THE FIGHT ROUND32

〜砂漠の絨毯屋〜



 いつの間にか車窓の風景は荒れた山肌から砂地へと変わり、ひょろひょろと背の高いヤシの木がハイウェイに沿って点々と生え出して来た。うーん、南国だ。おっ! ラクダだ! ラクダが歩いている! やっぱり砂漠にはラクダがいるもんなんだ!
 このウキウキ感はなんだろう。車内の乗客達も窓の外の砂漠や道行くラクダを見て盛り上がっている。インド映画ならまさに今が踊り時である。できることならオレも隣のオヤジ達と手を取り合って、砂漠をバックに一生懸命踊りたい。きっとどこからかドレスや装飾品で派手に着飾った美女軍団も現れるだろうから、オレはビックリした顔をして出迎えよう。

 ということで、デリーを出てハイウェイを走ること6時間、砂漠の街ジャイプルへ到着した。

 ジャイプルはラジャスターン州の州都ということもあり、道は結構しっかり整備され、車やバイクもたくさん走っているのだが、人間の他にも様々な生物が道路を走っている。牛や犬はもちろんのこと、ロバ、ブタ、馬、ラクダ、象が車と一緒に走っている姿は圧巻である。さすがに道路の向こうから象が突進してきた時は、腰を抜かすことこそなかったが、タラちゃんのように悲鳴をあげた。

→ラクダも交通ルールも守れば渋滞にも巻き込まれる。
 勿論馬や象は人が乗って操っているのだが、リクシャに乗っていても平気で象にひかれそうになる。
 もう、驚いたゾウ!

 ……今バカにしたあなた。
 そんなあなたも実際道端を走っている象を見たら絶対同じこと言ってしまうと思います。
 ところで象には大型免許持ってれば乗れるのだろうか? 給油いらずで便利そうだが、ドライブスルーには入れそうもない。

 さて、そんなジャイプルの交通事情を眺めながら、オレはオートリクシャに乗っていた。なんでも道を歩いていたら声をかけてきたリクシャワーラー(リクシャの運転手)が、なんと無料で観光に連れて行ってくれるというのだ。


 あやしい。


 いやいや、もっと素直になろう。本当にサービスで言ってくれてるのかもしれないのに、頭っからこんな毒鬼警部のように疑ってかかってはいけないな。


「おっさん、今からどこ連れてってくれるの?」


「そうだなあ、じゃあ△※□□〇(理解不能)に行こうか」


「ああ、あそこね!」


 おっさんは手馴れた感じでスイスイとジャイプルの裏路地を埃を巻き上げて進んで行った。途中ジュース屋で一服したりしながらも、しばらくしてリクシャーはお寺のような建物の前に滑り込んだ。エンジンを切る運ちゃん。


「さあ、着いたぞ!」


「ほーい」


 ここが先程運ちゃんが言っていた△※□□〇だということだ。この寺はジャイプルの観光名所なのだろうか。だが、妙に人気がない。しかも見たところ門が閉まっているようだ。


「この寺は、午後5時になると閉まるんだ」


「へー、そうなんだ。やっぱおっさんも観光業だけあってよく知ってるねー。……じゃあなんで来てんだよ!!


「よし。どうだ?ひとつ提案があるんだが」


「……回りくどいな。なんだよ」


「実は、この近くにカーペット工場があるんだ。そこで絨毯を作る過程を見ることができるんだが、ここは一つキミの知識の向上のために見学に行かないか?」


「おのれ……。最初からそれが目的かよ。たしかに興味はあるけど、オレは何も買わないぞ」


「もちろんさ。何も買う必要なんかない。ただ知識を高めるため、それだけだ」


「わかったよ。どうせもう今日は時間も遅いし他に行くとこないからな」


「よーし、じゃあそういうことで」


 一度わざわざ普通の観光場所に連れて行き、閉まってるのを確認させてから誘導するという手の込んだ、しかしバナナ大使のイニシャルトークのようにバレバレなやり方。教科書通りに進めば、

1.カーペット工場で熱烈な歓迎を受ける
2.カーペットの作り方を懇切丁寧に教えてもらう
3.土産物コーナーに連れて行かれ何か買うまで監禁される

 という王道パターンになるのだろう。どうもインドに来てから監禁慣れしてしまって、怪しいところには近づかないようにするとかいう用心深さがなくなってしまった。こんなことではいけないな。 面白がってるという意見もあるが……。

 カモを捕まえて実に嬉しそうなおっさんのオートリクシャーに乗って、カーペット工場へと連行される。工場の前の道路には、荷物運び用のラクダが何匹か電柱に繋がれていた。おっさんと一緒にしばらくラクダをつっついて待っていると、工場の中から実に怪しいおっさんパート2が現れ、熱烈なおもてなしをしてくれる。


「ハーイ! ジャパニーズだな? よく来た! 工場長のサンディだ。よろしく」


「作者です。よろピクルスです」


「……さあさあ、じゃあ中に入ってくれ」


 リクシャのおっさんは外で待っているということで、オレが単独で絨毯工場に突撃する。中では従業員の人たちがそれぞれの担当の工程で作業をしていた。しかし工場見学なんて何年ぶりなんだろうか。小学校の社会科の授業で有玉西町の物流倉庫を見学に行って以来だ。ローカルな話題だ。
 工場といってもそれぞれの部屋の広さは小学校の教室くらいで、そこで何人かの女性従業員が、鶴が恩返しの時に使っていたのをひと回り大きくしたようなはた織り機で、ガタンゴトンと作業をしていた。工場長は実に懇切丁寧に絨毯ができるまでを解説してくれる。一枚のカーペットが完成するまでには、何人で何ヶ月かかるとか、専用の機械を使った細かい工程とか色々教わったのだが、全て右の耳から左の耳に流れていった。よくよく冷静になって考えてみれば、オレの中に「絨毯を見て楽しむ」なんていう趣味は全く無かったよ。
 一通り製造工程の見学と工場長の解説が終了し、別室に案内される。さあ、いよいよお買い物監禁タイムの始まりかな?



「よし、それじゃあ隣の部屋で小売りもできるミニカーペットを見せてあげよう。おーい! 頼むぞ!」


 そして、オレの身柄は工場長の息子に引き渡され、隣の部屋でミニカーペットの個人展示即売会が始まった。オレの前にはいつの間にかずらーっとミニカーペットが並び、強引な営業トーク攻撃を受ける。


買う買わないは別にして、この中だったらどのカーペットが一番好みだ?」


「オレ別にカーペットには興味ないよ」


「ヘイヘイ、だから買えって言ってるわけじゃないだろう。好みを聞いてるだけだって」


「絶対に買わないからな。じゃあ、強いて言えばこれかな」


「OK! これだったら、本当は500ルピーなんだけどオレ日本人大好きだから、350にしてやるぞ!!」


「おまえオレの話聞いてたか?買わないっつってんだろ」


「……。わかった。よーし、じゃあ次のやつ持ってきてくれ!」


 すると、他の従業員が現れて、オレの前に並んでいたミニカーペットが全て片付けられたと思ったら次はミニミニカーペットがあっという間に陳列された。


「よーし。買う買わないは別にして、この中だったらどのカーペットが一番好みだ?」


「だから買わないっての」


「ヘイヘイ! 買う買わないは別だって言ってるだろ! ただ好みを聞いてるだけなんだよ!」


「ほんとに買わないからな。まああえて選べばこれかな」


「オー! なかなか目の付け所がいいじゃないか。これはいつもだったら300ルピーなんだが、おまえはフレンドだから250にしてやろう!」


「買わないっつの」


「……。しょうがない。じゃあ次だ!!」


 またもや別の従業員が現れ、オレの前に陳列されていたミニミニカーペットが片付けられたと思ったら、すかさずミニミニミニカーペットがずらーっと取り揃えられた。


「よしよし。じゃあおまえ、買う買わないは別にして……」


「買わないっての」


「おいおい。別におまえのために買えって言ってるんじゃないんだぜ。日本でおまえを心配して待ってるファーザーやマザー、シスターがいるだろう。お土産のひとつくらい買っていくのが礼儀ってもんだぜ」


「家族にはオレが健康で帰ることが一番のお土産なのさ」


「つれない奴だな。おまえ今日がなんの日か知ってるのか?」


「なに? 何の日?」


「なーんだ? 知らないのか? いいか、今日は2月14日だろ? バレンタインデーだよ! 彼女になんか買っていってやらなくていいのか?」



「……。なんだとこのやろーっ! それが! それがどうした! そんなもん知るかーっっ! オレは仏教徒だ! おまえだってヒンズー教徒だろうが! くだらねー異教の文化に犯されやがってこの軟弱野郎! 貧弱野郎! もやし野郎!」



「おいおい!! 落ち着け! ドウドウ! どうしたんだよ!?」


「キャー! キャー!」


「落ち着けって!!!」


「ぜぇ…ぜぇ……」


「だ、大丈夫か? おまえがチョコを貰ったことが無いということはわかったがまあとにかく。とりあえずおまえの好きな柄はどれだ? 別に買えなんて言ってないんだから」


「むううう。強いていえば、これだよ」


「よし! 決まりだ! 本当はこれ200ルピーなんだが、もうオレの負けだ。150な!」


 遂に最後の手段に出たのか、一人の従業員がオレの選んだミニミニミニカーペットを強引に包装し始めた。


「買・わ・な・いって言ってるだろうがぁ!!!」


「……。おい。おまえここに来てどのくらいになる?」


「なに? ああ、まだジャイプルについて1日しか経ってないけど」


「違うよ。そうじゃない。ここだ!この工場に来てもうかれこれ2時間になるだろう。オレ達は2時間もおまえのために話し続けてやってるんだぞ!!! それで何も買わないで済むと思ってるのか!!!


「は? お・ま・え……おまえが勝手に営業トークしてるだけだろうが!! 最初からこんなもん買わねーって言ってんだろ!! 汚い手使いやがって! 話してやってるだぁ?? てめーなんかに話してくれって頼んだおぼえはないわ!!!」


「オレ達は貴重な時間をさいておまえだけのために話をしてやってるんだ! 礼をするのは当然だろう!! 買わねーんだったら説明料払え!」


「おめーらが勝手にトークを押し付けてるんだろうが! 買わねーって言ってる人間に対して無理矢理説明しても迷惑なだけなんだよ! だいたいなー、てめーの説明なんてなんの価値にもならんわ!!」


「なんだとこの野郎!!!」



 ふと周りを見渡すと、部屋の中には5人ほどの従業員がいてオレに睨みをきかせている。予想通り監禁状態だ。さて。この状況をどうしたものか。しばらく工場長息子と怒鳴り合いながら、さりげなく逃げ道を探す。すると、部屋の後ろの方にあった小さいドアが開いて、他の従業員と思われるインド人が中に入ってきた。


「お。ハーイ。ジャパニーズか。いらっしゃい」


 ふと見ると、その小さいドアの向こうにチラっとリクシャの姿が見えた。どうやらドアの向こうは外に繋がっているようだ。よし。あそこから外に出られるぞ!


「じゃあ工場長息子、他の人たち、あばよ!!」


「ヘイヘイ!!! どこ行くんだ! 待てよ!!」


 すかさず立ち上がり、発見した脱出口をくぐって無事脱出に成功。さすがに奴らも外にまで追いかけて来ることはなく、ようやく長い工場見学も終わることができた。待っていたリクシャの運ちゃんに「何も買わなかったよ。」と告げると、とても残念そうな顔をした。いつもはこれでかなりのコミッションを得ているんだろうが、そう上手くいくと思ったら大間違い。
 しかし、インド中どこへ行っても似たようなやり方をしてるもんだな。土産物屋とリクシャーの協定。ジャイプルでもきっとこうやって、今まで数多くの観光客がボられてきたことだろう。
 でもおっさん、約束は約束だ。この後どこに行こうと、オレは何も買わないし、あんたにも1ルピーも払わないからな!










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