THE FIGHT ROUND16

〜口の上手い男インド代表〜
※写真はサイババです



 そこはごく普通の民家に見えた。
 中に入ると手前に玄関兼小部屋のような空間があり、その奥にもうひとつ狭い部屋がある。玄関にはライババの手下、もしくは信者と思われる男達がたむろしていた。彼らをかき分けながら、シワの後に続いて奥の部屋へ入ると、そこにライババはいた。


シワ「ナマステ―。日本から来た友人を連れてきました」


ライババ「ナマステ―」



「あ、ナマステ―」


 サイババの弟子というからどんなアフロが出てくるのかと思ったが、こいつはオレからすればただのインド人のおっさんに見える。みたところでは40歳くらいだろうか。しかしこのおっさんこそが(シワによれば)、ヒンズー教の神の生まれ変わりと言われている、かの有名なサイババの一番弟子であり、めざましテレビや子犬占い、はたまた家電占い三国志占いですらも遠く及ばない、 人の運命をほとんど言い当ててしまうことが出来る、緒方拳も真っ青のスーパーおっさんだということなのだ。
 しかしサイババの弟子でライババとはなんとストレートな名前なんだろうか。ネーミングの安易さではドラえもんに出てくるモテモテキャラ、茂手もて夫くんといい勝負である。

 部屋を見渡すと、インドの神であるシヴァ神や、サイババの写真が壁に張られている。祭壇のようなものもあり、かなり宗教的な香りが漂っている。
 手相を見てもらうにあたって、最初に料金を決めなければならないらしい。さすがにインド的だ。予想はしていたものの、ライババの料金表を見ると、インド人か外国人、学生か社会人かで大きく料金が異なっているが、外人料金は目が飛び出る程高い。


「オレはインド人の学生です」


 というオレのほんの軽いジョークに、


「じゃあパスポートを見せてみろ」


 と真顔で反論するのはやめて欲しい。
 結局、大分値切ったがそれでもべらぼうに高い(インドの物価からすると)外国人の学生料金を払わされるハメになった。悔しいが、「占いをして欲しい」と思った時点で必殺技「帰るフリ」は使えない。本当に帰ることになったら占ってもらえないのだ。今回はオレの負けである。しょうがないよね、やっぱり女の子は占いに目が無いんだもん。残念だけど今回はアタシの負けよ。
 そしてついに手相占いが始まる。ライババは英語を話すのだが、占いという非常にデリケートなジャンルのためにシワに通訳をしてもらうことになった。
 ライババはまずオレの生年月日を聞き、分厚い本を見ながら魔方陣のような図になにやら書きこんでゆく。かなり本格的だ。この空間、状況、宗教的な雰囲気。動物占いとは一味違う。ライババは、おもむろにオレの掌を手に取り手相を観察し、そしてゆっくりと話し始めた。いよいよライババによってオレの運命が暴かれることになる!


「あなたは……これから先、長い長い人生を送るでしょう。とても健康な体と……強いエネルギーを持っています。あなたは―、95歳まで、生きるでしょう」


 おおっ。95歳までか。それはそれはうれし、いや悲し、いやうれし……リアクションのしようがない。20代前半の今、95まで生きると言われようと65まで生きると言われようと同じようなもんだ。


「旅です。あなたは旅を好み、旅と共に生きる。旅をしてパワーを手に入れる人だ。これからもあなたは数多くの旅を経験します。それはあなたの人生にとってとても良いことです」


 旅か。もしかして、それは当たっているかもしれません。実は僕、今もインドに旅行中なんです……ってコラ。それ絶対外国人全員に言ってるだろ? そりゃ旅が嫌いな人間は多分バラナシのライババのところに一人で来ることはないだろうよ。


「あなたは、お金に対してとても強い運を持っています。今はお金があったり時には貧乏だったりしていますが、将来は、マハラジャのようにリッチな生活を送ることができます」


 イヤッホーっ!! 凄いぜ! オレは将来マハラジャのようにリッチな生活を送ることができるぜ! ってそれどのくらいだ? マハラジャのようにと言われても知り合いにマハラジャがいないのでよくわからん。


「そして、あなたはとてもとてもロマンティックな人です。愛を愛し、ピュアな心を持ち、常に夢見ている。あなたは、とてもソフトな魂の持ち主です」


 あのー。ライババさん。
 なんでわかったんですか!? いきなり普段誰もが気づかないオレの内面をズバリと言い当てられるなんて……。正直これは驚いたぞ……。


「それに加えて、病気の人や貧しい人、困っている人を放っておけない、お釈迦様のように優しい心の持ち主です」


 うっ。
 また読まれてる。たしかに、今まで友人や同僚に「おまえってさー、よく見るとマザーテレサみたいな慈悲の心、優しさを持ってるよなー」と、言われたことは一度も無いが、自分ではテレサ母さんに勝るとも劣らない奉仕の心を持っていると言い張っている。ひょっとしてこの人は、本当に神の啓示を受けている人なのではないだろうか。最初からインチキな奴だと決め付けていたオレは間違っていたのでは……?

 いや、まだ判断をするには早い。これらのことは全て将来のことや内面的なことで、正直あたっているとも外れているともどちらともとれない。オレが最も聞きたいのは、そう、過去のことである。彼がどのくらいオレの過去を言い当てることが出来るのか。この時点でオレがシワに話している情報は数少ない。もしもシワがオレから得た情報をなんらかの方法でこっそりライババに伝えたとしても、それはごく僅かなことに過ぎない。
 サイババの一番弟子はしばらくの間、欽ちゃんの仮装大賞の審査員のような当り障りのないコメントを述べていたが、一区切りついたところでいよいよ過去の出来事について語り始めた。ライババはまずこう言った。



「キミは、過去に家族の助けを受けたことがあるね?」


 ……。まあ出だしはこんなもんでいいだろう。あえてツッコまないでおこうではないか。当たってるかどうかといえば、当然だが当たっている。そしてライババは更に具体的なことに触れ初めた。


「16歳の時。キミは、彼女がいた……もしくは好きな人がいただろう」


 もしくはの後随分弱気ですねライババさん。いや、突っ込んではいけない。ちゃんと思い出してみよう。そうだな。高校一年の時か……。たしか女子はクラスに13人で、その中では久実ちゃんがかわいかったんだけど、ちょっと僕に対しては高圧的な態度だったから、妄想のネタにはよく使ったけど好きって程では……。

 はっ。

 何を考えているんだオレは……。と、とにかくライババさん。いなかったよ! 物凄く幅の広い予想ですがあきらかに外れです! 
 しかしオレが外れているということを告げても、ライババは動じることがなかった。さすが一番弟子。神の近くにいる人間だけあって落ち着いている。そして言った。


「そうか。では残念ながらその時キミはいいチャンスを逃してしまったようだ」


 そんな! チクショー、せっかくのチャンスをオレは棒にふってしまったのか。まさか高校1年の時にそんなチャンスがあったなんて気づかなかった!

 ……。

 座布団一枚! うまいねライババさん! っていうかそんなこと言ってたらなんでもありじゃねーか!! 全部それで片付けられるだろ! でも上手いこと言って誤魔化そうとしても今のは完全に外れだからな。


「それじゃあ、そうだな……キミは19歳か20歳の時、彼女か仲のいい女性がいただろう?」


 更に幅を広げやがったな。
 ライババさん……おめでとう。当たっているよ。……普通当たるだろ。
 ライババにそれは当たっていると言うと、いかにも満足そうな顔で「どうだ!」といわんばかりの表情。あんた、それしきで満足するなんて占い師として恥ずかしくないのか? この程度の手相占いだったら間違いなくそこらにいる合コンマスターの方が上手い。
 さらにライババは続けた。


「そして……22歳の時、キミにとっては……あまり良くない年だった」


「……」


「……」


「……」


 それだけかよ! 具体例を出せ! 具体例を!! 抽象的発言は認めませんよ!!
 そんなもの当たってる当たってない以前の問題である。どんな人間にも一年の間にはいいこともあり、悪いこともあるはずだ。それに、全体的にオレの人生は良くないため、どの年をとっても、その年はあまり良くない年だったと言えてしまうのである(号泣)。それでも別に他の年と比べてとりたてて不幸な年というわけではなかったし、結局ものは言い様なのである。誰でも良くない年だったと言われれば、その年にあった良くない出来事を思い出してしまい「ああ、たしかに良くない年だったな」と思ってしまうのである。
 そんなオレの思いを知ってか知らずか、ライババは調子に乗ってオレの手相を見ながら話し続ける。



「キミは今まで何回か引越しをしたことがあるね?  この手相ではおそらく、これからも住むところを変えることになると思う」


 はい! あります! 引越しをしたことあります!
 ていうか誰でもあります!!!!
 オレくらいの年齢の日本人の男をつかまえて「引越しをしたことがあるね?」といったら無い奴は滅多にいねーだろ!! それに、将来住むところを変えることになるというが、95歳まで生きるのにずっと今のワンルームアパートに住むくらいなら早死にした方がましだ。マハラジャなみにリッチな人生を送るのにこんなとこに住んでられるかー!!


「今年はキミにとってラッキーイヤーだ。特に、2月、4月、8月、11月。そして、そうだな、キミには……3人の子供が生まれる。女の子2人に、男の子が一人」


 くそ。うまい具合にはぐらかされている気がする。どうせ将来ライババに再会することなんてありゃしないだろう。未来のことなんかいくら外れても痛くも痒くもないはず。そんなことを考えていた時、突然ライババが立ち上がった。
 なんだ! どうしたんだ?


「ちょっと、トイレに行ってくる



 もうちょっと我慢しろよ!!
 神に近い人間が占いの途中でトイレに行くな! もっと威厳を保てよ!!
 ライババは部屋を出て行き、シワとオレが残された。今までの占いの結果にやや不満を持ったオレは、シワに訴えた。


「もう未来のことはあんまり言わなくてもいいからさー、オレの過去をたくさん当てて欲しいんだよ。ズバッズバッと当ててオレを驚かして欲しいんだよ。シワから頼んでくれよー」


「わかりました。じゃあライババが戻ってきたらお願いしてみましょう」


 将来のことはもういい。さっきまでの過去の話しではまだ満足できない。ライババさん、あんたはまだ実力を隠しているはずだ。緒方拳をぶったまげさせたという、神の領域にまで入ったその能力をオレに見せてくれ!!
 頼むぞライババ! がんばれライババ!!










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