〜素晴らしき旅行人 そして東南アジアへ〜





 ファンタジー王国であまりファンタジーな気分になれなかったあくる日、オレはダッカ市内の旅行会社を回り、東南アジアの超先進国
シンガポール行きのエアチケット*:..。o○☆*:゚・:,。*:..。o○☆を購入した。

 ……え? なに? どこ行きのチケットかって?? 今言ったじゃないか。シンガポール行きだよ。
 ……えっ? 
バスのチケットかって?? いや、そうじゃないよ。人の話をちゃんと聞きなさいよあなた。注意力の散漫な人だね。……もしかして仕事中でもそんな感じなの? それじゃあ飲み会にも呼ばれないわけだわ。さすがにそれは同情できません。いくらなんでももうかばえません。
 ……えっっ? じゃあせめて「シンガポール」って言ってみたいって?? いいよそのくらいだったらべつに。オレだって、「シンガポールに行かない奴が『シンガポール』と言うなんて、許されざることだ!」なんて、大人げない説教はしないから。じゃあ言い易いようにオレがリズムを取ってあげるね。いくよー? いちにーさんし、にーにっ
さんハイっ!!







「シンガポール」









 
ばかやろ〜〜〜っっっ(鉄拳制裁)!!!

 
シンガポールをそのままシンガポールと発音してどうするんだよっ!!! 「Singapore」なんだから、reのところは舌を巻いて「シンガポォ〜ァゥ」だろうがっっっ!!! このボーダーレスな国際社会において、まだそんな日本語英語を使ってるのかこのド田舎もんがっっ!!!! すみませ〜ん、上司の人はいませんか〜〜! 今この画面を見ている人、仕事中なのにこっそりネットサーフィンしてますよ〜〜!! 注意した方がいいんじゃないですか〜〜〜!!

 といっても、下手にRの発音にこだわってもいい事ばかりじゃないんだよな。イスラエルの検問で「ツーリスト」を「トゥァリスト」とカッコつけて発音したらテロリストに間違えられたし……。



「ミスター作者!」


「なんですか旅行会社の人? もう購入手続きは終わったんじゃないんですか?」


「yes、エアチケットの件はもうオールOKなんだけど、オレあと1時間で勤務が終わるから、よかったら一緒にディナーを食べに行こうよ」


「は、はあ……。
面倒くさい、いや、行きたいんですけど、昔から『若いむすめが夜出歩くもんじゃありません!』てお母さんに注意されてて……」


「でもおまえは若いむすめじゃないからいいじゃないか」


「そうでしたっけ。もう僕は生娘ではなくなってしまったんでしたっけ」


「だからいいじゃん。6時には仕事が終わるから、1時間後にまたここに戻って来てくれよ」


「こんなオフィス街で1時間てすることないにもほどがある!! 自己中心的な人ですねあなたは!!」



 結局、そうは言ってもオレはやはり人が良すぎるため(いつもそれで苦労してるのにさ)チケットを取ってくれた彼の誘いを断ることができず、律儀に1時間と5分後に旅行会社に出戻り、さらに20分ほど待たされてバングラデシュのサラリーマンの彼、すなわちフセインと夕食を共にすることになったのである。

 フセインのおすすめのディナーはこのような巨大なドーサ。遠近法があるにしても、オレの方がずいぶん大きくない?


 非常につらかったですが、「おいしいと薦めてくれた地元の料理を残すことなんてできない」という道義的な気持ちだけで何とか自分の精神力の限界を破り、根性で食べきりました。うう(号泣)。

 夕食の後は例によってリキシャではるばるフセインの一人暮らしの部屋まで招かれ、世間話をして、お土産になぜかワイシャツをもらい、よく見るエロサイトのURLを教えてもらって帰ってきた。エロサイトは、仕事中にボスがいない時にみんなでこっそり見ているらしい。まったくけしからん奴だ。
 なお、旅行会社で働く彼の月収は、8000タカだそうだ。1ドルが今は61タカなので、日本円換算で1万4000円くらい。ちなみに「8000タカ」といっても「あぶない刑事」の館ひろし8000人分というわけではなく、バングラデシュの通貨単位なのだ。そして、フセインいわく、街で自転車をこいでいるリキシャのおじさんおにいさんたちは、月の収入が3000タカだそうだ。オレにとってたった700円の価値だった、ファンタジー王国の400タカのフリーライドチケットが、どれほど高価なものであったか改めてよくわかる。

 さて、その翌日オレは部屋で絶え間なく咳をしながらゴロゴロし、どこか散歩でも行こうかなと「旅行人バングラデシュ」の地図を眺めていた。
 「旅行人」というのは「地球の歩き方」のように諸外国のガイドブックを出版している会社であるのだが、どちらかというと、よりマニアックでディープな旅人のための深い旅本を作っている出版社だ。そしてオレは、幸い宿泊していたこのアルラザックホテルで、日本人旅行者からその旅行人のバングラデシュ本をもらうことができたのである。

 そんなわけで旅行人ガイドブック、その中のダッカ市内の「オールドダッカ」という地域の地図をボケっと見ていたのだが、地図の中になにやら
地図らしくない言葉が並んでいるのに気付いた。
 これが全体の地図であり、狭い地域を細かくカバーしている実に緻密なものなのだが……




 細かく見て行くと、まずこんなところがあった。



 仮面って……。なに仮面って。腕輪と楽器はまあ何となく腕輪屋とか楽器店だろうけど、仮面ってなに? 仮面屋?? まあ、多分仮面屋だろう。でも一般的に「仮面」という単語は地図上ではあまり見かけないのではないだろうか。






 そして次は「ミシン1台の仕立屋」。意味はよくわかるが、これは目印の名称というよりも、
説明文である。しかも、地図に載せるようなものか?? そんな小規模なポイントをわざわざ掲載する必要もないと思うし、そもそもあまり長期的に保たれる目印じゃないような気がする。なにしろ、このガイドブックは4年以上前に発売されたものなのだ。ミシン1台のおじさん(かおばさん)が、ちゃんと何年もそこで商売を続けているのだろうか?

 しかし驚くのは、いやツっコむのはまだ早い。さらに、もっと微妙な目印がある。








 
「箱」って!!! そして「薪」って!!!!

 そんな投げやりな地図上の項目があっていいのだろうか? 
箱だぞ箱!! 箱って!!! そりゃ地図を作った人が歩いた時には箱があったかも知れんが、箱が町の片隅の同じ場所にいつまでもあるわけないだろうがっっ!!! 誰かが運んだらもう終わりだろっっ!!! そして薪も燃やしたら終わりだろうがっっっ!!!
 この地図を作ったのは、
子供か? 「ドラえもん」の中で、のび太がお小遣いを裏山に埋めて念の為に地図を作ったら、目印がノラ犬や空き缶だったため結局どこに埋めたかわからなくなってしまったという話があるが、この地図はのび太とほぼ同じレベルである。一応ノラ犬と違って箱と薪は生き物でないだけマシだが、それにしてもひどすぎる。明らかに本が出版された頃にはすでに箱も薪も撤去されているのではないかと思うのだが……。

 おっと。
 そう言っているうちに、また何か地図らしくない目印を発見したぞ。とはいえ、もう箱と薪の後には何が来ても驚かないけどな……。















「ゴミと山羊」


 …………。








 
おちょくってんのかワレっっっっっ!!!!! おおいっっっ!!! どんなフリーダムな地図なんだよっっ!!! 正真正銘ののび太くんかおまえはっっ!!!

 これはすごいぞ。まさか本当に生き物がでてくるとは。
今までこの地球上で出版された、あらゆる地図の常識を覆す新しいスタイルである。いくらなんでも、日本で出版されたガイドブックにゴミとヤギを目印にした地図が掲載されているなんて……。これは、描いた人を責めるべきだろうか。それともここまでの地図を描かせてしまったバングラデシュを責めるべきだろうか。なんにしても、この地図を参考にしてオールドダッカに出かけたら、道に迷うだろう。







 ということで……。









 もちろん、
 
実際に散歩に行ってみることにした。








 早速到着しましたオールドダッカ。とりあえずすぐにこのように地元の方々に囲まれます。


 まったくいつもいつもなんでバングラデシュは歩くだけでこんなに注目を浴びるのかしら。まあいいわ。
見られるとキレイになるって言うし……。

 さて。
 では旅行人のとても精密で信頼できる地図を見ながら歩きまわってみるとするか……。まず最初は仮面と楽器を探してみよう。仮面と書いてあるところに本当に仮面があるのだろうか。これは楽しみですな。興味が湧きますな。
 とりあえず寺院や食堂など分かり易いポイントを参考にして、地図上で「楽器」そして「仮面」となっているところを目指してみた。そして辿り着いたのはここだ。

 おっ。



 ちゃんと楽器店があるぞ。軒先に民族楽器的な太鼓がたくさん陳列されている。これはまさに地図の通りだ。



 そしてその楽器店の隣にあったのがこの店。







 
ありますよ仮面が!! どっから見ても仮面でしょこれ!! ちょっと感動!!

 仮面というのはやはり仮面屋のことを指す言葉だったのだ。それなら仮面屋と書けばいいじゃないかと思うがそれはそれとして、仮面屋という店の存在にここは驚こう。ちゃんと日常的に売り上げが上がっているんだろうかこのお店……。今どき、もう仮面だけじゃやっていけないんじゃないの?? 若者の出費は今や携帯電話やインターネットなどの通信費が占める割合が非常に大きいから、
CDや本や仮面はもう今の時代どんどん売れなくなっていくよね。昔は良かったなあ……。

 では、次は「ミシン1台の仕立屋」に行ってみよう。
 これは文章そのままで仕立屋さんなんだろうが、ガイドブックが発売されてから今までの4年間廃業せずにちゃんと仕事を続けているかどうかが気になるところだ。零細企業への風当たりが厳しい時代であるが、ミシン1台で頑張っているような健気な老舗には、ぜひ残っていて欲しい。
 えーと、多分このあたりじゃないかと……










 
ああったっ!! ミシン1台の仕立屋さんがあった!!

 いやー、何かちょっと嬉しくなりますねえこれ。ミシン1台といえど、細々としかし堅実におじさんは1台のミシンを大切に事業を続けてこられたんですね。それに比べて僕なんてこの4年間で働いていた期間は一体
どれほどなんでしょう。恐ろしくて計算できないです。なんだか、自分が恥ずかしくなってきます。
 たった1台のミシン、僕のような無能な者が持っても作り出せるものなど何もない1台のミシンですけど、その1台のミシンも時には一人の人の人生をも立派に支えてしまうのですね。そして離れてしまった男女の心もこのおじさんの魔法のミシンで縫い合わされて……再び幸せな家庭の光は取り戻され、やがて古びたミシンで1着の服を紡ぎ出すかのように彼らの赤ちゃんが……
 
よくわからなくなってきたので次に行こう。

 次は、探すだけ無駄だと思われる、
「箱」と「薪」である。どんな漠然とした地図記号なんだよそれ……。もしオレが電話で友人に自宅の場所を尋ねられ、「銀行を通り過ぎて真っ直ぐ行くと箱があるのね。その箱の角を左に曲がって、そんで薪の3軒隣がオレの家ね」と説明したら、絶対に「わかるわけねーだろテメエっっ!!!」とキレられることだろう。













 おおっ!!





 
薪だっっ!! 薪があるじゃねえかっっ!!!

 よく見ると、これはただの薪ではなく薪を大量に扱う薪屋さんである。そうか。確かに店舗として存在するのなら、薪が目印になっても不思議ではない。それでも仮面屋や仕立屋さんと同じく、薪屋さんも何年もの間ちゃんと経営を続けているというのがすごい。
もう今の時代、若者はCDや本や仮面や薪には金を使わなくなったというのに……。
 というか、薪じゃなくて
「薪屋」って書けばいいじゃん。どうも、「屋」を省略する傾向があるねこの地図は。
 じゃあ薪はいいとしてこのすぐ上には箱があるはずなのだが……もしかして、箱を取り扱う箱屋さんが……

















 
箱だっ!!!! これがその箱だよね!?? だって場所がピッタリだもん。他には周りに箱っぽいものは見当たらないし、きっとこれが地図上の「箱」が示すものに間違いない!!

 っていうか、
そこは箱屋じゃないんかいっっ!!!!

 今までのパターンからして、誰もが今度も
箱を売っている店だと思うじゃねえかよ。本当にただの道端の箱かよ……。しかしよくこんなものがずっと残っているよな。残っているのも凄いし、こんな中途半端な物をピックアップして地図上に掲載したというその感覚も凄い。
 だが実際にこの箱が残っており、ちゃんと地図上の目印の役割を果たしているということは、これはもう地図の作成者さんの勝利である(ひそかに勝負していたのです)。まさか正真正銘のただの箱がこんなに長い間撤去されずに残っているなんて。恐れ入りました。

 まあここまで正確にやってくれているのだからもう十分満足で、この上あえて粗を探すのも意地悪な気がするが、一応例のものも探すだけ探しておこう。

↓例のもの



 ここまで来て今さらゴミがないだヤギがいないだで細かくツッコむのは性悪な人間のやることだが、念のためというか、まあただの確認です。軽い気持ちでちょっと見てみるだけです。すみません。
 オレはミシン1台の仕立屋の前の細い路地を進み、角を曲がってすぐの「ゴミとヤギ」ポイントを覗いてみた。














 おや?












 …………。



 あれはまさか……。いや、いくらなんでもそれは。
さすがにそんなわけはないだろう。でも、念の為近づいて見てみるか……。
















 おおっ。





↓本当の本当に地図の通りの場所。



 
うそおおおおおおおおおおおっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!


 そ、そんなバカな……。
 だって、地図が作られたのは4年前だぞ……。このヤギ、
4年前からずっとここでゴミを食ってんのかっっ!!! なんじゃこりゃああっっっ!!! ヤギだぞヤギ!! 地図の目印になれるヤギって凄いじゃねーかオイッ!!!! 目印になれるヤギも凄いし、このヤギが目印になれるヤギだと見抜いた地図の作成者の人が凄すぎるぞ!!!! それにゴミも!! ゴミが一過性でなく長期滞在型のゴミであると判断してヤギと1セットにしたその先見性が凄いっっ!!!

 う〜ん。どうなんだろう。こういうことって実は普通のことだったりするのだろうか。冷静に考えるとあり得ることなんだろうか。よし、試しにちょっと冷静に考えてみよう。

 …………。

 
なんでゴミとヤギが目印になるんだよコラっっ(冷静に考えてもやっぱり)!!!!

 そうすると、このヤギも当時から4歳年をとっているということになるよな。ここでゴミを食べ続け、旅行者の目印になり続けて4年。本当にがんばっているね(同じヤギかよ)。

 ともかく、旅行人さま、
参りました。アフリカ縦断からずっとお世話になっていて正確な情報に助けられましたけど、まさかそこまで計算し尽くされた高度で信頼性のおける地図だとは……。最初、現場にも行かず地図を見ただけでバカにしてすみませんでした。また東南アジアでは、ぜひ利用させていただきます。

↓動画編:ミシン1台の仕立屋からゴミとヤギまで



 ということで……

 期間も非常に短く、たいした事件もなかったが(それは素晴らしいことだ)、いよいよバングラデシュ、南アジアを抜け出す時が来た。
 これでトルコ・イスタンブールから始まったアジア横断の旅、第一ラウンドが終了である。次は東南アジア。いよいよ中国、そして日本にも近づくなあ……。

 ゴミとヤギに感動した次の日の夜、オレはホテルからタクシーでダッカの空港へ向かった。
 アフリカの最南端からコツコツとここまで陸路で来たが、ここで初めての空路での国またぎである。東南アジアといえばバックパッカーの聖地。きっと明日からは快適で心地よい、
旅行記を読んでくれている人たちに満遍なく羨ましがられる旅が遂に始まることだろう。
 しかし、多分そうなると思うが、本当にそうなるかどうかは……まだ誰も知らない……。






おまけ:オールドダッカのシャイな少女






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