〜アウランガーバードで悶絶〜 アムリトサルで歯の詰め物が取れたのに〜、待合室にハトがいる歯科医に恐れおののいて今まで放置していたバカ野郎は〜〜、どこのどいつだい? あたしだよ!!! ア゙ーーーーーーーーーーーー!!!!! 右の奥歯が……。いや、まあそれほどの激痛ってわけじゃないんだけど、冷たい物を飲む時と、固い物をかじる時にビクンと反応するんだよな……。 でも、元来歯の詰め物というのは、「虫歯だったところを虫歯は完全に治療したけれども、そのままだと凸凹が気になるので念のため金属を詰めておきました」という状態だと思う。ピッコロ大魔王は単に封印を解くだけで復活してしまうが、虫歯の場合は詰め物が取れたからといっていきなり再発するわけではないのだ。完治の上に金属を詰めているという、警視庁宿舎がセコムに加入するような2重の安全処理が行われているのである。 よく「接着剤でつければいい」なんてことも聞くが、こんな分裂直後のアメーバのような複雑な形をした小物を、自分で鏡を見ながらハメこむことなんてできるか普通?? せいぜい鏡の中の自分のあまりの美男子ぶりに混乱している途中で舌にひっついて、無理やり剥がそうとして舌ごと引き裂いて自分の血を飲み干すことになるのがオチだ。ああ、美男子というものは歯も治せないのか……。 ちなみに最近自分のことをひたすら美男子美男子と言い張っているのは、言霊の力を信ずればこそです。エルメスが電車男に「好きって言ったら、もっと好きになっちゃいました」ズギューン(オレのハートが撃ち抜かれた音)!! と言っていたように、いつの日かオレも「美男子美男子言っていたら、本当に美男子になっちゃいました」と旅行記に書けるようになることを夢見ているのです。言葉というのは、そういう力があるのです。 そうか。じゃあ言葉の力を信じて、「歯なんて痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない……」 じゃあ安心して冷たいコーラでも飲もう。 ア゙ーーーーーーーーーーーー(号泣)!!!!! や、やっぱり染みるなあ……。 まだ虫歯では無いと思う。今のところは、きっと歯が削られて薄くなっている分、神経に近いところを刺激されて敏感になっているだけだ。しかしまだ旅はあと数ヶ月は続きそうな気がする。痛くない痛くない言っていても痛いもんは痛いし、非モテは非モテ。やはり、今のうちになんとかせねば。言霊より治療、言霊より整形である(涙)。 アウランガーバードは、エローラアジャンタの世界遺産が近いために人も集まり、↓このような感じでそれなりの文明は感じられる町だ。 まあ意味も無くショッピングモールの前に水牛がいたりするが、もうインドでは牛は風景の一部と捉えることとしよう、このくらいの規模の町ならば歯医者もきっとちゃんとしているはず。 実は、オレは世間一般の人と比べてもそんなに歯医者嫌いな方ではない。旅の前、京王線の八幡山駅近辺に住んでいた頃は、改札を出て左側正面にある歯科医の受付の女の子がかわいかったためどんな些細な虫歯でも全て治すまで小分けにして通い、お会計を済ませて一旦外に出てからもわざわざ戻って、「あっ、さっき聞くの忘れちゃったんですけど、このあと何分くらい食事をしない方がよいでしょうか?」とか、当分メシを食う予定は無くても無理やり質問事項を考えて受付の子との接触時間を増やしたものだ。そして帰宅してから「あんなかわいい子、どうせオレなんか眼中にないんだよ(泣)。目を覚ませよオレ!!」と自分を叱咤し涙で枕を濡らしたものだ。そして、ひとつの恋が終わったんだ。 でも、オレがインドでもちゃんと歯医者に行こうと考える勇気ある男になっているのは、あなたのおかげです。ありがとう……。 オレは覚悟を決め、きっと美人受付嬢がいると信じてアウランガーバード駅前通り沿いの歯科医のドアをくぐった。すると、受付は口ヒゲのりりしいインド人男性だった。これは、恋は生まれそうも無いな……。 しかし、どうやらここは待合室もわりかし清潔な感じで、「われらがドクターはバンガロールの○○大学歯学部を卒業してまーす」というような説明書きもある。……きっとここなら大丈夫だ。オレは強いんだ。オレは強いんだ! 歯の治療なんて恐くないぜっ!! 痛いのなんて平気なんだ!! 歯痛がなんだ! 虫歯の痛みなんて全然怖く無いぜっ!! だから別に歯医者なんて来る必要ねえぜっ!!! さあ早く帰ろう!! ああダメダメ。ダメだって。そういうこと言ってたら後で大変な目にあうんだって。お願いだからちゃんと診てもらって。ね。お願い、オレ……(涙)。やっぱり、美人受付嬢がいなけりゃ歯医者なんて彼女の実家と同じで、どうしてもという必要がなければ極力行きたくないところだ。まあそういう悩みを経験したことはないけど……(泣)。 自分の中で勇気のあるオレと勇気が無いオレが戦い、最終的に勇気のある方が勝った。とはいえ、勇気がある方と無い方が戦ったら勇気がある方が勝つに決まっている。それが道理だ。でもそう考えると、いつもは勇気のある自分が臆病な自分と戦って負け続けているのは何故だろう。臆病な自分はそんなに強いんだろうか。勇気のある自分に連戦連勝できるくらいなのだから、臆病な自分はもう臆病じゃないはずなのに。 とりあえず受付のおにいさんに症状を告げ、待合室の長椅子でしばらく待つことにした。もう1枚の扉の向こう、処置室からは海外で初めて聞く、キュイイイイイ〜〜〜〜〜〜〜〜ンという例の悪魔の音色が漏れてきている。この音を聞くだけで奥歯の神経がぞわぞわする。この音がいかんのだよ。キュイーーンとかシュゴゴゴーとかいかにも痛そうじゃん……。もっとなんか萌え系の違う音色はないの? はきゅ〜ん★はきゅ〜ん★とか……。 「ヒヤ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!!」 ……。 なんですかいまの悲鳴は(涙)。 処置室の中から突然女性の悲鳴が聞こえ、その叫びと同時にしばらく聞いていたキュイイイ〜〜〜ンの音が止まった。 ……あの、悲鳴ですよね今のって。そういう音の機械なわけじゃないですよね。今日びなかなか歯医者に行って悲鳴を聞く機会も無いですよ(号泣)? 少し男女の話し声がした後、すぐにまたキュイ〜ンの機械音が再開したのだが、オレは脊髄を背中から取り出されぷるんぷるんの冷たいゼリーで上から下まで撫でられたような、気持ちの悪い寒気に震え上がった。 だ、大丈夫だよねぇ。ねえ、オレは大丈夫だよね。だって金属を詰めるだけだから。虫歯の治療じゃないんだから。そうだ。絶対痛くないって! 接着剤でポイッとくっつけるだけなんだからっ!!! だから、帰るなっ!! 帰ろうとするんじゃないオレっ!!!! 数分後、処置室のドアが開き、赤いサリーを着たふくよかな女性が葬式と不合格と破産が一度に来たのではないかというものすごい痛々しい表情で、奥歯をさすりながらヨタヨタと出てきた。その後ろからおっさんのドクターが続く。 「はい、次の人〜。ユー。カムイン!」 「い、いえっさ〜」 よーし、行こう……。ためらうな。おののくな。 ちゃんと治療台はある。日本と違い助手は男で私服で裸足だが、ほら、一通り近代医療の現場で歯医者さんが使う器具は揃っていそうじゃないか。いや、そもそもオレの歯に治療や器具は必要ない。ただ、詰めるだけなんだ!!! 「ドクター!! あの、アムリトサルでブロッコリーカレーを食べていたらこれが取れちゃったんです。ほら、トイレットペーパーに丁寧に包んで持って来ました。これを、元通りくっつけてください。ドクター、他の歯の治療などは一切行わないで結構ですので、この金属を元に戻す、それだけを何卒どうかお願いします。なにそつどうかひとつ」 「オーケー。じゃあそこに寝て。口を大きく開けて!」 「あがーー」 観念して横になったオレの奥歯、穴の空いた右奥歯をドクターはしげしげと見ている。接着剤でつけるだけ……ほんの1分で終わる簡単なことなんですドクター……。そんなに真剣な表情で何を見ているんですか。いやですそんな恐い顔。もっと笑ってくださいよ。僕だってこんなに口を大きく開けて笑っているじゃあありませんか。 するとドクターは、真剣な表情を崩さぬまま台の上から金属の棒の先っちょに釣り針の形をした尖ったフックがついているものを手に取り、そして、詰め物の取れた跡の穴の部分の中をゴリンゴリンガリンガリンと引っかき回しだした。 お、オゴゴゴゴゴ……なにを、なにをやっているんですか……詰め易いように地ならしでもしてるんですか……日本に帰ったらちゃんとやってもらうから、応急処置でいいのに……適当につけてくれれば…… ゴリッ 「ア゙ーーーーーーーーーーーー!!!!!」 い、いだい〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!!!! そこ、めちゃめちゃいだい〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!! ギギギギギ……やめてください…… 「アガゴッ!! ゴガギゲゴッ!!!」 「なるほどな。ここがリトルビット、ビカミングワースだな。ちょっとだけ悪くなってるって意味な」 「ガゴッ、ゴーグーゴガギーガガグゲゴゴゴグゲグガゲギギゲ……(あの、そういうのはいいですから詰め物を戻すだけにしてくださいっ!!!)」 「はい、一度うがいして」 「ブクブクブク」 じーん……。 痛いよー。 「はい横になって。口をあけて。ワイドオープン! じゃあ」 「アガーーー」 そしてドクターは先ほどの釣り針を台に戻し、さあやっと取れた銀歯を付けてくれるのかなあ、と思ったら、何やらまたも金属の棒、先の部分はニードルのように鋭く、棒の後部からは長い管がどこか電力の供給元に伸びている、つまり歯医者では定番のあの機械を手に持ち、そして、……スイッチを入れた。 キュイ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン 待って!!!! それは待ってっっっ!!!!!! ええ、いえ、どうしても必要なんですか、そうですか、じゃあいい、じゃあ使ってくださいでもその前に、麻酔を忘れてますっドクター!! 麻酔っ!! そのキュイーンの機械が出る時は、絶対先に麻酔でしょうっ!!! 必ず先に麻酔打つじゃないいつもの八幡山の歯医者さんはっ!! 八幡山じゃなくても昔から歯医者でキュイ〜ンの時は麻酔が!! 麻酔を打って5分間待つでしょう!!! 麻酔を打たずにそのキュイーンでビカミングワースな部分をいじるなんてあり得ない!!! 死ぬって!! そんなことしたら死ぬっ!! 本当に死ぬっ!! 待って、やめて〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!! チュン(ワースな部分に機械が触れた音) ぎや〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ(号泣) ガガガガガガ〜〜〜〜〜〜〜〜 いっっっっっっっっっっっっっっっっっでええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっっっいだい〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜いだいいいいいっっっっいたいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい〜〜〜〜〜〜〜(号泣)(号泣)(号泣)(血泣)(血泣) はいっ!! 手を上げます。手を上げます!!! 痛かったら手を上げてと言われていないけれど痛いので手を上げています!!!! 見てくださいこの真っ直ぐに天を向けて上がった手を!!!!!!!!!!!!! ドクターがオレの「痛い」の合図の挙手を完全無視している間、オレは先ほどの女性に負けず劣らずの、待合室にいる次の患者を恐怖のどん底に落とすであろう悲鳴をあげていた。これがもし拷問だったら、ジェームスボンドも口を割り国家機密を洗いざらい話すだろう。 そしてキュイ〜〜ンがその役目を終えた時、オレの肌は20歳分年をとり、頭髪は全て坂本龍一なみの白髪に変化していた。 別に誰が悪いわけでもない……。ドクターは正しい。悪いのは虫歯だ。いや、虫歯が悪いわけじゃなくて、虫歯を作るあのヤリを持って三角の耳をした黒いバイキンみたいなやつが悪いんだ。一度あのバイキンとタイマン張らせてほしい。歯を全部抜いてキュイ〜ンで歯茎をえぐって血の海に沈めてやるから。武器を持っているといっても相手は歯の大きさだ。人間にかなうわけが無い。 それにしてもよくインドの歯医者さんは無事に経営が成り立ってるよな……。これだけ治療が地獄で(まあ他のところ知らないけど)なんで患者はちゃんと歯医者に来るんだ?? オレだったら、次回以降はたとえ受付がランジェリー姿の時東ぁみだったとしても、断固として歯医者に行くのは拒否するだろう。おそらくこの経験は生まれ変わっても忘れないので、来世でも拒否するだろう。 再びうがいをした後にようやく接着剤が登場し、元の場所に金属が詰められたと思ったら、綿を噛まされてそのまま待合室で待つように言われる。診察台がひとつしか無いので、寝たままは待たせてくれないらしい。 そして、奥歯で綿を力いっぱい噛みながらそのまま待合室で30分近く放置。薬品やら血やらと混ざった唾液がもう表面張力ほどに口を満たしてきたため、いったん外に出て下水に向かって口を開けると2リットルくらい唾液がドバーーーーと流れて行った。 処置室に呼ばれて綿を取りまた表面をガリガリ削り、そして遂に治療は終了。料金はおそらく良心的な、100ルピーきっかり(300円)であった。 こうしてオレの奥歯は、めでたく元通りになった。草花は鮮やかに色づき、子供たちの笑顔はまるで小さな太陽のようであった。 それから24時間、オレはドクターの指示通り治療していない左側の歯だけを使って食事をした。とても食い辛かった。 今日の一冊は、「ついでにとんちんかん」の続編 ミラクルとんちんかん 1 (ジャンプコミックス) |