THE FIGHT ROUND8
〜インド流口説き文句〜
少し時間は戻る。 旅行会社からの帰り道、しつこいインド人を振り切ったオレはニューデリー方面に向かってふらふらと歩いていた。 「ハロー! フレンド!」 「あ、ハロー! ……っていうかだれだよ。おまえ。」 「ヘーイ。フレンド。どっから来たんだい?」 「フロムジャパン。っていうか別にフレンドじゃないから」 「オー。冷たい奴だなー。マイフレンド」 「そうそう。オレ日本でもよく『まさかそんな薄情な人だなんて思わなかった! 最っっ低!』って言われ……だからフレンドじゃねーっつーんだよ!」 「どこ行くんだい? フレンド」 「宿に帰るんだよ。友達と夕飯食いに行く約束してるから」 「おおそうか。でもせっかくだからちょっと話してもいいか?」 「……なんだよ。一体」 「実はオレ大学で英語を勉強してるんだ。他のインド人は後から『マネー!』と言い出すけどオレはただ英語の勉強のために君と話を……」 「どっかで聞いたことある話だなそりゃ! 英語喋りたいんならオレよりその辺にいる欧米人旅行者に話し掛けろよ!」 「……そうか。よし、じゃあオレがガバメントのショップに連れて行ってやろう。」 「『じゃあ』の意味がわからねーよ! どんな話の流れなんだよ!」 「いいシルクいっぱいあるよ。サリー、クルターパジャマ、ガンジャー、ハシシ……」 「ちょっとまて! 後ろ二つは麻薬だろ!! シルクとかパジャマと同列に扱うんじゃねーっ!!」 「なんだおまえ麻薬きらいなのか?」 「私は合法的に生きる人間なのでございます」 「めずらしい奴だな。じゃあこれはどうだ? 絵はがき。インドの神様がいっぱい載ってるよ」 「何屋なんだよおまえは!! もっと商売にポリシーを持てよ!」 「オー。つまらないねー。おまえガールフレンドはいるのか?」 「……。殺す」 「オー、なんでだ?おまえそんなにハンサムなのに」 「ほっとけ!! じゃあそういうおまえはいるのかよ?」 「あったりまえじゃないか。写真あるぞ。見たいか?」 「コノヤロー!! そんなもん見たくねー!!!」 「なんだよ。見たくないのか?白人なんだ。オレの彼女。凄くかわいいぞ〜。超セクシーな水着の写真なのに」 「見せろコノヤロー!!」 「ハッハッハ。ほら、これだよ」 「おおおっっ!! す、すげえ……なんでこんな美人が……まるで女優だ……ってこれキャメロンディアスなんですけど」 「お。知ってるのか、おまえ?そうなんだ。キャメロンは実はオレの彼女なんだ」 「ええっ? そうだったの??……はいはいよかったね。じゃあね」 「おーフレンド!うらやましいんだろ?落ち着けよ。……あ。なんでおまえがもてないかわかった」 「何?一応聞いてやろうじゃないか」 「その髪型がいけないんだよ。もっとオレみたいにキチンとしなけりゃモテないぜ。そこで切ってもらえよ。あの床屋は腕がいいぜ?」 「あーそっか! たしかにちょっとボサボサかもな。じゃあ早速やってもらおうかなっておい。 今時七三分けが流行ってるのはインドだけだよ!! しかもなんで床屋が路上で営業してるんだよ!!!」 「安いぜ。たったの15ルピー」 「たしかに300回切ってもらってやっと表参道の美容院と同じ値段だな。でも死んでもいやだ。オレは今時のナウなヤングなんだよ!」 「ださ〜。そういえば夕飯食いに行くっていう友達は男なのか?」 「一応女だけど」 「なにっ? おまえそれはチャンスじゃないか!!」 「別に」 「しかも一人旅同士なんだろ? もうもらったようなもんじゃないか」 「あのな。オレは別にナンパしにインドに来てるんじゃないの。ほっといてくれる」 「もったいないなー。せっかくいい口説き方教えてやろうと思ったのに」 「別にいいよ。そんなの。どうせおまえが考えたんだろ?」 「オレの友達もみんなその方法でガールフレンド作ったんだぜ。今のところ100発100中だ」 「……」 「みんな『おまえのおかげだ。ありがとう。』ってオレに感謝してるんだぜ。ま、でもそんなに女に興味が無いならしょうがないな」 「……。まあ興味は無いんだけどー、どうしても言いたいっていうんなら別に聞いてあげてもいいかなー」 「いや別にいいよ」 「すいません教えてください」 「ははは。やっぱりな。まあいいだろう。いいか、よく聞けよ。メシの時に、隙を見て彼女の飲み物にこのガンジャーを混ぜるんだ。それを飲んだ彼女が意識朦朧としたところを……」 「それはダメ。極刑に処せられるから」 「いやいや、これは冗談」 「少し本気だったくせに……」 「じゃあいくぞ。……ちょっとわからないことがあるんだ」 「え? なにいってんだおまえ?」 「ノーノー。オレが『わからないことがあるんだ』と言ったらおまえは女の役になって『何がわからないの?』と聞け。その後またオレが台詞を言うから今度は『なんでそんなキザなこと言うの?』だ」 「まるで大喜利だな……」 「オレちょっとわからないことがあるんだ」 「何がわからないの?」 「何億人もの女性の中で、どうしてオレは君だけにこんなにも心惹かれるんだろう?」 「おおっ! ……なんでそんなキザなこと言うの?」 「君が言わせてるのさ」 「……」 「……」 「オー! マイフレーンド!! すごいじゃないか!!!」 「だろー? よかったな。これでもうバッチグーだ。じゃあそういうことで今からちょっと一緒にガバメントショップにシルクを買いに……」 「サンキューマイフレンド! 心の友よ!! それじゃまたな!!」 「ヘイヘイ! チョトまて!! おい!」 ふふふ。インド流口説き文句。なかなか侮れないではないか。早速使わせてもらうぜ!! 宿に戻ったオレは待ち合わせていたシホと合流し、食事をするためにメインバザールを歩き食堂を探す。そういえばシホは女の一人旅だもんな。旅慣れているとはいえ、内心結構寂しがっているに違いない。あのインド人の言うとおりこれは結構チャンスかもしれないぞ。この状況でさっきのセリフを言えばひょっとしたら……うへへへへっ。ぐへへへへっ。ガハっ。ごへがひっふ。 しばらく歩いた後、適当な店を見つけて入る。ドアも無く蝿が舞い、料理を手で食べる食堂はあまり女性を口説くのには適していないと思うが、この口説き文句はそんな状況など吹き飛ばしてくれるようなパワーを持っている気がする。 席に着き、一通り今日の出来事などを話して異常に盛り上がる。そりゃそうだ。日本で暮らしていれば『インド人に騙される』という経験なんて7年に1回くらいしかないからな……。 話しながらも虎視眈々とさっき教わった殺し文句を切り出すタイミングを探る。明日からは別行動になるため一緒に食事をとれるのは今回だけ。今が2人になれる最初で最後のチャンスなのだ! これを逃したらもう次はない。 しかし食堂の数多くのインド人の中で日本人はオレとシホのたった2人。これは最後だが同時に最大のチャンスでもある。 そして。一瞬ふと会話が途切れた。 ……今だ! 「なー、シホ」 「ん?」 「オレさー、ちょっとわかんないことがあるんだよねー」 「え? なにが?」 「何億人もの女性の中で……」 「あのー」 「どうしてオレは……」 「あのー、すいません」 「……は?」 振り向くと、そこには男のくせに金髪を肩まで伸ばしピアスをした、憎たらしい一人の若い日本人が立っていた。 「すいませーん。日本人ですよね? オレもなんすけど、せっかくだからメシご一緒していいっすか?」 「いや、でも今オレ彼女と2人で食べてるから「もちろんいいですよ!人数多いほうが楽しいですしね!」 「そうだね! そのほうが楽しいよね! ここで会えたのも何かの縁だし。何億人も人間がいるのにね(号泣)!!」 3人で仲良く食事しましたとさ。 |