〜アリーサドル洞窟〜





 テヘランから長距離バスで南へ向かい、浜田さんがたくさん住んでいる都市・ハマダーンへ。
 ちなみに、この町は名前がハマダーンだからといって
浜田さんが住んでいるというわけではありません。ハマダーンだから浜田さんとかそんな1億人中9999万9998人が思いつきそうなくだらないことを考える暇があったら、日米安保条約と核武装論について小論文でも書いた方がまだ意義があるんだよ!!! このポリティカルアパシー野郎!!
 シュウサンリョウインってどういう意味ですか? 週3通院みたいなものですか?


↑ハマダーンの中心部・エマームホメイニー広場

 雪山が……。
 さ、さむい……。こんな寒いところに本当に浜田さんが住んでいるのだろうか……。まさか浜村さんの間違いじゃないだろうな……。
 お〜っと!! 違うんだ。オレがこの町に来たのは、アリー・サドル洞窟に行くためだった。浜田さんもMCハマーも別に関係ないんだった!! 
ど忘れしてた!! ディーディディディ(MCハマーを想定したナウなステップ)

 ハマダーンからミニバスに乗り2時間ほど走ったところに、イランで最大の鍾乳洞であるアリーサドル洞窟がある。やはり旅行記でたびたび
排泄のことや好きなグラビアアイドルのことについて書き、世界に生き恥を晒しいつ何時でも穴があったら入りたいオレにとって、穴以外のなにものでもない洞窟を訪れるというのは、バカ殿に出演する若手芸人が納豆とコオロギをミキサーで混ぜたジュースを飲まされるのと同様のごく自然な成り行きなのである。ちなみに殿のお気に入りの腰元は、大きな鏡から右半身だけ出して、手足を浮かせてヒラヒラと舞ったり左手で自分の胸を触り右手でそれを払いのけるという1人痴漢コントを行わなければならない。
 というかさあ、
なんで旅行記に排泄のこととグラビアアイドルのことがたびたび出てくるんだよっ!!! 旅行とグラビアアイドルとどういう関係があるんだっ(我ながら)!!
 しかも、旅行記では排泄好きなアイドルのことだけど、妄想の中では好きなアイドル
が排泄をしているところを思い描いているだろうっ!!! このド変態がっ!!!
 ああ、でもなんかド変態とか言われると、ちょっと嬉しいなあ……。
 でもほんとに、穴があったら入りたい。女子アナがいたら
一緒に温泉に入りたい。さすがに入れたいとかそういう低次元の下ネタは言いませんよ、この品行方正で愛され上手な僕は。

 辿り着いたアリーサドル洞窟はイラン国内でも一大観光地であり、家族連れの姿が多く平和で微笑ましい。もちろん、お母さんやおじょうちゃんはみな頭に布を巻いている。スッポリと頭部全体を覆う隠し方ではなく、やや髪の毛が見えている女性が多いのだが、なにしろ人前で頭を見せるのは下着を脱ぐのと同じだと言われるイラン、つまりこの状態は
下着から毛がハミ出ている女性がいたるところに歩いているということになる。これが興奮せずにいられようか? ハァハァせずにいられようか?? いいや、いられないね。いられようはずがないね。はぁ……はぁ……
 しかしそれを言ったら頭を全部見せているこっちはフリチンで歩いているようなものだから、
女性側もまたオレたち男を見てハァハァしているに違いない。う〜ん、イランというのはチャタレイ夫人も淑女扱いされそうな、実に官能的な国だ。小さい子供もいるのに、なんて淫らな……。

 洞窟の中では好き勝手に動き回ってよいのだが、しばらくイラン女性たちの髪チラをチラチラ見ながらはぁはぁ歩いていると
(洞窟を見ろよ)、いきなり洞窟の中なのに川が登場した。そこからは一定人数で固まって、ボートで移動するということなのだ。じっと待っていると、ワラワラと他の観光客が集まってきたところで係員が登場し説明を始めた。
 これから20人以上が3台のボートに乗り込むのだが、その3台は縦にロープで繋がっており、先頭に2人乗りの小さな足こぎボートがついている。この先頭の1台だけが動力だそうだ。


「さーて、先頭で必死にペダルを漕いでみんなのボートを引っ張るのは洞窟スタッフのオレがやるが、見ての通りこの足漕ぎボートは2人乗りだ。もう1人だれか一緒に漕いでくれる、我こそはという奴はいないか? エニワン?」


「シーン……」


 係員の勧誘は
虚しく洞窟内に木霊し、場は静寂に包まれた。さっきまでワイワイガヤガヤと賑やかだったのに、今はイラン人全員が「シーン」という効果音を発している。たしかに、20人からの乗るボート3台を引っ張るというのは、労働基準法違反に該当する激しい重労働である。アジアだからといって決して許されていいものではない。


「誰かいないか? 足腰に自信がある人! オーイ、さすがにオレ1人で全員を引っ張るなんて無理だぜ〜? そこのお父さん! どうだい、家族に頼れるところを見せてみないか?」


「シーン……」


 係員の言葉は
悲しく鍾乳石に共鳴し、誰も応える者はいない。そもそもみんな家族連れやカップルで来ているわけで、身内と一緒にボートに揺られながら優雅にみずみずしい洞窟の風景を楽しみたいのだ。そんな、みんなが楽しんでいる時に必死でペダルを漕ぐとかそういうのは、誰とも一緒に来ていない、友達がいない寂しいやつがやればいいんだ。
 ……。
 
なんか心当たりあるなそういう奴に。


「誰か〜。名乗り出てくれないと先に進めないぞ〜。……おっ(誰かを発見したもよう)!! ……そこのキミ、
キミは日本人だよね? しかも、1人で参加中だよね? どうだ、洞窟の中で自転車漕ぎ体験。これはきっと、いい思い出になるぞ?」


「しーん……」


よし、じゃあ決まりな! オレたちが先頭だから。さあ、ここから乗り込むんだ」


「ちょっと待てっ!! なんでオレの『しーん』だけ無視されるんだよっっ!! この『しーん……』もやっぱり漕ぎたくないって意味なんだよ!!! オレだって他の家族のみなさんと一緒にボートでゆったりと洞窟見物したいの!!」


「ダメだ。もう決まったんだから。大丈夫、川の終点まで行けばまた歩いて進める場所に出るから。そしたらゆっくり見物すればいいだろう?」


「うぬぬ……。まあ、いいか。足腰の強い旅人として、イランの家族連れのみなさんのために一肌脱ぎましょう。一肌どころかある意味フリチンだし」


「そうだそうだ。そうやって一生に1度くらいは人の役に立つといいぞ。今まで家族や社会に迷惑しかかけてこなかったんだから」


「そうだよ。あんたの言うことはもっともだよ」


 オレは仕方なくもっともなことを言う係員のおじさんと並び、先頭の足漕ぎボートでギコギコとペダルを漕ぎ出した。
 エンヤコラ。ヘーコラ。キコキコキコキコキコキコキコキコ……





 ……。
 後ろの人たち、
とても楽しそうですね。洞窟の中をボートで進むなんて、神秘的でいいですよね。たく、はるばるハマダーン郊外まで来た甲斐があったってもんだ。

 え? ぼくは楽しくないのかって?

 そうだねえ……



 ……。






 疲れた〜〜〜〜〜〜っ!!!


 疲れたっ!! すごくきついんです!!! いつまで漕げばいいのですか〜(涙)! もう辛いです。もう漕ぎたくないです。腿がっ!!! 腿が痛い!! 大腿四頭筋がつりそうです!! こんなに、こんなに漕がせられたりしたら、間もなく足に故障を抱えそうです!! これからの旅に、旅に支障があ〜〜〜!!


 
オレは死にそうだった。
 じわじわと漕ぐスピードが遅くなり、しまいには勝手に
自分のタイミングで休憩を挟むようになった。オレの右隣に座るおじさんはコンスタントに漕ぎ続けるものだから、ボート全体が徐々に左方向に曲がって行っている。こんなところで左折しても岩壁に激突するだけなのに。


「お〜い! がんばれよ! もう少しだぞ〜」


「もうムリです。がんばれません。誰かに代わってもらってください(涙)」


「無茶言うなよ! おまえががんばらなきゃ、20人からのイラン人が泳いで対岸に渡らなきゃいけなくなるぞ。小さな子供もいるのに。あの子、途中で力尽きて沈んじゃうかもな。おまえのせいで。小さな体であんなに一生懸命生きようとしているのに」


「うぐおおおお〜〜〜〜〜っ!! ふぬっ! ふぬぬぬっ!!!! が〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!」



 オレは小さな子供の命を助けるために最後の力を振絞って漕いだ。そしてかろうじて川の終わりに辿り着きボートから降りた後、オレは
太ももを押さえたまま10分間動けなかった。他の客は、全員オレを置いて洞窟の観光を続けるため先に進んで行った。おのれ〜きさまら〜(泣)。

 洞窟内は、イラン最大を名乗るだけあってたしかに広かった。最大だった。洞窟なのに途中に広場があり、売店と休憩所まで揃っている始末だ。
 オレは売店の脇のベンチ(岩製)に腰かけ、いつものようにバナナジュースを飲んだ。……だってバナナジュースが好きなんだよ。バナナ自体は別に好きじゃないのに、バナナジュースは大好きなんだ。なんでだろう。同じように、
山田まりや自体は別に好きじゃないのに山田まりやのグラビアにはめちゃめちゃ興奮するんだ。まあ山田まりやといっても今の若い子にはわからんかもしれないが……
 しかしともかくバナナジュースでやや体力を回復したおかげで、なんとか残りの洞窟の道のりを乗り切ることが出来た。もしこれが無かったら、歩く力の無いまま鍾乳洞の中で息絶えて白骨化し、その場所はそれに
ちなんだ名前(「白骨の間」とか「和人柱の岩」とか)がついてパンフレットの案内図に載ったことだろう。なんで洞窟というのは、「いくらなんでもこの岩を大黒様はないだろう」というような無理やりな名称をつけまくっているのだろうか。

 さて、洞窟の奥に突き当たったら今度は当然また入り口まで戻らなければならないのだが、Uターンしてしばらく歩くと洞窟の中なのに川があった。なるほど。行きはボートに乗って来たから、そのまんま帰りも同じルートをボートで帰るわけだね? どうやら、この乗り場に一定人数が集まったら3台のボートに分乗し、先頭の足漕ぎボートで入り口まで引っ張って行かねばならぬらしい。
 20人ほどが川の前に溜まってきたところで、行きとは違う係員のおっさんが説明を始めた。


「さーてレディスアンドジェントルメン、今からみんなでボートに乗るわけだが、見ての通り先頭の足漕ぎボートは2人乗りだ。オレの他にもう1人だれか我こそはという奴はいないか? エニワン?」


「シーン……」


 係員の勧誘は
虚しく洞窟内に木霊し、場は静寂に包まれた。そりゃシーンとなるわ……。みんな散々洞窟の悪路を上り下りしたんだから。誰が今さら自主的に20人から引っ張ってペダルを漕ごうとするんだよ。冗談じゃない。


「誰か〜。名乗り出てくれないと先に進めないぞ〜。……おっ(誰かを発見したもよう)!! ……そこのキミ、キミは日本人だよね? どうだ、洞窟の中で自転車漕ぎ体験? 楽しそうだろう??」


「しーん……」


「よしよし、じゃあおまえに決定な。これはきっといい思い出になるぞ」


ちょっと待ておいっ!!! コラッ!! なんでオレばっかり声をかけるんだよ!!! オレはいい思い出なんていらないんだっ!!! あっちにもっと強そうなお父さんたちがいっぱいいるじゃないか!!! いやですっ!! 漕ぎません!!」


「若いんだから文句言わないの。さあ、ここから乗るんだ」


「いやっ!! 絶対イヤっっ(号泣)!!! 激しい運動はダメなんです!! おなかのやや子に! 運動はおなかのやや子によくないんです!!」


「しょうがないなあ。じゃあそこのおにいさん、日本人がわがまま言うから代わりに漕いでくれないか?」


「いーよ。困った時はオレにまかせときな!」



 オレが20人のイラン人全員から白い目で見られながら
本気の断りを入れると、なんのことはない、あっさり空気を読んだ他の客が承諾して漕ぎ手が決定した。……もうさあ、絶対日本人よりイラン人の方が体力あるんだからさあ。最初からこんなヘナチョコな東洋人にやらせようとしちゃダメなんだって。しかも、オレの目を見れば軟弱な引きこもりだということが一目瞭然だろうが!! これが体の強い人間の目だと思うのかよっ!! 丈夫な人間ならもっとずっと生き生きとした目をしてるんだよ!!!


「はぁ〜い ねえ、あなた日本人なんだってねえ。うふ〜ん」


 その数分後、水面に映りこんで揺れる鍾乳石をボートに乗って優雅に観察していると、オレの前に座るイラン人カップルの女性の方が、アハンウフン言いながらオレに話しかけてきた。男の方ももう洞窟には飽きたという感じで、オレを巻き込んで楽しい会話の時間にしようとしている。くそー。こっちはゆっくり洞窟を見たいのに。


「ハロージャパニーズ。キミはなんていう名前かね? オレはカミー。そしてこっちは婚約者のナターシャ。どうだ。色っぽいだろう。そして美しいだろう」


「うっふ〜ん」


「こんにちは〜。僕の名前はカッツンの赤西といいます。最近流暢な英語で芸能界に復帰しました」


「ほほー。カッツンのアカニシか。ところでお前は見たところ非モテ系のようだが、ナターシャをどう思う? 色っぽいだろう。そして美しいだろう。どうだ。ビューティフルだと思うか?」


「もう。カミーったらそんなこと聞いちゃって。うっふ〜ん。アカニシくん、どうなの? 遠慮なく言っていいのよ?」


「え……。は、はあ。そうですね、ナターシャさんって、とってもビューティフルな名前ですよね」


ちょっと!! 名前はどうでもいいじゃないのよ! フェイスは? 私の顔はビューティフルなの?」


 ……。
 せっかくオレが知恵を振絞って「オー、ビューティフルネーム!」と
円満解決を狙ったコメントを発したのに、ナターシャはそんな無難な発言では到底納得がいかなかったらしく、「フェイスは? フェイスは!?」としつこく意見を求めてきた。なんてやりにくいんだ。


「はっ、はい。なんというか、僕という人間は、人間性も美的感覚もどうやら熱病に冒され狂っているようなのですよ。なのでここはひとつ、他の方々に意見をうかがってみようかと思うのですが」


「なによ〜。まったく照れ屋さんなんだから〜」



 ということでカミーとナターシャさんがしつこくビューティフルかどうか聞いてくるんですが、みなさん代わりに返答してあげてください。問題なく彼女はビューティフルでしょうか??















 カミーとナターシャ




 ……。














「ナターシャさん。皆さんに意見を聞いたところ、
やっぱりビューティフルですって!! ビューティフルフェイス!! ビューティフルネームアンドビューティフルフェイス!!


「やっぱりね!! ありがと〜ん。ジャパニーズはイラン人のフレンドだわ」


「ハッハッハよかったなナターシャ。じゃあ帰りは正直な彼をハマダーンまで送ってあげようか」


「おおっ。本当ですか! ありがとうございます!」



 洞窟を出ると、カミーとナターシャ、そして2人にくっついて来ていたカミーの弟のマハダッド(しかしおっさん)と一緒に、カミーの車でハマダーンへ向かうことになった。彼らはもっと遠い別の町からやって来ているそうだが、わざわざオレのために遠回りをしてくれるというのだ。ここでもイスラム教の人々は、こちらの想像の範囲を超えた親切ぶりを出し惜しみせずに披露してくれる。本当にありがたい。最近出し惜しみをしている井上和香には、ぜひイラン人を見習って出し惜しみせず
初心に帰り全てをさらけ出せと言いたい。

 オレは弟のマハダッドと一緒に後部座席に乗っていたのだが、彼がまたノリノリな奴で、カーステレオから流れる大音量のイスラミック音楽にあわせて所狭しとヘイヘイ歌いながら踊っている。もちろんオレはいつもどおり歌いもせず踊りもせず、ただ静かににちょこんと座っているのだが。



 ……。



 
踊りながら笑顔でこっちを見るなっ!!!
 こら! マハダッド!! 
「おまえも踊れよ」と目で語りかけるのはやめろ!!! そういうことにオレを巻き込むんじゃないっっ!!! オレは踊らない種類の人間なんだよ!!!

 なんとなく
カーステレオが発動した時から嫌な予感はしていたが、とにかく陽気な人たちというのは自分たちが陽気なんだから地球人類全員が自分と同じように陽気なんだと思い込み、無理やり他人の巻き添えを図る傾向にある。しかし陽気なペルシア3人衆さんよ、それは大きな間違いだ!! 陰気をこそ生命力としている人間もこの世にはいるんだよっ!! まさに目の前にいるのがそういう人間だ!!! カッツンのアカニシというのは世を忍ぶ仮の姿、オレの正体は陰気の王、陰気ングだ!!! 歌わぬ!! 踊らぬ!!! 盛り上がらぬ!!!


「……」


 し〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん。

 マハダッドが踊りながらオレを見るのと同時に、前に座っているナターシャとカミーも
間もなく訪れるであろうオレの踊り出しを迎えるための笑顔を作ってこちらをチラチラ見てきたのだが、しかしオレは強くない権力にはとことん立ち向かう男。動かざることニートのごとし。踊らなければ放り出すぞというのなら、放り出すがいい。そんな脅しには屈しないぞ!! 外国にいても、オレの心はいつでも自分の部屋のパソコンと共にあるんや!! どんなに離れても、オレはパソコンとゲームを愛する引きこもりなんや!!!

 オレのニートとしてのプライドに納得した彼らは、
用意していた笑顔を消し、カーステレオのボリュームも下げ、そのままイランの荒野をハマダーンまで無言で走ってくれた。握手をしての別れ際、彼らのテンションはオレの背後霊が分身して彼らに乗り移ったかのような盛り下がり具合を見せていた。
 ふっ……。
 どうやらオレの勝ちのようだな。
 こうしてオレは、またひとつ日本代表として、旅先での
日本人のイメージダウンに大いに貢献するのであった。まだまだ下げるぞ! 日本のイメージを!!






今日の一冊は、
経済入門こちらで完結 池上彰のやさしい経済学 (2) (日経ビジネス人文庫)







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