THE FIGHT ROUND18

〜バラナシ散歩〜



 スイッチを押して待つこと30分。
 宿のおやじの言う通りならばこれでホットシャワーが使えるはず!! 何度も言うが、北インドの冬は寒い。新作映画のCMで、映画館の前で「ラストサムライさいこー! イエーイ」などと感想を述べる若者くらいさむい。クアラルンプールをなかやまきんにくんだとすると、北インドはMr.オクレだ。そのため宿に戻ったオレは、溜まりきった疲れと汚れを落とすためにトイレ兼シャワー室の前で水が温まるのを待っていた。
 おそるおそるシャワーを触ってみると……ビミョ〜。この程度だともしオレが生まれたてならば丁度良い湯加減かもしれないが、何年か前に乳離れしてしまった為、もう産湯は必要ない。待っていてもこれ以上熱くなる気配が微塵もなかったため、覚悟してシャワーに飛び込む。ただし勢いをつけて飛び込みすぎると、汚物たっぷりのインド式便器にはまることになるので気をつけなければいけない。
 しかし、インド式トイレと50pの距離にあるこのシャワーの床は果たして綺麗なのだろうか? 流れ行くシャワーの水がなぜか茶ばんで……まああまり考えないことにしよう。
 まずは若干ネバネバ感の出てきている頭を洗う。ホコリまるけになって何日も洗っていないオレの頭には新しい命が何匹も生まれていることだろう。大変残念ですが、死んでもらいます。
 持参したミニミニシャンプーはすでにマレーシアで旅行初日に盗まれている(号泣)ためお湯だけでガシガシ洗う。シャワーを浴び始めて3分くらい経過しただろうか。心なしかさっきよりお湯の温度が下がっているような。
 ……。間違いない。どうやら安宿のお湯は3分が限界のようだ。やばい! 少しでも温かいうちに浴びきらねば! 大丈夫、オレはプロジェクトAのユンピョウを見て1分で体を洗う方法を学んでいる。ランラランラランララー、ラーーララー(プロジェクトAのテーマ)♪ スピードアーップ!

 バシッ



 ギャーーーーーーーーッ


 突然電気を消したのは誰!!!

 まだ中に人がいるんだよ!! 慌ててドアを開け、表を覗くと全館真っ暗。走り回るおやじ達の声。どうやらこれは、インド名物停電らしい。この状態をどうすりゃいいんだよ!! とりあえずシャワーをとめたほうがいいのか? 暗がりを恐る恐るシャワーに向かう。
 あー腹立つな! つめて―!! 蛇口はどの辺だっけ?? うおっ!! 便器を踏むっ!! 汚い!! 暗い!! つめてーーっ!! コワいーっ!!


 ……。

 暗闇の中どうにかシャワーを抜け出し、闇に溶け込んでいるインド人をよけながら手探りで部屋へ向かう。毎回思うが、インドのシャワーは何故こんなに疲れるんだろう。

 翌日。飯を食い終わったオレは、ブラウン管ごしに見ている人からは早送りの映像と勘違いされてもおかしくないような猛スピードで部屋に戻り、チャカチャカピョヨヨヨ〜(早送りの音)と荷物をまとめて受け付けに向かった。早送りといえば、ジャッキーチェンの映画のアクションシーンは早回しで撮られているという事実を自分の中で受け入れられるようになった時、自分がつまらない大人になったということを感じて寂しかった。



「ヘーイ! チェックアウトプリーズ!!」


「なんだ。もう行くのか」


「そうです。もう行くんです。いつだって別れは突然やって来るもの。それが自然の摂理。今日はもうちょっとメインガートに近いとこに泊まるよ」


「あっそ。じゃあな」


「旦那、ダンナワード(ありがとう)!!」



 挨拶もそこそこに、オレの日本語とヒンズー語をミックスした鋭いダジャレに感銘を受けているオヤジを尻目にそそくさと宿を出る。
 しばらくメインガート方面へ向かって歩くことにする。今朝から雨が降っていたため、道の状況は最悪だ。インドの辞書にはおそらく水はけという言葉は無いだろう。地面には牛とやぎと犬と人のフンが混じった泥水がまんべんなく敷き詰められている。とりあえず一言でいい表すと、茶色い。これでは伝染病の病原菌は大ハッスルだ。狭い路地で泥水に足を取られ、サンダル履きのままで何度も牛のフンにズボズボとはまる。しかしこれはこれでなかなか気持ちいい。油断していると思わずあはんうふん言ってしまう。
 さて、フンまみれになってフンフンと川沿いを歩いていると、ふと道の脇から誰かの目線を感じる。誰かがオレを覗いているような気がする。まさか、さっきの宿の人間がオレを追いかけて来たのか……? 誰だ!
 覚悟をしてその視線の方へ振り向く。





 ムムっ。随分毛深いインド人だな。特異体質か?



 ……。



 なーんだ。サルか。

 いや、油断はできない。あの宿の連中はリクシャーのおやじとも手を組んでいた。このサルももしかしたらコミッションを得るためにオレの居場所を宿のオヤジに伝えようとしているのかもしれない。なにしろ人間離れした体術で動き回れる上に、日本ザルではなくてインドザルである。自分さえよければそれでいいという考えのため友人のノミも取ろうとしないし、外国人のことは歩く財布くらいにしか思っていないことだろう。
 一時期探偵を目指していたこともあり尾行をまくことには慣れているオレは、サルらの目を盗み、足早に姿をくらますことにした。ちなみにオレの目指していた探偵というのは、決して浮気の調査や失踪人の捜索など地味な方の探偵ではなく、たまたま殺人事件の現場に居合わせて、顔なじみの刑事にやっかいもの扱いされながらも最終的には関係者を全員部屋に集めて「犯人はおまえだ!!」と追求するような、そんなテレビドラマにでもなりそうなオレにしかできない探偵である。







→ゴードウリヤー交差点は人の洪水。コミコミプランなみの混み様。







 ということで、オレは地球の歩き方を見て、別の宿へ移ることにした。バラナシを旅行した読者の投稿で「ホットシャワーが使える」と書いてあったので、これなら確実に大丈夫だ。といっても、投稿したのが日本人旅行者のフリをしたインド人の可能性もあるので安心はできないのだが。
 適当に寄ってきたインド人をつかまえ、案内をさせる。
 自力で探していたら絶対にたどり付かないだろうと思われるような奥まった場所にあった宿は、それでもなかなかこぎれいなところであった。それにしても、オレの案内をしてくれたインド人はどう見ても小学生くらいの少年なのだが、前を歩きながら「コッチ」「コッチネ」日本語で先導してくれている。ここがいったいインドなのか日本なのか火星なのか五反田なのかよくわからなくなってくる。
 少年の案内どおり進んでやっとたどり着いた宿は……オレの行きたかった宿とは全く別のところであった。……。このガキャーー!!!

 しかし、もうオレは何もかも面倒くさくなっていた。大体、宿というものは観光を終えて1日の最後に帰っていくものである。その宿を探すのに丸1日費やしてどうするんだ。ということで、オレはまんまと少年の餌食となり、値段の安さにつられてすんなり部屋を取ってしまうのであった。この部屋は、なんとシングルルーム1泊60ルピー。ついに一泊100円台に突入。ちなみに最初の一人旅の時に、ふとアメリカで泊まろうとしたワシントンDCのウィラードコンチネンタル、最高級スイートルーム一泊3800ドル。えーと、100ドルが5000ルピーだから……。この一泊分料金で、インドで8年暮らせる(泣)。










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