〜プレトリア1〜





 20時間は長かった。ケープタウンでバスのチケットを買っていた時がもう昨日のように感じる。と思ったら本当に昨日だった。
 人類が2足歩行を始めてから、未だかつて誰も味わったことのないバス20時間という苦行。その苦行の過程でオレの頭には白い物が混じり始め、長い時の経過とともにいくつかの思い出が消えていった。
 オレの皮膚は、いつの間にかペリペリとトカゲのようにめくれ出していた。人間が進化のために脱皮までしてしまうほどの長さのバスの旅。しかも、本当なら20時間で着くはずのプレトリアまでの旅は、予定をオーバーしてさらに長くかかった。誰がこんなことを予想でき得ただろう。誰もが20時間だけ耐えれば目的地に到着すると信じていたのに。
 これはバス会社による悲しい裏切りだった。20時間と言っていた、たしかにそう言っていた乗車時間が、恐るべきことに、実際は
21時間もかかってしまったのだ!!!このウソつき!!!

 南アフリカの首都、プレトリアはケープタウンと比べると全く洗練されておらず、ケープタウンから30年ほど昔に戻ったような印象を受けた。
 お、恐ろしい・・・。ヨハネスから数十キロしか離れていないこの街には、実際に犯罪者も流れてきており、治安は悪化の一途を辿っているという。思い込みが激しいせいでいつもフィギュアスケート(ペア)のパートナーに迷惑をかけているオレには、街を歩く黒人が全て
サービス精神を持ち合わせていないボブサップに見えた。すかさず、昨今の人気AV女優の移り変わりほどの猛スピードでタクシーを拾ったオレは、なるべく窓の外から見えないように、常務取締役なみにソファーに深く沈みながら宿へ直行したのであった。
 やや街の中心から離れたところにあった安宿は、やはり鉄格子で堅く閉ざされていた。そしてその中には、巨大な受付け犬がこうこうと目を光らせていた。ちなみに目を光らせると言っても、注意して見るとか警戒するとかいうことを表しているのではなく、目から光を放つという意味だ。

←さすがに犯罪都市の番犬だけあって光り方も尋常ではない。ちなみに写真にはなんら手を加えていません。夜もよく見えて便利だなあと思ったのだが、どうやら写真に写ってない時は若干光り方が減るらしい。
 犬にまたたびは効かないが、幸いにしてオレは犬とは幼稚園以来の付き合いで、ちくわに指を入れて初代ムクにあげようとしたら
指ごと噛み砕かれたことがあるなど、犬扱いにはとても慣れていたため、無事チェックインを済ますことができた。
 ほとんど飲まず食わずでバスに乗ってきたため、ケインコスギのようにハングリー精神旺盛になったオレは、宿のボスと思われる体格のいい白人のおねえさんにご近所情報を聞いてみることにした。



「すいません、この近くにレストランとかってありますか?」


「あるわよ。10分くらい歩くけど、前の道を突き当たって大きな木を越えて最初の角よ。」


「そうですか。よかった。・・・ところで、この辺りって治安はどんなもんですかね??」


「治安??」


「そうです。このヘンって危なくないですか??」


「そんなこと無いわよ。歩いても大丈夫よ。安心して。」


「ほっ。よかった・・・。もう緊張しながら歩くのはイヤだもんな・・・。」


「あ、そうそう。ただし出歩く時は、貴重品は絶対に身につけて行っちゃダメよ。盗られちゃまずいものは必ず宿の貴重品入れに入れて、厳重に鍵をしといてね。」


「はい。わかりました。・・・。
安心できるか!!!!!それを治安が悪いっていうんですよ世間では!!!」


「ごめんちゃい。」


「ごめんちゃいって言っても。」


「うふ。」


「か、かわいい・・・」



 結局、アフリカの都市部では安全な場所など無いらしい。常に強盗の恐怖と戦うというのがアフリカを旅行する者の宿命のようだ。・・・日本に返してくれ。たとえミッドナイトでも歩けない場所などみじんも無い日本に。
 そもそもよく考えてみたら、貴重品を置いて出かけたらメシ代が払えないではないか。一休さんのとんち比べじゃないんだから。結局、どうしても腹が減って仕方がなかったので、意を決して外に出ることにした。大丈夫さ。めざまし占いでも
「うお座の人は今週強盗に遭います」なんて書いてなかったし。お座敷でカルピスサワーをこぼしても全く動じないほど落ち着きのあるオレが、強盗ごときの恐怖であたふたするはずがない。
 だが、プレトリアの街並みはやはりカルピスサワーよりも恐かった。そもそもよく考えてみれば、たとえ貴重品を身につけていなかったとしても、強盗が所持金スカウターのようなものでも持っていない限り旅行者はみな金持ちに見えるのだ。


ささっ 
←植え込みからリスが出てきた音


ドキッ!! 「ひえ〜〜っ」



ヒラヒラ 
←木から葉っぱが落ちた音


ビクッッ!! 「うひょ〜〜っ」



 相変わらずオレにしては珍しく些細な物音でビビりまくりながら、
テレビで心霊特集を見た夜のシャンプーのように数秒おきに背後を振り返りながら、なんとか食料をゲットしてひったくりにも遭わずに帰ることができた。



 宿に帰ると、またもや日本人旅行者に出会った。やはりアフリカといっても、大きい街には必ずと言っていいほど日本人旅行者がいるようだ。彼女は、女性でありながらアフリカの南の方を一人で周っているということだった。しかしよく女の人一人でこんなとこ来る気になるよな・・・。まあたしかによく見ると彼女の外見は
アフリカが似合ってるという感じがしたが(詳しい描写は避けます)。とりあえずオレが戦ったら負けそうだった。
 そんな彼女にしばらく話を聞いていると、ご多分に漏れず彼女もジンバブエを旅している時に貴重品を盗まれたということだった。よくテレビなどで、「犯罪大国ニッポン」という文字を目にするが、もしも
日本が犯罪大国だとしたらアフリカなんて、どうなるのだろう。・・・まあ特にいいフレーズは思い浮かばない。悪かったな。
 そんなことを考えながら、“大人への脱皮”とテーマを設けながらテーブルマウンテンの日差しでボロボロになっている皮をむきまくり、皮がむける仕組みを勉強し人間としてもふた皮も三皮もむけたところで念願のシャワーを浴び、念願のベッドに寝転んだ。

 しかし、本当にアフリカは治安が悪い。オレはこんなところで何をやっているのだろう。外にメシを食べに行くだけでこの緊張感は一体なんなんだろうか。こんな旅があるか??今頃日本の幸せな夫婦はオーストラリアに新婚旅行に行き、仲良しOL3人組は東南アジアへの食べ歩きツアーに参加し、友人の荒木はアメリカへ語学留学し、
アツアツカップルはベニスでゴンドラに乗りながら自分達と不釣合いな優雅な景色を眺めていることだろう。
 オレは幸せな夫婦ではないが、仲良しOL3人組より仕事は手を抜かず、荒木のように高校に遅刻してトイレの窓から忍び込んだこともないし、
アツアツカップルのように世の中の風紀を乱した覚えも無い。むしろ実家のナメクジを駆除したり毎日腕立て伏せと腹筋を欠かさなかったりと、いいことばかりしているのに、なぜアフリカで「ひょっとしたら強盗に刺されるかも」と思いながらレストランに行かなければいけないんだ。

 いや、しかしよく考えてみると、アフリカに着いてからこんなマイナスなことばかり考えていて、余計自分を苦しめているような気がするぞ。危険だとか他人はどうとか言ってるが、そもそもこれは誰にやらされていることでもない、オレ自身で決めたことではないか。自分から好んで来た旅を、自分でイヤなことばかり考えて辛くしている。我ながらなんて愚かなんだろうか?
 そうだ。もっとアフリカに対していいことを考えよう。プラス思考こそが肝心だ。イヤなことばかり考えて旅していたらイヤな気分になるのは当然だ。もっとプラスのイメージがあることを考えようではないか!

アフリカといえば・・・ニカウさん。いい人そう。
アフリカといえば・・・ドラえもん「のび太の大魔境」。友情にあふれた大作。
アフリカといえば・・・オリンピックでは長距離種目が得意。


うーむ。
旅と関係ねー。

旅の楽しみを考えるんだ!!
 次はジンバブエ。さっき会った彼女は盗難に遭ったって言ってたけど、ジンバブエには他にも、えーと、何があるんだ?まあその次はモザンビークだ。モザンビークのいいところといえば、まああんまり思いつかない。でもモザンビークさえ越えれば、マラウィに行ける。マラウィは、名前こそ聞いたことがなかったけど、なんというか、まあ知識は全く無い。しかしマラウィの次はいよいよタンザニアだ!!タンザニア、は名前だけはよく知ってるぞ。他のことはなんも知らん。
・・・。

とりあえず、寝ることにした。





今日の一冊は、本は映画の10倍おもしろい リング (角川ホラー文庫)






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