THE FIGHT ROUND15

〜謎の男シワ〜



 バラナシには、聖なる川としてあがめられているガンジス川がある。現地ではガンジス川のことを「ガンガー」と呼ぶのだが、この町はとにかくガンガーがなければ成り立たない。
 もしガンガーが無かったら、……。どうなるだろう。……別に普通に成り立つんじゃない? ちょっと大げさに「なければ成り立たない」なんて言っちゃったけど。なきゃないでなんとかなるもんだろ。

 その日の夕方、ガンガーに沿ってノラ動物達と一緒にガートを歩いていると、前から妙なインド人の一団が歩いてきた。何か円柱形のものの四隅に持ち易いように棒をつけて、4人の男がそれぞれを持って担いでいる。
 狭い通路を彼らとすれ違う瞬間、その円柱形のものが何であるかわかった。布でぐるぐる巻きになっているが、はっきりとそれとわかる。

 死体だ。人間の死体。


 ……。



 おまわりさ〜ん!!!
 死体!! ここに死体を運んでいる人がいます!!! はやくっ、早く来てください!! この人たち殺人鬼です!!!

 しかしおまわりさんを呼んで話を聞いたところ、彼らは殺人鬼でも畠山○香容疑者でもないらしく、ヒンズー教の聖地であるバラナシには、こうして毎日インド中から死体が運ばれてくるということなのだ。
 道端で死体とすれ違うこの感じを何と表現すればいいだろう。動物や人間が行き交うのどかな河辺に、棺に入ったわけでもなく、布に巻かれただけの死体を運ぶ一団。
 「怖い」でもなく、「悲しい」でもなく、まさにこれがインド的空間。おお、なんか文学的なことを言ったような気がする。

 そんな感じで相変わらずのカルチャーショックを受けながら、ガートをふらふらとさまよう。オレと同じようにさまよっている犬やヤギや牛やインド人。しかし……

↓ちょっと牛多すぎじゃないか?





 ちょっと数えただけでも、ガートの階段や広場、そして川の中まで合わせて4、50匹はノラ牛がいる。吉野家の特盛りに換算すると800杯分くらいだろうか。それにしてもこれだけの数がいるとなると、インドの次期首相は牛がなってもおかしくない。しかも、それでも大して国勢に変化はないどころか逆に印・パ間の緊張緩和に貢献したりしそうである。

 日も暮れかけてきた頃、メインガートの辺りをうろついていると、丁寧な日本語でオレに話し掛けてくる奴がいた。背は低いが超筋肉質で、殴ってもガインガインと弾かれそうな彼は、「シワ」と名乗った。医大生で、NHKの通訳(よく意味がわからんが)もしているらしい。シワ曰く、「私は日本人が大好きです。いつも日本人の観光客の案内をボランティアでしているのです」ということだ。そして決めゼリフ。


「もっと日本語の勉強をしたいのであなたと話をしてもいいですか?」


 怪しさマルチマックス。さらに彼は続ける。「私の日本語で助詞が間違ってたら注意してください。その代わりバラナシの案内をしてあげます」
 
……なかなか細かく考えられたセリフだ。「助詞」とかいう言葉を出す時点で、今までの奴とは一味違う手強さを感じる。もちろん全く信用はできないのだが、こちらも到着したばかりでまだバラナシは不案内である。警戒しながらも「助詞を教える」という条件と引き換えに辺りを一通り案内してもらうことにした。助詞というのがどんなことを指す言葉なのかはよくわからんが、まあいいだろう。
 流暢な日本語を話す彼は、バラナシやガンガーについてあんなことやこんなこと(内容は忘れた)を話しながら観光案内をしてくれた。不思議なことに、シワはオレに物を買わせようとしない。土産物屋に連れて行くでもなく、今後の日程を細かく聞き出そうとするでもなく、ただ親切にバラナシについて説明をしてくれる。
 しばらくガートに座り込んでシワと話をする。彼は本当に知識が豊富で、通訳の仕事をしているというのもうなずける。室井滋や鶴田真由がバラナシに来た時の話もしてくれた。そんな彼がふと言った。


「今バラナシはお祭りやってるの知ってます?」


「え? そうなの? なんのお祭り?」


「あなたサイババ知ってますか?」


「うん。まあたしなむ程度にね」


「実は、今サイババの一番弟子のライババという人がバラナシに来てるんです」


「へー。安易な名前!! その人、凄いの?」


「もちろん。彼は手相を見るのが得意なんです」


「ふーん」


「手相を見る人は他にもたくさんいます。でも大抵の占い師は有名な人でもせいぜい50%当てるのがやっとです。でも、ライババは過去の事も未来のことも、9割方当ててしまうんです


「それ本当?」


「何年か前に、緒方拳が撮影のためバラナシに来ました。丁度その時もライババが来てたんです。それで手相を見てもらったんですけど、あんまりよく当たるもんだから『この人は俺の親戚じゃないか?』って言ってました」


「てことは緒方拳にもインド人の血筋が?」


「いやそういう意味じゃなくて、それほどまでによく当たるってことですよ」


「ええっ! それほどまでに?」


「はい。その時も私が通訳したんですよ」


「へえーっ。凄いんだねーシワ」


「いえいえ」


「ライババはいつもはここにいないの?」


「そうです。あなたいい時に来ました。ライババは昨日の夜バラナシに到着して、あと3日くらいで次の場所に移動してしまいます」


「それって普通の人も見てもらうことできるの? オレとか。」


「はい。普段はインド人の信者が殺到して外国人は見てもらえないんですが、夜の間だけ外国人用の時間になっているんです。今もう7時過ぎたから大丈夫ですよ。どうです? 見てもらいます?」


「うーん。そうだなー。面白そうだけど……。でもオレ、占いとか全然信じないタイプだから今回はいいや」


 どんなことを言われるのか興味はあったのだが、残念ながらオレは占いや宗教関係の話は全く信じないのだ。サイババなんて単なる手品師だし、別に占い師は新宿にいくらでもいるしな。
 デリーからの長い移動で疲れていたうえに、ガート競走でかなり体力を消耗してしまった。シワに別れを告げ、リクシャーで宿に戻る。こうしてバラナシ第一日目は幕を閉じるのであった。














 わけねー。












「行く行くイッちゃう! ぜひ見てもらいたい!!!」


「そうですか。じゃ行きましょうか」



 こんな面白い話聞いて黙って帰れるわけねー!

 過去も未来も9割で当てる??

 当ててもらおうじゃねーか。
もし本当にオレの過去をズバズバ当てることができたなら、今日限りでオレの占いに対する価値観を完全に変えてやろうではないか。これからは率先してananの占いのページを切り抜いて職場に持って行き、「今日は梅本さんの運勢はちょっと薄曇りみたい。でもイヤなことも避けないで真摯に対処すれば吉。アクアブルーのアクセサリーが幸運を呼ぶかも!」と占い大好きっ子に豹変して、同僚から避けられる人生を送ってやろう(涙)。

 シワと一緒にライババ宅へ向かっている時にふと気づく。

 ……こいつの目的はこれだったのか。

 どうやらまんまとシワの思い通りになっているようだ。かなり悔しいが、ここまできて帰ることは出来ない。果たしてサイババの一番弟子であるライババとは、そしてその能力とは。オレの過去、そして未来の運命は全て暴かれてしまうのだろうか?

 一体、どーーなってしまうのか(ガチンコ風に)!!










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