〜最果て〜 砂の上でトイレットペーパーを燃やし焚き火をすること2時間。その間みんなで時東ぁみを思い出しつつ萌えろよ萌えろを歌い、手をつないでマイムベッソッソとか言いながら火に迫ったり離れたりし、それなりに日本人の団結を深めることができたと思う。 そして徐々に辺りは白み始め…… 踊り疲れたディスコの帰り…… そろそろ焚き火は必要なくなったようだ。オレたちは砂かけババアの物まねをして、火にせっせと砂をかけ消火した。足で砂を蹴って火にかけたりもしたため、靴に砂が入って気持ち悪くなった。うおらっ!! カスの砂がっ!!! 入ってくんじゃねーよ!! こっちは2日間まともに寝てねーんだよ!!! とりあえずオレたちは外の様子を窺うため、荷物は置いたまま駅の入口に向かった。もうだいぶ明るくなっているな。どうだろう、駅前に都合よく安宿があるだろうか。 ……。 なななななななんだこれは……。 ……砂だ。砂がある。 そして安宿はない。いや、建物が無い。道路が無い。人がいない。そして、あるべきもの全てが無い。 なんだ? オレたちはどこで降ろされてしまったんだ?? 明らかに降りる場所を間違えているではないか。いくらなんでも、こんな駅前の風景があるかっっっ!!!!!!! 太陽系第なに惑星なんだよ!!!!!!!!!! 下の写真は、ワディハルファの駅を出てすぐの景色である。本当に、駅の出口から一歩出るとこの光景が広がっているのだ。客引きがどうとかいうレベルではない。客引きどころか、生命の営みがおこなわれている気配が無い。 ジンバブエにマラウィに、タンザニアにケニアにエチオピア。ここまでアフリカの各国、何十という町や村を巡って来たが、町に到着してこれほどの衝撃を受けたのは初めてである。いや、というか普通この状態を到着とは呼ばないのではないだろうか。これはもしかして到着ではなく遭難なのでは……。 まず、今、この位置この状態からどうすればいいかわからん。オレはアフリカに旅をしに来たのであって、探検をしに来たのではない。そりゃあ、昨日おとといと丸2日間見てきて、もう砂漠は慣れたさ。だが、それはあくまで世界の車窓からだから許されるもんだろうが。40時間も砂漠を見続けて砂漠を見続けて、ああやっと終点の駅に着いた!! いやー、とてつもなく長い砂漠の旅だったぜ……やれやれとようやく電車を降りたのに、到着してもやっぱり砂漠でどうするんだよ!!!!! 町を出せ町をっっ!!! だいたい、これだけ見晴らしがいいにもかかわらず一緒に乗っていた大勢のスーダン人の乗客はどこへ消えたんだ?? 砂の下の失われた都にでもみんなで住んでいるのか?? もしくは砂漠にいるトカゲみたいに保護色になっていて、上の写真には実は砂と同化したスーダン人が50人くらい隠れて写っているなんてことはないだろうな。そんでオレたちがその上を歩くと、1人ずつ食われていくの。 しかし泣こうがわめこうが(別に泣いてもわめいてもないけど)、今目の前にあること、起こっていることは現実なのである。……そうだ、これが旅なんだ!! 突然のアクシデント、予測不可能な環境。先なんて決して読めないのが旅なのである! 関西出身の敬語が喋れないヤンキーボクサーの世界タイトルマッチのように、やる前から結果が決まっていたら面白くもなんともないんだ!!! ということで、最初こそ、3日かけてやっと終点の町についたと思ったら町ではなくただの砂漠だったということで、安達祐実の結婚を知った時くらいの絶望感に打ちのめされたオレだったが、アフリカを長く旅しすぎていつの間にか視力が5.0にまで成長した田神くんがよーく目を凝らしてみると、写真左にある丘のふもとになにやらいかがわしい建物が見えるということだった。そうか。ならばそこへ行こうではないか。たまには若い者の意見に従おうではないか。 ちなみに安達祐実結婚のニュースを耳にした時には一瞬ナイル川に入水自殺したくなるほどのショックに打ちひしがれたのだが、最近のオレはプラス思考で生きていくことに決めたので、今は安達祐実がダメなら最近産まれた安達祐実の娘を狙えばいいじゃんという発想の転換をして、それを新たな希望にがんばっている。20ヵ年計画である。気の長い話だが、心配しないでもオレはその時まで独身でいる自信があるので安心して欲しい。 さて、5人は祭りのあとのキャンプファイヤーを片付け、荷物をヨイセーと持って全員で丘のところまで移動することにした。丘まで移動とひとことで言うのは簡単だが、最初ずいぶん遠くに見えていた丘は、歩けば歩くほどいくら歩いてもやっぱり遠くに見えている。もしや丘もオレたちと同じスピードで逃げて行っているのだろうか。わんぱくなやつめ。 だいたい、砂漠では草原や森よりも強い魔物が出現するし(死のさそりとか)、オレたちも5人が1列に並んでいるため、グラフィックの表示能力を超えてしまい2人は常時点滅している。一刻も早く村にザッザッザッと入って落ち着かねばならない。 ……うーむ。ファミコン版のドラクエを知らないと対応できない話題だ。 それにしても、砂漠を20キロの荷物を抱えて歩くのはきつい。オレはスタスタ歩く女の子たちにだいぶ離され、ひとり取り残されつつ砂に足を取られなんとか前へ進もうともがいていた。しかし離されているといっても、これは別にオレが女の子2人よりも貧弱だからということでは断じてない。くそ……この膝……この左膝の十字靭帯さえ断裂していなかったら!!! あの時幼子(おさなご)を守るため踏み切りに飛び出していたりしなければ!! そしたらこんな惨めな思いはしなくて済んだのに!! ……いや、でもオレは後悔していないよ。若い命を助けるためなら、足の1本くらいなんだっていうんだ。 貨物車から自転車を取り戻したやさしい田神くんは、1人で丘と日本人パーティの間を何度も往復し、女の子たちの荷物を運んでやっている。 ……。 なんていやらしいんだ!!! この期に及んで親切作戦でモテモテレースから一歩抜け出ようとするなんて!!! 今まで正々堂々と、小細工なしでオレとモテモテトップの座を争いデッドヒートを繰り広げていたのに、ワディハルファまで来て、最後の最後に車で女を釣ろうというのか!!! この道楽息子が!!! ワディハルファまで来て道楽か!! そしてオレが1人集団から見放されて力尽き、蟻地獄に捕捉され砂漠にズブズブと沈もうとしていると、女性の荷物を運び終えた自転車少年Tがリンリンとやって来た。 「作者さ〜ん、がんばってくださ〜い。じゃあ僕が背負って行きますから、バックパック貸してください」 「……」 ふざけんなこらー!!! 敵に塩を送っているつもりか!!!! 上杉謙信のモノマネをしてるつもりかっ!!!!! 全然似てないんだよ!!! だいたいなー、年下のライバルの情けを受けるくらいならここで干からびた方がマシだ!!! ということで、一応怒ったとはいえオレも田神くんに荷物を運んでもらい、結果やっとのことで女性陣に合流することができた。もちろん敵の情けを受けるくらいなら干からびた方がマシだという真摯な気持ちはウソではないが、でも疲れたんだもん。しょうがないじゃん。フッ……、なんだかんだ言っても体は正直だな。いやー、それにしてもよく働くリーダーだ。今日からキミのことは、その精力的な動きに敬意を込めて北アフリカのダイナモと呼んでやろうではないか。そしてオレが南アフリカのダイナモだ。またこれでモテ勝負は引き分けだな。 その丘のふもとの建物は、なんともラッキーなことに宿であり、そこを基点にポツンポツンと小さな建物が点在している、打ち捨てられたような村が出来上がっていた。いや、村と呼ぶことすら抵抗がある。村というより、砂だ。そもそもワディハルファは「国境の町」という位置づけになっているようだが、断じて町などではない。ここを普通の町とするならば、八つ墓村レベルの村ですらメトロポリスと呼ばなくてはいけなくなるだろう。 まあそれはともかく、旅人にとって宿というものは三谷幸喜のドラマにおける戸田恵子のように重要なものだ。なには無くても宿である。オレたちはすぐさま、何の躊躇もなくその宿にチェックインをした。2泊3日を電車の中で過ごしたあげく目の前の砂漠に絶望していた直後に宿が現れたのである。もしこれがジェイソンの館でもオレたちはチェックインしていただろう。 5人で2部屋を取り、オレと田神くんとマリさんが同部屋となった。しかし……。この宿は宿といっても建物であって建物でなく、ただ砂漠の上に長屋が並んでいるようなもので、部屋から出るとすぐ砂漠なのだ。しかもそれだけではない、なんと部屋の中も砂漠なのである。薄っぺらい木のドアを開けると、砂の上にベッドが3つ並んでいるだけなのだ。今までホットシャワーが無い宿、夜には電気がつかない宿、窓の無い宿など様々な宿があったが、床が無い宿はさすがに初めてである。いくらワディハルファといえ、料金をとって宿泊者を泊めるれっきとした宿なんだから、床くらい作れと言いたい。 しかし、それでも今日こそはベッドの上で、体をおもいきり伸ばして寝られるのである。なんと嬉しいことであろうか。1人に1つのベッドがある。体を伸ばして寝れる。それだけでいい。 「じゃあ、僕はちょっと港を探しに行ってきます。でエジプト行きの船のことについて聞いてきますね」 相変わらず面倒見のいい田神少年は、率先して嫌な仕事を引き受けにかかっている。自分だって疲れているだろうに、いや、むしろ全員の荷物を自転車で往復して運んで、この中で一番疲れているのが田神くんのはずなのに、それなのに自らを犠牲にして、みんなのために役に立とうとしている。 ……正直、オレは自分が恥ずかしくなった。隙あらば彼を貶め、リーダーの座を奪いモテなくしてやろうとばかり考えている自分が。 Tくん、今回ばかりは心を動かされたぜ。オレはこんなに他人のために自分を犠牲にできる人間は、田神くんの他には自分の顔面を引き千切ってそのへんのガキに食わせるアンパンマンくらいしか知らない。 「田神くん……いいよ。キミは行かなくていい」 「え? でも、船のチケットも買わなくちゃいけないし、どこから乗るのかも調べなきゃ……」 「オレが行く。自転車貸してもらっていいかい。キミはゆっくり休んでなよ」 「いいんですか? でも僕の自転車、荷物いっぱいくっついてるから漕ぐの大変ですよ」 「なめんなよ! オレだってまだ20代だ。自転車くらい乗れるんだよ。……じゃ、とりあえず行ってくるわ」 田神くん……みんな……、オレにもたまにはリーダーらしいことをさせてくれ。いつもいつも年下の少年に甘えてばかりいるわけにはいかない。体調もだいぶ回復してきたし、今度はオレがキミを助ける番だ。 オレは部屋の前に立てかけてあったタガミ印のアフリカ縦断用自転車に飛び乗った。ああ、眠い……疲れた……。でも、誰かが行かなくちゃいけないんだ。不器用で自分を表現するのが苦手なオレは、せめてこういうところでみんなの役に立ちたいんだ。 そして、オレは颯爽と砂漠に向かって漕ぎ出した。 ……。 ぬおーーーーーーーーーーー!!!!!!! く、くくおおおおおっっむおおおおおお!!!!!!!! ……。 ぐおおおおおおおおおっっっ!!!!!!! へやっ!! へああああああああっ!!! おりゃーーーー!!!! ……。 ペダルが動きません(涙)。荷物が重すぎる上にタイヤが砂に取られて1mたりとも進みません(号泣)。 「た、タガミくん、この自転車、全然動かないね……(笑)」 「でしょう? 途中で遭難しても大丈夫なように装備品たくさん積んでありますからね」 「……じゃ、じゃあ、歩いて行ってくるよ。オレが言い出したことだし。行ってくる。歩いて探してくる」 「いいですよ、僕行きますから。作者さんは一休みしててくださいよ」 「……」 ううう……。 オレが行くよ、と風のように自転車にまたがったはいいが、ペダルを漕ぐ力が無いため宿の敷地からすら出られなかったオレ。そんなオレを笑うでもしかるでもなく、田神くんは砂漠の上をぐいぐいと、愛車を漕いで走って行った。 わっはっは。 オレかっこ悪い? ねえ、オレかっこ悪い?? ……いいや! 違うね!! かっこ悪くなんかないね!!! ただ、貧弱なだけだね。そうじゃなく、ペダルを漕げる漕げないの部分よりも、オレが率先して港に行こうとしたっていう、その気持ちを評価してほしいね。そこを褒めて伸ばすべきだよね。これからのことを考えたら。 とりあえず、オレは食中毒で倒れてからほぼ飲まず食わずで3日間電車で過ごしたことの疲れ、そして自転車を漕げなかったという精神的ダメージから、バタンキューと砂の上に転がるベッドに倒れ込んだ。くそ……オレをこんな地球の最果てにいさせているのは誰だ……。 今日の一冊は、1人の体の中に24人の心が棲む 24人のビリー・ミリガン〔新版〕 下 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫) |