〜想い出のザーヘダーン〜





 クソー! ふざけやがって!
 ムキー!!! アヨーーーーーッ!!! 
ガシャーン(自動販売機に八つ当たり)!!!

 おっと。ザーヘダーンの町に自動販売機など無いんだった。
 
ナヤアーーーーッ!!!! フサッ(パキスタン大使館前の路上に生えていた草を蹴り上げた音) おのれえ……。
 こうして旅行記も書き出しからオレが異常行動をとっているのは、
決してタミフルを服用したからというわけではない(※異常行動とタミフルの因果関係は証明されていません)。タミフルなど飲まなくても、元から異常なんだよオレはっ!!! ぐへっ、ぐへへひょ……チーンポーンお尻ふりふり〜〜♪
 って
バカヤロー!!! 違う。これは決して異常行動を取っているわけではなく、パキスタンビザの取得に4日もかかることに対する怒りをストレートに表現しているだけだ。十分正常行動の範囲内である。だいたい、今の時点で既に国境の辺鄙な町に滞在3日目である。昨日は金曜で休日だったので、今日になってやっと申請ができ、さらに発行まではこれから4日間も待たされるハメになったのだ。
 ちなみに、イスラム諸国では日曜ではなく金曜日が祝日である。まったくややこしい。こちらのサラリーマンは、休日の終わりを痛感するのにサザエさん症候群ではなく
クレヨンしんちゃん症候群に襲われるらしい。ちなみに、人生に希望が持てず毎日次の日を迎えるのが怖いオレは、NHK7時のニュース症候群である。生きていてすいません。

 それにしても、カイロやイスタンブールなどの日本人宿とか、佐藤寛子ちゃんの部屋のクローゼットに侵入してのぞきをしながらとかだったら1週間くらい平気で過ごせるが、さすがに
イランとパキスタンの国境の町で一週間は無理だ。何も無いんだよ。観光に出かける場所もネットカフェも見学自由な女子高も無い。あるのは時間だけ。この時間を、帰国してから好きな人と過ごす時間のために貯金しておきたい気分だ。だって、好きな人と一緒だと時間はあっという間に過ぎるんだもの……。
 ザーヘダーン側にとっても、オレという人間は特に必要ないのにひたすら居座るという、
あぶない刑事における木の実ナナのような存在になってしまっている。名残惜しいくらいで引き下がるのが丁度いいのに。

 毎日朝は宿の部屋でぐーたらと過ごし、毎回同じ食堂で同じチキン+ライスを食べ、午後はハンダイバイクに乗って町の中心に出かけうろつく。ハンダイバイクというのは、地元のハンダイおじいさんが運転するバイクである。別に公共交通機関ではないのだが、なぜか宿を出て少し歩くとたいてい10分以内にハンダイさんに出くわし、わざわざ彼は毎日ミニバイクの後ろにオレを乗せて運んでくれるのである。

一番右が、ザーヘダーンでの僕の専属運転手ハンダイさん。

 そしてこれがハンダイバイク。
 彼らはこの国境の町にずっと住んでいるだけあって、人間関係をとても大切にしているようだ。なんといっても、ここでは日がな一日友人と話をするくらいしかやることが無いのである。
人との交流こそが唯一と言っていい娯楽なのだ。
 これが将来もっともっと文明が栄え娯楽の種類もレベルも底上げされると、人と話をする必要や技術はどんどん無くなるのだろう。日本人、そしてオレのように。


 時々オレもハンダイさんたちの集会に混ざったのだが、おじさんたちは気前よく外人を仲間に入れてくれ、おまけにチャイまで奢ってくれる。
 ある時、オレが話をしながら目薬を注していると、「なんだそれはっ! オレにもやらせろ!!」と好奇心旺盛なハンダイじいさんが目薬をかっぱらって行った。


「あの、ハンダイさん、大丈夫ですか? 注し方わかりますか??」


「バカにするんじゃねえよ!! オレだって目薬くらいさせるわい!!」 ズブッ ズブッ



 
刺さってる!!! 目薬の先端がハンダイさんの眼球にズブズブ刺さってる!!!



「あのハンダイさん……。目薬というのは、容器を目に突き刺すんじゃなくて、本体は空中に浮かせたままで、容器を押して中の液体だけを目に落とすんですよ(涙)」


「そうか。ちょっと間違えた」


「あーたよく目痛くなりませんねそんなことして。ああ、なんかもうその目薬使うのやだな……。目薬って普通に貸し借りするのも病気になるからいけませんって言われてるのに……まして見知らぬおじさんの眼球に刺さったやつなんて……」


「大丈夫。ノープロブレムだ!」


「なんでもノープロブレムで片付けようとするなっ!!! なにがプロブレムかもわかってないくせに!!!」


「おい、作者、オレも目薬さしてみたい!」


「あ、あなたもですか……慣れないことはしない方が……」


「うん、だから、おまえが注してくれ。はい、上向けばいいの?」


「……」



 今度は隣のおじさんに、オレが脂ぎった頭に手を添えながら目薬を注してやるハメに。
オレはあんたのお母さんか?? 大人の男同士で目薬の注しあいをしているこの不気味なシーンは、オレが情熱大陸に取り上げられることになっても決して放送して欲しくない。


「よし作者、町まで行こうか。どうせまた1人で怪しくバザールをうろつくんだろう?」


「はい。いつもすみませんハンダイさん……」



 今日も今日とてハンダイバイクの後ろに乗り、いちおうそこそこは栄えているザーヘダーンの中心部まで連れて行ってもらう。オレを降ろすとハンダイじいさんはまたプスンプスンと帰って行くのだが、はっきり言って、
イラン人は大好きだ。ぬぬ……。優しいんだよあんたらは!! ニートにこんな情けをかけるなんて!! ダメ人間を全うしようという心が揺らいでしまうじゃないかっ!!

 しかし、国境のザーヘダーンは所詮栄えているといっても商店が並ぶのはせいぜい数百メートル四方。1日で簡単に回りきれる規模のこの町で1週間ひたすらさまようというのは、元々したくてしていることでも無い上にかなり無理がある。いうなれば
おぎやはぎのビンゴ〜レボンゴレのようなものだ。
 ところが今日も1日いつものルートを冷やかして、たくさん歩いて健康増進、健康ニートだなんて思っていたところ、通りすがりの大学生が「うちに遊びにきなよ!」などとおっしゃる。彼は近くの学生寮に住んでいるらしい。も、もしかしてこの若者について行けば、女子大生を紹介してもらえるかも……。おこぼれをもらえるかも……。婚前交渉は死刑だとしても、どうせオレはすぐに出国するし……。
 ということでオレはおこぼれを狙って彼の部屋にお邪魔することにした。
 乗り合いバスで10分ほど移動し、ザーヘダーン大学の寮として使われているアパートへ。いたるところにイランの若者の姿が見られる、若さ溢れる建物だ。これだけの大学生がいたら、
いつ何時どの方向からおこぼれが落ちてくるかわからないので、常時気を張っておかなければならない。だがその点は日本代表GK川口能活と学年・身長・出身地・ハンサム指数が同じオレ。気迫のセービングで小娘1人逃しはしないぜ。

 大学生の彼は近くにいた何人かに声をかけ、特に女学生はこぼれてこなかったので結局3人の
男子学生と一緒に部屋で遊ぶことになった。オレは硬派なので、男だけの方が都合が良いのだ。女子大生なんかにはちっとも興味が無いね。
 一般的に、「付き合っている友人を見ればその人間がわかる」と言われるように、人というのは自然に自分と同じようなタイプの人間が周囲に集まるように出来ているらしい。つまり、今このように若々しいインテリの面々に囲まれているオレがどういう人間かというのは、
言わずもがなであろう。そう、その通り。今あなたが思ったことが正解だ。
 まあしかし今でこそこうして周りに集まる人間でオレが判断されているが、日本でのオレはそう簡単に法則通り見極めることはできないぜ。なぜなら、日本ではオレの周囲に集まる人間など
いないからだ(涙)。判断のしようが無いじゃん。せいぜい実家に帰るとムクが集まってきてくれるくらいで、普段周囲に人影は無いよ(号泣)。日本に帰ったら、友達になってくれる人を募集したいです。

 2人で一部屋をあてがわれているという寮の一室には、ごく普通にベッドや机、パソコンまである。さすがオレと同類のインテリエリート学生だ。
きっとこのパソコンでグラビア画像を集めまくっているに違いない。そんなところまで似ているなんて……似すぎて怖いわ……。
 ジュースをご馳走になりながら、オレは3人の学生と国際経済やグローバリゼーションがもたらす貧困についてなどの議論を交わしていた。もう少し簡単に言うと彼らの使う英単語が
難しすぎて全然理解できなかったのだが、きっとそういうことを話していたんだと思う。言葉は通じていなくても心では通じ合い議論していたのさ。



「ところで作者、いいもの見たくないか?」


「いいものはいつでも見たいよ。どのようないいものですか? 女子大生の裸体?」


「ふっふっふ。じゃーん。これだよ……」



 そう言うとヤングスチューデントは、一枚のCD−ROMを取り出してパソコンにセットした。しばらくして起動した動画には、なにやら狭い部屋の一室が映し出されている。そしてそこにはイラン人の男女が。そして布団のようなものが。
 ……。
 おおっ!!!


「こ、これはもしかして……」


「いひひ……すごいだろう……」


 固定位置からのカメラが、女性の服を徐々に脱がせつつあんなところやそんなところをまさぐる若い男のニヤけた顔を捉えている。うはっ、うははっ、
ぬおおおっ!!! すごい!! 全部脱いだっ!!! 見えている!! 全て完璧に見えている!!! モザイクなどという健康に悪い有害物質は一切まとっていない!! ワー! キャーー!! ううっ(ムラムラムラッ)……トイレに、トイレに行かせてよ……
 ただのエロ動画ではない。ここは、
女性が頭を見せるだけのことがパンツを脱ぐのと同じだと(一部の人に)言われるイランなのである。そのイラン人女性が、頭どころか豊満な……そしてよく繁った……ああ、全裸に……あわわわわ……ブクブク


「ちょっと、これどうしたの??」


「そこに映ってる男の方がすげー悪いやつでさあ。自分の部屋に隠しカメラを仕掛けて、女の子を連れ込んで撮影して、それを売ってるんだよ」


「ぐおおおおお。なんて悪い奴なんだ……。それを買ったの?」


「うん。買った」



 なんてことだ! 邪道だ!! それは邪道だぞ!!
 いいか、例えばオレが集めているグラビア画像の被写体は、みんな自分が撮られていることを納得しているアイドル達なんだ。こんなふうに女の子を騙して隠し撮りしたものなんて、普通の感覚を持つ男だったら、女の子が気の毒でとても見ていられないはずだ!! 
いくらエロでも、マナーとして、そういうのは見ちゃダメなんだ!!!



「ダメなんだ!! 見ちゃダメなんだ!! なあ、彼女がかわいそうじゃないか!! 彼女がどんなに悲しむかを考えてみろよ!」


「そうだ。彼女がかわいそうだ。こんな悪いことをする奴は、捕まえて警察に突き出さないといけないんだ!!」


「そうだそうだ!」


「よーし、じゃあこの動画をじっくり見て、犯人の顔や声をよく覚えよう。ハァ……ハァ……」


「そう。その心がけだ! 町で犯人を見つけた時にすぐわかるように。見逃さないように。よーく見よう。はぁ……はぁ……」



 しかしはぁはぁしながらもオレは思った。この動画の存在が公になったら、おそらく男も女も
死刑になるだろうと。そもそも婚前交渉どころか髪の毛を見せただけで罰せられる国なのだ。男は普通に法によって裁かれ、女性の方も名誉の殺人で家族や親戚に殺されるのではないだろうか。イラン人女性の裏動画ということで尋常でないレアものではあるが、一方で登場人物の行く末が心配で素直に興奮できん。その点が作品としてはちょっとデメリットだな。そこだけ少し減点ね。AVというのは、視聴者に対して不安を抱かせてはいけないのだ。
 大体、買う方も買う方だ。全くけしからん。なんてエロい、エロに精神を支配されている奴なんだ。これじゃあ、オレの周りにいるからって
オレと似ているとは到底言えないなあ。全然違うよ。類は友を呼んでないよ。
 後ほど彼らは大学の構内を案内してくれ、さらに帰りはオレをタクシーで宿まで送り、タクシー代まで払ってくれた。なんなんだこの無償の愛は。くそっ。感謝するぞっ!! 今までの人生でこんなに無条件でオレに親切にしてくれたのは、
両親かアラブ人かペルシア人(=イラン人)だけだっ!!! それ以外はみんなオレをいじめたんだ!! 学生時代もいつも1人だったんだ!! イラン人なんか初対面なのにこんなに優しいんだ!!
 …………。
 あっ!! あまりに彼らの優しさに感激しすぎて、
エロ動画をコピーしてもらうのを忘れた(号泣)。なんということだ……。まさかオレにエロを忘れさせる人間が、この地上に存在しようとは。世界は広いなあ。


 ……そうして、ザーヘダーンでの日々は過ぎていった。
 この町で1週間を過ごすことが決まった時、本当に果てしなく先に思える1週間後が自分にやって来るとは思えなかった。しかし、1日を過ごし、また1日を過ごす。そうすると、いつしか1週間後はすぐ近くまでやって来ていたのである。イチローは、「小さいことを積み重ねるのが、とんでもないところへ行くただひとつの道だ」と言った。思えばオレ自身も、1枚、また1枚と、遠い先のことなど考えず常に今目の前にある1枚を大切にしてきたからこそ、ある日ふと立ち止まってみるとこうして
マイドキュメントの中に2000枚ものグラビア画像を見ることができているのだ。……もう、オレはわかっているじゃないか。小さなことを積み重ねるのがどれだけ大切かを。
 終わらない1週間など無いんだ。やまない雨は無いんだ! 
止まらない下痢は無いんだ!!
 そして今日、オレはイランを出るのだ。

 再び乗り合いタクシーで国境へ向かい、イランから2度目の出国手続きをする。
入国は1度しかしていないのに。
 ほんの1週間前に跳ね返されているパキスタンの入国審査を受ける際は、
高田純次が出した横取り40万の標的が自分にならないかと怯える山城新伍以上にドキドキの状態であった。
 アフリカ大陸を縦断し、中東を渡ってアジアで曲がって遂にパキスタン、
中国の隣国である。パキスタン北部には、中国との国境が開いている。よーし、行ってやるぞ。ここからストレートで中国入りだ!! さもなくば、もうひとつの隣国であるインドに行くハメになってしまうから。それは、人として避けたいところである。
 オレは北へ向かう夜行バスに乗り込んだ。





今日の一冊は、

しょーもないものがお好きでしたら

金の言いまつがい (新潮文庫)




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