〜バングラデシュの首都ダッカ〜





 翌朝6時に起きて、高品質ミネラル配合のファンデーションを塗りながらいそいそとバス乗り場に向かうと、昨日のハッサンとサラムがいた。



「タナカ! グッドモーニング!」


「おお君たち! 奇遇ですね。なにやってるの? 朝の通勤客を狙ってティッシュ配りのバイト? あれ結構精神的にきつそうだよね。朝はみんな仕事前で不機嫌だから」


「オレたちは、タナカにグッドラックを言うためにここに来たのさ。1時間も待っていたんだよ」


「なななんだって……。た、タナカにグッドラックと言うため……それだけのためにわざわざ……(涙)。
こんな早朝に泣かせるなよおまえらっ!! ああ、タナカはなんて幸せ者なんだろう。きっと心から喜んでいるよタナカは……。ところでタナカって誰だっけ。オレだ。ああ嬉しい(号泣)。タナカことオレの涙は地面に止めどなくこぼれ落ち、やがて川になり大地を流れインド洋に注ぎゆくことでしょう(神話風)」


「タナカ、荷物を貸して。ほら、あそこに停まってるのがダッカ行きのバスだよ」



 2人はそう言うと、オレのバックパックと手荷物を全て抱え、該当のバスまで連れて行ってくれた。
 …………。
 なんて奴らなんだ。彼らを見ていると、バングラデシュが元々インドの一部だったなんて、バングラデシュ人が元々インド人だったなんて、到底信じられなくなってくる。この無私で献身的で友情を大切にする少年やその家族に、そしてほとんどのバングラデシュ人に、インド人の血が、
輸血をすると患者の性格が悪くなるため献血が禁止されているというインド人の血が流れているなんて。 ※一部フィクションが含まれています
 人は……、
人は、変われるのですね。極悪人が正義の人物に生まれ変わるのは、アメリカンプロレスの世界だけではないのですね。どうやらバングラデシュの人々は、ジ・アンダーテイカー以来となる著しく極端なベビーフェイス転向のキャラクターであるようです。
 そうです。インドがバングラデシュになれたのなら、誰でも変わることができるのです。ネコ娘も努力すればキティちゃんになれるのです。鼠先輩もミッキーマウスになれるのです。後藤まみも後藤真希になれるのです。どんな地獄の鬼も、鬼を喰らう羅刹でさえ、努力すれば真人間になれるはずなのです。それなのに、僕はいつまでもエロ変態を辞めることはできません。だって、根深いんだもん……。世の中って複雑だね。

 そういえば昨日、ハッサンの幼い弟がオレのクリケットバット(まだ持っている)に物欲しげにまとわりついていたのを思い出した。インドに入ってから護身用に常に携帯していたのだが……、しかしもうこの国では必要ないな。



「ハッサン、これオレから弟へのプレゼント! キミたちの大家族なら、身内だけで紅白戦もできるさ!!」


「えっ。こんなにいいものをもらってしまってよいのかい? オレたちはタナカに何もしてあげていないのに。」


「なんだと……。
バカヤローっっ!!!」 バチーン(うなる熱き握り拳)!!


「あわわわ……」


「何もしてあげていないとは何だっ!!! あんなに心のこもった親切をオレにしておいて! おまえたちの熱い心、このオレの握り拳にしっかりと刻まれているぜっっ!!」 ズガーン(正確にハッサンの顎をとらえた熱き右ストレート)!!


「どてーん(ノックダウン)! あ、ありがとうタナカ。きっと弟も喜ぶよ……」


「じゃあここで私ことタナカはダッカに行くから。ハッサンもサラムも元気で!! オレは基本的にいつも顔が青白くて全然元気じゃないけど、キミたちだけはいつまでも元気で!!」


「グッドラックタナカ〜!!」



 そしてバスは走り出した。
 オレの涙で作られた大河は、このようにダッカまでの陸路での移動を阻み、毎年洪水を引き起こして恩を仇で返しているという。




 そして5時間後にダッカに着いた(あっさり)。

 バングラデシュの首都ダッカはこれがまた、インドに輪をかけて混沌としていた。
 大通りに出ると、オートリクシャやサイクルリクシャー、自転車やバイクやタクシーやバスやチョロQやバングラデシュ人やオレや犬先輩でアスファルトが埋め尽くされ、排気ガスが雷を呼んでいる。本当に排気ガスは酷く、オレはダッカ滞在2日目くらいから咳が止まらなくなり、毎夜咳き込んでほとんど寝ることができなかった。
 実際毎日のように夕方から夜にかけて激しい雷雨が町を襲い、街灯もネオンもほとんどないダッカの暗闇の中では、稲光が夜空を駆け巡る姿がとてもくっきりと見える。それはもう人間がどうあがいても抵抗できない巨大な闇の世界のパワーをありありと感じ、あまりの恐ろしさに背筋は凍り、腎臓は震えて活動を活発にしオシッコがたくさん出たのだ。

 さて、バングラデシュは人々が親切なだけでなく、日本語を喋るおじさんが多いというのも特徴的である。これはイランと似ている。何しろ国境を越えてからここまで、全ての町で日本語が通じる地元民と出会ったほどだ。もちろん彼らが日本に出稼ぎに出ていたからで、たとえばジュソールで会ったお方は、茨木のプレス工場で働いていたということであった。
 オレはバングラデシュの情報がないものだから、町で日本語使いを発見するとここぞとばかりに質問の雨あられ嵐雷雨霙(みぞれ)雹(ひょう)を浴びせた。今日もダッカの裏通りのバザールを歩いていると、ムハンマドという通りがかりのおじさん(職業:通りがかりのおじさん)が「ここはさあ、ダッカのアキハバラなんだよね。今、ほらなに、ウチの換気扇が壊れちゃってさ。それで新しいのを買いに来たのね(正確にこの通り言っていた)」などと濃い顔に似合わぬスムーズな日本語で喋りかけてくるのであった。
 他の大抵の日本語使いと同じく、ムハンマドも自分の携帯の番号をメモに書いて渡してくれ、「何か困ったことがあったら電話してね」と、道で出会っただけの旅人に絶大なる協力を申し出てくれるのだ(涙)。
 …………。もしオレがいつか地上100メートルの高さの岸壁に観光に行って、ふと見ると崖の縁からバングラデシュ人とインド人がそれぞれぶら下がって「助けてくれ〜」と叫んでいたら、オレはまず
なによりも先にバングラデシュ人を引き上げてやり、もしその後に余力が残っていたなら、そこでようやくインド人の方に駆け寄って、そしてインド人を力いっぱい蹴落とすだろう。

これがダッカの秋葉原。謎のミニ傘を頭に装備しているおじさんが、その傘で何を防ごうとしているのかは定かではない。



 ……ということで、オレはその翌日、ムハンマドさんから教えてもらったバングラデシュ最大の遊園地、ファンタジーキングダムにやってきた。はるばるダッカから2時間もかけて。もちろん、1人で。
 寂しくない。寂しくないんだ。遊園地というものをわかっていないあんたにオレは言いたい。いいか、遊園地っていうのはな、基本的に1人で行くもんなんだよ。考えてみろよ、彼女と2人でだったら、
別に遊園地じゃなくても近所の公園でもアパートの部屋でも何処でも楽しいだろうがっっ!!! だからわざわざ女と遊園地なんかに行く必要は無いのだっっっ!!! ところがどうだ、1人の場合は公園に行ってもデパ地下に行ってもアパートの部屋にこもっていても全然楽しくない!! 普通に生きていても楽しくないんだオレはっっ(号泣)!!!! だから一人でこそ楽しむために遊園地に行くんだよっっ!!! あえりゃ〜〜〜〜〜〜〜っっ(いろいろな気持ちが交錯し感極まった叫び)!!!!


しかし何か嫌な予感のする、暗雲立ちこめるファンタジーキングダム(日本語訳:空想王国)


 まあそんなわけだがともあれここは、外観を見てわかるとおり、パキスタンラホールのインチキ蛇女や絶叫観覧車があった意味不明なトワイライトゾーンに比べれば、ずっとまともな遊園地だということがわかる。ちょっとした高級感すら漂っているではないか。
お菓子でいえばヨックモックくらいの高級感が漂っている。少なくともこれほどの娯楽施設を見かけたのはアジアでは初めてだ。おそらくバングラデシュが国家予算の200年分ほどを投入し、国の威信をかけて建造したのであろう。

 チケット売場に行き、購入したのは当然最も高額な「フリーライド」チケットである。どの乗り物でも何度でも乗れる、史上最強のチケットだ。これで、この遊園地でのオレは、
もし今が1192年だったら源頼朝クラスの超絶VIP征夷大将軍顧客なのである。ちまちまとAチケットBチケットCチケットを切り離して使っている場合じゃないぜっ!! オレはそんなやりくり上手じゃねえんだよっっ!!! あらゆるアトラクションに出没してやるぞ。監督映画が公開される時期の三谷幸喜くらいあらゆる場所に出没してやるぞっっ!!!!

 さて、征夷大将軍らしく頭が高い従業員を切り捨てながら入場ゲートを超え園内に入ってみると、まずは記念撮影コーナーがあった。ヒーローや動物の顔の部分に穴が開いているパネルがあって、そこに自分の顔をつっこんで写真を撮るというとても原始的なオブジェだ。オレは、こういうのが好きじゃない。今まで1回もこういったパネルに自分の顔を入れたことはない。何かスマートじゃなくて嫌いなのだ。こういう庶民的なものは、やはりカリスマ読者モデルとして控えた方がいい遊びだと思うのだ。



「ヘイユー! カムヒアー!」


「誰? このけだるい午後にカリスマ読者モデルを呼び止める、その下品な声を発するのは誰?」



 呼ばれる声に振り向くと、掃除用具を持った遊園地の若いクリーンスタッフがオレを呼んでいた。見ると、彼の隣には、首から上がない胴体だけのスーパーマンの像がある。



「どうも。お掃除ご苦労様です。何か僕にご用ですか?」


「ルック! ほら、スーパーマンだぞ! ここに自分の顔を乗せれば誰でもスーパーマンになれるんだ。ユー、カメラ持ってるだろう?」


「持ってるけど、僕はそういうのにはしゃぐ人間じゃないですから。たとえ一人で遊園地に来ようとも、いくらなんでもこの歳でスーパーマンになって喜んだりはしません」


「ヘイユー! カム! ファンタジー王国でそんなクールなこと言っていてどうするんだ。いいから来いって!」


「まったく客に対して強引な奴だな……。わかったよしょうがないなあこの野郎め……」



 オレが仕方なくカメラを取り出してスーパーマンの方に歩みよると、にいさんは嬉々として自分の顔を像の首のところに置き、ポーズを撮った。



「いいぞ! ユー、さあ撮ってくれ!」



おまえを撮るんかいっっっ!!!! 客のオレが遊園地スタッフのおまえの写真を撮るのかっ!! オレのデジカメでっ!!」


「ほら、他のお客さんが来ちゃうから。早く。他の人を待たせちゃ悪いから」


「はは……。じゃあいきまーす。はいチーズ カシャ」


「サンキュー! それじゃ、この先にもいろいろ乗り物あるから楽しんで行けよ!」


「はーいどうも……」



 清掃員にいさんは、自分がスーパーマンに変身した姿をオレに撮影させると、満足した表情で仕事に戻って行った。

 …………。



↓普段は遊園地の清掃員をして世間の目をくらましている、バングラデシュのクラーク・ケント。
著作権関係はクリアしているのか不明。





 まあいいや。こんなところでテンションを下げている場合ではない。何しろ大枚400タカも払ってフリーライドチケットを買ったのである。あらゆるアトラクションに乗りまくって元をとらねば。
 ということでまず最初は遊園地らしくジェットコースターを目指して園内を進むことにした。今日は金曜日でイスラム教では祝日なのだが、それにしては閑散としている。やはりダッカからバスで2時間という遠さと、この国の人々にとってみれば高額な入場料のせいだろう。まあオレにとっては、閑散としている方が待ち時間もなく、どんどん乗り物に乗れてチケット代の元が取れていくので良いのだが。
 フリーライドチケットは腕輪のように手首に巻く形式のため、オレはジェットコースターの入り口で、もぎりのオッサンに誇らしく腕を掲げて示した。見るがいい〜〜!! オレこそが誰も逆らうことの許されない、超絶金持ちVIP征夷大将軍であるぞっっ!! 
頭が高いぞコラっ!!



「オイ、ちょっと待ておまえ!」


「なんだ? 一兵卒のオッサンが征夷大将軍に向かって偉そうに」


「チケットは持っているのか?」


「何言ってんのあんた? 見えないのこの左手首に燦然と輝くVIP用のフリーライドチケットが?」


「なんだそれは。このジェットコースターはAチケット対応だから、ちゃんとチケットを買ってくるんだ」


「バカかおまえはっっ!! AもBもCも関係ない、それらのチケットを超えたスーパーミラクルチケットがこのフリーライドチケットなんだろうがっっっ!!!」


「フリーライドってなに?」


「あのね、このチケットは400タカもしてね、その代わりこれを腕に巻いているとどの乗り物もいくらでも乗れるの。そういうチケットなの。そういうチケットをあなたの勤務しているこのファンタジー王国は販売しているの」


「本当かそれ?」


「ウソなわけねーだろうがっっ!!! 外国人のオレがわざわざニセチケットを自作してバングラデシュの郊外の遊園地でズルしてジェットコースターに乗ろうとしてると思ってるのかおまえはっ!!!」


「じゃあ問い合わせてくるからちょっと待ってろ」



 そう言ってオッサンは後方の管理小屋に入ると、園内電話でどこかに(おそらくチケット売場であろう)確認をとり、またすぐに戻ってきた。



「よし。入っていいぞ」


「当たり前だろうがっっっ!!! 偉そうに言うんじゃねえっ!! VIPに対してその失礼な態度!! 本来なら解雇されてもおかしくないその怠慢!! 十分反省してねっ!!」



 ……このフリーライドチケットのシステムができたのは、
今朝か?? 最も高い料金を出して買ったのに、VIPどころか、1発目から止められて無賃乗車扱いだ。情報の共有されていなさはギネス級の職場である。きっと、よっぽどこの高額のフリーライドチケットを買うお客さんはいないんだろうな……
 ということでようやくオレは入場を許され、出発ゲートで待機しているジェットコースターに1番乗りで乗車した。やはり待ち時間はない。空いてる遊園地っていいよね。

 ……で、ベルトも締めてオレは完全にスタンバイOKで待っているのに、なぜか発車する気配が全然ない。どうしたことだろうか。まさかいきなり機械の不具合とか……。


「ちょっと、スタッ
フう〜〜! スタッフう〜〜!!(イケメン風)」


「なんだ?」


「あの、もう僕準備できてるんですけど、いつスタートするんですか?」


「まあ待て。少しずつ他のお客さんもくるから、席が埋まるまでおとなしくしていなさい」


「なんじゃと〜〜〜っっ(怒狂)!!!」



 なんと、この遊園地は発展途上国のローカルバスのシステムを踏襲して、燃料の節約のため乗り物は満席にならなければ発車しないらしい。どういうことやねん……。じゃあ、1番乗りでも全然意味がないやんけ……。
 結局オレはジェットコースターの先頭にひとりポツンと座ったまま、他の方々が来て席が埋まるまで、チクタクと20分ほど待たされた。せっかく客が少なくて待ち時間がないと思ったのに、客が少なすぎで
逆待ち時間20分である(涙)。しかも、ジェットコースターにひとりで座って待つのは、寂しい。いい加減にしろ。

 ひとしきり絶叫マシンでキャーキャー騒いだ後、次こそは待ち時間のないアトラクションを狙おうと、3Dの館に行くことにした。
 3Dの館というのは、その名の通りディズニーで言うならばミクロアドベンチャー的な、ユニバーサルスタジオでいえばターミネーター的な、3Dメガネをかけるとキャラクターが飛び出して見えるという先端技術を駆使したムービーである。なんといっても、この3Dの館には上映スケジュールが張り出してあって、ちょうど今から5分後に開幕なのだ。これなら待ち時間もくそもない。
 ということで薄暗い館内に侵入するとやはり客はあまりおらず空席が目立ったのだが、オレは律義に開演前からカラフルな3Dメガネを装着し、ワクワクしながら上映を待った。
 そして10分が経ち……。また
20分が経った。
 …………。
 オレは通路にいた案内役のオッサンを呼びつけた。



「ちょっと、スタッ
フう〜〜! スタッフう〜〜!!


「イケメンのお客さん、館内ではお静かにねがいますよ」


「でも、もうとっくに上映開始時間過ぎてますよねえ。どうかしたんですか?」


「今日はお客さんの入りが良くないから、電気代の節約のため満員になるまでもう少し待ってね」


「…………」



 
ふざけんなテメエこらっっ!!! どんだけセコいんだっ!! ファンタジーな気分を求めてやって来た子供達にシビアな現実を見せつけるじゃないっっ!! だいたい、上映スケジュールくらい守れっ!! この1回がずれたらもうこの後のスケジュールも全部ぐちゃぐちゃじゃねーかっっ!!!

 ……結局正式に上映が始まったのは、案内に記載されていた上映開始時間の30分後であった(涙)。


 バングラデシュ版、3Dの館のオシャレな人々。





 もうわかった。もうこうなったら絶対に待ち時間のないアトラクションを乗り回してやる。オレは、遊園地の中央にある
ボート乗り場に向かい、他の客を待つ必要のない一人用のボートに乗って、怨念を込めて池を走り回った。こんなふうに。



 もうこの際いつまででも乗っていてやろうと思い、何周も池をグルグル回っていたら、「7番のボートを漕いでいるお客さーん! 長く乗りすぎなのでそろそろ戻ってきてくださーい!」
スピーカーでどでかい声で呼ばれ、周囲の失笑を買った。

 そしてその後オレは……自分が好きなアトラクションではなく、客が集まっていてそろそろスタートしそうなアトラクションだけを選んで乗り込み、とりあえず
楽しくなくともチケット代の元だけは取ろうと、ヤケになってコーヒーカップやメリーゴーランドで子供に混じってグルグルと回るのであった。そしてまわり過ぎて気持ち悪くなるのであった。
 終わり。





以下、ギャラリー。


お馬さんで遊ぶ、上流階級のお子様たち。



F1レーサー(スーパーアグリ所属)



ウォータースライダー大人気。



しかしこの動画で最後に出てくる女の人は、
あまり遊園地にふさわしくない服装のような……








その服装でもウォータースライダーを楽しもうとするその根性がすごい。前の人との衣装の差はなんなんだろう。




今日のおすすめ本は、まさかVOWの紙面に自分が登場することになろうとは……(写真つきよ) VOW23






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