〜東京のようなイラン〜





 トルコとの国境の町から16時間バスに乗りイランの首都テヘランに着いたわけだが、
夜行バスで寝れない協会の事務局長であるオレは、さすがにイスタンブールから連日の夜行移動に失神寸前であった。意識は朦朧としバスを降りた瞬間から上下の感覚さえわからなくなり、しばらく20kgのバックパックを背負って逆立ちして歩いてしまったほどだ。なおかつ左右の感覚も無くなり、思わず左手で箸を持ってしまった上に、懐かしのテレビドラマの話をしていて「猪八戒といえばやっぱり西田敏行だけど、右とん平でもそれなりにいい味出してたよね」と言ってしまったほどだ。
 ……今、もうそういう
つまらないウソはいいよとパソコンの前で呟いた、人を信じることを放棄したあなた。きっと明日出社すると、社内はあなたの年齢詐称疑惑の噂で持ちきりになっていることでしょう。否定しないで素直に謝った方が身のためだぞ!! いい加減認めたらどうだっ!! 本当はサバを読んでいるんだろう!!!
 じゃあ、あなたがサバ読みを認めるということならば、僕も白状します。この僕は、旅行記ではまだ30歳前ということにしていますが、
本当は17歳なんです。その証拠に、内田有紀主演のドラマ「17才」を毎週欠かさず見ていました。たくあんだって食べられないんです。

 朝のテヘランは雨であった。冷雨に打たれ、かわいそうな濡れ作者となりながら1時間近く歩くとなんとか地下鉄の駅が見つかり、ほうほうのていで電車に乗って安宿街へ向かった。ほう……ほう……
 テヘランの地下鉄は運賃が10円くらいのくせに、東京の地下鉄よりよっぽど奇麗で新しい。このあたり、日本の方が先進国なのにおかしいじゃないかと思うかもしれないがそうではなく、日本より遅れて作られたからこそ、その分イランの地下鉄の方が新品でキレイ、おまけにギャラも安いのである。このあたりは
松田聖子と沙也加の違いのようなものだ。やっぱり新しい方がいいよね。

 宿のあるテヘラン中心部に出ると、いきなりイランを感じさせられるのが女性の服装である。
 イランでは、女性が髪の毛を見せてはいけないということが法律で決まっている。これは旅行者といえども決して例外ではなく、日本人でも欧米人でもイランにいる時は女性は必ず頭を隠さなければならないのだ。なんでも、ここでは
人前で髪を出すのは下着を脱ぐのと同じ感覚らしい。
 ほほう。下着を脱ぐのとねえ……。
 ……。
 それを知ってからというもの、オレは宿でくつろいで髪をあらわにしている白人を見かけると
大興奮してしまい、ちゃんと宿に泊まっているのにも関わらず自分の体に小さなテントを張り、出歯亀となって物陰からチラチラと彼女達の頭を覗き見するようになった。ああ……か、かみの毛が……はぁ……はぁ……
 こんな風に興奮してしまうのも仕方ないことだ。なにしろ髪をさらけ出して行動しているということは、イラン的に見れば
全裸姿の女性がウロチョロしているということになるのだ。これが興奮せずにいられようか? ハァハァせずにいられようか?? いいや、いられない。
 覗き見だけでなく、何度かはこっそりカメラを持ち出して
髪チラ写真を盗撮し、CD−Rに焼いてヤフーオークションで売ろうとしたほどである。時には満員電車に乗って手鏡を使って髪の毛を覗こうとしたこともあったよ……。
 ふーむ。他の国だったらピクリとも(チンが)動かないたかが女性の髪の毛なのに、隠すようになった途端にチラリと見えただけでこれだけ萌えるようになるとは。小学生の時、体育の時間にブルマ姿の女子を見てもなんとも思わなかったのに、後で
スカートめくりをしてスカートの下から出てくるブルマにはわりとドキドキさせられたのと同じ原理ではないだろうか。
 い、いや、別にオレがスカートめくりをしたわけじゃないよ。オレはただ友達が女子のスカートをめくっているのを横で
穴の開くほどじろじろと見ていただけだよ。だからオレには罪は無いよ。
 もちろん、
今では体育のブルマの方でもしっかり興奮するけどね。いやあ、オレも成長したものだなあ……。

 ただ、長い伝統と宗教上の理由があるとはいえ、夏は暑苦しいし何より面倒だということで、女性旅行者にはこのチャドルは大変不評である。男性旅行者にとっては、上で述べたように髪だけでも興奮するように
エロ感覚が研ぎ澄まされるので、むしろ好評である。
 しかしいくら不評だからといって、法律で決まっている以上、女性が髪を隠さずにいると外国人であろうが容赦なく
逮捕されてしまうらしい。
 たしかに、髪を出すのが下着を脱ぐのと同じならば、頭を隠さずに歩いているのはそれはそれは
わいせつ物陳列罪的な大変なことなのであろう。男は別にいいというのは差別に感じるが、日本だってフリチンの子供はよくテレビに出てくるが、フリ○○の女の子にはパオパオチャンネルのピカピカウォッシュ以来長らくお目にかかっていない。それと同じだ。
 しかしそう考えると、オレたち男性旅行者はイランでは
常にフリチンで歩いているということになるな……。あ〜っはっは! どうだ! 見ろ!! この硬く黒々とした立派な頭を!!!
 ちなみに髪を隠さずにいると逮捕されるという法律は女性だけに面倒をかけているわけではなく、例えば道端で髪の毛を出している少女を見かけて「かわいいねえ」なんて言って頭を撫でようもんなら、こっちも
児童買春禁止法違反、もしくは強制わいせつ罪で逮捕されるのである(予想だけど)。ややこしい国だ。

 尚、宗派などの違いによるものだと思うが、イスラムの国では時々このように目の部分以外を全て隠している
月光仮面なみの女性もいる。彼女達は家族と一緒にいることも多いが、こういう女性が何人も同じところにいたら、旦那さんは少し離れたらどれが自分の奥さんなのかわからなくなるのではないだろうか。
 そもそも人は、自分の彼女や配偶者を目だけで区別することができるのだろうか??
 「オレの嫁はこれだ!」と思って家に連れ帰って、チャドルを脱がせてみたら中から
隣の奥さんが照れながら登場なんてことも起こり得るのではないだろうか。チャドルを脱がせた時点でつまりその旦那は隣の奥さんのパンティーを脱がせたのと同じということになるので、修羅場になるどころか、姦通罪で石打ちによる死刑である。
 なんといってもイスラム法が厳しく適用されるイランでは、
婚前交渉は即死刑なのだそうな。なんと恐ろしいことか。もし日本でそのような法律があったら若者は次々と死刑にされ、生き残るのはオタクばかりになりそうだ(涙)。もしかしてオレも生き残れるかも……

 さて、
パンティーの話はこれくらいにして、そろそろいつものオレらしい凛とした紀行文に復帰することとしよう。
 本日は、テヘラン市内の北部にある在イラン・旧アメリカ大使館を見に行くことにした。
 まずは移動のため地下鉄の駅へ向かったのだが、途中で彫りの深いイラン人がオレにペラペラの日本語で声をかけてきた。名をトニーと言い、オレについて一緒にアメリカ大使館まで来るという。なるほど、
ニートがトニーを連れて歩くのか。なかなかよくできた話だ。
 それはそうと……さあ、
きましたよこのパターン。アジアならではのぼったくりパターンだなオラっ!!
 そもそもこうして日本語を流暢に使っている時点で怪しさは満天、しかも観光をするオレに勝手について来るとなったらもうこれは夏川純の年齢どころではなく
アパグループ以上の激しい疑惑である。強引に観光地の説明をしてガイド料の請求か、土産物屋もしくは旅行会社に監禁か、そのどちらかのパターンになること間違いなしだ。
 ニートにしつこくついて来るトニーは非常に鬱陶しいが、こいつをまくために裏道に紛れ込んだら
オレが迷子になるので、とりあえずそのまま2人で地下鉄に乗り大使館を目指した。



 駅から出てすぐの旧アメリカ大使館。
 ここはあくまで旧大使館で、今イランにアメリカ大使館は無い。なぜ現在この建物が使われていないかだが、それはここで大使館員が1年以上に渡って人質に取られるという
「アメリカ大使館占拠事件」が起こったためだ。アメリカは当初チャック・ノリスで有名なデルタフォースという特殊部隊を送り込んだのだが、救出に向かう途中でヘリコプターが落ちて失敗、結局444日後にやっと犯人の手によって人質が解放されたそうだ。
 尚、こんな結果になっているにもかかわらずなぜかこの事件は自分が
超能力を使って解決したと言い張るマクモニーグルさんというアメリカ人のおじさんがいるが、この際アホのことは気にしないようにしよう。
 ちなみにチャックノリスのデルタフォース、映画はあまり有名でなくともテーマ曲は聴いたことがあると思う。ぜひこれを見て感涙にむせいでほしい。これがチャックのデルタだ!

 さて、大使館のあたりをブラブラしながら、オレはしつこくついて来るイラン人のトニーとよもやま話をし、密かに打ち解けていた。もちろん警戒はしているが、こやつの日本語は土産物屋が日本人旅行者と話して覚えたというレベルを超えて上手い。いったいどこで覚えたのかとても気になるではないか。



「ヘイ、トニー! なんでそんなにあんた日本語がうまいのよ?」


「実はオレの嫁さんが日本人だったんだ。ユキっていってな、凄く大人しくて謙虚な、グッドウーマンだったんだよ……」


「へえー。日本人と結婚してたんだ」


「そうなんだよ」


「でも、グッドウーマンだったというのはどういうこと? 今はグッドじゃないの?」


「……」


「あ、もしかして別れたってことかなあ」


「……」


「あれ? ちょっと、あの……もしもし……トニーさん……」



 な、なんだろう。
 オレとしては軽い話をしたつもりだったのに、なんだか奥さんの話になった途端にこのトニーのすさまじいテンションの下げっぷり。つい今しがたまで
おまえは浅草サンバカーニバルに参加中かとつっこみたくなるくらい陽気にオレにまとわりついていたのに。
 この意気消沈ぶりはなんなのだろう。ひょっとして、
ロード第142章くらいの重いエピソードがあったりするのだろうか。なんでもないようなことが幸せだったと思うのだろうか。



「あの、ど、どうしたのトニーさん。ユキさんは今どこにいるの?」


「もう……、ユキはいないのさ……」


「え……」


「はあ……。あれはな、3年前の冬の出来事だったんだ……」


「あら……。ちょ、ちょっと悪いこと聞いちゃいましたね。ねえ、元気出してよ」


「いいのさ。聞いてくれよ。おまえに話すことがユキの供養にもなると思うんだ」


「そんなこと言われてもっ!! 今日初対面なのに! いや、もちろん聞くだけなら聞くけどさ……」


「ありがとう。じゃあ話すよ」


「は、はい」


「ユキと出会ったのは5年前でさ。オレの方からひと目ぼれをして、ユキの両親のところにも何度も挨拶に行って、やっと結婚を認めてもらったんだよ。あの時は嬉しかったなあ……」


「うんうん。わかります」


「それからオレたちは、それはそれは幸せな生活を送っていたんだ。3年前、あの突然の不幸なアクシデントがオレたちを襲うまでは……」


「不幸ですか……。どんなことがあったんでしょう……僕が聞いていいことなんでしょうか……」


「ああ。3年前、オレは仕事先で偶然すっごい美人の中国人と知り合ってしまったんだ。そしてオレは彼女を好きになってしまい、ユキを捨ててその中国人と結婚したんだ」


「え……なにそれ……」


「でも、その中国人が金の亡者でさあっ! オレの給料全部買い物とか中国にいる家族への仕送りに使いやがって!! 貯金だって1リアルも無くなっちまったんだよ!!!」


「……」


「結局金が無くなってそいつとも別れたんだけど、あの時中国人なんかに惑わされずにユキとの暮らしを続けていれば、オレは今頃幸せな生活を送っていられたのに……。あんな優しくて働き者の嫁を捨ててしまうなんて、オレはなんてバカなんだ……。本当に大バカ野郎だよオレは……」


この大バカ野郎がっ!!! おまえは罪人だっ! 女性の敵だ!! だいたい、突然の不幸に襲われたのはおまえじゃなくてユキさんの方だろうがっ!!!! おまえに不幸を語る資格など無いんだよっ!!!!」


「ああ……本当にオレはバカだ……ああ……バカだ……」


「アホッ! 人でなし!! 鬼!!」


「そうだよ……オレは人でなしなんだ。バカとでも鬼とでも呼んでくれよ。じゃあな……気をつけて旅を続けろよ……」


「まったく人でなしなんだから。バカ。
って帰るのっ!? あれ? 土産物屋とかは? ボッタクりとかないの??」



 トニーは、悲しい目で最後にオレに握手を求めると、テヘランの雑踏の中に消えて行った。
 お、おかしいな……。アジアならこういう場合最終的には120%の確率でボッタクリ行動が発動し怒鳴り合いというシーンに発展するはずなのに……。なんだろう。もしかしてユキさんの霊がオレを守ってくれたのだろうか……? おっと。ユキさんは別に死んでないんだった……。

 イマイチ煮え切らないまま地下鉄に乗り、オレは翌日のバスチケットを買うためターミナルへ向かった。明日向かうところはハマダーンという町だ。
 ターミナルの建物に入りチケットブースに並んだはいいのだが、しかしイランの辛いところは、旅行者相手の仕事をしている人でも
英語がほとんど通じないというところである。オレがカウンターで「ハマダーン! トモロー!! ハマダーン!! モーニング!!」と連呼すると、チケット売り場のおっさんはやはり英語ではなくペルシャ語で何か説明をしてきた。ヒゲの渋いおっさんは低い声でなにやらベラベラと喋っているのだが、オレはペルシア人ではないのでペルシャ語はわからん。
 とりあえずオレはおっさんの表情からその言わんとすることを読み取ろうとしてみたのだが、
顔を見ただけで何を言っているのわかったら言葉なんかいらんという結論に達し(つまり全然わからんかったということだ)、どうしようもなく「ファット? え? な、なに? ファット??」と繰り返しながらただ佇むのみだった。
 ど、どうしよう。チケットが買えなかったら一生テヘランから出られないじゃないか……。
 すると、しばらくやり取りを見ていた隣の窓口のおっさんが、見かねてこちらにやって来た。おおっ、この人は英語が喋れるのだろうか? プリーズヘルプミー!!
 するとおっさんは
日本語で言った。



「キミ、ハマダーンのチケットがほしいんでしょう!! いついくの!」


「おおっ。あ、明日の朝です……」


「ハイ、じゃあよんまんリアルはらって! よんまんだよ! わかる!?」


「はいっ。ああありがとうございます」



 おおっ。な、なんで英語が通じないのに日本語なら会話が出来るんだ? これは便利だ。ともかく助かったぞ。よし、バナナジュースでも飲んで帰ろう。
 ということでチケットを無事手に入れて宿に戻ろうとすると、途中で再び
日本語で恰幅のいい中年イラン人さんに話しかけられた。


「こんにちわ! キミ日本人?」


「こんにちは。お察しの通りでございます」


「そう。どこに住んでいるの?」


「東京ですけど」


「東京のどこ!」


「世田谷区というところなんですけど。わかりますかねえ」


「わかるよ!! 下北沢の近くでしょ」


「なんでわかるんだよっ!!!」


「だってオレ日本で11年も働いてたんだもん。前橋と大山に住んでたんだ。ほら、大山って東武東上線の」


「ああ、池袋から出てるやつですね? って
どんな旅先の会話なんだよ……



 そして、夕食を済ませた帰りにまた街を歩いていると、陽気に近づいてきたイラン人が
日本語で……



「こんにちわ! 日本人でしょ! 一緒にお茶でもどう? オレも昔東京で働いててさ……」



 ……。



 
ここは日本か??

 観光地でカタコトの日本語で挨拶をされることは数あれど、
日本語で普通に日常会話が成立するのはワイキキかテヘランくらいではないだろうか。はっきり言って、日本にいる時だってオレはこんなに日本語で他人と喋ることは無い。だってずっと部屋の中にいるから。パソコンのモニターやテレビに向かってよく独り言を呟いてはいるけど、対話にはならないのさ(号泣)。
 彼らと話してみると、ほとんど全員が以前東京で働いていたというのである。いったい、
東京はどれだけイランの失業率の改善に貢献しているのだろうか。
 日本語で話しかけてくるイラン人は全員良いイラン人で、オレが勝手に警戒していたように宝石を買わされたりメシを奢らされたりガイド料を請求されたりということは一切無かった。これはすごい。オレの感覚では、アジアでは現地人に話しかけられたら120%の確率でボッタクリに遭うと思っていたのに……

 しかしよく考えたら、「アジアでは……」と偉そうに言っているが、オレが「アジアでは」と言っている時に頭に描いているアジアというのは、
アジアではなくインドのことであった。インドとアジアは違うんだな……。





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面白いと言うよりは、経済に入門できる一冊 池上彰のやさしい経済学 (1) (日経ビジネス人文庫)







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