![]() 〜ふたたびさらばインド〜 カルカッタは現在正式名称が「コルカタ」という肩の凝りそうな名前に変わっているらしいが、とにかく都会である。大商業都市であり、デリーでも見たことが無いような近代的な都市の景観が見られると思えば、インドの都市特有のスペシャルウルトラスーパー格差を示すように、一歩裏通りに入れば路上で転がっている人々、全裸で地べたに寝かされている子供などが大勢いる。もちろん富裕層と比べて貧困層の人々の方がはるかに多いだろうから、所持金を平均化する桃太郎電鉄の「たいらのまさカード」をここで使ったら、市民全員みんな揃ってホームレスになることが確実だと思われる。 そしてまた旅行者の格差をも表すようにカルカッタの宿泊施設も玉石混交、イギリス王室が利用しそうなホテルから、犬小屋の代わりに提供しようとしても雨ざらしのノラ犬ですら「こんなところに宿泊できるかワン(怒)!」と入居を拒否しそうな悲劇的な安宿まで、とてもバラエティに富んでいる。 その格差を少しでも解消しようとしているというか、なんとかイギリス王室をだまくらかして安宿に宿泊させようと、カルカッタの宿初施設にはこんな高級ホテルなのか安宿なのかよくわからない(でも多分安宿だろう)と思われるややこしい名称を堂々とつけているところがある。 これは、安宿街サダルストリートにある、HILSON HOTEL。 ![]() ヒルトンホテルではない。ヒルソンだ。HILTONのTをSに変えただけだ。なんとなく名前にニセ高級感みたいなのが漂っているが、入り口はどう見ても安宿である。メガネを外したド近眼のアラレちゃんでも、「ほよよ〜、安宿が紛らわしい名前をつけてるよ? ねえねえ、ヒルソンホテルって、つおい?」と簡単に見抜くだろう。 というより、よく考えてみれば安宿街サダルストリートにある時点で100%安宿ってことは決定してるんだよな……。 次は同じくサダルストリートのSHILTON HOTELだ。 ![]() ヒルトンホテルではない。HILTONの頭にSをつけて、シルトンホテルである。なんでも、噂によるとこの最初のSの字は出たり消えたりするらしく、たまたま飛んできた紙などが端の部分にくっついて従業員の意に反してHILTON HOTELに見えてしまうこともあるんだとか。そういう時は「まったく、うちはHILTONじゃないのに勘違いされてとんだとばっちりだよ!」と関係者が嘆くらしいが、勘違いする旅行者は誰もいないと思う。そもそもこのストリートに金持ちの旅行者はいないし、もし本格的にヒルトンホテルに訴えられたら1億%の確率で敗訴するだろう。 最後はコルカタではなく、特別ゲストとしてニューデリーのSHELTON HOTEL。 ![]() シェラトンホテルではない。シェルトンだ。シェルトンホテルだ。それにしても、やはりこのホテルもデリーの安宿街メインバザールにあり、そもそも近隣をうろつく旅行者の客層が全然違うのだから絶対シェラトンだと思って間違えてチェックインする奴はいないと思う。イギリス王室の方々は、勘違いする以前にメインバザールの半径5km以内には近づかないと思われる。 別に客の勘違いを狙っているのではなく単なるおふざけなのかもしれないが、もはやホテルをオープンする前、ネーミングの段階からふざけているのである。そんな適当なホテルに誰が泊まろうと思うだろうか?? ところで、なぜオレがこうしてカルカッタの安宿街を品定めしながらめぐっているかというと、到着日に泊まったパラゴンホテルの環境があまりにも劣悪で、1泊だけですぐに他の宿に移ることにしたためである。この場合環境といっても宿の設備が悪いとか汚いというわけではなく、宿泊客のガラが悪いという意味なのだが。 少し話は横に逸れますが、「品定め」というと、源氏物語の帚木で光源氏と彼を取り巻く貴族たちが五月雨降る夜に女性談義に花を咲かせた、「雨夜の品定め」がふと思い浮かびますねえ。私だけかしら? バックパック旅行をしながらも源氏物語の一節などがふと口をついて出てしまうみやびやかな旅人は。 ※そうです、あなたさまだけでございます。 ちなみにオレがブッダガヤの最寄ガヤ駅から約10時間電車に揺られ、カルカッタの駅に着いたのは昨夜7時であった。電車を降りてすぐ「えーと、駅からサダルストリートまではどのように行けばいいのかしら?」と地球の歩き方を見ていたところ、ヒッピー風の日本人のにいちゃんに拾われて一緒にプリペイドタクシー(ボッタくりじゃなくて正式なやつ)で直接パラゴンホテルまで来てしまったわけだ。 彼は長期旅行者でインドをふらふらしているらしく、元々カルカッタに長期滞在していたが一度他の町に移動してまた帰って来たところということだった。「あんなとこでモロにガイドブック開いてたからさー、大丈夫かなこいつと思って心配になってさー」と200mくらいの落差のスーパー上から目線で言われ、相変わらずオレは旅行者としての貫禄が全くついていないということが非常によくわかった出来事でありんす。いつもいつもそうなのだが、オレは巨大バックパックを抱えているにも関わらず、他のバックパッカーのみなさんから見るとどう考えても短期旅行者にしか見えないらしいのである。それにはいろいろな理由があると思うが、おそらくヒゲも生えてなくて小奇麗だし、頼り無さそうだし、美しいし、ガラスの貴公子風だし、財産を持っていそうだし、まあおそらくそのあたりが原因だと思う。 それはいいとして、ヒッピーな彼が無理やり連れて来てくださったパラゴンホテルというのは半分日本人宿化しており、オレがチェックインした時もロビーのテーブルで5,6人の日本人の若者が酒を飲みながら騒いでいた。若い女が男に向かって「おまえよー」という顔に似合った醜い言葉を吐いていたのがとても印象的であり、オレは同じ日本人であることが恥ずかしくなったので台湾人のフリをして中国語で独り言をいいながら部屋へ向かった。 その後しばらくしてまたロビーに戻ってみると、その宴会の後にはこんな具合に空き缶空き瓶ペットボトルその他のゴミが散乱していた。放置されている黄色いノートは、フロントで貸し出してみんなで情報を書き込みまたは閲覧し、使い終わったらちゃんとフロントに返すというルールのある情報ノートだ。 ウーム。 ![]() たしかにインド自体混沌としておりインド人もごく普通にゴミを路上に捨てまくるが、宿泊客全員が使用する公共の場で、先進国民の日本人旅行者がこれである。なんというか、あまり汚い言葉を使うと彼ら彼女らと同レベルになってしまうのであくまでもソフトにそしてお上品に批判させていただきますが、こういう方たち、死んでくださいませんかしら。本格的にお低脳でおキチガイのおIQのお低いゴミ以下のおバカさまたちは、もったいないのでお手術台に縛り付けなさって麻酔なしでお皮膚を切り開いてお臓器をお取り出しになって、そのお臓器を病気で苦しんでらっしゃる人たちに分け与えてその後お体は特に縫合などいたしませんでカルカッタの裏路地に捨て置きまして、お犬様やおカラス様に召し上がっていただけばよいのに。 …………。 いやー、やっぱりみやびやかで名が通っているオレはそこらへんの若者と違って言葉遣いも上流階級だなあ。あなたたち、お亡くなりになって! 早くお亡くなりになって!! お願い! ちなみにこの宿の部屋はドミトリーなのだが、夜オレ含めルームメイトが寝ていると同じ部屋でいきなりCDプレーヤーで音楽を聴きだす奴もいた。結局そいつはそのまま就寝していたので、おかげで寝られないオレがわざわざそいつのベッドまで行って停止ボタンを押すハメになったのだ。 オレはいつも日本人宿に泊まると思うのだが、日本人宿に宿泊して長期滞在者を見ていると、同じ日本人であることが恥ずかしくなることが非常に多い。思えばエジプトカイロのサファリホテルでもそうだったし、パキスタンラホールのリーガルインターネットインもそうだったし、このパラゴンホテルもしかり。ほとんどの日本人の長期滞在者というのは、夜中まで麻雀をしたりテレビを見て騒いだり挨拶をしても返ってこなかったり、日本社会で居場所が無いから唯一ただ長くいるだけで先輩風を吹かせられる海外の日本人宿に長くいて偉そうにしている悲しさ丸出しである。 ※長期滞在者=その宿限定で長く居座っている人たち。「長期旅行者」でも普通に旅している人はひとつの宿では短期滞在者です もちろん全員がそうではなく、長期滞在者の中でも礼儀正しい人を見かけることがあるが、大抵そういう人は現地で料理や語学や楽器を勉強していたりボランティアをしていたり、長期滞在の理由がちゃんとあるのだ。まだ逆ならわかる。海外の安宿に滞在して真面目に働いたり勉強している人が偉そうにして、ダラダラしているだけの野郎が控え目ならまだわからんでもない。しかし実際はダラダラの方が断然いばっているのである。自分に自信がある人間というのは謙虚であり、自信が無い奴は自信が無ければ無いほど偉そうにするという、人の世の法則が露骨に出ている。ああ虚しい。 尚、イスタンブールやデリーの日本人宿は旅行者同士お互いを尊重する雰囲気があり居心地が良かったのだが、思い返してみればそれらの宿にいたのは短期滞在者ばかりであった。なんてわかり易いんだ。 まあそんなわけで、オレはすぐにパラゴンホテルをチェックアウトし、そしてカルカッタからも用事が済み次第すぐに移動することを決めたのである。 さて。 突然だが、インドの宿には、イモリくんが生息していることが多い。この日も、各ホテルを回っているオレがある宿で部屋を見せてもらうと、思いっきり壁に不気味な方のイモリ美幸が這っていた。 ビロ〜ン ![]() その部屋はなかなか居心地は良さそうだったのだが、当然このけったいな生物が同部屋では落ち着けるわけが無い。オレは早速従業員に文句を言った。 「あの、この部屋なかなかいいと思うんですけどね、ただひとつあの壁にくっついているイモリ、あれだけなんとかして欲しいんですけど」 「おお、あれか? あれについては気にするな。ノープロブレム」 「…………」 「…………」 「いや、なんでノープロブレムなの。後で撤去してくれるの?」 「ノープロブレムだ。あいつは特におまえに危害を加えるようなことは無いから」 「そういう問題じゃねえんだよっっ!!!!! 別に危険かどうかは気にしてないんだからこの際!!」 「じゃあなんだというんだ? ノープロブレムなのに」 「だから部屋にイモリがいることが問題だろうがっ!! しかも天井とかじゃなくて、思いっきり壁の電気のスイッチのところにいるだろ!! スイッチと間違えてイモリを押しちゃったらどうするんだよ!!!」 「だからノープロブレムだよ。こいつはちょっとくらい押されても平気な奴だから」 「なんでイモリサイドに立って発言してるんだよあんたはっっ!!! 逆だろうがっ!! 客のオレの視点に立てよっっ!!! あんたは人間かイモリかでいったらイモリに近いのかっ!! 生物学的に!!!」 「ノープロブレム。イモリはいい奴。ドントウォーリー」 「いや、だから気持ち悪いんですけど……」 結局会話が噛みあわないままオレはイモリの味方をする彼の説得を諦め、もう他の宿をあたるのも面倒くさくなったためイモリのルームメイトとなって一緒にここに宿泊することにした。不気味だけど……まあ夜中に勝手に音楽をかける日本人よりはイモリの方がマシか……。 でも、普通に部屋でこんな感じなのがすごくイヤなんですけど……(涙) ところで、オレはカルカッタからは用事が済んだらすぐに移動しようと決めたのだが、その用事とは何かといえば、当初は飛行機のチケットを入手するという用事のはずであった。 アジア横断をする際、パキスタンからいきなり中国入りすれば陸路で先に進めるのだが、南アジア、東南アジアを通ろうとするとどうしても通過できない場所がある。それが、ミャンマー(昔ビルマ)という国だ。軍事政権で軍人が反政府デモを武力鎮圧したりジャーナリストを撃ち殺すようなろくでもない国は旅行者にも非常に迷惑をかけており、ミャンマーは旅人が陸路で横断はすることが出来ないのである。 まあそもそもこの旅は中国を目指す旅行であり、あえて東南アジアとか行く必要は特にないといえばないけれど、でもたまには楽なところも旅をしたい。旅行者のたくさんいる国で毎日アジアのうまいメシを食いながら出来れば風俗などに通いたい。イメージダウンを避けるため決して旅行記には書かないけどこっそり風俗通いをしたい。そんなひそやかで謙虚な野望があり、オレは空路を使ってでも東南アジアを目指すことにしたのだ。 まあコツコツと陸路だけで旅をしていていきなり空を飛ぶのはワープ的な感じなので、飛行機に乗ったことは隠しておいて、電波な少年の猿や岩や石といった方々のように何事もなかったかのように陸路で旅が続いているふうに見せかけるという方法もあるが、オレは子供の頃から何があっても決して嘘をつかないということを信念に今まで生きてきた男だ。他地域の人は知らないかもしれないが、静岡県ではそのおかげでオレの本名が正直者の代名詞として使われているし、特に浜松市の教育委員会には「未来の正直者を育てるために」というテーマで毎年講演に呼ばれているくらいだ。それくらいオレは絶対に嘘をつかない人間なのである。まあ、オレの本名が正直者の代名詞とか、教育委員会に呼ばれているなんてことはウソですけれども。 ということでインドの東端カルカッタからは東南アジアに向けてシュワーッチと飛行機もしくはパラグライダーなどで飛ぼうと思っていたのだが、オレがある日注意深く世界地図を見ていると、インドとミャンマーの間にもうひとつ余計な国があるのに気が付いた。 ![]() …………。 なんだこりゃあ。どっから出て来たんだおまえ……。おかしいぞっ!! 今まで気付かなかったのに!! というかこの前見た時は無かったぞこんな国!! 以前のバージョンの地図には載ってなかったじゃないか!! 地図の会社が、改訂版を出す時に「新発売の第3版世界地図では、国の数も大増量しました」とか売り文句を作るために無理やり付け加えたんだろその国!! オレは、一瞬その国を見なかったことにしようかと考えた。ミャンマーはしょうがないけど、すぐ隣に陸路で入れる国があると知ってしまったら行かざるおえなくなる。このまま黙っていて、この国を認識していなかったことにすれば、行かなくて済むじゃあないか。 ……だがしかし、それはつまり、オレがここで生まれて初めてウソをついてしまうということでもある。いつも知り合い100人いたら100人が、1000人いたら2500人が口々に「キミは正直者だね」「キミは絶対にウソをつかない人だね」「キミはもっとモテモテになるべきだね」と誉めそやすオレという伝説の紳士が、見てしまったことを見ていないと言うのは激しくポリシーに反することである。見たことは、「見た」と言うのがオレのポリシー。たとえ道を歩いていて前を行く女性のスカートが風のいたずらにより瞬間的にめくれ上がっても、オレは決して見ていないフリなどせず即座に「見ました。僕は今あなたのパンチラを見ました」と大声で名乗り出るだろう。 その余計な国は、バングラデシュであった。事前情報いっさいなし。使用言語不明。主要都市不明。みどころ不明。実在の国かどうか不明。そもそも地図会社が最新の地図を作るために書き下ろしで急遽作成された国なのかもしれないのだ。 しかしオレは、バングラデシュに行くことにした。行きたかったからではない。行きたくないけど今まで作り上げた伝説の紳士のポジションを守るために行くのだ。 インドを出たら、次の国はバングラデシュである。 カルカッタにはまだ人力リキシャというか人力車が残っています。 ![]() 乗ってみるとこんな感じ。ちょっと申し訳ない気分。 今日のおすすめ本は、 ここまでの話+αを本でどうぞ インドなんてもう絶対に行くかボケ! ……なんでまた行っちゃったんだろう。 (幻冬舎文庫) |