〜人をバカにする〜 ということで、今日でホーチミンシティそしてステファンともお別れである。なんだか尻が痛いなあ。ちょっといきなり使いすぎちゃったかしら…… 「それじゃあまた。長いこと泊めてくれてありがとう。そして、新しい世界への扉を開いてくれてありがとうステファン。すごく新鮮で衝撃的だったわ」 「気にするな。オレもそのうち日本に行くと思うから、その時にでも会おう。必ずフクオカにネイクドユミカを見に行くから」 「意外と本気だねあんた。友人との別れ際にまでネイクドユミカの話をするか……」 「作者も都合がついたら一緒に温泉にネイクドユミカを見に行こうぜ」 「さすが社交性のあるスケベ。ネイクドユミカを見る時もオレを誘ってくれるんだね。もうこの際、国民全員がネイクドのネイクドキングダム(日本語訳:裸王国)を共に作ろうじゃないか。オレがみんなから推されて国王をやるよ。服を着ている人間は逮捕だ!!」 「さすがカリスマ。じゃあその日を楽しみにしてるぞ」 「OK。それじゃあまたな! グッバイ! ネイクドキングダムばんざ〜い!! ステファンばんざ〜い(号泣)!!」 「ネイクドキングダムばんざ〜い!! 作者ばんざ〜い(号泣)!!!」 こうしてオレたちは涙々の別れでホーチミン中の市民のもらい泣きを誘い、全ての小中学校ではオレを送り出す励ましのチャイムが鳴らされ、ステファンとホーチミン市長、そして沢山の市民たちに見送られて、オレは投げキッスをしながら長距離バスに乗り込んだのであった。 ホーチミンからほぼまっすぐに北上し、海辺の町ニャチャン、なんとなく町並みが古いということで世界遺産になっているホイアン、フエを経由して首都のハノイまで。この行程、合計で約1週間。 ニャチャンでは、車に撥ねられて入院したおかげで保険金ががっぽり入り、そろそろ入院にも飽きたので保険金でベトナム旅行に来たという一見ヤクザ風、実は腕利き大工の日本人フジッコリンさんという組長とドミトリーで同部屋になった。入院をしなければならない怪我なのに病院を抜け出してバックパッカーをしているという点が既に事故で頭をやられた人の行動だが、しかしそれ以上にオレが個人的にツボに入ったのは「フジッコリンさん」という名前の方であった。 なにせ、丸刈りでゴツゴツしていて目つきが悪くて口ひげを生やしている彼は、本当にどこからどう見ても暴力団の構成員にしか見えない。「問題です。この人は、人間かヤクザかどちらでしょう?」という二択問題を出したら、小学生の97%は「ヤクザ」と答えるに違いない。もしジャングルの別れ道で右の道にマレー虎が、左の道にフジッコリンさんの姿が見えたら、間違いなく全員右の道を進むと思われるほどの、野生の虎以上の殺気なのである。 オレは最初部屋に入ってフジッコリンさんを見た時、間違えて安宿じゃなくて組事務所にチェックインしてしまったと思ったほどだ。彼を撥ねた車の運転手は、今頃鉄砲玉を恐れてアルゼンチンあたりに亡命しているのではなかろうか。 ともかくそんな彼が自ら「フジッコリンって呼んでください♪」と名乗り、その通りルームメイトもみんな彼には「フジッコリンさ〜ん」と呼びかけているのである。仮にこれが「フジッコさん」だけでも十分可愛いし、「コリンさん」だけでも十分お茶目だ。それが両方合わせてフジッコリンさんなのである。多分本名が「藤○」さんなんだろうが、「フジ殺しさん(ふじごろしさん)」と呼んだ方が確実にしっくり来る非カタギな人が自ら「フジッコリンさん☆」を名乗っているというのがあまりにもおかしく、オレは何度かフジッコリンさんの顔を見るだけで笑ってしまい、その度に銃底で後頭部を殴られ気を失った。 ……散々書きましたが最後にフォローしますと、こう見えても彼は仕事は出来るし仲間思いで気の優しい職人さんで、みんなとトランプをするのが大好き、ドミトリーの共同トイレでは汚くて用を足せないのでわざわざビーチのホテルに綺麗なトイレを借りに行くという、とっても繊細な心の持ち主なのです。 ↓命がけで春巻きをつまむフジッコリンさん フエではベトナムの軍事境界線を回る「DMZツアー」というものに参加した。そこで訪れた中にケサン基地というベトナム軍の基地跡があったのだが、「ケサン基地」という単語をケの後で区切ると「ケ・サンキチ」で田舎の子供の名前みたいになるなあ、ズッコケ三人組のモーちゃん(奥田三吉)と同じ名前だなあとふと思いついて、オレは面白かった。だからどうした。 ケ・サンキチ ホーチミンからハノイまで、長距離バスの乗車時間は合計44時間。普段のオレなら苦痛で脈が止まり昏睡状態でコード・ブルーが発令、すぐにドクターヘリの出動要請が出されるほどの無謀な長距離移動だが、ベトナムに限っては毎回移動の度にフジッコリンさんグループ(マフィア風)や野ぎくちゃん(死神風)が一緒だったため、なんとか退屈せずに移動することができた。 そう、ここでも登場する野ぎくちゃん……。ベトナムは縦に長いためだいたい旅人の取るルートは同じ、すなわち移動時の顔ぶれは決まってくるのだが、遂にフエからハノイに向かうバスで、オレは不幸を背負った野ぎくちゃんとバスで隣の席になった。 なにしろ、野ぎくちゃんといえば変身する前のラッキーマン・追手内洋一(ついてないよういち)とジャンケンをして負ける唯一の人間だといわれるほどの不幸体質な女性だ。オレが会ったほんの数日のうちに買ったばかりのスカーフをなくし靴をなくしネックレスをなくしカメラを壊し注文した料理は出てこずナイフで指を貫いた、一時はルームメイトの間で「彼女のためにみんなで少しずつ募金をしようか」という提案がなされたほどの不運な女性だ。 そんな彼女の隣に座るというのは、ある意味賭けだ。もしかしたら野ぎくちゃんが呼び寄せた巨大竜巻にもろとも飲み込まれるかもしれないが、逆に強盗が乗り込んできて銃を乱射したら弾は全て彼女に当たるだろうから、避雷針的な役割で使えることがあるかもしれない。どちらに転ぶかは、おそらくこの夜行バスに乗っている間に明らかになるだろう。ここでぜひ検証しようではないか。 ※食事中の方、野ぎくちゃんファンの方はここから先は読むのをおやめ下さい。 フエを出発し、8時間ほどが経過した深夜1時。バスの中は照明が落とされ真っ暗で、窓際に座っていたオレは寝られないながらも窓枠によりかかって目を閉じ、世界から貧困と戦争がなくなることを一人無心に祈っていた。 するとそんな時に突然、オレのま後ろに座っていたイスラエル人(ユダヤ人)のヒッピー風旅行者が、「ゴヘェッ!! ゴハッ、ゴエーッ!!」てな感じのものすごい咳をし出した。なんだ? 体調でも悪いの?? 死ぬの?? でもドクターヘリは呼ばないよ。あれはセレブ用だから。キミは黙って死んで行くといいと思うよ。 するとその直後、今度は隣の野きくちゃんが「キャー! なんか水が降って来た(涙)!!」と叫び出した。なんだ今度は。雨漏りか? ヨダレか?? そうしているうちにヒッピーの連れが運転手に言って車内の電気を点けてもらったのだが、オレが振り返ると、後ろの座席でユダヤ人が思いっきりゲローーと戻していた。そう、今しがたの激しい咳は、咳ではなく壮烈な嘔吐だったのだ。何やってんだよっ!! 気持ち悪いなあオイ!!! …………。 ということは……、 たしか今オレの隣で「水が降って来た」と叫んだ奴がいたな……。 ぎょわーーーーーーーーーーっっっ!!!!!! オレが恐る恐る噂の野ぎくちゃんに目をやると、たしか乗車時に紫色のTシャツを着ていたはずの彼女は、なぜかいつの間にか白玉模様のシャツに着替えていた。いや、違う。シャツだけでなく、首(もちろん地肌)にまで白玉が散乱している。これは……(号泣)。 ありがとう。 オレの代わりに、ユダヤ人の胃液と消化されかかった食物の混合物をかぶってくれてありがとう。 これは凄い。吐く時に下でなく前に飛ばすユダヤ人も凄いが、彼はオレのすぐ後ろの座席に座っているのである。そんなところで盛大に吐いているのに、本来頭から白い粘液を被るべきポジションのオレに1滴も付いておらず、その隣の野ぎくちゃんばかりに白い液体が点々と初雪の日の草原状態なのである。…………野ぎくちゃん、君はいつもホームページでモテないモテないと嘆いているが、何を言うんだ。キミは愛されている。こんなにも不幸の女神(=死神)に愛されてるじゃないか。 彼女はまさかバスの中で着替えるわけにもいかず、隣のオレからは「近づかないでっっ!! あっち行って!!!」と怒鳴られ、ヒーヒー呻き泣きそうになりながらトイレットペーパーで体に付いた見ず知らずの外国人の嘔吐物をネチョネチョと拭っていた。 ……これは、いいかもしれない。野ぎくちゃんが近くにいれば、自分に降りかかるはずの簡単なアクシデントは全て持って行ってもらえる。セコムより、一家に一人野ぎくちゃんを導入すればより平穏な暮らしが送れるのではないだろうか。 朝方ハノイに到着し、そのまま汚野ぎくちゃん(おのぎくちゃん)と一緒に客引きに連れられすぐ近くの安宿の大部屋にチェックイン。カンボジアぶりに彼女と同じ部屋になったからには、もしいきなり部屋の中に手りゅう弾が投げ込まれても、汚野ぎくちゃんのベッドの近くで爆発するだろうから安心だ。 ちなみにこの部屋には全ルームメイトが共同で使うトイレ兼シャワールームがひとつだけ付いているのだが、早速汚野ぎくちゃんがシャワートイレに入り10分後、「キャーー!! トイレから出られない(涙)!!」という悲痛な声と、ドンドン!と内側からドアを叩く音が聞こえて来た(全て本当の話)。 …………。 さて、オレは疲れたからちょっと寝るか……。 そのまま五分ほどガチャガチャという必死な効果音が続いたと思ったら、やっとドアが開いて、不幸な人がどよ〜んとした空気に包まれて出て来た。とりあえず、あなた自己破産してもう一度1から人生をやり直した方がいいのでは……。 少し休んでその日の午後、軽く曇り空のハノイ散策に2人で一緒に出かけたのだが、彼女は現地人用の頭にかぶる笠を購入したらすぐに風で飛ばされて川に落ち(これは近くのにいちゃんが竿で拾ってくれてなんとか復活)、雨が降りそうだからと今度は売人のおばちゃんから雨合羽を買って装着し、雨が止んだからと脱ぎ、宿に戻る頃にはその合羽を失くしていた(これは復活せず)。これがネタではなく実話だから凄い。 さて、そんなわけであんまり野ぎくちゃん(シャワーを浴びたので汚は取れた)をいじめていると可哀相なので、ここで話はうって変わって……。 いや、待て。まだ話は変わらない。さらに少し不幸な話は続くのである。……まあ女性のことをそんな赤裸々に書くのははばかられるが、ここから先は仮名で書くからいいだろう。 ※2度目ですが食事中の方、野ぎくちゃんファンの方はここから先はくれぐれも読むのをおやめ下さい。 その数日後。同じ部屋の面々、オレとNぎくちゃん(仮名)を含め日本人3人、韓国人1人の合計4人で夕食に出かけることになった。洋食が食いたいということで、入ったのはそれなりにこじゃれたレストランである。 ベトナムはとにかくビールが安いらしく、オレを除く3人はビールで乾杯。一人だけオレンジジュースを飲むオレ(ビール飲めない)は乾杯にも入れてもらえず盛り上がらず、くよくよと悪態をついていた。 そんな時、それまではしゃいでいたNぎくちゃん(野ぎくちゃん)がいきなり無口になった。どうやら、飲み過ぎたらしい。 オレは人が体調を崩すと嬉しくなる体質なので、彼女の辛そうな姿を見るといきなりテンションが上がり、それからしばらく空気と化した野ぎくちゃん(面倒くさいから元に戻します)一人を放って、オレは他の2人と一緒にそれはそれは楽しくディナータイムを過ごしていた。飲めや食えやの大騒ぎだ。もうパインジュースも頼んじゃうよ! マンゴジュースもいっちゃうよ!! すると、その時!! 「ううっ、もうダメっ(涙)!!!」 断末魔の呻きと同時に、レストランのトイレに向かって走り出す重篤な野ぎくちゃん。なにやら彼女におぶさるようにして、3人ほどの白い老婆の霊が首を締めている姿がぼうっと見える。ああ、あれかな原因は。 そのまま遠くへ見えなくなった野ぎくちゃんであるが、あまりに尋常でない勢いだったため、オレたちは様子を伺いに行くことにした。一応席に置いた荷物に気を配りながら、一緒にトイレ方面へ向かう我々。すると…… 先頭を行く日本人Hさんが、悲しげに呟いた。 「うわあ、間に合わなかったか……」 あと2歩進めばドアノブを掴めるという、ほんのわずか1mトイレの手前。その廊下の汚れた床の上に不幸な某女性Nぎくちゃん(彼女の尊厳を守るため、ここでは名は明かせません)は四つんばいになって突っ伏し、そしてその、四つんばいのNぎくちゃんの見つめる地面には、彼女自身の胃袋から搾り出された10人分の巨大なホットケーキ、もしくはもんじゃ焼きに相当しそうな分量の盛大で大量のゲロが ※お見苦しい場面が続きますので、しばらくの間ベトナムの世界遺産・ハロン湾の美しい景色をお楽しみ下さい。 ……はてさて。 「ぴぎゃ〜〜っ(涙)! ぴぎゃ〜〜っ(涙)!!」 体調の悪さからか情けなさからか大泣きする汚野ぎくちゃんをなぜかオレが背負う羽目になり(白い老婆の霊ごと)、みんなで部屋まで帰り彼女をベッドに放り捨てると、オレたちは誰からともなく一人1万ドンずつ財布から取り出し、「なんで不幸は私を選んだの(涙)?」と1リットルの涙時代の沢尻エリカ風にうなされている彼女の枕元にそっと置いた。 ……さよなら汚野ぎくちゃん。君のような旅行者がいたことを、オレたちは忘れないよ。だから安心して眠りな。ここは、君のふるさとの日本だよ。そう、そのまま目を閉じて。安らかに。 ※いつの日か、汚野ぎくちゃんの旅行記も東南アジアに差し掛かり、そこでは第三者から見た最高にカッコいい作者の姿も描かれるかもしれません。請うご期待…… 今日の一冊は、 感動したい時に 神様のカルテ (小学館文庫) |