〜こんな国いやだ(号泣)2〜





 真っ昼間から、
ドアを開け放って全裸姿を公開しながらシャワーを浴びているオレ。

 ふふふ……。
これが露出マニア・メイドインジャパンだぜ!

 
じゃねーんだよ!!!!! ドアを閉めたら漆黒の闇なんだよ(涙)!!! 蛇口も水もタオルも着替えも心の目で見なけりゃならないんだよ!!

 ちなみに日本人の恥をさらさぬよう、ちゃんと通りがかりの人には「テナイストリン!」と現地のアムハラ語を使ってあいさつをした。
全裸とはいえ、これだけの礼儀正しさを見せれば東洋人への好感度も相当上がることだろう。特に女性客にはキャーキャー言われながらかなりの部分まで見せ、たっぷりサービスをして満足に体の隅々まで洗い上げると、満足したオレは着替え終えると再びモヤレの町へ出た。
 この町はケニアから一本伸びる唯一のアスファルトの通りを中心に、というかその道の周りだけで町の存在が成り立っているといっても過言ではない。というとせめて目抜き通りの周辺だけは賑わっている印象を与えるかもしれないが、「おー、この辺りはそこそこ人がいるなあ」と思ってもそれは人ではなく
よく見るとヤギだったりするため、実際のところは身売りする前のおしんが薪を運んでいそうなくらいさびれきった村である。




↓メインストリート脇に集まる住民たち






「ユーユー! ユーユー!!」


 宿から一歩出た途端またガキどもが集まってきた。そしてなぜか口ぐちにオレに向かって「ユーユー!!」の大合唱である。


「おいおまえら!! オレは作者だ!! 
ゆうゆじゃねえぞ!!!!」


「……?? ユーユー!!」


 うーむ。エチオピアでは今ゆうゆ(現岩井由紀子)がブレイクしているのかと思ったのだが、どうやらこれはオレがゆうゆに似ているということではなく、単に「ヘイ、You!」ということで簡単な呼びかけのようである。しかしそうだとしても何匹かはオレを指さして叫んでおり、そもそも年上に対して「おい! お前!!」と言っているのである。初対面のビジネスマナーとして大変失礼である。


「なんだ? なんかようかおまえら!!」


「ユーユー!! ユーユー!!」


「ユーはわかったよ!! だからなんか言いたいことがあるのかよ!!」


「ユーユー!!! ユーユー!!!!」


「このガキャーーーー!!!! てめーらは家に帰ってリカちゃんハウスでも組み立てて遊んでろよっ!!!!」


「ササッ!」


「まてコラ!!!!!」


 無視して歩けばいつまでもユーユー言いながらまとわりつき、こちらがいい加減頭に来て顔面をひくつかせて立ち止まると
その瞬間ササッ!といなくなるエチオピアンクソガキども。逃げ足だけは北の方から来た不審船くらい速い。大体、こいつら知っている英語がYouだけに決まっているので、その後話をしようなんてサラサラ思っていないだろう。

 とりあえずオレは、ガキにおちょくられ怒り狂いながら明日の交通情報を得るためにバス広場へ向かった。早速であるが、首都であるアジスアベバに向かって北上するのである。


「あのー、すいません。明日アジスアベバに行きたいんですが、一日何本くらいありますか?」


「1日で行ける直通のバスはないから、明日は途中の村まで行って一泊して、そこでまたアジス行きのバスを見つけなさい」


「ガーン!!!」


「ちなみに、エチオピアは全てのバスが1日1本だから。んで朝5時半ごろ席が埋まった時点で発車な」


ドーン!!!」



 こ、これは……。なんでもエチオピアでバスが発車する時間は、北から南までエチオピア全土すべて早朝5時ごろと統一されているらしい。しかも、
それ以降の時間に発車するバスは無いのである。つまり、どの町からどの町に行くとしても絶対に1日1本、そして寝過ごしたり定員オーバーになったら翌朝まで待たなければならないという、21世紀にあるまじき交通事情なのである。万が一乗り過ごした場合は、駅前の中学生のカップルでもあるまいし「待ってる時間も幸せなの」などとたわ言を吐くことは到底できず、この何も無い村で翌日まで時間を潰すというのはナウなヤングのオレにとってはある種の拷問である。バスを乗り過ごしてから翌朝までの24時間をドラマにして「24」を作っても、24話のうち大体23話分くらいは部屋の中でゴロゴロしているシーンが延々と流れ、視聴率がマイナスまで食い込むというテレビ史上初の快挙を達成することだろう。もちろんシーズン2の制作はお蔵入りである。

 さて、この時までまだ昼飯を食っていなかったオレは、20人くらいに訪ね歩いてなんとか発見したレストランでエチオピア料理に初めてのチャレンジをすることとなった。
 正直ここまではイマイチ国による食べ物の違いというものは明確で無く、「アフリカ東海岸」ということで共通しているところがかなり多かった。タンザニアやケニアは多少食事の選択肢が増えたのであるが、基本的にジンバブエ以降は主食はウガリ(ザザ、シマとも呼ぶ)で統一されていた。だが、ここでついに新たな主食が登場するのである。






 その名もインジェラ!!!



 ってデカいな!!!!
 なんだこりゃ!!!









 ……。こ、これが、エチオピアを通過した旅行者が満場一致で非難声明を出しているという、そして食わず嫌い王決定戦でメニューにこれが入っていたら、
どんな演技派俳優でも試食を待たずに「参りました」と言うだろうといわれる、悪名高きインジェラである。
 大体、このデカさはなんぞや。中央に「ワット」と呼ばれるシチューが乗っかっているが、その皿が普通のスープボウルくらいである。それと比べて周りのこの器。インジェラを乗せているのは、皿ではなく
巨大な洗面器ではないか。尚、ここのはまだ平たいので許せるが、他の食堂ではもろにごく普通のプラ製の洗面器に入って出てくる。エチオピアの宿では洗面器をトイレ代わりに使っているにもかかわらずだ。食事の皿とトイレが同じということは、つまり日本に置き換えて考えてみたら便器にご飯……いや、言うまい。
 インジェラの材料は、テフというエチオピア独特の穀物だそうな。材料の段階でこれだけ地域限定な主食というのは結構珍しいのではないか。
 とりあえず、食べねば始まらない。オレはインジェラを適度な大きさに千切った。……。なんかビチョビチョで気持ち悪い……。なぜか、見た目はクレープの皮のようなこのインジェラ、食べる前から
全体的にしめっています。なんの湿り気なんだろうこれは……。もしかして先客がこの器をトイレと間違えて使ったんじゃ……ええい!! 食べる前から文句言ってんじゃねーよ!! 贅沢こくでねえ!! 食べられるだけでも幸せもんじゃ!! っていうの静岡ローカルCMであったな昔!!

 パクっと一気に。

 ……。

 ううん、やはりこの水を含んだパンのような舌触りがなんとも……。そして……すっぱい……。すっぱい主食というのは世界を探してもインジェラくらいではないだろうか。でも、まてよ……? 
言うほどひどくはないんじゃないか??
 今まで悪い評判ばかり聞いていて先入観があったが、そんなにまずいかこれ?? たしかにうまかないけど、ひと口食べた感想では別に食って食えないもんじゃない。よし、もうちょっと続けて食べてみよう。


 ……ほほう。



 ……わっはは。



 ……。




 
参りました(号泣)。


 いや、これたしかにひと口食って食えないもんじゃないです。でもふた口、みくち、生地のびちょびちょ感と意味不明の酸味が口の中を自由に舞い踊り、
ある種の外人排斥運動を繰り広げているんです。なんとなく、雨に塗れたパンを1週間放置しておいて食べたらこんな味がするような気がします。
 
……なぜすっぱくした?? 主食じゃん! 主食は味がなくていいじゃん!!
 これが、これがエチオピア滞在の間続くのか。
 尚、シチューは美味い。鬼のように辛く飲みきる頃にはヒーヒーお兄さんになってしまうのが難点だが、まだ食える。しかしインジェラと一緒に口に入れると2つの味が口内で戦いを繰り広げ、
インジェラの酸味が勝つのである(涙)。
 結局オレは半分以上残した。客として、出された食事が口にあわなければ食べない権利もあるはずである。そしてオレは「エチオピアでアラレちゃんを放送したら、『インジェラ食べて、すっぱまん』か……」とつぶやきながらレストランを後にするのだった。

 なんにしろ、これからの食への不安はさておいてとりあえずすることがなくなったオレは、またも人のことを指差しながらユーユー騒ぎ立てている礼儀知らずのガキは殴りたいがそこは国際人として自分を諌め冷静に無視して、宿へ向かった。
 尚、もうこの辺りから段々人間の顔の造りが普通の黒人と変わってきており、エチオピアの人々は黒人とアラブ系の合いの子のような容姿をしている。いやー、北に来たもんだ。


「オイオイ! おまえちょっとヒマか? 俺達と話そうぜ!」


 宿近く、通り沿いの道端の切り株に座っている2人の男に声をかけられる。悪いがオレはヒマだ。ということで少し彼らと話をすることにした。国籍とか旅のルートとか、大人な社交辞令をひと通り交わしたあと、オレは赤道から気になっていたことをこの2人に問うてみることにした。


「お二人に聞きたいことがあるのだけども」


「なんだ??」


「この町の今の季節は何でしょうか??」


「夏だ」
「冬だ」



「あっそ。……
ってどっちなんだよ!!!!」



 彼らはいたいけな作者を困らせるために打ち合わせでもしていたのだろうか? オレが「今の季節は?」と聞いた瞬間、2人が
同時に「夏だ」「冬だ」と全く逆の答えを返したのである。言っておくがこの旅行記はノンフィクションだ。バカヤロー!


「もしかして片方はなぞなぞでありがちな、ウソしかつかないウソつき村の住人ですか??」


「い、いや、そういうわけじゃないんだ。今は暑いけど冬なんだ。で、夏になるとベリーコールドなんだ」


「いやいや、
暑い時を夏と言うんでしょうが!!」


「あれ? そうだっけ??」


 とりあえず、オレはひとつの結論に達したようである。赤道の町ナニュキからここまで一貫して言えることは、この辺りの人たちは
季節とかどうでもいいということである。しかし学校の夏休みとか冬休みの呼び方はいったいどうなっているんだろうか。夏も冬もないんではTUBEも出てくるタイミングがわかり辛そうだ。


「ジャパンではコーヒーはいくらくらいするんだ?」


「1杯で3ドルくらいかな」


「クレイジー!!! どんな国なんだよそれ!! 俺なんて今住んでるとこの家賃がひと月でだいたい3ドルだよ!!」


「逆にどんな国なんだよそりゃ!!!!」


「それにエチオピアでは1ドルでコーヒーが3キロ買えるぞ」


「うわ〜……。スターバックスがエチオピアに出店しても儲からんだろうな……」



 2人としばらく話し、段々話題が尽き沈黙が多くなったところでさっと会話を切り上げ、宿に帰る。このくらいのペースがちょうどよい。

 もうそろそろ夕方である。中庭を通って部屋に戻ろうとすると、宿のメイドかもしくは遊び人と思われるエチオピア人の女性が2人、明るくちょっかいを出してくる。オレはここでも女性を喜ばせるためにアムハラ語で挨拶をする。


「テナイストリン!」


「オ〜〜ッ!! テナイストリン!!」


 ふふふ。やはり喜んでいる。このように、外国人に現地語で話しかけられると、どこの国民もみな一様に子供のように喜ぶのである。旅で習得したひとつの教訓だ。オレはすかさずガイドブックのアムハラ語講座の部分を開いた。まだまだ手は緩めないぜ!!


「ンデミンアメシュ(こんばんわ)!!


「キャ〜〜〜っ!!」


「エニィ、ジャパナウィ、ネンニュ(私は日本人です)!!」


「ワオ〜〜〜ッ!!!」


 どうだ! この彼女たちのはしゃぎっぷり。これだけ見事に初対面の女性を転がしているオレは、次回あたり「スーパーテレビ情報最前線 実録!ホストの花道」で密着取材されることだろう。これなら
歌舞伎町No.1の座もそう遠くは無いはずだ。よーし、最後だ。一気に畳み掛けるぜ!!


「エニィ、イラベアッロ(おなかがすいた)!!」


「オー! インジェラ! インジェラ!!」


「インジェラはいらん!! ポスタ、ベット、イェット、ノゥ(郵便局はどこですか)??」


「キャ〜〜〜ッ!!」


「スミ、サクシャ、ノゥ(私の名前は作者です)!」


「イヤ〜〜〜ッ!!」


「エヘ、ムンデゥン……」 
ハラリ



 ……。

 
ぎゃーーーーーっ!!! しまった!! ガイドブックにこっそり挟んであった須藤温子の写真が落ちたっ!!!


「これ誰っ?? これダレ???」



「あの、これは、その、あの、」


「シスター?? ガールフレンド??」


「いや、そ、そういうのじゃ……」


 すたたたたたたた


「ドコいくの!! 待ってよ!!!」



 エチオピアのガキどもに学んだ、秘技
雰囲気が悪くなるとスタコラ逃げるの術!! オレは急いで日本から旅を共にしている国民的美少女の写真をガイドブックに挟み直し、一休みするために部屋へこもった。ここで説明が必要だろうと思うので言っておくが、別にこの写真は何かやましい気持ちがあって持って来たのではない。気付いたらガイドブックに挟まっていたのだ。でも捨てるのはもったいないし、せっかく自分で挟んだのだからここまで大切に持って来たのである。
 マイルームへ逃亡すると、もう6時を過ぎているのに、電気はまだ来ていない。悲しいほど暗い部屋である。なんかオレは情けない旅人なのではないだろうか。

 さて、夜になり、ようやく電気はついたがひとつ目前に迫ってきた困ったことがある。
 ……。
 
おしっこしたくなった。
 ああ、しかしあのトイレ、昼間覗いたトイレの映像がありありと脳裏に甦る。……。とりあえず、オレは中庭を渡って共同トイレの前まで進んだ。
 さっき中を見た時からもう5時間くらい経っているんだ。もしかしたら、たまたまさっきは満タンだっただけで、今頃は反省してすっかり片付いているかもしれない。トイレはここにしか無いんだ。とりあえず開けるだけ開けてみよう。それでまた考えようじゃないか。ダメもとで、開けるだけ開けてみようよ!!

 ギイイイイ〜〜〜〜〜〜ッ(ドアの開く音)










 ……。














 
立ちチョンだっ!! 表で立ちションするしかないっ!!!

 こんな具財山盛りのトイレに入るなんて、
国民的美少女を愛するこのオレが出来るわけがない!!
 オレは貴重品を抱えて宿から表通りに出た。ちょっと裏道に入れば人もいないだろうし茂みも多い、韓流スター失格ではあるが、ここはちょちょいと道端で済ませてしまおうではないか。メインの通りを外れて横道に進み、人気の無い草むらを探してチャックを下ろす。いやいや、こっちの方が全然清潔でいいじゃな〜い!


「ユーユー!」


 ……。



 
ぬおーーーっ!!!


 振り返ると、
エチオピア人が50人くらいついて来ている。

 
なんだおまえらはっ!! プライバシーの侵害だぞ!! 有名人といえどもプライベートは保護されるべきである!!!
 しかしオレの動揺もよそに、全エチオピア人は
暗闇でチャック全開な日本人を徹底的に凝視している。

 ……。

 
くそーっ!!! こんな状態で出せるかよ!!!! なんではるばる日本からやって来ておまえらなんかに放尿シーンを見せなきゃいけないんだよ!! しかも公道で!! ソフトオンデマンドじゃあるまいし!!!

 結局オレは外まで出て
チャックを下ろして上げただけで、再び宿へ戻った。もうこうなったら突撃するしかない。あの魑魅魍魎の闊歩する未知の世界へ……。
 オレは覚悟を決め、トイレのドアを開けた。目前には、かつてない
一大スペクタクルが広がっている。床の中央に大体直径15cmくらいの穴があいているのだが、その穴はゴルフのカップくらいの深さなのか、収容しきれず溢れ出たものたち、そして最初から穴を外して周りに落ちているものたちが合体して標高20cmほどの見事な丘陵が出来上がっている。ある種、自然が創り出した奇跡的な造形美ともいえよう。
 それでも掃除しようとする
意欲だけはあったのか、床はビチャビチャの水びだしである。メイドさんが一生懸命流そうとしたけど力及ばなかったのだろうか。なんか明らかにこの水は土石流と化しているので汚さを倍増しているだけに感じるのだが、しかしオレは、一時的に感情を統制し殺人マシーンと化し、ボチャンボチャンと水に浸りながら中央へ進んだ。そして、小高い丘の7合目へ向かって自分のものを放水する。

 ズボズボズボズボ……

 
う、うげげ、おおえええ〜〜〜〜〜〜っ

 山の真ん中に
水圧で穴が開いていく。この光景は、人として一生のうちに一度も見ない方が有意義な人生を送れそうな光景だ(号泣)。苦しいが、ここでの呼吸は断固として拒否する。ハワイ沖で素もぐりをしている高樹沙耶になったイメージを思い描き、あくまでスポーツマンとして自分の限界へチャレンジするのである。
 出し終えて窒息寸前で扉を開け、外に飛び出した瞬間は、こころなしか
母の胎内からこの世界へ飛び出した26年前を思い出すような気分であった。


「ヘイ、楽しんでるか!」


「ヒッヒッフー、ヒッヒッフー……ああ、死ぬかと思った……。おや? あんたなにやってんの??」



 ふと見ると、隣のトイレの扉を開けて、酔っ払った若者がなにやらごそごそとやっている。彼はドアの外に立っているのだが、しかしその股間からはシャーシャーと元気に飲んだ酒を噴き出している。小便をしながら話しかけるのはやめてもらいたいものだ。でもなんでこいつはトイレの外から放尿してるんだ??

 ……。

 
今ひとつわかったことがある。
 ここの客は、
トイレが汚いために、中に入らずに扉だけ開けて外からトイレの内部へ向かっておしっこをしているのである。そのために、床が何十人ものお小水で水びだしになっているのである。

 さっきオレ、ここにボチャンボチャンって浸かりながら……。

 その夜、オレは
靴の底を必死に土に擦り付けながらモヤレの町を1時間くらい、泣きながら放浪したが、かわいそうな私は入国初日で早速エチオピアに殺意を抱いたのであった。






今日の一冊は、このマンガが私のギャグセンスを育ててくれた ついでにとんちんかん 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)





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