〜こんな国いやだ(号泣)1〜





 ケニアの最果ての地に積み荷となってお届けされたのは、夜も8時を過ぎた頃であった。
 残念ながら国境は5時で閉まっているため、とりあえずエチオピア入国は明日にして、今日はケニア最後の一泊である。まあ国境が閉まると言ってもエチオピア自体が閉店するわけでもあるまいし、
「あ、ついうっかり」とか言ってうっかり越えてしまえばいいような気もするが、まあとりあえず今は出国を急ぐよりもまず2日間の暴行に耐え切った尻のケアが大切である。
 暗闇の中、
乱れきった着衣で尻を押さえながら目に涙を溜めて宿に転がり込んだオレに、従業員は思わず「オーマイゴッド」と叫び哀れんだ目でやさしく毛布をかけてくれた。その優しさはとてもうれしいが、なんだか誤解されているような気がする別に何か大切なものを失ったわけではないので、気を利かせてセクハラ訴訟に強い女弁護士とか呼ぶのはやめて欲しいものだ。

 翌日は尻休めのためにゆっくり9時過ぎまで寝て、10時を回った頃いよいよエチオピアへ向かって行進である。モヤレの町は国境を挟んでケニア側とエチオピア側に分かれている。同じ町内なのにもかかわらず2つの国が存在するわけだ。町版のチェッカーズみたいなものか。
 イミグレはすんなり通過。ナイロビでシンナーを吸うガキ軍団の恐怖を乗り越えてビザを取ったのだ、当然である。さあいよいよあの伝説のエチオピアである。今まで出会った、アフリカを南下してきた旅人全員が
噂の眞相の記事よりひどい中傷を並べ立て、アフリカを愛する乙女すらも女を捨てて発狂するという、ものすごく入国したくない国エチオピア。
 さあ、しかし覚悟しよう。ヒキタさんに話を聞いたのは1ヶ月以上前だし、ひょっとしたらそれから今までの間に産業革命と文明開化と近代化革命が同時に起きて
今はもうだいぶマシになっているかもしれない。いらぬ心配は無用。案ずるより産むが易し。飛んで火に入る夏の虫。よし、1、2の3で国境を越えよう。1、2〜の……



 
ドパパパパパパパパパ……




 
助けて〜っ!! 助けてくださいっ!! 助けてくださいっ(世界の中心で愛を叫ぶ風)!! 撃たないで!!!



「ちょ、ちょっと、そこの初対面のエチオピア人のにいさん! この
かなり近くから聞こえてくる銃の乱射音はいったいなんでしょうか」


「あー、きっとまた
密入国者をアーミーが撃ってるんだろう。最近結構多いんだよな」


「撃つことないと思うんですけどね僕は(涙)。人の命って意外と大事ですよ。あなたがたが思っている以上に」



 おそろしい……。国境へ黙って侵入したら有無を言わさずマシンガンの連射とは。
昨日の夜うっかり国境を越えなくてよかった(号泣)。いきなり機銃掃射では、あちゃ〜と申し訳なさそうな顔をして「すいません、ついうっかり」と言い切らないうちに蜂の巣である。「ついうっかり」で簡単に済ませることができないことがあるというのは、今回の件や最近ついうっかり人の詩をパクってしまった元M娘。のA.Nさんの紅白辞退を見るにつけ、しみじみと感じる。
 相変わらずキャーキャーいいながら銃声から逃げまどっていると、気付いた時にはいつの間にかエチオピア入国を果たしていた。
 ……。
 なんかすごい数の視線を感じる。四方八方から、この東洋からやって来たハリソンフォードを奇異の目で見つめる何十もの瞳。いや、瞳というとなんか純粋な感じがするので、
訂正して何十もの眼球。


「ユーユー!」


 なんだうるせえな。ガキにかまっているヒマはない。よくわからんがユーユー言いながらついて来る子供を無視し国境から一本伸びる道を上がっていくと、人ごみの中からマネーチェンジャーの若いにいちゃんが登場した。両替屋はすごい。こうやって国境を越えていざ両替が必要な時になると、たとえ雨が降ろうと槍が降ろうとソーダフロート必ずどこかからガツンと登場するのだ。このここぞという時のピンポイントな登場ぶりは、東京フレンドパークで
手本として壁に張り付くためだけに出てくるフランキー為谷レベルである。


「チェンジマネー? エチオピアブル持ってないだろ?」


「おおっと! ありがたい。じゃあ早速変えてもらおうかな」


「OK。今日のレートだと1エチオピアンブルが6シリングだ」


「じゃあケニアで余った100シリングほどを……ってなんか動きづらくなってきたな。ちょっと待ってよ、今財布出すから……
っておまえらなんなんだよ!! 寄るなこら!!!」


 なんだか夜中に老婆の怨霊に首を絞められているような窮屈さを感じ、ふと周りを見ると、
オレと両替屋の周囲にエチオピア人が100万人くらい集まっている。そして、オレの一挙手一投足を見逃すまいと凝視しているのである。その眼力は新橋周辺のパチスロの達人以上だ。

 ……。

 
両替より脱出が先である。両替屋と立ち話をしているだけで100万人もの群集が出来ているのだから、ここで財布を出して実際にやりとりを始めたら1億人くらい集まってくるだろう。それにしても、オレの入国をこれだけの人数が情熱的に待ち構えているとは、エチオピアではツヨン様ブームが到来しているに違いない(作者の名前はツヨシです)。
 オレはとりあえず
「ツヨン様〜!」と叫ぶ群集を掻き分けて進もうと思ったら誰もそんなこと叫んでいなかったので、無言で今日の宿を探して突き進んだ。しかしさすがツヨン様ブーム、興奮したファンが宿泊するホテルまで追いかけてくる。みんな! 怪我をしたら記者会見で笑顔を見せられなくなってしまうから、とりあえずここは引いてくれないか! ていうかついて来るなよ(涙)!!! もうほうっておいてよ(号泣)!!!!

 ところで、宿泊するホテルというか、安宿はエチオピアでブンナベッドと呼ばれている。なんでも食堂というか酒場を兼ねた安宿をこう呼んでいるようなのだが、とにかく旅行者によるこのエチオピアのブンナベッドの悪評については、
戸塚ヨットスクールを遥かに超えるものがある。とりあえずブンナベッドを地獄たらしめている2つの柱は、理論的限界まで汚れきったトイレと、数百匹の目に見えない生物が棲むベッドだそうな。まあでも、きっとただの都市伝説ですよ。そんなのただの噂です。うわさ。


「カモーン旅行者。おまえの部屋はここだよ」


 30代半ばくらいだろうか、宿の主人は人当たりがよく好感が持てる。部屋は結構な広さのシングルルームで、特に見た感じ悪いところはない。ほらみろ! エチオピアといってもごく普通の宿ではないか!! しかもこれで10ブル、150円くらいである。


「サンキュー。えーっと、アムハラ語では……アムセギナッロ」


「よしよし。ま、リラックスしていってくれよ」


「あ、ちょっと待って。この部屋電球切れてるんじゃないすか? カチカチやっても着かないんだけど」


「何言ってんだおまえ!! オレが何年この宿を管理してると思ってるんだ! 電球が切れてる部屋なんかに客を案内するわけないだろう!!!」


「ひえ〜っ、すいません!!」


「以後発言には気をつけるように」


「本当に申し訳ございませんでした。ところで、よかったらどのように電気をつけたらいいのか教えていただけると大変うれしいのですが……」


「電気はまだだよ!」


「まだ??」


「この辺り一帯に電気が来るのは大体夕方6時ごろだ。それまで散歩などして待ってなさい」


「……ドサッ(持っていた手荷物を取り落とした音)」



 
テレビもねえ!! ラジオもねえ!! 車もそれほど走ってねえ!!! ってなつかしのラップ調歌詞が頭に鮮明に甦る!!!

 
電球切れてる方がまだマシでは(涙)?? そりゃまだ昼間だけどね、結構部屋の中は暗いですよ?? こんなとこで読書でもしたら「またそんな暗いとこで本読んで! 目が悪くなるから電気つけなさい!!」ってお母さんに怒られますよ??? くそ…まだここには文明の夜明けは来ていないのか……。
 ……おや? なぜか暗い部屋の壁際に洗面器が。共同シャワー共同トイレで部屋の備品はベッドだけのはずなのに、なぜ洗面器?? オレは床に転がっている洗面器を持ち上げて訊ねた。


「家主さん、この洗面器はいったいなんなんでしょうか」



「そりゃ洗面器っつーか、ブンナベッドには必需品の、
非常用トイレだよ」



「……。カランコローン(持っていた洗面器を取り落とした音)」



 
ピアノもねえ!! バーもねえ!! おまわり毎日グールグル!!!


 
ていうかわたくしこの手にじかにそのトイレ用洗面器を持ってしまいましたがっ!!! この宿の創立以来何千人という宿泊客の利用した洗面器をっ!!!!
 あんたオレがこれ持つのを見てただろう!! なぜ、なぜさわる前に止めてくれなかった!!!!!




「そんな不潔そうな顔するなよ。大丈夫、これは小用で、さすがに大の方をこれでする奴はいないから」


「は〜、そうだったのか〜。なら安心。全然汚くないよ。
ペロペロ。って安心できるかっ!!!!! 十分汚いよっ!!!!」


「うるさいやつだなあ。潔癖症か?」


「潔癖症だったらすでに意識を失ってるんだよ!!!!!!
 小なら汚くないの? どうして? 聖水だから?? 黄金水だから???」



「それ以上はおまえ自身の印象を悪くするので言わないほうが・・・」


「おおっと。すいません。取り乱しました」


「そんなに言うんだったらシャワーでも浴びて来いよ。トイレの隣にあるから」


「トイレ……。また新たな恐怖の足音が聞こえて……まあでもそうするよ。決してのぞかないでね!」



 オレは早速洗面道具をかかえ、部屋を出て中庭を挟んだシャワー室へ向かった。仮説トイレくらいの大きさで、すさまじい年季の入った板張りのトイレとシャワー室が2つずつ並んでいるようだ。とりあえず、ここに来たら
確かめておかねばなるまい。ブンナベッドのトイレとはなんぞやを。

 スーハースーハー。

 オレは息を整え、慎重に木製の腐りかかった扉を開けた。

 ……。





 
……。




そして扉を閉めた。




 ……。





 なんかお山が見えたよ。お山が。暗くてよくわからなかったけど、こんもりとなんだか茶色いかたまりが。わーい♪ 山登りだ!!!


 
オエ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ(吐)



「ん? どうした、作者。シャワーは隣だぞ。そこはトイレだ」


「……(泣)」


「ははは。見たか。さすがにこれは外人にはショックだろうな。なにしろ酒場の連中も使うし客が多いから、
トイレはいつもFULLになっちゃうんだ」


「はははははひふふ、FULLですか……」



 あんた、普通「トイレがFULL」って言ったら個室が埋まってて順番待ちするような状態を指すもんだろう? 
出された物が満タンな状態を指すその使い方は初めてでとても興味深いぞ(号泣)。
 ともかくオレはこの精神の金縛りから逃れるため、隣のシャワー室へ転がり込んだ。もう木の扉がベロンベロンに剥けており、築600年と言っても過言ではないのであるが、ここシャワー室でもオレはまた先ほどのトイレとは違う興味深い事実を学んだのである。そう、
電気と窓が無いシャワー室では、真っ暗でシャワーが浴びれないということを(号泣)。






今日の一冊は、読んでいて辛くなるが読んでおいた方がよい本 闇金ウシジマくん(1)






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