〜バチが当たる2〜





↓使いこまれたモップ犬(ダスキン製)。そろそろ洗った方が。




 裸王国の国王(朕)が裸で発熱してから、今日でちょうど1週間。37度から始まり、だんだんと体温は上昇しており昨夜は39度。このまま行ったら来週中に40度を突破、1ヶ月後には
人類初の体温60度台に突入である。そして半年経ったらもはや温度計でも計れない100度超え。煎じ立てのお茶を飲むより、オレとキスする方がずっと熱いぜ。ヤケドするぜ。気道熱傷で挿管の必要があるぜ。
 おっと。医学生だった頃の癖で、つい専門用語が出てしまったぜ……。

 熱の苦しみ、関節肩腰の痛さに勝るとも劣らない厄介者が、激しい咳だ。もうどうにも止まらない。「よし、もう咳をするのはやめよう。健康にもよくないし、今日から禁咳だ!!」と決意してリビングに「禁咳」と書いた張り紙を貼ってがんばっても、しかし肺と喉が全然言うことを聞かないのだ。
 肺さあ……、今までオレが何かおまえに強く言ったことがあるか? ないだろう? 子供の頃から、オレはなんにも言わなかったじゃないか。な、
お父さんおまえにこうやって命令するのは初めてだよな?? だから、今回はどうか聞いてくれんか?? 咳を止めてくれんか???
 喉だってそうだよ。
いつも美味い物食べさせてやってるじゃねえかっ!! なあ、一度でもおまえにひもじい思いをさせたことがあるか?? みすぼらしいチンコ(喉チンコ)がぶらさがってるからって馬鹿にしたことがあるか?? 無いだろう?? 「腹が出てきたからこれ以上甘やかすな」って注意された時も、それでもオレは近所の目なんて気にせずおまえの欲しがる物を与えてきたさ。誕生日とか給料日には、寿司まで食わせてやったじゃないか。それなのに主人のオレが苦しい時に言うことを聞かないとは何事だっ!!! 恩を仇で返す気かテメー喉っっ!!!
 ……なに? なんだよ喉。え? たまには回ってない寿司を食わせろって? 
せめて回転でもいいから最安値以外の皿を取りたいって?? だいたい、誕生日にひとりで回転ずしに行ったりしてるから、毎年誕生日が近づくたびに悲しい気持ちにしかならないんだって???




 …………。





 
うえ〜〜ん(号泣)。 ←高熱で弱っている



 くそ、
この贅沢もんがっっ!!! おまえは他の誰でもない、オレの喉なんだよ!!!! 回らない寿司とか目の前で焼かれるステーキなんて食える立場だと思ってんのか!!! 身分をわきまえろテメエッ!!! おまえはそんなもん一度も食えないまま死んで行くんだよっっ!!! そんなに珍しい物が飲みたいなら、行楽地で日本刀でも飲んでやろうかっっ!!!!
 この親不孝者め。
ゴホゴホゴホゴホゴホオーッホオーッホオーッホッ!! へーー、へーー。助けて……(涙)。息が出来ない……。
 咳のし過ぎて腹筋がすごく痛いが、1週間水と果物とひと口のフォーしか食ってないので筋力は低下するばかり。何か喋ろうとしても全部咳になってしまい、話すことも出来ずただ腹を抑え咳き込む日々。あまりに咳が止まらないものだから、ルームメイトと意志の疎通を図るために
「咳←→日本語(英語)対応表」を作ったくらいだ。例えば「ゴホ」は「はい(Yes)」、「コンッ」は「いいえ(No)」、「ゴホゴホゴホオーッ」は「調子が悪い(not good)」、「ゴホオーッホオーッ」は「水を買ってきてくれませんか(Would you buy a bottle of water for me?)」。

 そんな弱々しく母性本能をくすぐるオレの姿をさすがに見かねたのが、裸王国の裸大臣Hさんと、野ぎくちゃんであった。ちなみに野ぎくちゃんは一度国境付近のサパという少数民族の村に行き、まもなく130歳になるという長老により厄払いを受けていたのだが、昨晩列車の脱線とタクシーの横転にもめげずに無事この部屋に帰って来たのだ。さすが厄払いを受けただけあって、彼女の首を絞める老婆の霊は1体減り
2体になっている。
 いや、
まさか1人はオレの喉を絞めているんじゃねえだろうな……。
 ともかく、Hさんと野ぎくちゃんが2人してオレの心配をしてくれた。



「ねえ作者くん。そろそろキミはやばそうだから、病院に行った方がいいよ」


「ゴホゴホゴオーッホオーッ(そうなんだけど、あんまり外国の病院にいい思い出がなくて……)」


「でも作者さん、1週間前に見た時と今では、別人のように弱っているよ……(涙)。旅行保険に入っているんなら行ってきなよ。私はもう保険期間が切れちゃっているからダメだけど……(涙)」


「ゴホゴホーゴホゴホオーッホオーッ(そんなに弱っていますか。ダイエット広告のビフォアとアフターみたいですか)」


「このまま放って置いても絶対に治らないんだから。それか、いったん帰国することも考えた方がいいよ」


「ゴホゴホゴホ(号泣)(帰国したいけど帰国なんていやだ(号泣))」


「じゃあ病院に行きなよ(涙)。ここは首都だし、アフリカとは違うんだからちゃんとした病院だと思うよ(涙)。私は保険期間が切れちゃってるからかかれないけど(涙)。私は保険期間が切れてるしお金もないからダメだけど(涙)」



 そ、そうだ。良く考えてみれば、ここはスーダンやインドではなく、東南アジア、ベトナムの首都ハノイではないか。全然病院に行けるじゃないか。バンコクの外国人向け病院が
ハイパーセレブ高医療高機能高級アメニティ完備のヒルトンホテル風だったことをすっかり忘れていた。
 早速旅行保険の冊子でハノイの病院を調べると、見事に「インターナショナルSOS」という外国人向け、さらに日本語が通じるという救世主、治療施設、まさに
このオレを治療するための施設が見つかった。ここだ。オレが頼るべきはここしかない。

 すぐに落ちていたタクシーを拾い、噂のインターナショナルSOSへ。ホアンキエム湖という長細い湖を越えてしかし意外と宿から近隣にあったその病院、ビルではなく2階建てくらいでわりとこぢんまりとしていたが、まさにインターナショナルにSOSの外国人を治療しそうな、頼れる最新鋭の建物外観であった。
 オレは苦しみながらも希望の光に照らされ、「エースオーエス! エースオーエス♪」とピンクレディーのS・O・Sを衰弱した体で歌い踊りながら病院の自動ドアをくぐった。
男は狼なのーよ♪ 気を付けなさーいー♪ このひとだけーはー 大丈夫だなんーてー、うっかーり信じたらー ダメダメ、ダメぇダメ、ダーメダメよー!



「日本人の方ですね。どうなさいましたか?」


「あの、少し前から熱が出て、咳も止まらなくて……(涙)」


「旅行保険には加入していますか?」


はい、野ぎくちゃんとは違いしっかり加入しております。ここに契約者のしおりと契約書、パスポートなども全て揃っております(涙)」


「ではこの用紙に記入をお願いします。そうしたら、お名前をお呼びするまでそちらにかけてお持ち下さい。この体温計で熱を計っておいて下さいね」


「はい〜〜〜〜(号泣)」



 …………。
 みんな、聞いてくれ。
受付のお姉さんが、日本人だ(号泣)。
 やっぱり東南アジア、
スーダンとは違う(号泣)。来て良かった……。この内装の清潔で綺麗なこと綺麗なこと。外観も内装も、外から見ても内から見ても両方ともこんなに潔白で美しいなんて奇跡だ。まるでオレじゃないか。
 ……ただ、今から少し気を引き締めなければいけない。この体温測定の結果は重要なポイントである。
今この場では、少しでも高い数値を叩き出さなければいけないのだ。だって「熱が出て苦しいです」と言って病院にかかりに来ているのに、36度台なんて出そうものなら狂言病人じゃないか。お医者さんだって「えっ、36度だったの? あっそう。じゃあもう治りかけてるんだね」と思ってしまうじゃないか。だからこそ、ここで見事に高熱を出してこそ、ちゃんと診察してもらえるのである。有言実行な姿を示してこそ、辛さがわかってもらえるのである。

 オレは気合を入れた。残っている、全ての気力を脇の下に集中だっ!!! 頼むぞ脇!! 今だけはオレに力を貸してくれ!!! おまえの持っている力を全て出しきるんだっ!!! 
見せてみろ脇役の根性を!! ここが一世一代の勝負どころっ!!! おまえの晴れ舞台なんだ〜〜っ!!!

 ピピッ



「計り終えたみたいですね。じゃあ持って来ていただけますか?」


「は、はい……どうぞ……」



 オレは気力を使い果たしヘロヘロなりながらお姉さんに体温計を渡した。見ろ、この辛そうな姿を。顔色や歩き方だけじゃない。
きっちり体温計の数字で示してるんだ。結果を出してるんだよオレは。



「えーと、36度4分。熱は無いみたいですね」


「えっ……」




 
なにいいいいいいい〜〜〜〜っっ!!!!! 36度4分だとお〜〜〜〜っっっっ(号泣)!!! なんでだ!! そんなはずないっ(涙)!!! オレは熱があるんだよっ!! 昨日の夜なんて39度だったんだぞっ!!!! 違う!! こんなの間違ってる!! 待って下さい! これは僕の本当の実力じゃないんですっ!!! 本当はもっと出せるんです(号泣)!!!!


 しかし再挑戦させてくれというオレの願いも虚しく、お姉さんは36度4分という完全に平熱な結果を診察用紙に書き入れた。む、無念……(号泣)。そうだ、きっと今は朝だからだよ。いつも朝は体温が低いもん。
オレは夜型の人間だから!! その分ちょっと加算してくれないと困ります(涙)!!! 正当な力が評価されていません!!!



「それでは作者さん、診察室にお入り下さい」


「はい〜〜(号泣)」



 奥の診察室に進むと、そこにいたのは日本人の女医さん、英語ぺらぺらで超カッコイイ名医、エノモト先生であった。ああ日本人のお医者さんって、海外で出会うとこんなにも心が癒されるんだ……(涙)。



「えーと、熱は1週間くらい前から? でも今日は平熱だよね」


「違うんです〜(涙)。それはたまたまちょっと調子が悪かったというか、たまたま調子が良かったというか、朝だから力を出し切れなかったんです〜(号泣)」


「頭痛とか吐き気はある?」


「それなりに……。でもひどいのは関節の痛みと咳です。とにかく咳が止まらなくて……今は止まってますけど……って
なんで止まってるのよ!!!」



 そういえば、なぜか病院に来てから全然咳が出ていない。……ちょっと待ってくれ。熱が無い上に咳も出ていなかったら、
オレは健康な人ではないかっ!!! 関節の痛みは外見じゃわからないしっ!! なんで病院にいる瞬間だけタイミング良く症状が収まってるんだよ(涙)!! 病院にいない時には高熱で咳が止まらなくてめちゃめちゃしんどいのにっ!!! メシも食えないのにっ(号泣)!!!
 どうしよう。咳を出そうか。わざと激しく咳をしてみようか。苦しそうな姿を見せないと!! 平気だと思われたくない!! だって、今は出なくても普段咳が出るんだから今咳をしても完全にねつ造っていうことにもならないと思うし!!!



「じゃあちょっとこっちを見て」


「はい〜(涙)」



 エノモト先生はライトでオレのいつもはピュアだけど今だけ濁っている瞳を照らして、左右のキラめき具合をチェック。



「口を大きくあけて! アーン


ア゙ーーン オエッ」


「はいいいよ。うーん、なんともなさそうなんだけどねー



 ええっ……?
 
そ、そんなっっ(号泣)!!!! 待って下さい先生!! これは違うんですっ!!! 今の状態は、仮の姿なんですっ(涙)!!! 今日は病院に行くため早起きしたから、調子が出てないだけなんです!!! 体が暖まれば熱も咳も普通の人以上に出せるんですっ!!!!

 先生、もしかして、
オレのことを嘘つきだと思ってるでしょう(涙)?? 36度4分で咳も出てないのに、「高熱があって咳で苦しいんです〜(泣)」と言って病院に来たオレのことを大袈裟な奴だと思ってるでしょうっ!!! モンスター患者だと思ってるでしょうっ(号泣)!!! 違うんです! 僕はそんな人間じゃないんです!! 信じてエノモト先生〜〜〜(号泣)



「念の為にレントゲンを撮っておこうか。あと、辛かったら点滴して行く?」


「レントゲンお願いします。辛いので点滴もお願いします。だって、
ほんとにつらいんですもの。嘘じゃないんですもの(号泣)」



 ……悔しい。オレは、
負けたのだ。勝負どころで力を出せずに、病気に、そしてエノモト先生に負けたのだ。きっとこんな設備のいい病院に来れて、名医のエノモト先生にかかれたという時点で油断が生まれてしまったのだ。これは、ある意味オレの責任。自分が不甲斐無いための敗北。いつも通りのパフォーマンスが発揮出来ない自分が本当に情けない……。
 オレは検査室で胸のレントゲンを撮ると、処置室に移りストレッチャーに寝かされ点滴を受けた。だるい。体が痛い。このまま風邪薬をもらって飲んでいれば治るのだろうか? 今朝を境に良くなっているのだろうか? 自分自身では、このまま帰っても治る気はしないのだけど……でも、特に症状がない限り、どうしようもないし。やっぱりオレは負けたのか。このまま大人しく帰るしか無いのか。ああ……(涙)。

 そのまま負け犬のオレは敗北感に浸りながら点滴を受けていた。プラスチックのパックから1滴ずつ落ちる薬剤を見つめながら……。
 1時間で終わる点滴の8割がたが無くなっていたので、45分くらい経過しただろうか? そんな時エノモト先生が、オレの胸のレントゲンを持って入って来た。



「あ、キミ、レントゲン見たらね、すっごい肺炎! 入院ね


「えっ!!」







 …………。










 
キターーーーーーーーーーーーーッッ!!!!!!




 みなさん、
聞きました今の? 肺炎ですよ。肺炎。誰もが認める立派な病気じゃあないですか。しかもただの肺炎じゃないよ。すっごい肺炎だよ。入院だよ。

 
まさに一発逆転の大勝利だっ!!! 見たかっ!! 本当にちゃんとした病気だっただろう!!! そうだよオレは決してウソつきじゃないんだっっ(涙)!!! 救急車をタクシー代わりに使うような、病院を困らせる患者なんかじゃない!! 本物の病人なんだっっ(号泣)!!! やった! やったぞっ!! エノモト先生! 少しは僕を見直してくれましたよねっ!? 今、「すっごい肺炎!」「すっごい」の部分に僕に対する「すごいねえ」っていう尊敬の気持ちも入ってましたもんね!!!




 …………。




 
くるしい〜〜〜〜〜っ(涙)。肺炎だったんですね〜〜(号泣)。なんでだ〜〜なんでこんなところで肺炎なんかに罹らなきゃいけないんだ〜〜〜っ。しかもすっごい奴に。冗談じゃないぞ〜〜(号泣)。




「ほら、これが肺なんだけど、ほとんど全部黒い影でいっぱいでしょう。こんなに大きいと思わなかった。辛かったでしょう」


「はい〜〜(号泣)」



 うう……。先生、
そうなんです。辛かったんです(号泣)。やっとわかってもらえた〜〜嬉しいよ〜〜ああ本当に嬉しい〜〜(号泣)。嬉しくない〜〜そんなひどい肺炎なんてマジでいやだ〜〜〜(号泣)。



「すぐ治療するから。点滴終わっても帰っちゃダメよ」


「先生、今夜は僕を帰らせない気ですね〜?」



 それから看護婦さんが(看護婦さんはベトナム人)何やら大袈裟な吸入機を持って来てくれ、透明なカバーをマスクのように装着しキューーポーーキューーポーーと薬剤入りの空気を吸う治療が始まった。この姿は、まるでテレビドラマでよく見る重病人ではないか。なんか金がかかっている気がする。だがこれもオレが口だけでなく、
肺炎という結果をきっちりと見せたからこそ受けられている特別な治療なのだ。その辺の、ちょっと調子が悪いくらいで病院に来るじいさんやばあさんじゃやってもらえないぜこれは。くそ〜〜なんで肺炎なんかにっ(号泣)!!

 エノモト先生が、恰幅のいい白人の院長先生を連れて来た。オーストラリア人のブルース・ミラー医師ではないだろうか(ググったら出てきた)? ともあれなんだか、今から院長先生よりオレの病状の説明があるらしい。
 オレ、
死ぬの??
 名医のエノモト先生が、早口の院長医学英語を魔法のようなスピードで通訳してくれる。



「ペラペラペラペラペラペーラペラペーラ」


「ちょっとキミは症状がひどいのね」


「ペラペラペラペラペラペーラペラペーラ」


「もしかしたら細菌性の肺炎かもしれないのね」


「ペラペラペラペラペラペーラペラペーラ」


「だから入院して抗生物質を投与して治療する必要があるの。一度ホテルに戻って、荷物をまとめてすぐに帰ってらっしゃい。治療費は保険会社に請求出来るから大丈夫よ」


「ぺ、ぺらぺ〜らぺらぺ〜らそうですか。入院か……。じゃあ、ちょっとタクシーで宿まで往復してきます。どうか名医のエノモト先生よろしくお願いします」


「ごめんね、明日と明後日は土日だから、私はお休みなの。でも他のスタッフがちゃんと面倒見るから」


そんな〜〜〜(号泣)。先生、お休みならしょうがないです〜〜(涙)。もっと早く病院に来ていれば良かった……(号泣)」



 本当にそうである。調子が悪くなってすぐに診察に来ていれば、治療も早かっただろうしなにより無駄に苦しむ日数がずっと少なかったはず。でも、今が江戸時代だったらレントゲンもこんな立派な吸入機も無いし、苦しみ疲れて息絶えるまでひたすら呻き悶えるしかなかったんだろうな。思えば、アメリカで手術した盲腸もそうだ。
少なくともオレは、近代に生まれていなかったら既に2回死んでいるということになる。近代医療さん、ありがとう。平均寿命というのは、こうやって伸びて行くものなんだな。

 すぐにタクシーで宿に戻り、ルームメイトの面々に結果を報告。ごめんみんな。1週間ずっと咳しっぱなしだったから、
もうこの部屋中の空気で細菌が含まれていない部分は無いと思うよ。
 その瞬間から当然のことながらオレ自身が細菌扱い、仲間だと思っていた奴らから枕や灰皿や空のペットボトルやタバコを投げつけられ、重病人なのに誰にも助けられず重いバックパックを抱えてオレは泣きながら宿をチェックアウトした。
 そのまま病院に戻る。入院だ。入院。いいかよく聞け、
この安宿に泊まる貧乏人どもがっ!!! 東南アジアの病院がどんな設備か知っておろう! あのバンコクで見た貴人たちの世界。エアコンバストイレテレビ冷蔵庫バルコニーソファ個室アメニティー完備の夢の世界へ。入院は1泊300ドルらしいから(もちろん保険で下りるのよ)、おまえらが泊まっている安宿の150倍の料金である。身分が違うんだよ身分が!! 昨日までのオレとは違うんだよ!!! 気安く話しかけるんじゃねえっ!!!!

 オレはあのバンコクでデング熱に冒された南海の黒豹さんの病室を見た時、心から東南アジアで入院したいと思っていたのだ。まさか実際に念願が叶うなんて。だからオレ肺炎になったのかな……。
 もはや体調が悪いことも半分忘れてスキップをしながら病院の受付に向かったが、しかしただひとつだけ気になることがあった。この病院、たしかに近代的最新鋭の外観をしているのだが、どうも入院出来るような病棟があるように見えないのだ。なにしろせいぜい2階建ての高さ。いったい病室はどこに? その、未知なる2階部分にゴージャスヒルトンシェラトンリッツカールトン病室があるのだろうか?

 受付を済ませ、看護婦のベトナム人お姉さんに連れられてまずは先ほど点滴を受けた処置室へ。また何か処置を受けてから病室へ移動するのだろうか? と思ったら……



「じゃあここに荷物を置いて、横になってね。ここにステイするから


「ここって、ここですか? 病室のベッドではなくて、このストレッチャーの上ですか? そうですよね。いえ、別に文句があるわけではありません」



 …………。

 
いやだ〜〜〜っっ!!!! なんでこんなところにっ(涙)!!!
 どうやら予想通り、残念ながらこの病院は入院するような立派な病室は設けられておらず、オレは当然トイレもシャワーもソファーもテレビもバルコニーも無い普通の処置室で、ストレッチャー(患者を寝かせて手術室に運ぶようなゴロゴロ転がるアレ)に乗せられて入院生活を送ることになった。
 念願叶ったはずなのに、
このバンコクとの違いはなんですか(号泣)。
 いいです。いえ、いいんです。シャワーは我慢します。共同トイレ使います。最新鋭の治療が受けられるわけですから、それだけで充分です。僕にそう言わせるものが、エノモト先生とこの病院にはあります。

 そのまま夜に。定期的にマスクを付けて吸入機で薬品を吸入し、抗生物質を点滴と飲み薬でひたすら投与する。
 しかしやはりオレは夜型だったようだ。夕方を過ぎると咳が出始め、消灯後もそろそろ寝ようと思ったところでやっぱりゴホゴホゴホオーッと波がやってくる。今日病院に来たばかりなので当然ではあるが、まだ治る気はせず、慣れない場所での暗闇が不安を煽る。
 私はちゃんと回復するのでしょうか。それとも帰国しなければいけないのでしょうか。教えてエノモト先生♪




ハノイの路上甘味屋にて





今日のおすすめ本は、ちょうどこの時ベトナムで読んでいたんですよ…… こころ (新潮文庫)






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