THE FIGHT ROUND3
〜不浄の左手〜 |
ここのシャワーを使うことによって明らかに疲れも汚れも倍増するだろうと判断したオレは、着替えもせずに微生物たちの快適な住み家だと思われる板のように硬い布団にくるまり眠りにつくのだった。汗と埃で汚れきったオレの体も彼らには住み心地抜群だろう。 幸いにして、そして不幸にして、強盗に入られることもアイドルに夜這いをかけられることもなく、無事に朝を迎えることができた。手足や背中に痒みを感じて見てみると、何ヶ所か赤く腫れあがっている。どうやら微生物達も無事オレの体に引越しを済ませたようだ。国籍は違うけどこれからは一心同体だ。仲良く共存していこうね。 さて、呻き声をあげながらモソモソと起きだしたオレは、ここで一大決心をする。なんの決心かというと、トイレに行くという決心である。 インドでは左手は「不浄(汚い)の手」とされていて、食事の時や握手する時は必ず右手を使わなければならない。なぜなら、インドではトイレでトイレットペーパーの代わりに左手を使うのだ。もちろん左手にはミシン目は入っていないし、普通左手は1本しかないので使い捨てにもできない。ということで、左手はその人の尻を拭いた手であり、汚いもの、という扱いを受けているのだ。 そんなインド式トイレに初トライするには相当な心の準備が必要だ。念のため日本から芯を抜いたトイレットペーパーを1ロール持参しているのだが、それはあくまでも秘密兵器であり、もしもの時のためにとっておかなければならない。 オレは、明治天皇に鉱毒問題を直訴する田中正造のような悲壮な覚悟でトイレへ向かった。男には、時に何かを犠牲にしてでもやらねばならぬ時がある。ここでオレも本物の男になるのだ! ↓これがインド式トイレだ! ※これはこの宿のトイレではなく、他の所にあったもの凄くキレイなトイレです。実際はこの宿のものを含めほとんどのトイレは撮影に耐えうる状態ではありません。 では、実際にこのトイレでどのように事を済ませるのか詳しく説明していこう。 まず写真からわかるように、形としては日本の和式トイレと非常によく似ている。やり方も途中までは全く同じである。ちなみに方向は写真奥の方を向いて座ることになる。と思う。これは他の人のを確認していないため確実ではない。 さて、ひとしきりスッキリした後で、日本とインドの文化の違いが現れる。 インド式トイレには紙は無く、手の届く高さに蛇口がついており、その下には大抵左の写真のように小さなバケツのような入れ物が一緒に置いてある。 以下、汚れたおしり♪を清潔にするための手順。 1.まず蛇口をひねりバケツを水で満たす 2.右手にバケツを持ち、左手を尻に接近させて構える 3.右手を動かし、尻に水をかける 4.尻に水がかかったと同時に、左手の指でキレイに拭き取る 5.何度か2〜4を繰り返し 6.バケツの水を左手にかけ、キレイに洗う。 注:左手のツメは必ず切っておくように!尻から出血します! この一連の作業の中で最も技能を要するのが、3と4である。まず、この小さなバケツを小刻みに動かし水を尻にかけるというのが最初はとても難しい。はじめの数回は上手く的にあてることが出来ず、水は尻の下を無情に通過して行く。 水を尻にかけるという動作は、実は水の勢いを和らげるという効果も含んでいる。まず尻にかかり、尻を経過して下に落ちてゆくという過程を経ることによって水の加速度が減り、ゆっくりと便器に流れて行くようになるのだ。 しかし尻を経由せずに勢いよく飛んでいった水は、便器や床から自分やインド人達の汚物を吸収しはね返って戻って来る。その行く先は自分のズボンや両手、そして顔だ。くちびるにも飛んでくるよ。ただ、この時最も被害を受けるのは左手である。彼は尻に水が命中した瞬間に即座に拭き取ろうと尻の真下でスタンバイしているため、はね返りの80%を受け止めることになってしまうのだ。 また、的を外すことによって左手が被る被害はそれだけではない。水が尻にかかる瞬間に拭き取る、という動作の難しさはおそらく想像するだけでわかってもらえると思うが、そこで左手は、決してタイミングを逃がすまいとスタート前のモーリスグリーンのように集中して尻近辺で水がかけられるその時を待っている。そして右手を動かして水をかけるという動作を合図にスタートを切り一気に拭き始めるのだが、ここで水が尻を外れてしまうと、勢い余った左手だけが単独で尻に突撃することになる。つまり彼はなんの味方の援護もなしにムニュッ! と思いっきり標的に突っ込んでしまうのである。 尚、上手く水が的に当ったとしても、最初のうちは勢いをつけすぎたり角度を間違えたりし、一度尻にあたって何かを含んだ水がそのままズボンや靴にかかってしまう。そのためトイレの床は常に水びだし。もちろん旅行者やインド人の出したものを豊富に含んだ極めて肥料的栄養価の高い水である。 ちなみに、この日初めてインド式トイレで用を足し終え、立ち上がりふと足元を見るとジーパンの裾を踏んでいた時のショックは言葉では表現しようが無い。おそらくこの時のオレの叫び声は、表通りを歩く平和な人々にまで聞こえていただろう。 一応最後に左手を洗って完了なのだが、石鹸などあろうはずがないためどこまで洗えばきれいになってるのかわからず、ある程度のところで踏ん切りをつけないと延々と左手を流しつづける羽目になるのだ。 はっきり言って、インド式といっても慣れてしまうとどうってことのない作業で、むしろ紙を使うより手で拭いた方が楽であることに気付く。実際日本に帰ってきてからもあのなまめかしい感触が忘れられず、いまだに手で拭いているためオレの左手は常に不浄の手である。 尚、トイレに入る時は必ず最初に蛇口をひねって水が出るかどうか確認しなければならない。し終わった後にいざ拭こうとして水が出なかった時の絶望感はかなりのものだ。とりあえず手で拭いたとしても、洗い流せないままその左手を誰かに見られたらお嫁には行けなくなるだろう。そういう場合はあくまで「これは便ではなく、斬新な匂いの新しいチョコレートなんです!」と言い切るしかない。 ところで、便器の左前方にもうひとつのバケツのようなものがあるのにお気づきになっただろうか。 これは旅行者が集まる宿などでよく見られるものなのだが、インド式にチャレンジすることが出来ず持参したトイレットペーパーを使った臆病者達が、その使い終わった紙を捨てる入れ物なのだ。 そしてこのゴミ箱は座った時に思いっきり目の前にくるため、中にある茶色く染まった紙が非常によく見える。 これは本来のインド式トイレには無いものだが、強烈に汚い。よごれた床や便器にいくら茶色いものがついていてもだんだん慣れてくるものだが、この茶色は真っ白な紙に非常によく映えている。文明の香りが漂っているということもさらに汚く感じさせる要因となっているようだ。 これを目の前にして長い間座っていると思わず吐きそうになるのだが、この入れ物の中に吐いたら汚物のオンパレードで、まるで4大テノール夢の共演のごとくである。 ま、というようにインドのトイレはとにかく汚いのだが、それがインドにあるということで何故か許せる気になってしまうし、慣れてもくる。環境ってそういうものなのだろう。ただこのトイレが新宿の地下街にあったとして、知らずに入ってしまったら絶対ショックで泣き叫ぶと思うが。 最後にもうひとつ。 インド式の一番の欠点は、終わった後パンツを履くと尻が濡れているためベチャベチャになるということだ。その事態を避けるためにオレは尻が乾燥するまでそのままの体勢で何分もじっと待っていたり、プリプリと尻を振って水気を弾き飛ばしたりしていた。 想像するとヒヨコみたいで結構かわいいでしょ。 |