THE FIGHT ROUND20

〜怒鳴る人たち〜



 オレはマッサージにはちとうるさい。大学の部活で腰を痛めて以来、この年(弱冠18歳)でちょくちょく指圧やマッサージに通っている。整形外科の腰のけん引にもほぼ毎日通っている。おじいさんおばあさんに混じって、1回210円払って(号泣)。
 バラナシのガートにはうじゃうじゃと謎の路上マッサージ師がひしめいている。彼らは最初は通りがかりのインド人を装っており、こちらが気さくなインド人だなーと油断して挨拶を交わし、握手を求めてくる手を握り返すが最後、見事そのまま無理やりマッサージをされることになるのだ。
 普通だったらここで怒り出すところなのだが、オレはマッサージと聞くとイモを見たおよねこぶーにゃん、世代的におよねこぶーにゃんがわからない人には酒樽を見た張飛のように(マニアックになっただけか)アッという間に引き寄せられてしまうので、決してあらがうこと無く彼らにされるがままとなる。
 地面に直に敷かれた、最終回の矢吹丈のようなボロボロになったゴザの上に座らされるオレ。「10ルピーでいいよ。安いだろ!」とか言いながら、まず最初に頭と顔をこねくり回される。顔のマッサージというのも結構いいもんだ。なかなか力も強く、気持ちいいといえば気持ちいいのだが、ひとつ気になることが。おっさん左手で思いっきりオレの顔を揉んでいるが、絶対今朝トイレ行って左手キレイに洗ってないだろ?
 
おっさんの尻を拭いた手で顔を揉みしだかれるのは、少し悲しい。
 しかし、寝転がっている横を犬やヤギが通過して行き、牛に踏まれそうになるマッサージは、なかなか日本には無いだろう。ちなみに牛たちが近づいて来たら大声でマッサージ師に知らせて追い払ってもらわなければならないので、寝ることはできない。だが考えてみれば牛に踏まれるのも、上手くツボに乗ってくれれば案外気持ちいいかもしれない。
 30分程やってもらっただろうか。一通り終了し、金を払う。


「ありがとー。なんだかすっかり疲れも取れたみたいだよ」


「そうかそうか。良かった。じゃあ、300ルピーな


????? ……冗談ばっかしー。10ルピーでしょ?」


「あれは頭のマッサージだけの値段だ。その後肩や腰をやったから合計で300ルピーなんだ」


「ああそうか。10ルピーっていうのは頭だけだったんだ。それは納得。はい、じゃあ300ルピーねってドアホー! バカおやじ! バカ! バカ! バカ!


 もはや恒例となった対インド人の怒鳴り合い。あまりにもその頻度が多いため、もうオレの悪口ボキャブラリーは限界にきているようだ。悪口なんか毎回レパートリーを変えなくてもいいという意見もあるが、毎回怒鳴りあいに同じ言葉を使っていたら、たまたま前の怒鳴り合いの時にオレを見ていたインド人に「あ、コイツさっきと全く同じ悪口使ってる。もしかしてそれしか英語知らないとか?なんて思われたらカッコ悪いじゃないか。
 インドに着いてからというもの、食事の回数よりインド人と揉めた回数の方が圧倒的に多いのだ。おそらくオレの人生で怒鳴りあいをした回数の統計をとったなら、9割以上がインド人相手ということになるのではないか。
 それにしても毎日毎日これだけ騙され続けていると、ブリトニースピアーズと結婚できたと思っていたら1日で離婚されたかわいそうな幼なじみのように人間不信に陥ってしまう。もはやオレはインド人を信じるくらいならたま出版の韮澤さんを信じる。


 ところで、バラナシの町は日本人が一人で歩くのはなかなか難しい。難しいといっても別に各交差点ごとに砦を守る中ボスがいて、他の旅行者とのコンビネーション技を使わなければ倒すことができないというわけではない。たしかに中ボスもいるが、原因はそこではなく、バラナシの路地を歩いているととにかく小銭を得ようとするインド人がグラデュウスのオプションのようにつきまとってくるためだ。

 この日オレについてきたのはバブーという中学生くらいの子供、そしてもう一人は10歳くらいのマルコメだったのだが、ガキだと思って侮るなかれ、その金への執念はそんじょそこらの村上ファンドより凄い。
 いや、別に彼らも最初からカネカネ言っているわけではない。子供だし、パッと見では日銀の福井総裁と同じく物腰もやわらかで、善人の姿をしているのである。

 そのバブーとマルコメはとりあえず善人の姿でとりあえずオレをエスコートし、あちこちとバラナシの裏道を案内してくれた。といっても、決してオレが頼んだわけではないだが。で、この案内というのがやっかいなのである。彼らは、自分たちのことを生意気にも「バラナシの案内人」という立派な職業だと決め付けている。まあ自分でどう思おうがマルコメたちの勝手なのであるが、やっかいなのは別に料金プランやチケットがあるわけではなく、最初はただの親切だと思わせておいて後から金を請求するというところである。バラナシの案内人といったって、だいたいが世間話をしながら旅行者について歩くだけだし、何をやると明確に決まっているわけでもない。アイドル評論家に勝るとも劣らない曖昧な職業である。そういえばおたく評論家の宅八郎というのがいたが、今も変わらずどこかでおたくを評論しているのだろうか……。彼はおたく評論家ではなくただのおたくだと思っていたのはオレだけだろうか。

 ちなみに、オレはバブー&マルコメの
「別にお金はいらない」という言葉を最大限に信頼していたわけだが、インド人相手の信頼などただ夏の世の夢のごとし、風の前の塵に同じである。平家物語的な古風な儚さである。人の夢と書いて儚い。
 彼らと一緒に買い物に行ったり極悪人のシワやライババと再対決し、さて今日は本当にありがとう、じゃあオレはもう宿に帰るから! と良い思い出のまま別れようとした瞬間、ガキ2匹はいきなり架空請求業者へと変身した。



「ちょっとまってよ。今日のガイド料、2人で100ルピーだよ!」


「……なに言ってんだ? 冗談はよしなさいっ」


「あちこち案内してあげたじゃないか! ちゃんとお金払ってよ!」


「そうだよ。お金ちょうだいよ!」



「おまえたち、素直に帰った方が身のためだと思うよ? お兄さんを怒らせないでね」


「ガイドしたんだからお金を払うのは当たり前だよ!! 僕らだって仕事なんだから!」


「……まあそう言うのなら、たしかに案内はしてくれたことだし、いいよ、10ルピーずつあげるよ。ほら、これでもうオレの財布はからっぽだから。見てみな」



 そう言ってオレはクソガキ2頭に空の財布を見せてやった。別に小細工をしたわけではなく、たまたま本当に20ルピーしか持っていなかったのである。残りは宿に置いてある。



「20ルピーなんかでいいわけないだろ!!!!」


「そうだよ!! 100ルピーだよ!!!!」



「だから、これしか持ってないって言ってるだろうが!」


「ホテルに置いてあるんだろ!!! 知ってるぞ!!!」


「そうだ! 旅行者がそれしか持ってないわけないじゃないか! ホテルに言って金を取って来いよ!!!!」



「……あんたら。小さいくせにかわいくないこと言っちゃって。外人をなめてんじゃねえぞこのチビクロどもがっっ!!!! 大人の怖さを教えてやろうかオラっ!!!!!」


「脅したってダメだよ!!! 早くお金取って来いよ!!!」


「そうだよ!! あんたが悪いんだからな!!!!!」



「このウソつきどもがっ!!! 朝から晩までウソをついて生きていけって親に教育されたのかおまえらは!!! 親を連れて来いよ!! 一緒に小さく畳んでやるよ!!!!」


「お金だよ!! 金出せよ!!」


「ずるいぞおまえ! 日本人はずるいやつばっかなのかよ!!」



「うるせえ〜ガキャーーーっ!!! くそガキャーーーーーーっっっっ!!!!」



 その後ガキの鎖骨を叩き折りたくなる衝動をなんとかこらえ、恒例の怒鳴りあいの末おどしすかしやっとガキ2羽はあきらめて帰って行った。なんなんだこいつらは。なんのかわいげも無い、ウソをつくどころか大人に向かって
「ホテルから金を持って来い」である。言っておくがオレはホテルなどに泊まっていない。ボロ宿である。
 しかしこの生意気な嘘つきなバラナシのガキども、一度『真剣10代しゃべり場』に出場させて泣くまで討論させた方がいいのではないだろうか。生意気なバラナシのガキももっと生意気なしゃべり場の出演者にかかれば、ショックで真人間になるに違いない。
 バカー
 アホー






 インドの母であり神であり、インドの全ての死を受け入れる(ということになっている)ガンジス川、ガンガー。














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