おや?

 何かがおかしい。体の自由が利かない。
 な、なんだ?? 足が、足が動かないぞ!? なんだこりゃ???
 これは一体どうしたことだろう。自分の意志が足に伝わらない。動かそうと思っても何か不思議な力で抑え付けられているような感じなのだ。
 こ、これは、もしかしたら……

 金縛り。
 化学的に見ると、レム睡眠といういわゆる浅い眠りの時に、体は眠っているのにもかかわらず頭だけが起きている状態に発生する現象だという。
 だが、
 それだけでは決して説明のつかない不思議な体験をした人もいる。
 例えば、よく体が動かなくなる前後に何か動物の鳴き声が聞こえるというもの。霊能者や心霊研究家によると、ある特定の場所に因縁を持った動物霊が、一時的に人間に害を与えようとする時に金縛りが起こるらしい。
 また、明らかに人間の姿をした何かを目撃した例も数多い。昔、ファミレスでバイトをしていた時の同僚で実際にそれを見たという人がいた。彼は当時、予備校の寮に住んでいたのだが、ある時寝ていると、妙な息苦しさを感じた。急に呼吸が出来なくなったというのだ。
 そして。
 目を開けた彼が見たもの。


 それは、
 彼の両腕に膝を乗せて抑え付け、
 上体を覆い被さり、
 凄まじい形相で、
 彼の首を締める年老いた女性の姿だった。

 当然彼は恐怖でパニック状態に陥り、体が自由になった瞬間友人の部屋に飛び込み助けを求めたという。
 自信を持って言えるが、彼は決してこんなふざけた作り話をするような人間じゃなかった。では、夢を見ていたのか。その時助けを求めた友人にもそう言われたらしい。
 しかしその友人は、彼の汗びっしょりの顔と、首筋にくっきりと浮かんだアザを見て言葉を失ったという……

 そして今。
 オレに起こっていることは、一体何か。
 レム睡眠などではない。意識はかなりはっきりしているのだ。だが足が動かない。まるで下半身だけがオレの体ではなくなってしまったかのようだ。
 化学的に説明のつかないことだとすると。

 確かにオレはつい3日程前に、死者を焼いた灰や煙を全身に浴びた。数珠を手に祈りながら見ていたとはいえ、正直に言って興味本位で見ていたことは否定できない。ひょっとしたら、あの時火の中にいた彼ら、彼女らが、オレの体を縛り付けているのでは……
 さっきは手は動いた。問題は足だけのようだ。
 オレの足に今何が起こっているのか。
 見てみよう。それしかない。

 意を決し、足元に目を向ける。





  うおおっっ!



 なんとオレの足の上にいたのは。


 あの時彼が見たものと同じ。

 嘘ではない。

 オレの足の上には、2人の、老婆がいた。


 なんということだ……
 生まれてこのかた、幽霊とか心霊現象なんて全く縁がなかった。
 いや、縁がないというよりむしろ、考えたくなかったといった方が正しいのかもしれない。自分から拒否していたのだ。だがこの数週間で、オレの感覚は日本にいる時よりも鋭敏に、研ぎ澄まされていたに違いない。
 文明を離れたせいで、こんなことが起きるなんて……。

 必死に念仏を唱えていると、真夜中だというのに電車が止まった。どうやらどこかの駅に着いたらしい。この駅は果たして、どこに続く駅なのだろうか。
 こちらの世界の物か、それとも……
 すると、オレの足に座っていた2人の老婆がスーッと立ち上がり、電車を降りて行った。
途端に楽になる足。
 よし、動くぞ!



 ……。




 切符買って乗れよばーさん!!

 しかも人の足に座るんじゃねーっ!!!!
 マジで怖かった〜〜(T_T)








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