〜アフリカの旅〜





 どうもこの町は肌寒い。アフリカのくせに寒いなんて、
「父母と仲良く暮らすみなしごハッチ」のように筋が通っていないように思えるのだが、まあアフリカとひと口に言ってもその土地土地の気候はステージに上ったコージー富田のように変化が激しく、場所ごとの特徴を持っているようだ。
 それもあって、結局昨日はほとんど眠れなかった。それもあって、ということは他には何があるのだろうと思うかもしれないが、無論メインの原因は昨晩の
パンティーを上げながらオレをなじっている白人女性の下半身の光景が頭から離れなかったためだ。どうやら彼女はオレの隣の部屋の宿泊客で、しかも男と2人で来ているらしかった。
 こっそり壁に耳をつけて話を聞いてみると、やはり女性の方が
「ヘーイマイケル! リッスン! あたしが入ってるトイレにヘンな東洋人が侵入してきたのよ! アイキャントビリーブよっ!!」などと興奮冷めやらぬ状況だった。一瞬オレは素直にあやまりに行こうかなとも考えた。アメリカの初代大統領ワシントンも、幼い頃お父さんの大切にしていた桜の木を切ってしまった後に素直に名乗り出たことによって、逆にお父さんに褒められその話は模範とすべき逸話として残っているではないか。オレも「すいません、さっきドアをぶち破ってトイレに侵入したのは僕です」と名乗り出れば、逆に褒めてもらえるかもしれない。褒めてもらえるか告訴されるかのどちらかであろう。ということで黙っていることにした。

 朝起きて鏡を見ると、目の下に見事にクマが出来ていた。ただオレは思うのだが、普通熊というものは目の周辺だけでなく全身が黒いではないか。目の周りだけが黒いというこの現象は、クマができたではなくむしろ
「パンダができた」と言うべきではないだろうか?

 町を歩くとバスのチケット売りなどがめざとく声をかけてくるのだが、ある黒人は昨日もオレと話をしたらしく「オイオイ、オレを忘れたのか!」と叫んでいる。はっきり言って、
忘れた。というより誰が誰だか全くわからん。かなり失礼だが、オレの中では黒人を6人並べてもおそ松・チョロ松・トド松ほか3名と同じくらい見分けがつかん。昨日話をしたのがその中の一人だったとしても、6つ子の中から正確にピックアップするのは不可能である。

 さて、アフリカの東側で最もよく見るノラ動物といえば、間違いなくヤギだ。現地では英語でゴートと呼び、若いのに立派なヒゲを生やした彼らは
食堂のメニューにも並んでいる。今日の昼飯は勇気を出してゴート&チップスを頼んでみたのだが、固くて食えたもんじゃなかった。子供舌のオレにはビーフとの味の違いはよくわからなかったが、他の旅人と話をしてみると「ビーフより柔らかくて美味しかった」という人もいる。やはり場所と調理法により全然違うのだろうし、ヤギとのフィーリングも大切なところだろう。
 町のど真ん中に、野菜や果物を売っている市場がある。さあ、ここで食後のデザートである。500シリング、約60円で買ったパイナップル丸々1個。これを、兄さんに頼んでその場で切ってもらう。まずナイフで皮を縦に剥いていき、裸になったところでそれを大雑把に輪切りにする。そしてそれを手づかみですぐさま食う!!
 今まで食べたデザートの記憶が全て飛んでしまうくらいの、劇的なうまさであった。どんな高級なレストランに行っても、藤木直人や梶原善がどんなに役作りをしてパティシエ役をこなしたとしても、タンザニアの市場で食べる60円のパイナップルには絶対にかなわないだろう。一人暮らしのオレは普段ロクなメシを食ってないし、これからもそれは変わらないかもしれないし、もしかしたら将来高いレストランに通うグルメになるかもしれない。しかし、今こうしてタンザニアの国境の町で500シリングのパイナップルにかぶりついている、これ以上の贅沢はきっとこれからどんなに探しても見つからないような気がする(←言い過ぎました)。

 翌朝は5時おき。まだ薄暗い中をバスターミナルへ歩き、チケット屋に指示された席に座る。当然オレの他は全員黒人であり、相変わらず乗車した瞬間数十人の熱視線を浴びせられる。行き先は首都・ダルエスサラーム。
 それにしても寒い。段々と空が白みはじめ太陽が登場しても、入ってくる隙間風はひんやりと冷たく車内の空気が暖まらない。タンザニアンミュージックが延々とスピーカーから流れているが、気温のせいか他の乗客の雰囲気も幾分落ち着いている。
 ムベヤの町を出て1時間ほど走っただろうか。
 おや? 前方に白いモヤが……。
 霧だろうか。しかし霧にしては妙に輪郭がはっきりしている。ぼんやりと現れるのではなく、綿菓子のように柔らかい形が見える。ん? 綿菓子と言えば……幼き頃夏の空に浮かぶ綿菓子を見て「うまそ〜」と叫んだ記憶が……。

 
雲だ! 雲!!

 どうりで寒いはずだよ!!! 今まで雲の上にいたんだよオレは!!! 雲の上でパイナップルを食ってたんだ!!
 ゆるやかな下り坂を進むにつれ、窓の外のだだっ広い畑を雲が這い、バスは雲のもやの中に突入しては脱出し、徐々に下界に降りて行く。





 とにかく延々と下向きの山道である。前方に自転車で下っているじいさんの姿が見える。じいさんはバスが来ると少し脇へよけ、横に並び、後ろへ遠ざかりどんどん小さくなって行った。じいさんは楽しそうだ。雲の上からずっとペダルを漕がずにスイスイと降りて行けるのである。この道を自転車で下りきるのは一体どれくらい時間がかかるのだろうか? そして、再び山を登るのにはどれだけかかるのだろうか? きっとじいさんは、明日か、あさってか、そしてオレが日本に帰っても、自転車で坂道を上ったり下ったりしているのだろう。遠いタンザニアの山奥で。

 起きたり眠ったり、隣の若いねえちゃんと話をしたりで午後になった。年頃の彼女はオレに地球の歩き方を見せてくれとせがみ、しばらくじーっとタンザニアの説明文を読んでいた。意味はわかっていないと思うが。大体タンザニア人だし。

 もう大分低いところまで来たのだろう、すっかり寒さは消え、快適というか徐々に汗が湧いてきた。隣のねえちゃん、RHODA KAKLIYUさんによるとバスはかなり予定より遅れているらしく、まだまだ到着まで何時間もあるとのこと。外見だけまともなこのバスは実はかなりのポンコツで、途中何度もエンストしその度に長い修理タイムがあった。
 ポケーーッ。
 ポケーッ。
 なんにしろ、時計だけはペースを変えずに進む。



「……い!」


 ん?


「……おい!」


 誰かがオレを呼んでいる。



「おいおい! 日本人のにいちゃん! あれ、ほらあれ!」


「ん? なに?」



 単調なバスの動きに揺られ、景色も見飽きてポケーッとしていたオレだったが、呼ばれる声に振り向くと、周りの乗客が一生懸命オレに向かって何かを訴えている。さっきまでオレのことなど全然構わなかったのに、いきなり何人も同時に。よくわからんが、それぞれなんだかうれしそうだ。



「ほら、見てみなって! 窓の外!」


「な、なんだ? 何を? 窓の外の……」



 ……。

 おおおお……。

 おおおおおおおおーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!
















 バ、バスの外に、普通にキリンって……。
















 アフリカかよここはっ!!!!



















 
……。



















 
ほんとにアフリカだ。












 アフリカだー!! オレは今アフリカにいるんだー!!! って知ってたけど!!! 知ってたけど!! それでもアフリカだ!!! なにがなんでもアフリカだっ!!


 ふと気付くと、道端にはキリンの絵が描かれた標識が見える。標識にかわいくキリンの絵が描かれていたら「スクールゾーン・幼児に注意」なのが日本、
本当に「キリンに注意」なのがアフリカである。
 それにしても、周りの乗客達は日本人がキリンを見たら驚くってことをちゃんと知ってるんだな……。親切心で教えてくれたのか、それともオレの驚く顔が見たかったのか……。ごつい顔してるけど、かわいい人達だこと。今もなお彼らは、うれしそうにオレを見ている。
 今までもオレはジンバブエ、ザンビア、マラウィといった未開の(イメージがある)地をうろうろし国境を越えるにつき、当然アフリカを旅しているつもりだった。しかしこの時こそがあらためて、そして最もアフリカを肌で感じた瞬間だった。

 さて、こんな原野の中にもいきなり人の住む家が建っており、その前でバスを待っている人がおり、それを見てスピードを緩めたオレ達のバスへ彼らは乗り込んできた。やけに派手な赤い布をまとい、杖を持ち黒いベルトに金色のバックルをしているその格好は、黒人の中でも異彩を放っている。なんだかテレビで見たことがあるぞ。オレが「おやっ?」という顔で彼らを見ると、逆に「何見てんだオマエ?」という鋭い眼光が返ってくる。
 慌てて視線をそらしながらも、「もしかしてこの人たち……」と思った予想はズバリ当たっていた。
マ、マサイ族だ……。マ、マサイ族も普通にバスに乗るんだ……!! ああ、なんだかわからないけどドキドキしてきた!!!

 マサイ族と同じバスに乗り、タンザニアの野生の中を次の町に向かって走る。
 もしかしたら、オレは今結構貴重な経験をしてるのかもしれない。

 午後4時到着の予定は当然のごとく狂い、ただの荒野である周囲の風景は暗闇の中に消える。いつの間にか完璧に夜になった。またいつもの不安がやって来た。生まれて初めて訪ねる街に、夜になってもまだたどり着けない不安。今夜の宿が決まらない不安。
 はやく〜……はやく〜〜!! とべそをかきながら到着を祈るオレの心を知ってか知らずか、バスはまたもや道端に停車し、何度目かの休憩時間が始まる。どう考えてもこの休憩はただ運転手が休みたいだけの休憩である。彼以外の全員が確実に「休憩なんかいいから
早く着けコラ」と思っているのである。
 仕方なくオレもバスから降り、あまりにも長い間同じ体勢をとっているため
形状記憶人体化している体をほぐすため、「んきゅ〜っ!」と大場久美子(1億人の妹)のようにかわいく叫びながらノビをする。
 
 うわっ。





 ……。





 おおおおお……。











 
なんだこの星空は!?





 オレは上空を見上げたまま固まった。
 「星が降ってくるようだ」という、使い古されたありがちな表現がある。今時何の芸も無い、ダサい言葉だ。
 しかし、この夜空、
星が降ってくる以外に何と表現できようか。なんだ? タンザニアは宇宙に浮かんでいるのか?? この迫って来る星の勢いはなんだ?? 
 これはもはや空ではない。夜空ではなく、宇宙空間である。圧倒的なスケールで存在しているこの星の群れを見ると、畏敬の念とともに恐怖心すら湧いてくる。
 というかオレよ。おまえいつの間に星空なんかに感動する人間になったんだ? おまえは家の中大好きっ子だろうが!! ネクラで引きこもりが売りだろうが!!! ……いいや、そんなオレだって、
人並みに美しいものを美しいと思う権利はある。ただ普段はあまり権利を行使していないだけだ(涙)。

 
ちらちら光っているあの星から見たら、この地球もキレイに光れているのだろうか? この広大な宇宙に比べたら、ああ、なんて全てのことが小さく感じられるんだろう。この広大な宇宙に比べたら、旅の苦労も、盗難の悔しさも、強盗の恐怖も、ああ、なんて小さく感じられねー。

 だが結局この宇宙は、オレのために存在するのだ。オレがいるからこそ宇宙が存在するのだ。この星空も、オレが目で見て、耳で聞いて、脳で感じて、初めてそこに存在しているのである。
 あそこに落ちている岩からしてみたら、宇宙なんてないのだ。オレ達の乗って来たバスにとっても、宇宙なんて最初から存在しないのだ。
 そう考えると、今ここにある、オレというものはなんて偉大な物体なんだろう。
 今だけは、昨日の
変態行為のことなど忘れて、詩人になろう。





今日の一冊は、まあ見てくださいこのパネルを 私ことさくら剛著:感じる科学





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