THE FIGHT ROUND24

〜ガートの風景〜



 実質バラナシ最終日となる今日は、誰とも一緒に行動せず、一人でガートをぶらついて過ごすことにした。短い滞在だったが、明日の午後、また2等車両に乗ってデリーへ戻ることにしたのである。まあ短い滞在とはいっても2年分くらいの精神力は使わされたような気がするので、本心としてはデリーに戻るのではなく、2等車両で日本へ戻りたい。優しくてかわいくて料理の上手い、それでいて夜には大胆になる最高の彼女がパソコンの中で待っている、日本のオレの部屋へ。もうオレ、2次元の女の子しか愛せないから。でもちゃんと幸せだから。

 ということで、人の多いところに行くとアホや泥棒や詐欺師が出現してしまうため、なるべくメインガートのアホな賑わいからは離れて、ガンガーを眺めながらひとりブラブラと歩く。ブラブラと言っても、ここでのブラはブラジャーのブラではないので勘違いしないでほしい。しばらくムラムラと川沿いを歩いていたのだが、ふと気付くと階段状のガートの下の方で、おっさんがオレを手招きしている。なんだ?



「なんか用?」



 おっさんは答えずに、ただひたすら手招きを繰り返している。なんだなんだ南田洋子とおっさんの所まで降りて行くと、ジェスチャーで隣に座るように促してくる。オレと並んで座ったおっさんは、身振り手振りだけで一生懸命何かを語りかけてきた。これは……手話か?

 やっとわかった。この人は、どうやら口が利けない人らしい。
 喋れないからといって決して卑屈になることなく、見ず知らずの外国人を隣に座らせ意思を通わせようと努力をする人。浅ましいインド人が多い中で、こんな人に出会うと心が温まる。ただ、残念なことにオレは手話が理解できない。しかしわからないオレにおっさんはめげず、今度は地面に何か文字を書いて伝えようとしてくれる。メモとペンを渡してみたのだが、おっさんの書く英語はスペルも文法もメチャクチャ、全く意味がわからない。
 一体どうすればおっさんの心がわかってあげられるのだろう。このままおっさんと別れるのはイヤだ。それではこの後ずっと後ろ髪ひかれたような気分になってしまうような気がする。
 必死に頭を悩ませているオレを見て、おっさんはどうしても自分の意志が伝わらないもどかしさに最後の手段にでた。


「いつバラナシに着いたんだ?」


「なんだ、それが聞きたかったのか。やっとわかったよ。ここに来たのは1週間くらい前かな。でも今日でまた次の場所に行かなきゃいけないんだ。本当はもっといたいんだけどね……。あれ? ちょっとまって。

……。

喋れるのかよ!!」


「オレはハイカーストで、身分が高い人間なんだ。シヴァ神を崇めさらに高みに上るために、1日のうち11〜3時と、19〜21時は話をしてはいけないんだ」


「知るかそんなもん!! それに今まだ喋っちゃいけない時間じゃないのかよ」


「ああ、この分は夜に繰り越すから大丈夫」


「ずいぶん都合いいな。っていうかそんだったら最初っから喋れ!!


「はっはっは。でももう今日行っちゃうのか。次はどこへ行くんだ?」


「一回デリーに行って、それからジャイプルに行こうかと思ってるんだけど。でおっさんオレに一体なんの用なの?」


「あ、そうそう。実はそんな君にいいお土産を教えてやろうと思ってな。どうだ。オレの店に来ないか? 質の良いシルクとかクルターパジャマとか……」


結局それかよ!! もういいよ! もう帰る!!」



 ああなんという恐るべし神の町の住人。次から次へと出てくるあこぎな商売のレパートリーの豊富さには、本当に感心してしまう。その発想力、企画力を正しい方向に活かしたなら、今頃きっとヒルズのIT社長たちの良きライバルになっていただろうに。
 さて、時間を持て余したオレは、あっちへ行ってはノラヤギを追いたて、こっちへ来てはインド人の子供をいじめ、露店で買った数珠を振り回しておっさんに怒鳴られたり、ノラ牛をいじって逆に角で突かれたりしながらガートをふらふらと歩いていた。ちなみに数珠をぞんざいに扱っていて怒られた時は、「ああ、厳格なヒンズー教徒の人の前で悪いことしちゃったなあ」とちゃんと反省したのだが、オレがごめんなさいと謝ったところ、


「まあ知らなかったなら今回は大目に見てやろう。じゃあそういうことでうちのシルクショップに来てお土産を……


 といつものパターンになったため、反省は即時撤回した。どうやらインド人というのはとにかく会話にオチをつけないと満足が出来ない人種らしい。もはや国の存在自体がインド新喜劇と呼べるレベルである。旅行者としてはオチの度にいちいちコケていたらすぐに打撲や捻挫で傷だらけになるため、インドを旅する時は海外旅行保険は必須であろう。



 ←だが、そんな基本的に憎たらしいインド人も、最初はこんなに、食べちゃいたいくらいかわいいのだ。この子だったら、是非お土産に日本に連れて帰りたい。そして将来立派にオレの嫁を務められるように、オレの好みにあわせて厳しく教育したい。
 こんなにたくさんインド人がいるんだから一人くらい減ってもばれないだろうし、代わりにヤギでも置いとけばゴマかせるだろう。姉さん、オレ、また3次元の女の子を愛せるようになるかもしれないよ。



 さて、結局人気の無いところをうろついていてもあまり面白くないということに気づいたため、やはりメインガートに向かうことにした。景色だけの、悪いインド人のいないインドなんて鬼を退治しない桃太郎と同じで、本来のこなすべき役割を全く果たしていないといえよう。人を騙してこそインドではないか。旅人を怒り狂わせてこそインドではないか。それがインドのインドたる所以である。

 今日もガートでは、大勢の人が集まりガンガーに祈りを捧げる儀式が行われている。そして相変わらず人の集まるところには物売りも集まる。人ごみと物売りは、昼ドラと小沢真珠くらい切っても切れない関係である。物売りの場合は昼の小沢と違って不倫とかはしてないけど。
 オレの和風オーラを察知したのか、人ごみに到達して7秒で、絵ハガキをたくさん持った少年につかまった。


「(日本語で)これ買う?」


「いらん」


「(日本語で)かわねー?」


「うん」


「(日本語で)あっそ」




 去って行く少年。




 ……。





 ここ本当に外国か?

 そのへんの大人のインド人も使う英語ならまだしも、普通にいたいけで憎たらしい子供が日本語を使うのである。バブーとマルコメの時もそうだったが、どう考えても彼らは第二外国語の授業で日本語をとっているわけでもないし、毎週NHKの「新にほんごでくらそう」を見ているわけでも無いだろう。それなのになんでこんな子供が外国語を実用しているのか。おそらく、こいつらは親の金で駅前留学しているのだろう。
 しかし、せっかくこの若さで第二言語を覚えても、それが外国人とコミュニケーションをとるためというよりは外人騙すためというのがなんとも悲しいではないか。それが目的がために、せっかくの日本語も金や商売に関係ある言葉しか覚えず、いつかの日本プロ野球界初のストライキのように非常に中途半端に終わってしまっている。もったいないことだ。インド人も古田も、やるならちゃんと最後までやって欲しいものだ。

 それにしても、インドにはおとなしく歩ける普通の町はないのだろうか……。










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