〜首都にてひと休み〜





 トルコの首都はアンカラという街である。受験生のみんなは、いちご大福を作っている和菓子屋さんの、年のころは14歳、そろそろ体が丸みを帯び始め大人の階段を上り始めたトルコ人の娘さんがしかし
「おかあさ〜ん。あんこがカラだよ〜♪」男たちの視線などまるで気にしていないかのように、胸も隠さずに無邪気に叫ぶ姿を想像しよう。
 これでもうみんな覚えたよね! 
そしてオレは逮捕だよね!!

 逮捕はイヤである。上の文章を考えたのはオレであってオレでないのだ。悪いのはオレではなく、
エロだ!! オレには罪は無いんだ!! ということで、オレとエロの関係と同様、トルコもアジアであってアジアでない。
 特に首都であるアンカラは、地下街もデパートも小奇麗になってしまって
遂に「オレが気軽に入れる店」という雰囲気を超えてきた。こうなってしまったらもうオレはインターネットカフェを探すか、宿の部屋で大人しくガイドブックでも読んでいるしかない。オレにとってオシャレな街というのは毒の沼地のようなもので、通りを歩くとオシャレ毒素により1歩あるくごとにダメージを受けるのだ。本来体力が無くなったら宿屋で一泊しHPを回復させるべきではあるが、オレが宿泊できるレベルの300円の宿ではなにも回復しない。ローラ姫とのお楽しみもない。
 はっきり言って、「オシャレストリートに立つオレ」というのは、
胸元が閉じた服を着たMEGUMIと同じくらい存在の薄い状態である。

 ちなみに、「そういう場合はおまえもオシャレになればいいだろう」と思う人もいるかもしれないが、それは
エビちゃんと押切もえにドツキ漫才をしろと言っているようなもんだ。簡単に言われても、出来ることと出来ないことがある。
 やはり人間、持って生まれたキャラクターというものを大事にしなければならない。ありのままの自分を愛そうではないか。
デパートの中にある服屋になど怖くて入れない自分を。まかり間違って勇気を振絞って入っても、店員が近づいて来る気配を感じたらすぐに黙って店を出る自分を(号泣)。

 ただ、脱亜入欧を果たしているオシャレで居づらいトルコであるが、アジアとヨーロッパの混合地帯だけあって
石を投げれば美人に当たるというのは素晴らしいところだ。アンカラの通行人全員が、顔立ちは金髪美女のヨーロピアンであるが、瞳に秘める力はオリエント。ひと目見ただけでオレのハートはドキドキドッキンコ。
 オレは3回ほど石を拾って投げてみたが、たしかに毎回美人に直撃し、それをきっかけに彼女たちとは親友以上(さすがにそれ以上はここでは言えないなあ)の関係になった。まあ、
シティボーイのオレにはそのくらいたやすいことだぜ……。
 それにしてもこんなに美人が多かったら、毎日オレが片っ端から結婚していっても、
とても全員と結ばれ切れるもんじゃない。さすがのオレでも体が持たんわい。嬉しい悲鳴だよまったく。

 冗談はさておいて、オレもそろそろ真剣にトルコへの移住を考えてみようと思う。ここに住めば、今まで週刊文春の原色美女図鑑でしか見たことのなかった「美女」という生き物の、本当に動いている姿がみのもんた以上に生で毎日見られるのである。冗談はさておいてと言ったからには、これは冗談ではない。本気だ。「本気」と書いて、「ほんき」と読む(マジとは読まないよ)。オレがウソなんてつくわけねえだろう!! 見くびってもらっちゃ困る。日本でならまだしも、少なくとも旅人である間は一度も他人に対してウソをついたことは無いんだよ(ウソ)!!
 日本では引きこもりが美女と結婚できる確率は
タスマニアタイガーが生き残っている可能性より低いが、美女だらけのトルコならば、男女の人数の関係でニートと結婚せざるおえない美女も出てくるはず。だって美男子の絶対数は限られているのだから。トルコに住みさえすればオレの理想の彼女が、美人でDカップで引きこもりに理解があって、ジャムのフタが固くて微動だにしない時にオレの代わりに開けてくれるような頼りがいのある彼女が見つかること間違いなしである。

 ところで美人に加えて、トルコは国民の99%がイスラム教のはずなのにピアス化粧は当たり前、髪の毛を隠すどころかピンクの剣山のような、思わず花を活けたくなってくるツンツンのパンク頭や、甲子園を目指してそうな坊主頭の女性もいる。オシャレな年頃の女の子には、今時アラーの神なんて流行らないのだろうか。
 
まあここまで流行ファッションに身を包んだモデル風のギャルが、夕暮れ時に
突然ひざまずいて呪文を唱えながらメッカの方向に祈り出したらそれはそれで似合っていない。彼女たちはアラーよりオシャレを取ったのだろう。

 さてここアンカラでは、各国のビザを取るという重大な使命がある。時間もかかるし面倒くさい作業ではあるが、しかしビザ取りも人生と同じで決して辛いことばかりではない(おおっ)。推薦状をもらうために日本大使館に行くと、待合室ではなんと日本の新聞が読めるのである! もちろん当日の新聞でも前日の新聞でもなく、だいたい1週間ほど前の、
ホームレスの路上販売でももう売っていないような時代遅れの新聞であるが、しかしこちとら日本語の新聞は2大陸ぶりだ。ああ……新聞懐かしいなあ……昔日本にいる時読んだなあこの官製談合の記事。って別に記事は懐かしくねえ。むしろ真新しいものだ。でも新聞は懐かしい。生まれて初めて読む記事なのに懐かしい。不思議だ。
 基本的にスポーツ新聞でない新聞というのは
テレビ欄のためだけに存在すると20年くらい思っていたオレであるが、辺境滞在が長くなってくると、もはや経済面ですら水谷豊の刑事ドラマくらいの面白さに感じられるようになってくる。メインのテレビ欄などはドラゴンボールを超えるハラハラドキドキ感で、翌日の展開が気になって寝られないくらいだ。

 ビザを取る先は、イラン、そしてインドである。うーむ。またインドに行くのかオレは。一時は
インドに行くくらいならハゲワシにつま先から徐々に全身を食われた方がまだマシだと思っていたのに。……しかしアジア横断をすると言っておきながらインドに行かないというのは、仮面ライダークウガの件に触れないでオダギリジョーを語るようなものだ。これは逆に不自然である。もうこうなったら行くしかないのだ。デリーに。バラナシに。オエ〜〜〜ッ(デリーと口に出しただけで吐き気が)
 インド大使館には、当然のごとくインド人職員がいた。おそらくマハラジャ家系のエリート中のエリートなのだろうが、しかし発給日時を聞いている時も書類の書き方を懇切丁寧に教わっている時も、相手がインド人だけに
なんか騙されているような気がするのである。ビザ料金を提示された時などは、「そんな金額じゃあとても買えないな。オレもっと安いところ知ってるんだから」と奥義「帰るフリ」を出しながら値切ろうとしてしまったほどだ。インド人のトラウマは深刻である。ああ、遠からずインドに行くことになるのかよ……。いやだなーまた怒鳴ったり暴れたりするの……。

 インドの次は、イラン大使館である。このトルコの次に行く国がイランだ。
 カウンターにはビザ待ちの人々が群れを成し、それをさばく職員は
「おまえの前世はガラパゴスゾウガメか!!」とつっこみたくなるくらいゆったりとした動きを見せるという世にも恐ろしい状況であるが、しかしそこを耐えなければイランには行けない。なんとか、「ここは東京ディズニーシーなんだ……おしのびでオレとデートをしている佐藤寛子ちゃんが隣にいるんだ……」と自分に暗示をかけながら(実際に隣にいるのは髭のアラブ人)1時間以上待ち無事申し込みを終え、オレは大使館を出た。
 やれやれと思いイラン大使館前の坂道を歩いて下っていると、なんだか遠くから奇妙な声がする。
 ん? なんだ??


「ギーーーーーーッ!!! ウハハッ!!!!」


 ……。
 見ると、前方100mのところにでかいハゲ男が立っており、こっちを見て何やら奇声を上げている。見るからに正常ではない、頭のおかしそうな雰囲気だ。ハゲはどうやらオレに向かって叫んでいるようである。
 まいったな……。こういう時は当然ひたすら関わりを避けるのがセオリーであるが、しかし突然Uターンするというのも逆にハゲ男を逆上させる恐れがある。ハゲの変質者はオレに向かって手を振っている。ここは、さらっと手を振り返して笑顔ですれ違うのが最も無難な作戦ではないか……。しかしもしあいつが想像以上に危ない奴で、刃物なんかを持っていたら……。これは、ダッシュで後戻りし、大使館に駆け込んだ方がいいのではないだろうか。
 や、やばい……変質者が近づいてくる……。


「作者さんっ!! どうもっっ!!!」


「来ないでっ!! 触らないでっ!! それ以上近づいたら、若い衆を呼んだるでえ!! 奴らはムショに行くことなんて恐れないんだでえ!!」


「なに言ってるんですかっ!! 僕です!! マサシです!!」



 なにーーーーーーっ!!!
 目の前のでかい変質者、そのハゲ頭に妄想の中で野武士風ポニーテールのかつらを被せてみると、たしかにケニアエジプトヨルダンでオレの話を聞き流しまくった放蕩者のマサシであった。



「作者さん!! どうでした!? あれから何かいい出会い」
「出会いなんか無いっ!!! オタクの旅は孤独!! 女子大生を相手に妄想!!」


「メシ食いに行きましょうよ!! ビザ申請してくるから待っててください!!」



「すっごい混んでるよイラン大使館。先に一緒にメシを食ってから後でキミ1人でビザを取りに行った方がオレを待たせないでいいと思うよ」


「冷たいですねっ!!! 待っててくださいよ!! いいじゃないですか!!」


「はーい」



 基本的にマサシくんとは旅のルートが同じなのだが、それにしてもケニアエジプトヨルダントルコと4カ国に渡って出会うというのは、因縁浅からぬものがある。もしかしたら、遠い昔に2人は深い関係にあったのではないだろうか。オレの前世がチンギスハーンで、マサシくんはオレが
乗っていた馬とか。だから奴はいつもオレの話を聞かないのだ。
 貧乏同士大使館からはアンカラの中心街まで歩き、途中でレストランに入る。


「ところであんた、なんで女優の命ともいえる大事な髪をばっさり切ってしまったの?」


「この間バスに乗ってたら、前に座ってるトルコ人の若い女の子がボウズ頭だったんですよ。それ見て、こんな女の子ですらボウズにしているのに男である僕がチャラチャラ長髪にしてるわけにはいかないって思って……」


「でもさあ、その女の子のボウズ頭ってあくまでファッションでしょ??」


「そうです。ピアスとかしてましたし」


「じゃあいいじゃんっ!!! 別に修行僧の女の子じゃないんだから!!! なんなのその意味不明の対抗意識!!!!」


「いや、でも女の子ですらボウズにしてるのに男である僕が……」


「だ〜か〜ら〜〜〜〜」


「僕はイランに行って、イラク難民を助けようと思います!!」


「そうですかっ! それはすばらしいっ!!」




 そういえば、彼はヨルダンで人間の盾たちがイラクに旅立つのを見守っていたのだ。あれから、アンマンの裏路地にある安宿にもかかわらず、日本の外務省からイラク入り予定の宿泊客あてに何度も電話がかかってきたらしい。時には家族や恋人からも、外務省から依頼されて
「ヒロくん、お願い、イラクに行くなんてバカなこと言わないでっ!!」と必死の説得があったそうだ。まあ、信念を持って行く者は説得できないし、面白がって行く者は周りの制止を振り切って行くことこそを快感に感じるだろうし、どの道説得は無意味なのだが、外務省にとっては「一応制止してみた」という事実は大切だ。
 ちなみに、昨日あたり戦争が始まったらしい。盾の人達、爆破されて砂漠の藻屑となってなきゃいいけど……。
 しかしマサシくんはイラクには行かずとも何かイラク国民のために動きたいということで、イラクからの難民の流入が予想されるイラン南部でボランティアを行う予定だそうだ。このっ。このっこのっ!! 
いい奴めっ!!!


「作者さん、そんなわけで現地の情報を集めたいんですけど、インターネットカフェとかあるところ知りませんか??」


「ばかやろー!!! 
インターネットのことならオレにまかせとけっ!! 1時間300万リラで日本語の打てるところと、1時間150万リラだけど時々回線が切れてGlobal IMEの入っているPCが2台しかないところとどっちがいいのこのヤロー!!!」


「おおっ、さすが引きこもる旅人!! こういう時だけ頼もしい!!」



 オレは早速マサシを連れて行きつけのネットカフェに向かった。見知らぬ街にも関わらず街のインターネット情報を知り尽くしているオレに、きっとマサシは尊敬の念を抱いているに違いない。実際、嬉しそうにはしゃぎながらネットカフェに向かうオレを見るマサシの目がなんとなくいつもと違う。これは明らかに、
何かを哀れむ表情である(涙)。
 隣同士の端末に座り、オレはいつもの芸能ニュースなどの閲覧を、マサシくんはボランティアのための情報収集を。お互い有意義な時間だ。マサシくんもしみじみ満足げである。


「いやー、今日はイランビザも取れたし、難民の情報も調べられたし……
あっ、作者さんにも会えたし、すごくいい1日でしたよ」


作者さんにも会えたし、って
明らかに義理で付け加えたセリフだろうっ!! そこまで心のこもってないお世辞聞いたのオレ初めてっ!!! そんな適当に言うならお世辞なんかいらないんだよっっ!!!!」


「僕の泊まってる宿の近くに、100万リラでうまいメシが食えるロカンタ(食堂)があるんですよ」


「なんの話やねんっ!!!」


「夕飯食いに行きましょうよ」


「は〜い……(号泣)」



 この時、msnジャパンのトップページに掲載されていた記事は、日本の投資ブームを反映してか
「イラク戦争で上がる株はこれだ!」という特集であった。オレたちは今、切羽詰った情勢も空爆も殺人もただの株価の値動きの材料にしかならぬような、実に日本から遠い場所にいるのだなあ。
 さすがにオレもマサシくんも、ため息をついた。





今日の一冊は、日本を誇れる気持ちになる傑作ノンフィクション小説 海の翼 (PHP文芸文庫)






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