THE EXTRA FIGHT

〜穏やかな旅〜



 バス停でたれぱんだのごとくぐてっとしていたオレに時間を訊ねた男が言った。


「おめーの腕時計は壊れてるから、新しいのに買い替えた方がいいぞ」


 ……来たな。
 これがマレーシア流か。結局そう言って腕時計を売りつける気なのだろう。こういったぼったくり軍団との戦いもまさしく旅の醍醐味である。しかしこいつの演技はしらじらしい。スカートの中を隠し撮りしたビデオが見つかった時に「これは盗撮じゃなくてミニにタコというギャグなんです!」と言い訳をするくらいしらじらしい。
 ちなみにその時していた腕時計は新宿で1000円で買った安物だったが、この辺の土産物屋で売っているものよりは高級品のはずである。そう簡単に壊れるはずがない。といっても旅が終わる今月末までもてば充分なのだが。
 とりあえずマレーシア人の時計屋は無視し、やってきたバスに乗り込む。
 さあ今日の料理の時間です! ……またもや「日本人の薫製」が出来上がりそうになる。この蒸せ方と温度はまさしくサウナである。
 どうせならおいしく調理して欲しいと観念し始めた頃、なんと天の助け、頭上から雨が落ちてくる。冷たい!気持ちいいっ!思いっきり頭から雨を浴びる。一気に体感温度が下がる。蒸し餃子から水餃子にグレードアップしたような気持ちだ。
 ふとバスの外を見る。

 ん?
 思いっきり晴れている。
 そういえば、そもそもなんでバスの中で雨が降ってくるんだ?周りの乗客を見渡しても、誰も濡れていない。この状況を分析すると、どうやら何十人の乗客の中でオレ1人だけにバスの天井から絶え間なく水が振ってきているようだ。これは先進国から来た旅行者に対するイジメか? さすがに出所のわからない水をこれ以上浴びているわけにはいかないので、必死で体をくねらせ水の軌道から体を外す。さすが東南アジア、バスの中にもスコールが降るんだなあ……。

 ダウンタウンに着き、軽く夕食をとり宿へ向かう。
 しかしこの天気は一体なんなのだろう?まだ5時頃だったが妙に薄暗い。それでいて空には雲ひとつないのだ。不思議な感じである。これは果たして東南アジア独特の天気なのだろうか。
 宿に戻ると、岳くんも既に帰っていた。まあ彼はオレより大分早く出かけていったので、戻るのも早くて当然だ。


「岳くん今日出て行くの早かったね」


「そうですか?そんなことないと思いますけど……」


「充分早かったって。オレなんか起きたの9時半だったんだぜ」


「え? 9時半……?」


 なぜか急に物凄く怪訝そうな顔をする岳くん。まるで汚物でも見ているような表情だ。まあ汚物といえなくもないがだが、いくら自分が早起きだからといって人にはそれぞれの生活リズムというものがある。9時半に起きたくらいで文句を言われてはたまったものではない。彼はまだ学生なので社会常識などには疎いのだろうが、こういう人のスタイルを認めないような態度は直させなければいけない。
 ここは人生の先輩としてちょっときつく言ってやらないといけない。と、大人として岳くんを説教することを決めた時、


岳くん「9時半?? 今朝僕がここを出たのが11時ですよ?」



 え?

 それはどういうことかな?
 オレが目が覚めた時、たしかに岳くんは荷物ごといなくなっていた。だが話を聞いてみても、彼は11時に出かけるまでは部屋からは出なかったらしい。マレーシアについた時に時差もあわせたはずなのに、これは一体……?

 しばらく岳くんと話し合いの席を儲け、原因を探る。そして二人の知恵を振り絞り導かれた結論は、オレの腕時計が4時間遅れているというものだった。

 ……。

 なんとなく記憶の歯車がかみ合ってきた。
 昼メシを食べにいったやけに閉店が早かった食堂は、どうやらごく普通の営業時間だったようだ。
 バス停で話し掛けてきた下手な演技の腕時計屋は、どうやら親切な地元住民だったようだ。
 そして先ほど不思議に思った、雲ひとつないのに妙に暗いという東南アジア独特の天気は、どうやらただの夜だったようだ。

 日本から旅のお供に連れてきた腕時計。ひと月もてば充分と思っていたが、1日で逝ってしまわれました。仕方なく、屋台で安物の時計を購入。クアラルンプールの屋台街は、ニセモノであるが本物そっくりのブランド品が通りを埋めるように並んでいて、その姿はさながらものまね紅白歌合戦を見ているようである。

 しばらく屋台をうろついていたのだが、なんかこんな美女が夜一人で外を歩いていたら、誘拐されてカリスマ美容整形外科医の母親に身代金要求の電話がかかることにもなりかねないので、おとなしく宿に戻ってお肌の手入れでもして、さみしく一人で寝ることにした。夜寝て朝起きるというのは自然の摂理なのだ。これからオレは、引きこもりの摂理ではなく、自然の摂理に従うのがいいのだ。
 しかし起きるのが遅かったためなかなか寝付けない。金があればあんなとこやこんなとこに遊びに行けるのだが、貧乏ということもあるし、そもそもそんなことのためにここに来たのではない。
 隣の部屋からはアメリカ人の男女が賑やかに話す声が聞こえる。楽しそうだな。ちなみにオレの隣に寝ているのは岳くん(男)。普通ならこの状況は悲しむべきもののはずである。しかし、今のオレはそんなことには動じない。
 この旅は、あくまで自分自身の勉強のための旅だ。異世界を、異文化を体験し人間性を深めるという目的のこの旅で、女のことなんか考えている暇はない。
 既に頭の中からはそんなことは締め出している。ちょっとくらい隣の部屋から楽しそうな女性の声が聞こえても、全く気にならない。本当に我ながらたいした成長ぶりだ。

 夜も次第にふけてきて、隣の部屋の話し声も聞こえなくなった。どうやら寝静まったようだ。
そして自分の大人な考えに満足し、うとうとし始めた頃。






アメリカ人女「アアッ!アアンッ!!」


アメリカ人男「オオウッ!オウッ!」










 すいません、




 聞こえてますけど(泣)。

 はっきりいって壁などペラペラなやすっちい宿である。とおーってもよく聞こえるザマス。

 ……。

 そんなことには動じないぞ。もう今のオレは昔とは違い、些細なことでは全く動じない精神力を身につけているのだ。そもそもなんのために旅に出て来たんだ?そう、そこにはこの旅を通じて異世界を、異文化を体験し人間性を深めるという壮




アメリカ人男「オオウッ!オーイェェ!」





 ……。





アメリカ人女「アアッ!アンッ!!アッ、アッアアッアッアッ、
    アアアアアーッ!!」







 ピタッ←もっと声を聞くため壁に張り付いた音。











 人間ってそんなもんだろ(号泣)?











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