〜電車でGO! スーダン編〜





 オレは2日ぶりに満足な眠りに入ることができた。
 なんといっても、おとといの夜は食中毒菌が腸の中で大暴れ。まるで
細菌界の8代将軍吉宗かといった勢いで暴れん坊ぶりを発揮しており、オレは必死に「こ、こいつは将軍などではない。上様の名をかたる不届き者だ!!」と、もしくは「ええい、上様とて構わぬ!! 斬れ! 斬れいっ!!」と腸に向かって菌を成敗するよう励ましていたのだが、食中毒の菌の強さは本物の将軍級、逆に腸の方が成敗され、結局痛みをこらえて一睡もできなかったのである。
 さすがに現在絶頂期を迎えている
みのもんたでももうちょっと寝る時間があるだろうに、別に早朝も昼も深夜もレギュラーを持っていないオレが一睡も出来ないなんて、キャンディーズ解散以来の大事件である。オレの場合は一睡もしないでがんばって苦しんだところで長者番付に載るわけでもないし。それどころか治療費をたくさん払った(涙)。貧者番付になら載りそうである。
 さて、肝心の腹具合であるが、寝れたということからもわかるようにもう痛みはほぼ無くなり、じっとしているだけなら外見上は他の健康体と比べても見分けがつかないほどまでになった。おそらく、同宿の日本人4人とオレとで一列に並んで、
「さて、ここでクエスチョンです。この5人の中に、一人だけ食中毒菌に感染している『ある人物』が混じっています。その『ある人物』とは、いったい誰でしょうか?」とミステリーハンターがクイズを出しても、黒柳さんや坂東さん、羽仁進監督でもなかなか正解しないのではないだろうか。ちなみに正解を見つけるには、屋台でサイコロステーキを買ってきて目の前に突きつければいい。一人だけ逃げて行ったやつが、正解の食中毒人間である(涙)。
 尚、どうでもいいが最近の世界ふしぎ発見は
ルールがわからない。スーパーひとしくんはどこへ……。

 さて、本日は記念すべき、アフリカ脱出への第一歩を踏み出す日である。ざっと今日からの予定をアラビア語で説明すると、……おっと、これを読んでいるみんなは日本人だったな。じゃあアラビア語じゃなくて日本語で説明すると、まず電車で砂漠を2泊3日走り国境の町「ワディ・ハルファ」へ。そして、到着の翌日にはそこの港から船に乗って、1泊2日でナイル川をさかのぼり、エジプトのアスワンへ入港するのである。2泊3日の電車に1泊2日の船……。普通それだけ時間のかかる移動は、隣の国までというより
大陸間移動である。
 しかしこの行程が全て終われば、いよいよアフリカ脱出である。もう
ほんとに早く脱出させてくれ。オレがいるべきところじゃないんだよアフリカは! 見ろよこのオレの肌の白さを!!!! 先進国向けの肌だろうがっ!!!!!! 保湿作用も高いし。

 ということで、そのエジプトへの行程だが、これを共にするのはハルツームの宿でオレと運命の出会いを果たした4人の日本人旅行者である。まずはオレと毒を
盛ったり盛られたりする仲の命の恩人・多神くん。そしてナイロビからチラホラと顔をあわせているパーティ系カップル(意味不明)の、ウララカオルコンビ。そしてエジプトを出てアフリカ大陸南下の旅をスタートさせたと思ったらいきなり帰るハメになった、かわいそうなマリさん(仮名)。この合計5人である。
 さて、人間、何人かのグループになる時には必ず
リーダーというものが必要になってくる。この5人の中で誰が一番リーダーにふさわしいか。それは少し考えてみれば自明の理であろう。オレの旅の長さ、経験、人間性、(中略:自画自賛)、つまりこの作者しかリーダーになる人間は考えられないのである。学生時代は学級委員やグループ登校の班長もやったことがあるし、なんといっても5人の中で一番年上なのがこのオレなのだ。ということで、別にリーダーがどうとかいう話は全く出ていないがオレは喜んでリーダーを引き受けることにした。責任は結構重いな……。これは気を引き締めねば。
 さあ、ではみんな、そろそろ出発しようか。ところで多神くん、今から僕たちどうすればいいですか??



「じゃあ、マリさん(仮名)とウララカオルさんで、作者さんを連れてタクシーで駅へ向かってください」


「そうね。作者くん、お腹の具合は大丈夫? もしきついようだったら私たちで荷物持つから言ってね」


「はい。まだおなかいたいので持ってください」


「わかったわ。無理しちゃダメよ」


「はぁい(涙)」


「じゃあ僕はみなさんの分のチケットを持って、先に自転車で駅まで行って待ってますから。場所はわかりますよね?」


「そうね。多神くんに書いてもらったメモをタクシーの運転手に見せるから、大丈夫だと思う」


「じゃあ遅くても8時半までに到着するようにしてください。僕たちの席は2号車ですから。ホームの前の方で待ち合わせです」


「うんわかった。じゃあ駅でね!」


「では」



 オレたちに的確に指示を出すと、
多神リーダーは一足先に自転車で駅へ向かって出発した。……過去の記録を見てみると、どうやら彼は最年少リーダー記録を塗り替えたようだ。記録誕生の記念すべき場に居合わせることができて、オレは幸せ者だなあ。ちなみにオレはリーダーというより、年下の女性旅行者にさらに年下扱いを受けている。これほど人として情けないことがあろうか。いや、ない。
 ミーティングを開いたわけでもないのに、最年少(しかも10代)でなぜか全員からリーダー扱いされる多神くん。そして最年長なのに全員から
病人扱いのオレ。人としてなんという差だろうか。オリンピック的な例えだと、多神くんを荒川静香とすればオレは演歌界の荒川静香といったところであろうか(号泣)。
 ちなみに、チャリダーの彼は本来自転車で国境まで向かうのが筋じゃないかと思うかもしれないが、ここから国境まではほぼ砂しかないため、さすがに電車に乗らないと
途中で死ぬらしい。まあそれでもいいんじゃないの? と個人的には思うのだが、倫理的には仕方の無いことだ。

 ところで、そのリーダーTくんは昨日オレの診療をした女医に対してダメ出しをしたわけであるが、前章を読んだ
2年後の、作者のマイミクの多神くんから時を越えて訂正が入った。
 2年後の彼はこんなことを言っている↓。

「当時、血液検査に対して否定的なコメントをしていますが、細菌性の下痢の場合、血液中の白血球の増加などが認められるため、また他の感染症の可能性を調べるためにも血液の検査は適当なようです。
 また、作者さんが購入した下痢止めの薬は塩酸ロペラミドでした。
 http://www.interq.or.jp/ox/dwm/se/se23/se2319001.html
 私は同成分の錠剤を持っていましたが、旅行前に父のかかりつけ医から細菌性の下痢には効かないからといわれていたため、かような『いかにも私は知っています』的発言になったわけでございます。でも作者さんには難しいかもしれませんが、旅行者は知っているべきことです。アフリカを旅するなら、このくらいは勉強しておいてください」



 ……なるほどー。



 じゃかましいボケっ!!!!!

 
なんてやろうだ!! その年上の先輩を侮辱する発言はなんだっ!!!
 そうか……オレは彼の手助けに心から感謝しありがたやと涙を流していたのに、心の中ではずっと無知なオレを小馬鹿にしていたんだな……。
この悪人!! 人でなしっ!! おまえを偉人だと思っていたオレが間違っていたよ!!!


 ……おっと。今また2年後の多神くんからコメントが。なに? 最後の部分は書いた覚えが無い? 最後の2行は
作者の捏造ではないかって???

 
……なにを言うんだっ!! オレが多神くんのイメージダウンを狙って勝手に感じ悪い文章を付け加えたというのか! そ、そんな、そんな卑怯なことをこのオレがす、するわけないじゃないか……いや手が勝手に動いたかもしれんがそれは手が悪くて決してオレのせいじゃ……
 まあ、そんなつまらないことで争うのはやめようよ。大人げないぞ。もういいから話の続きに戻ろう。
前へ進もうじゃないか。


 さて、2年後のことは忘れて、オレは女性達に連れられてハルツームの北郊外にある、始点の駅へと向かった。オレは彼女たちに指示されるままタクシーに乗って下りただけである。はっきりいって、こんな楽な旅のシーンは初めてではないだろうか。年下の旅行者たちに
甘えていれば、勝手に交渉ごとも済ませて目的地まで連れて行ってくれるのだ。これは旅というより、遠足だ。今日からしばらくは、旅じゃない、遠足なのだ。自分の情けなさについての感情だけ封印しておけば、こんな楽しいことはない。
 これから、同じコンパートメント(ボックス席)で日本人旅行者5人一緒に、ワイワイガヤガヤと騒ぎながら砂漠を走る。過去の作者の旅行ではありえなかった娯楽体験である。このために、昨日こっそりトランプも買っちゃったもんね〜。まだ秘密にしておいて、後でみんなが退屈してきた頃に取り出してやるんだ。これはきっと喜ばれるぞ〜。
「作者さん、気が利くんですねっ! 大好き!」とか「すごい、みんなのことを考えてますねー。これじゃあリーダーは作者さんに譲るしかないなあ」なんていって!
 どうやら、昨日おとといの食中毒がアフリカ最後の試練だったようである。もうオレのアフリカの旅は終わったのだ。今日からは辛いことなど全く無い、楽しい旅が始まるのである。楽しい旅。「旅」という言葉は、本来楽しい旅のことを指すのであろう。旅仲間と一緒にワイワイと過ごす、
今日からのこんな旅を。



「みなさーん! こっちこっち!!」


 約束どおりホームの前の方で、先に到着したリーダー多神くんが待っていた。チャリは貨物車に預けてあるということだ。なんでこんなとこで貨物車とか普通に使いこなせてるんだおまえは。生意気だ!


「僕たちは2号車ですから。じゃあ先にチケット渡しておきますね。一緒に買ったんでみんな同じボックスです。念のため確認してください」



 そう言ってテキパキと、全員にチケットを配るリーダー。ああ、この集団に参加できてよかった。本当によかった。もし一人だったら、2泊3日どんなにつまらない移動になっていたことか! 日本人万歳! 
リーダー万歳!!

 ……あれ?
 なぜか多神リーダーは、オレだけにチケットを渡してくれない。なんだっ!! またイジメか!! 食中毒だけじゃまだ恨みが晴らせていないとでも言うのかっ!! この上まだまだオレをイジメないと気が済まないのか!!! 
人でなしっ!!



「作者さん、作者さんは自分でチケット買って来たんですよね。何号車ですか?」


「あっ。そうだった。オレは自分で買ったんだった。えーと……オレは、8号車」


「そうですか。じゃあだいぶ後ろの方ですね」


「あ、そうか。あははっ!」



 そうだった☆ オレは多神くんがチケットを買いに行ってくれるというのを断って、後から一人で駅に行ったんだ。だから、席も全然違う場所なんだ。もお〜、すっかり忘れてたよ。











 ……。















(号泣)
(号泣)
(号泣)
(号泣)






 なんでっ!!!

 なんでなのっっっっっ!!!!!!!!!!!!

 ワイワイガヤガヤとっ!!! 日本人旅行者と2泊3日ワイワイと楽しく過ごす、楽しい旅がっ!! 楽しい旅があ〜〜〜〜〜〜っ(号泣)!!!!



 オレは他の4人と、
これからの旅路に胸膨らませる日本人のグループと別れ、トボトボと一人ホームを歩き、彼方の8号車へ向かった(号泣)。週1本の電車だけに、ホームは乗客で賑わっている。3号車から後ろには、外国人の姿は無い。……もうオレなんて、電車に轢かれた方がいいのかな。食中毒で死んだ方が世のためになったのかな。こんな旅行記なんて、こんな旅行記なんてもうやめてやるっ!!!! もう書かない!!!!

 さて、寂しく8号車、悲しくオレのコンパートメントに行ってみると、もちろん他の乗客は
スーダン人であった。ははは。ワイワイと楽しく……できないな……。トランプ……。ああああ〜〜〜〜(泣)。楽しい遠足の予定が〜〜。日本人と、日本人と遊ぶはずが〜〜〜〜(号泣)
 ……。
 ああああ〜〜〜〜〜〜(号泣)


 ちなみにこの電車は、外側はインドなどと同じく発展途上国タイプの古めかしい姿であるが、その中身は他の国のものとは違い、
砂の世界であった。座る前に砂だらけのシートをパン! と一発はたいたところ、ボックス席に砂嵐が巻き起こり、他の乗客の顔すら見えなくなった。どうやら座席のシートの中にも、ひと砂漠入っているらしい。
 なにしろ、この電車は砂漠の真っ只中を2泊3日かけて国境へ行き、中1日で引き返してまた2泊3日で首都へ戻り、また中1日で砂漠を突っ切り国境へ、というスケジュールを
永遠に繰り返しているのである。このように砂と電車の一本化に成功しているのはしごく当然のことであろう。
 ということで、寝台もついていないただの座席で、5人のスーダン人に囲まれて、舞い踊る砂の中で2泊3日がんばります……。
なんでこんなことになるんだよっ!!!  この高学歴、高収入、高身長のオレがこんな過酷な移動に耐えられると思ってんのかよっ!!! このスーダンがっ!!! スーダラ節の「スーダラ」を「スーダン」に変えて歌うぞこの野郎!!!!



「作者〜! 作者!」


「だれ? オレを窓の外から呼ぶあんたはだれ??」


「オレだよ。ハマダンです!」



 砂にまみれて席につき、泣きながら発車を待つばかりだけだったオレをホームから見つけたのは、数日前にジュース屋でちょっとだけ話をしたハマダンというスーダン人であった。こんなところでまた会うとは奇遇だが、何をやっているんだろうか。



「おお、ハマダンさん。あなたも誰か見送りに?」


「何いってるんだよ。おまえを見送りに来たんだよ! ほら、この間話した時に今日の電車に乗るって言ってたじゃないか」


「ええ……たしかに言ったけど、わざわざここまで……?」


「友達を見送るのは当たり前じゃないか。いいか、この後も気を抜かずに、ちゃんと最後までがんばるんだぞ!」


「ハマダンさん……」



 
ピギャーース(泣)!
 まったくスーダン人ってやつは……。彼はほんの10分ほど世間話をしただけの、初対面の外国人をわざわざこんな町外れまで見送りに来てくれたのである。しかもこの大量の乗客の中からちゃんとオレを探し出して。
 スーダン人素敵。ハマダンも素敵。今日は、悲しいことばかりじゃなかった。泣かせるシーンも用意されていたのだ。


「さようならハマダン! あんたのような人がいるスーダンは素晴らしい国だよ!! ありがとう! そしてエチオピアは最低な国だよ!!」


「元気でな! また来いよ!」


「ハマダンLOVE! さよーならーーーー」



 感動的な別れと同時にうまく電車は走り出し、オレは一瞬嫌なことなど忘れ、スーダンの思い出に浸った。しかしふと我に返ると砂まみれの車内、取り囲むスーダン人、これから数日間の行程、
まだまだとても思い出に浸っている場合ではなかったのであった。






今日の一冊は、気持ち悪さここに極まれり 伊藤潤二傑作集





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