![]() 〜ナイロビの恐怖2〜 今日は朝一番でエチオピア大使館へビザの申請に行かねばならない。門番のマサイ族に重い鉄格子を開けてもらい、ナイロビの街へ繰り出す。 ちなみに、オレはジンバブエで盗難に遭っててんやわんやの大騒ぎを味わってからというもの、パスポートや金、カメラなどの貴重品は小さいリュックに入れ、1ヶ月以上の間トイレに行く時もメシを食う時も、「レオパレスに引っ越したら本当に藤原紀香がついていた場合どうするか?」について考える時も、とことん一心同体、背負い続けて来た。寝る時ももちろん枕の真横に置きほとんど抱きしめた状態で、もはやオレとリュックは近鉄とオリックスの次くらいに引き離すのが不可能と報道されるまでに至ったのである。ちなみにレオパレスに藤原紀香がついていたらどうするかに関してオレの中で出た結論については、とても公の場で発表できる内容ではないので控えさせていただく。 しかし、そんなオレとリュックは、ここナイロビで、遂にその蜜月の関係にも終わりを告げ、不仲説がささやかれる時が来たのである。なぜ? ……そう。大事そうに全財産入ったリュックを背負って外人が一人でナイロビを歩くという行動は、「韓国映画の集い」に参加している40代のおばさま集団の中にヨン様を投げ入れるようなもので、後先を考えない非常に無謀で危険な行為であるのだ。 そんなわけで、全財産、そして貴重品は全て宿のベッドにくくりつけてある。持って行くのはあくまで必要最小限のものだけだ。オレはまず靴の中にパスポートを敷いてその上から靴を履き、そして靴下の中にはビザ代金の60ドルを、紙幣を丁寧に折って隠した。これで外見上は完全に手ぶらなので、強盗もまさかこのみすぼらしい日本人が本当は年収5億の若社長だとは夢にも思わないであろう。まあそれは思わない方で正解なのだが。 ナイロビの中心街は高層ビルや大型スーパーなども並んでおり、人通りも多く比較的殺人も少ないと思われるのだが、ダウンタウンや一歩メインストリートから外れた裏道では、おそらく今日も殺し殺され、愛し愛されの人生劇場が繰り広げられているだろうと思う。ただ、オレが昔考え出した有名なことわざに、「雨降って地固まる」というものがある。人間とは、男とは、ぶつかり合って絆を深めていくものではないだろうか? 悪友と殴り合いのケンカをして初めて友情が芽生えるということもある。もしかしたらナイロビの人達は、殺し合うことによって互いの友情を深めているのだろうか? 例えばこんなふうに…… 暴漢A「おい、殺されたくなかったら金出せよ」 暴漢B「あ? おまえオレが拳銃持ち歩いてるの知らねーのか? 相手見てものいえやこのイカ野郎!」 暴漢A「ギャヒャヒャヒャ〜〜ッ!! アーッ! アーッ!! イア〜ッ!!!」(突然ナイフを取り出し馬乗りになり暴漢Bをめった刺し) 暴漢B「ガボッ!! グボッ!! アエエエ……(瀕死)」 ドギューン!!!(死ぬ間際暴漢Bが暴漢Aの頭を銃で打ち抜く) 二人とも死ぬ。 暴漢A(死体)「こいつはおどろいた……。おまえそんな根性あるとは思わなかったぜ」 暴漢B(死体)「へっ。てめえだってなかなかの勇気じゃねえか……見直したぜ」 暴漢A(死体)「フッ」 暴漢B(死体)「……ハハハッ」 暴漢A(死体)「……」 暴漢B(死体)「……」 ガシッ!(固い握手) ……。 こんなふうに、ならないだろうな。 ということで、エチオピア大使館まではここから2kmほど、中心部を離れて20分ほど歩く距離である。 まずナイロビの目抜き通りであるケニヤッタ通りを真っ直ぐに南下する。比較的ビジネスマンなども歩いているアップタウンが終わると、段々と人気が無くなり左右にだだっ広い公園が現れる。問題はここからだ。 とりあえず、常に後方を確認しながら歩く。大体、30秒に1回は後ろを振り向くのだ。ゴルゴ13は背後に人間が立った途端に殴りかかっていたが、ここでは背後に立たれてからではもう遅い。後方30m以内に黒人が入って来たら、とにかくなりふり構わずダッシュで逃げるのである。 多分後ろを歩いている黒人は、「あいつオレの姿見て走って逃げてったよ……。まさか襲われるとでも思ってたのか? 鏡見ろよ鏡! オレは面食いなんだよ!! この勘違いヤロウが!!」と、夜道を歩いていたら前を行く光浦靖子似のOLが走って逃げて行った時のように、やり場のない悔しい怒りをぶちまけることだろう。 しかし、さすがに今日ばかりはオレも光浦OLの気持ちにならなければいけない。なにしろ強盗たちは人間が出来ているので外見では人を判断しない。そして外見で判断しない代わりに、光浦であろうと森公美子であろうと前田健(ニセあやや)であろうと平等に、無差別に襲いかかるのである。普段は何事にも動じないオリハルコンの心臓を持つオレも、ナイロビにいる間だけは、自意識過剰になりながらOLやゴルゴ13を超えるハイクラスの警戒を見せねばならない。 とにかくことあるごとに後ろを振り返りながら、時には中学時代にまでさかのぼり、「ああ…あの時もっと積極的になれてたら……育子先輩がオレのこと好きだってことはわかってたのに……オレに勇気がなかったばっかりに……」ってその振り返りかよ!!! と自分を明るい気分にするために敢えてボケ、そしてつっこみ、しかし育子先輩のことを思い出してしまいクヨクヨしていると、ウオっ!!!! 突然前方の公園の茂みの中から、足取りもおぼつかない小汚いガキが2人道路に飛び出て来た。 び、びっくりこいた……。 ガキは完全に目が死んでいる。2人ともコーラの空き瓶を手に持っているのだが、どうも様子がおかしい。何も入っていないように見える空き瓶を、ずーっと口のあたりに近づけて離さないのだ。こ、これは……空き瓶を笛の代わりにして、ホーホーと演奏して子供らしくかわいくはしゃごうというのか?? ……いや、違う(わかってるが)。 シンナーだ。こいつらシンナー吸って飛んでいってらっしゃいやがる。 2人のガキは、オレの前方数mのところをフーテンの寅さんなみにあてもなくフラフラとしている。このままだと、オレは奴らの間をぬって歩かなければならない。そういえば、2,3日前に宿の女の子がシンナー吸ったこのくらいのガキどもにボコられて襲われて身ぐるみはがされたって言ってたな……。 ……。 こ、恐い顔だ! 恐い顔をするんだ!! このお兄さんにはキミ達ラリった状態では2人がかりでも勝てませんよ!! ていうか、東洋人はみんなカンフーが使えるんだぞ!!! おまえらオレに絡もうなんて思ってみろ、オアチャーーッ!!! と突き蹴りの乱舞、コテンパンの4つ折りに畳んでおたけびあげて「おまえはもう……死んでいる」だ!!!! ア゙ー! やんのかコラ!!! 命のやり取りを!!! オレはとりあえず目を半分に細め、ズボンのポケットに手を突っ込みアゴを出し、近所のネコも逃げ出しそうな大迫力でシンナーコンビの横を不良っぽくさりげなく通りかかった。シンナー1号2号は、相変わらず死んだ目で瓶の中身をスースー吸いながら、しかし「なんだこのアホっぽい外人は……」というオレへの畏怖が表情に表れていた。 やんのかこのチュー坊が!!! そして、ど、どうか見逃してください……(泣)。 シンナーバカ2人は、バカだけにオレのコワモテ作戦に見事に引っかかり、こいつに勝負を挑んだら命がいくつあっても足りないと悟ったのか、黙ってオレが通り抜けるのを見送っていた。 それにしてもよく見ると、公園の中にはまだまだ、道を挟んだ反対側にも、汚い格好でコーラの空き瓶を吸ってトリップしているガキどもが、友人と絡み合ったり地べたに転がったりベンチと一体化したり、まさに世紀末の様相を見せている。大体この公園一体はダウンタウンほどではないが非常に犯罪発生率が高く、用がなければ決して近づいてはいけないところなのである。でもオレ用あるし(涙)。 こ、この緊張感は一体……。今の状況を例えて言うなら、徒歩で参加する、ガイドのいないサファリツアーである。たしかにある意味、ナイロビ郊外を歩くのはライオンを警戒しながら森の中で車を押していた時に通じる緊張感がある。 ここで前方50mを行くスーツを着た黒人サラリーマンを発見したオレは、デューク更家なみのテキパキした歩きで彼に近づき後ろにくっつき、スリップストリームを狙うかのごとく一緒に歩き出した。どうだ……これでオレを襲うんなら、一緒にこの黒人も敵に回すことになるぜおまえら……。そしてそうなったらごめんね黒人さん。 ※スリップストリーム……カーレースなどでよく使われる作戦で、前を走る車の真後ろにぴたりと張り付き、空気抵抗を無くして一気に加速し相手を抜き去ろうとするもの。 そして前を行く黒人ビジネスマンのおかげで、オレはなんとか無傷で夢にまで見た聖地(いや、それほどではない)、エチオピア大使館へたどり着いたのだった。……。そして、ビザ申請に必要な証明写真を宿に忘れて来たという悲劇に気付くのだった。 ……。 10分後、オレは今来た道を引き返し始めた(号泣)。引き返し始めるまで10分かかったのはもう一度あの道を歩くという決心がなかなかつかなかったからである。そして宿に戻りリュックから写真を取り出し、また10分後に大使館に向かって歩き出した。もちろん毎回公園のあたりを通過する時は、近づくものは全て殺すという、故郷日本の鎌倉文化を代表する金剛力士像をイメージした鬼気迫る表情を見せ、再びエチオピア大使館に辿り着くころには緊張と精神的疲労で冷や汗の大雨洪水波浪警報になっていた。 しかしなんとかこれでビザ申請が出来る。オレは靴を、そして汗だくの靴下を脱ぎ、大使館員の軽蔑の視線を浴びながらパスポートとドル紙幣を取り出した。 うーん……。 パスポートも紙幣もなんか溶けてます。 そしてそこからしばらくオレは日なたに移動してパスポートとお札を天干しし、一枚一枚よく分離させてから再び申請用紙とともに提出し、無事申し込み手続きは終えることができたのである。受け取る大使館員の、ものすごく汚いものを触るようなイヤそうな顔がとても印象的であった。 その後またオレは公園の脇を通って2kmの道を帰ったわけだが、またその時の心境や状況描写について書くといい加減しつこくなるのでやめておく。しかし、なぜこんな道のりを2往復もする必要があったのか、それを考えると自分で自分を褒めてやりたい気持ちになる。 宿に戻ったオレはパッタリと倒れ、明るいうちから次の朝までひたすら眠った。どうやらこの大使館2往復で、オレは数日分の精神力を使いきったらしい。臆病は損だ。しかしこの空気に慣れて油断した頃にふと殺されたりするのである。臆病でもいい、生きてこの街を出たい。わんぱくでもいい、たくましく育ってほしい。 と懐かしいわが母国のCMを思い出したところで、近いうちに日本食でも食べに行こうと軽く心を決める夏の作者だった。 今日の一冊は、プロレス史上最大の暴露本 これを読んで私はプロレスマニアを辞めました 流血の魔術 最強の演技 (講談社+α文庫) |