〜経済崩壊の国〜





 プレトリアを出て、国境に着いたのが翌朝5時。
 ご覧の通り、南アフリカ発のバスはかなり豪華だが、もはや白人はいない。黒人の長蛇の列に並び、入国審査を済ませる。
 ある意味、本当のアフリカはここから始まると言ってもいいだろう。
 ジンバブエと聞いて思い出すのは、昔何かのテレビ番組でユースケサンタマリアがVTR出演した時に、「こんにちは。僕は今ジンバブエにいます」と言って笑いをとっていたことだ。
 つまり、今までジンバブエなんて
ギャグのネタくらいでしか聞いたことがないということだろう。もしかしたら友人にメールを出して「今僕はジンバブエにいます」と言っても誰も信じてくれない可能性が高いのではないだろうか(涙)。むしろ「つまんない」とか意味不明の感想が帰ってくることも十分考えられるので、ここから誰かにメールをするのはやめておこう。よく考えたら、「今ジンバブエにいます」などと言ってウケを狙うのはジンバブエ人にとても失礼だ。

 南アフリカを出たことで喜ばしいことは、殺される危険度が若干下がったということだ。治安がいい国などは無いにしても、昼間っから普通に強盗が出る街はもうナイロビ(ケニア)までは無いのだ。都市部は夕方以降は危険だが、田舎の方は下手したら夜でも出歩ける。・・・。アフリカに来ていつのまにか「夜出歩ける」というだけで感謝するようになってしまったオレは、日本に帰ったらきっと
毎晩感謝しまくりだろう。

 ジンバブエの道端に一人ポツンと降ろされたのは、到着予定時間の7時から5時間程遅れた昼の12時だった。結局15時間もバスに乗っていたことになる。・・・。この1週間の間に、たった二回バスに乗っただけで合計時間が36時間。
ありえない時間だ。デーモン小暮の年齢10万39歳くらいありえない。
 もう・・・バスはいやだ・・・。すでにオレは半分バス恐怖症になりかけている。バスと聞いただけでも恐怖がオレを襲ってくる。このままでは日本に帰っても女性にスリーサイズを聞くことさえできないだろう。
 さて、なぜオレが黒人さんですら一人も降りなかったマシンゴという町に一人たたずんでいるかというと、この町から行ける「グレートジンバブエ」という遺跡を見るためなのだ。遠い昔、なんとか王国によって作られた遺跡、ということでたとえ何の興味も無くとも、有名な遺跡の近くを通ったら訪れるというのは旅人の義務である。
 バスを降りた途端に近くの店から怪しい黒人が出てきて、なぜかこそこそと両替をしてやると言ってきたのだが、あまりにも怪しかったので無視する。
 町を歩いてみると、やはり南アフリカとはいろいろなことにおいて格段の違いが見られた。喫茶店やファーストフードなどあるわけがないし、住人は全員黒人だし、ホームレスがいるし、犬やネコはいるが明らかに野生に近く、南アフリカの犬のように○○犬というふうに
種類を特定することができない。
 人に尋ねながら安宿にたどり着いた。しかしとりあえず宿を確保するのはいいが、オレはジンバブエの金を持っていない。ちなみにジンバブエの通貨単位はドルだ。早速女主人に両替情報について尋ねることにした。



「すいません、支払いは両替してからでいいですか?」


「いいわよ。」


「あのー、今両替のレートってどのくらいですかね??」


「公定レートは1USドルが57ジンバブエ・ドルくらいね。」


「へーそうですか。」


「闇レートなら1USドルが650ジンバブエ・ドルくらいね。」


「へーそうですか。・・・ちょっと待ってください。闇レート650ってどういうことですか。」


「銀行で両替すると1USドルで57ジンバブエ・ドルにしかならないけど、闇両替なら1USドルで650ジンバブエ・ドルもらえるってことよ。」


「な、なんだそりゃ・・・」


「なんならうちで650で両替してあげるわよ。どう?」


「いや!結構です。ちょっと町をさまよってきます!!」



 闇両替、すなわち銀行などの公的な機関ではない両替屋などで両替をすると、なんと公定レートの10倍以上の金額が手に入るという。よくわからんが、女主人があっさり1USドル=650ジンバブエ・ドルで両替してやると言ったということは、もっといいレートでできる可能性は大いにある。
 そういえば、さっきオレがバスを降りた時に話しかけてきた怪しい黒人は、まさしく闇両替屋だったのだ!すかさずオレはバス停に戻り、怪しい黒人のいる店に入っていった。辺りを警戒しながらこそこそと怪しい黒人に近づき、こっそりと話しかけた。



作「こんにちは。いい天気ですね!
あ、あの。両替を・・・



キラーーン!!
オレの口から両替という言葉が出た瞬間、怪しい男の目が怪しく輝いた。



「ふふふ。よーし、わかった。アニキに電話するからちょっと待ってな。」



男はおもむろにどこかへ電話をかけだした。怪しい男だけに話し方もかなり怪しい。もちろん内容はわからない。ジンバブエ語か?



「ふっふっふ。もうすぐアニキが来るから。」


作「あ、アニキですか・・・?」



 しばらくして、1台の車が店の前に停まった。そしてその中から登場したのは、まさしく怪しい男のアニキ分、その名も怪しい男のアニキだった。
あ、あやし〜〜〜!!
 アニキは、怪しい男に輪をかけて怪しい姿をしていた。髪はドレッドヘアで、顔にはサングラスをかけている。ここに来るまでに
5,6人殺してきたという雰囲気だ。



「おー、おまえか?」


作「は、はい・・・。僕ですけど・・・。」


「レートはいくらがいいんだ?」


作「は、はい?え、えっと、じゃあ1USドル=1000ジンバブエ・ドルくらいでどうかななんて・・・」


キラーン!!


作「いやいや!冗談ですよ!!そんな贅沢なこと言うなんて滅相もございません。贅沢は敵です!国家総動員法万歳!!」


「まあ、いいだろう。じゃあ1000で交渉成立な。」


作「へ?」


「よし、ここじゃまずいから車に乗りな!!」


作「は、はいアニキ!」



 アニキと怪しい男に挟まれたオレは、有無を言わさず怪しい車に乗せられた。もちろん右側にはアニキが、左側には怪しい男がぴったりとついている。最初こそ世間話をしてそこそこの雰囲気を保っていたが、次第に話題も無くなり、車の中はただ怪しい沈黙が支配していた。
 ・・・ずいぶん長いこと走ってるな。ほ、本当に両替屋なんだろうか・・・。そもそもこんな遠くまで連れてくるなら、別にわざわざ両替なんかしなくても、オレを葬って金だけ奪えばいいんだよな・・・。こ、怖い!!!!知らない人にはついて行っちゃいけないってお母さんに言われてたのに!!いやだ!このまま無理矢理
非合法のデートクラブで働かされるなんてイヤだ!!!
キキーーッ



「さあ、着いたぞ。」


作「やめてくださいっ!そ、そんな見ず知らずの男の相手をするくらいなら私、舌を噛みますっっ!!


「なに言ってるんだ?ここはオレの家だ。」


作「な、なんにもしないでしょうね・・・。」



 車を降りたところは、たしかに一軒の民家の前だった。殺人アニキと怪しい男がドアを開ける。一体この家の中では何が行われようとしているのだろうか。果たしてこのままついて行っていいのだろうか?逃げるなら今ではないだろうか??
 緊張で拳を握り締めながら部屋の中を覗いていると、奥からアニキの奥さんと息子が出てきた。



「おーい、今帰ったぞーっ。」


「あーら、あんたお客さんかい?」


「パパー!」


「おーよしよし。」


作「・・・。」





そして・・・。











  ババーン!!








 たった70USドルを両替しただけなのに、目の前には
7万ジンバブエ・ドルの札束が詰まれた。
 ジンバブエは深刻な外貨不足に見舞われていて、公定レートと闇レートが20倍もの開きがある。経済は崩壊しハイパーインフレが巻き起こり、このように外貨を持っている外国人にはとても有利なのだが、ジンバブエの人々はかなり生活に困窮することになっているのだ。



「パパーっ。僕もつれてってよーっ!!」


「ダメだよ。お客さんを送ってかなきゃいけないんだから。おまえはおりこうさんにして家で待ってなさい!」


「えーんえーん!」


「ごめんな。わがままな息子だもんで。」


作「いえいえ・・・。」



 結局、オレが恐れおののいていた殺人アニキは、ただの
闇両替もするいいお父さんだった。無事町までオレを送り届けてくれ、怪しい男とオレを降ろしたアニキは再び家族サービスをするために去っていった。
 やはり人間見た目で判断してはいけない。改めて当たり前の教訓を学んだオレは、明日の今頃自分が
ショックという大海原で水死しかけることになることなど全く知らずに、晴々と宿へ帰ったのだった。





今日の一冊は、熊が怖すぎの実話! 傑作!! 羆嵐 (新潮文庫)





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