THE FIGHT ROUND33

〜ジャイプル名物ジュエリーシスターズ〜





 この2人の少女は、姉妹である。仲良さそうに肩を組んだ、笑顔がとてもかわいい2人の少女。
 ここでちょっと注目して欲しい。左の少女の頭の左側に、何か黒いものが見えると思う。少女が手で支えているようにも見えるこの黒い物体。この物体の正体を知った時、あなたは思うでしょう。
 このかわいい姉妹は、全然かわいくない、と。

〜〜〜

 絨毯屋の工場長親子の監禁から逃れたオレは、オートリクシャに乗って再びジャイプルの郊外を走っていた。


「どうだった? カーペット工場は? 知識を深めることが出来ただろう」


「そうだな。たしかに新しい押し売りと監禁の方法の知識が深まったよ。っていうか別に深めたくないんだけど」


「じゃあ、次はジュエリーファクトリー(宝石工場)に連れて行ってやろう。そこも凄く勉強になるぞ」


「本当? 次はどんな監禁方法を学べるんだろう。わくわく。なんて言うと思ったか! こら! もういいよ。オレは疲れた。宝石工場はいいから宿に帰りたい」


「そんなこと言うなって。こんなチャンス滅多にないんだぜ?ジャイプルまで来て宝石工場を見ていかないなんて、ハロープロジェクトに行ってメロン記念日だけ見て帰ってくるようなもんだぜ」


「わかりづらー……。あのなー。オレは宝石なんかにはこれっぽっちも興味ないの。週刊宝石も立ち読みで済ませてたし」


「まあまあいいじゃないか。せっかくの機会なんだから」


「やだっ!! 絶対いやっ!!! 宿に帰る! オレは帰るんだ〜〜っ!!」


「わかった、わかったよ! しょうがない。そこまで言うんならもう戻ろう」


 旅先で色々なところに行き、なるべく多くの経験を積んだ方が勉強になるし見聞を広めるということは充分わかっているのだが、もうオレは先程の長時間にわたる怒鳴りあいと監禁で(どんな理由だ)疲れ果ててしまった。とにかくこれでようやく宿に帰れる。今のオレには休養が必要なのだ。
 やっと落ち着けると思い安心していたオレだったのだが、リクシャーはしばらく街の中心に向かって走った後、何故かまだ宿には随分距離があると思われる道端に停車した。一人のハゲオヤジが近づいてくる。


ハゲオヤジ「ハーイ」


 何やらリクシャーの運転手と親しげに話しこんでいる模様。オレはインド人ではないので、彼らが何を話しているかはわからない。どうやら2人は知り合いらしい。どんな関係なのだろうか。ひとしきり挨拶を終えた後、運ちゃんはオレに声をかけて来た。


「なあ、あいつはオレのフレンドだ。ちょっとあいつの家でお茶でもして休んでいかないか?」


「な、なんで? オレは早く宿に戻りたいんだけど」


「せっかく招待してくれてるんだぜ?いいじゃないか。休憩だ。休憩」


「えーー」


「人の親切は素直に受けるもんだ。なんでそんなことも嫌がるんだ? 礼儀知らずなやつだなあ」


「あーもう! 行くよ。行けばいいんだろう」


 観念してリクシャを降りるオレ。ハゲオヤジの後について行こうとするのだが、運ちゃんは何故かリクシャに乗ったままだ。


「あれ? あんた何やってるの?」


「ああ、オレはここで待ってるよ。おまえ行って来い」


「なんじゃそりゃ!! おかしいだろそれ! ……。なあ、本当にお茶するだけなんだろうな。それだけのためなんだろうな??」


「もちろんじゃないか! 当たり前だろう!! ついでに宝石の作り方の見学も……


「やっぱりそれかよ!! イヤだって言ったのに!!」


「じゃあまた後でな!」


「おのれえ……」


 クヤシー。
 またもや新しい方法でまんまとハメられたオレ。意気揚揚と前方を歩いて行くハゲオヤジの後を仕方なくしぶしぶついていく。なんでこいつらは人を騙すパターンがこんなにバラエティに富んでいるんだろうか。
 重い足取りでオヤジに連れられて一軒の長屋にたどり着く。ここがオヤジの家らしい。ここは宝石工場というより、宝石職人のオヤジの仕事場兼住居のようだ。家族寝てるし。オレを連れて家に入ったオヤジが一声かけると、奥の方から2人の宝石娘が現れた。オヤジの娘姉妹らしい。日本でいえば中学生くらいだろうか。にこやかに挨拶をしてくるその表情はとても無邪気でかわいい。どっちの子も大人になったら父親に似ずかなりの美人になるだろう。
 挨拶もそこそこに、宝石娘に両方から腕をとられ、別室に連れて行かれる。またお約束の監禁タイムが始まる予感がする。ここは早めに姉妹を振りほどいて逃げた方がいいような気がしたのだが、かわいい女の子2人から両腕にすがられるなどという、今までの人生で決して体験したことのない感動的な状況を自ら放棄することなどオレに出来るはずがなかった(涙)。
 その部屋はいかにも旅行者に宝石を売りつけるための部屋という感じで、中央には商品がよく見えるためにでっかい照明がぶら下がっており、部屋の隅には座布団のような物にささったり陳列されたりしているたくさんの宝石やアクセサリーがたくさん転がっていた。
 オヤジがそれらを照明の下に持っていき、オレにセールストークをしかけてくる。


「ヘーイガイ。どうだ? 買う買わないは別として、この中でおまえが好きな宝石を選んでみろ。」


「おい。そのパターンはもうカーペット工場で攻略済みだよ。そうやってオレが選んだらすかさずそれを買わせるつもりだろう!」


「な〜に言ってんだよ。買う買わないは別としてって言ってるじゃないか! とりあえず選ぶだけ選んでみろよ」


「やだ。オレは宝石なんか興味ないし買うつもりもないんだ。選ばないもんね」


「ねーおにーちゃん、この中でどれが好き? わたしたちに教えて」


「うーん、そうだなー。この中だったらこれか、あとこれもキレイだな」


「すご〜い! おにーちゃん、いい宝石がわかるんだね!手にとって見てもいいんだよ」


「本当? それじゃあちょっと持ってみよっと」


 照明にあてて見てみるとたしかに光り輝いてとても美しい。今までそんな石ころには関心のかの字もなかったが、こうやって手にとってみると、職人によってただの石ころが人を惹きつける見事な宝石になっているのがわかる。すばらしい!

 ……。


 はっ!


 卑怯だぞ!
 オレの弱点をついてくるなんてきたないぞ!! この健気な姉妹にそっとささやかれると、思わず抱きしめたくなってしまう。しかし絨毯屋もそうだったが、最初に気に入ったものをいくつか選ばせて無理矢理トークに入るというやり方がジャイプルでは普及しているらしい。まるで池袋の画廊だな。
 見事に娘達の術中にはまってしまったオレを見抜いたのか、さらに親娘3人一丸となって攻撃をしかけてくる。


「どうだ。もうネックレスになってるのもあるぞ。こっちも見てみるか?」


「いや、オレは休憩しに来ただけだし……」


「まあまあそういわず。どれが好みだ?」


「だから好みとかそういうのはないんだって……」


「ねえ、じゃあこのトレーにいくつか好きなのを選んで乗せてみて。」


「はーい!じゃあこれと、これと、あとこれもいいかな!」


……。


 いかんっ!! こんなのはオレじゃない!
 女にうつつを抜かして宝石を買ってしまうなんて、みんなが期待している誰が?オレではないぞ! チリ人妻アニータさんの旦那じゃあるまいし!!


「おにーちゃんの誕生石はこれ! アクアマリン。これをつけてると幸せになれるんだよ! どう?」


「……。ごめんね。悪いけどおにいちゃんアニータさんの旦那と違ってお金ないんだ。年金も支払ってないし」


「だいじょうぶよ。カードも使えるし。お金がなくたって払う方法はたくさんあるんだから」


「ははは。たしかにそうだね」


 ……。


 このクソガキャー!!
 幸いなことに、健気だと思っていた宝石娘の金の亡者っぷりを見せられたおかげで、オレの動揺は完全に無くなった。さっきまで実の娘のようにかわいがっていた姉妹も、今では落合の息子のように単なるムカつくクソガキにしか見えん。さあ帰るぞ!
 その前にこいつらの写真とっとこーっと。


「ねえ、君たちかわいいから写真とっていいかな?」別にヘンな意味じゃないよ


「もちろんいいよ!」


 そういうと姉妹は肩を組んでポーズをとり、先程までのセールストーク中でも見せなかった、明らかに撮影用と思われる抜群の笑顔を作った。そして、妹の方がおもむろに部屋の中央にぶら下がっている照明を手にとり、 自分達の顔をライティングした。




↑自分の顔を照明で照らす姉妹。女優さんですか?
↑デジカメで撮ったもう一枚。安いデジカメなので感度が低く部屋が暗く見えるようになってしまっているが、そのおかげでいかに妹のライティングが効果を発揮しているかがわかるだろう。姉(右)の方はポーズ、表情とも一枚目と全く同じである。


























 かわいくねー。














 宝石の輝きを美しく見せるために備え付けられたこの部屋の照明器具は、今ではもっぱら娘の顔を美しく見せるために使われているようだ。
 よし。もうこれでここには用はない。すかさず立ち上がり入り口へ向かう。


「ヘイ、どこ行くんだ!」


「もう帰るんだよ!」


「ヘイヘイ、ちょとまて! ジャイプルは宝石だけじゃなくシルバーも有名なんだ。どうだ? 銀製品には興味ないか?」


「え〜、銀ー? 金がいいですぅ〜」


「さむー……」


「……とにかくもうおいとまさせていただきますから! さいなら!」


 残念なことにオヤジと小娘2人では無理矢理帰ろうとするオレを引き止める力は持っていない。追いすがる親子を振り切り、リクシャーへ戻る。
 ジャイプルでの第二ラウンドは宝石娘の色仕掛けに思わぬ苦戦をしいられたが、なんとか無傷で切り抜けることが出来たようだ。よかった。あの姉妹はまだ子供だし、スクール水着も着ていないため、色仕掛けもそんなに強力な武器にはならなかったようだ。さすがにオレも中学生の誘惑に負けるような男ではない。ただしもし5年後にもう一度あの家に行き、宝石娘にねだられることがあったなら、きっと青森県の公金を横領してでも大量の宝石を買ってしまうことだろう。


※5年後でなく3年後の再会の話は、「インドなんて二度と行くかボケ!」の単行本に収録されています。










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