれるんじゃないだろうか。こりゃ
どうなること矢羅っ!!! 来週煮続苦!!!





今日のおすすめ本は、太宰治の斜陽 他1篇 (岩波文庫)






TOP     NEXT