THE EXTRA FIGHT

〜北緯3度〜



 心行くまで眠りこけていたオレが目を覚まし、腕時計を見ると9時半であった。随分寝たような気がするのだが、まだそんなもんだ。日本でははるちゃん5のエンディングテーマとともに起きだす習慣がついていたオレだったが、旅先では自然に朝早く目覚める。隣のベッドに寝ていた岳くんはとっくの昔にどこかへ出かけていた。
 支度をし、早速クアラルンプールの街へ繰り出す。

 ……。うーむ。

 なんつー暑さだ。

 これは暑い。とうてい日本の比ではない。クーラーの無い真夏の6畳間で、ルー大柴と松岡修造と松木安太郎を招いて日本代表の試合を見ながら鍋を囲んでいるような熱さである。もはやこのままでは失神は免れない。
 しかし、涙は心の汗、汗は心の汁ということで、暑い時こそ無理にでもメシを食わなければならない。ということで、しばらく歩き回った後近くの大衆食堂に入る。
 食堂と行っても入り口は吹き抜けになっていて外と繋がっているため、屋台に毛が生えたようなものである。この辺ではよっぽどいい店でない限り、入り口にドアや壁があるということはない。あ、もちろん本当に毛が生えているわけじゃないよ。もののたとえだよ。
 食堂の中に入って行くと、何やら店員が話しかけてくる。言葉は理解できなかったが、こんなとこで言われることは「何食うんだい?」以外考えられない。こんな時は、アメリカで培った旅の必殺技だ。


「僕はマレーシアにくるのは初めてなので何を食べたらいいかわかりませーん! あなたが変わりに選んでくれませんか?」


 物凄く可愛げのある表情を作って店員に頼む。大抵こうすれば「そうか、しょーがないなー。それじゃこの店一番の料理をご馳走してやるぜ!!」と張り切って選んでくれるのだ。しかし、なぜかその店員は立ち止まったままで、さらにオレに向かって何か言っている。伝わらなかったのだろうか? よし、もう一回だ。


「僕はマレーシアは初心者なので何を食べたらいいかわかりませーんっ!ここのお勧め料理はなんですか?? ウフ(可愛げのある表情)☆」


「△△※※□□〇〇××……!」


「?? なに? ウフ(可愛げのある表情)☆」


「だからもう店閉めるから出てけっつってんだよ!!」


 なにーっ!
 これは恥ずかしい。「もう閉店だから出て行ってくれ」と説明している店員に、とびっきりの笑顔で「あなたが選んで! ウフ(可愛げのある表情)☆」などと言っていたのだ。向こうもさぞかし恥ずかしかっただろう。そして店から追い出されるオレ。ふと腕時計を見ると、まだ12時前である。はやい。なんなんだこの閉店時間は。まるで羽生名人の奥さんのオニギリ屋なみの店じまいの早さだ。
 仕方なく泣きながら別の店に行き、七難八苦を乗り越え、持ちうる全ての知力を使って店員さんと指差し会話をして、なんとかマレー風カレーの昼食にありつけた。まったく外国というのは、ただメシを食うだけでも生物Tの中間テストくらいの難しさである。オレのような冒険野郎だからなんとかカレーを注文することができたが、こんな難しくては普通の旅行者はただ餓死を待つだけだろう。

 昼食後にオレが向かうところは、バトゥ洞窟というヒンドゥー教の聖地。中華街の外れにあるバスターミナルを目指して歩く。バスに乗り込むが、オンボロバスには当然エアコンなどついていない。洞窟まで約1時間かかるらしいが、果たして大丈夫だろうか?。


 突然ですが今日の料理の時間です。今回の献立は「日本人の丸ごと薫製」です!
 用意するもの:日本人一人前、エアコンなしの市バス、マレーシアの灼熱の太陽

 ではさっそく調理に入りたいと思います。

 1.まず日本人旅行者を一人前、エアコンなしのバスの中へ入れます。
 2.バスを出し、マレーシアの灼熱の太陽の下を走らせます。
 3.そのままで約1時間蒸します。※途中で食材がわめき出しても決して慌ててはいけません。この時しぼりだされた体液が良いダシになります。
 4.できあがり!お好みで調味料をふりかけお召し上がりください。

 とっても簡単ですぐに作れるので、是非ご家庭でも試してみてくださいね!
 以上、今日の料理でした!


 というような具合にいい感じで薫製になりかけた頃、やっと洞窟近くのバス停に着く。たくさんの猿が生息するというその洞窟目指して干からびながら進んでいったのだが、灼熱の中、

←この階段を超えなければ洞窟に入れないということが最初からわかっていたら決してここにはこなかっただろう。
 階段に対して罵詈雑言を浴びせながら登っていくと、現地人でさえ途中で力尽きているのが見える。







 それでもやはり苦労して登った後にはこんな光景が見られるのだから、来た甲斐があったというものだ。
 写真で見ると結構ちゃちに見えてしまうのだが、実際はこの景色が視界全体を覆い尽くしているのである。
 こんな立派な洞窟なら川口探検隊が取材にに来ていてもおかしくない。勿論、先陣を切って危険な洞窟に入ってゆくはずの川口隊長の姿は、カメラマンによって洞窟の中から撮影されるのだが。
 そして中には、噂どおりたくさんのの姿が。一見とても可愛く見える彼ら。しかしこいつら、オレが屋台で買ったオレンジを奪おうと襲い掛かってくるのだ。はっきりいって恐い。オレを含めた何人かの観光客がバトゥ猿軍団の標的になり、叫び声をあげて逃げ惑う。ちくしょう……1対1なら6割方勝つ自信があるのだが、こいつら連携プレーを使いやがる。
 奴等から逃れる為に祭壇の隅へ避難していたオレだったが、しばらくして宗教的な儀式が始まり火が焚かれると、バトゥ猿軍団は遠くへ逃げて行く。
 今こそ復讐の時だ!すかさず猿どもが近づいてこれないギリギリの所まで行き、おもむろにオレンジを取り出し奴等に見せびらかしながら食べる。可哀相に、彼ら、歯をむいて悔しがっていたよ。
 そして猿どもへの復讐という目的を果たしたオレは、満足して洞窟を後にするのであった。


←観光客から強奪した食料品を貪り食うバトゥ猿軍団の構成員。その凶暴性と徒党の組み方は牙一族なみである。

















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